62話 お兄ちゃんにたかる新たなお邪魔虫
「間に合った〜」
始業5分前、教室の机にぐったりとうつ伏せた。
まだ1日も始まったばかりだというのに、制服の中は汗でびちょびちょだ。
今日は戦闘訓練もあるのに……。
「鈴が寝坊するのが悪いのよ〜。次はしっかり起きることね〜」
「うぅ……。こればっかりはアリスの言う通りね」
面目ないと呟き、ガクッと机に頭を伏せる。
アリステラは離れて自席に移動した。
私も鞄を下ろし、教科書類を机の中にしまう。
最初の授業なんだっけ?
キンコンカンコーン。
チャイムが鳴った。
そういえば、担任の先生はどうなるんだろ?
斉藤先生は実質解雇されたようなものだし、となると新しい担任は柳先生になるのかな?
首を傾げていると、教室の扉が開いた。
そこから入ってきたのは、命を預け合った戦友にして先生――柳先生だ。
やっぱりね。
そう思ったが、後ろから見覚えのない女性が続いた。
柳先生が教壇の前に立ちと、皆を見渡し言った。
「はい。皆さんお静かに。さっそくですが、前担任の斉藤先生は一身上の都合で退職されました」
「「「えええええ!!」」」
クラスのみんなが動揺の声を上げた。
みんなからすれば、アビスでの最後の授業を機にいきなりいなくなって退職なんだもの。驚くのも無理ない。
真実を知っているのは、柳先生と私、お兄ちゃん、アリスだけだし。
顔を二人に向ける。
お兄ちゃんは涼しげでかっこいい顔をしているけど、アリスときたら顔が強張っちゃってるじゃない。
あれじゃ先生がどうなったか知ってるって言ってるようなもんよ。
「静かに。そこで、このクラスに新しい担任がつくことになりました。では紹介をお願いします」
柳先生が、後ろに控えたメガネの女性を促した。
淡いピンク色のスーツ。あわあわと落ち着きのない印象の人。
この人が担任? 大丈夫なの?
「は、初めまして! わ、わ、私は! このクラスの新しい担任になります。ゆ、ゆ、ゆ結由織沙織っていいます!」
あ、噛んだ。
って、今なんて? 噛みまくってよく聞こえなかったけど、結由織沙織って言った?
「よ、よ、よろしくお願いします!!」
そして声が盛大に裏返り、結由織は顔を紅潮させながら頭を深く下げた。
クラスのみんなはしんと静まり返った。
少しの間。
誰かがようやく口を開いた。
「結由織沙織って、あの歴代最年少ウィザードにして、アビスをいくつも攻略したあの結由織沙織ですか!?」
そうだ! その人だ!
確か5年前のアルケミー卒業生で、パイルバンカーの戦機を持つあの結由織沙織だ。
「わ、わ〜。私のこと知ってくれてるんですね。あ、ありがとうございます。はい、私がその結由織ですよ〜。あ、あははは〜。はぁ……」
ぎこちない笑顔とため息。
何か不満なんだろうか、彼女の顔はあまり嬉しそうではなかった。
「これから結由織先生が担任でつく。私は副担任として継続してお前たちの様子を見ることとする。以上だ、一次元目の準備を行うように」
柳先生はそう言い残し、教室を出て行った。
それと同時ぐらいに、ポケットの中のスマホが振動した。
取り出すと、本来持っている私のスマホではなく、もう一個のスマホに着信が入っていた。
「せ、先生! トイレ!」
立ち上がり、結由織先生に言うと――
「先生はトイレやあらへんで〜。さっさと行きぃ? うんこやったら精々気張ってくるんやで〜? がははは!」
な、なんなの!? 先生の話し方がめっちゃ変わったんですけど……!?
ってか――
「うんこじゃありません!」
顔が熱くなり、急いで教室を出る。
扉の向こうで、結由織先生の豪快な笑い声が聞こえた。
どうなってんの? あの人気弱そうな人だと思ったのに!
『あの話し方……まさかな〜』
脳内で疑問の声を出した大樹。
そんな大樹の訝しげな顔を思い浮かべながら、トイレの扉を開いた。
『あんた何か知ってんの? あの人、原作に出てたとか? 知ってたら何か教えなさいよ』
便座に座りながら尋ねる。
さっきの反応的に、こいつは何か知ってるのかもしれない。
『い、いや。原作には出てなかったな。気のせいだと思う。それより用事を済ませないと』
そうだった。
スマホを取り出し、内容を確認する。
そこには「スズメバチに通達。放課後基地に出向されたし」とだけ書かれていた。
これぐらいのメールなら今じゃなくてもいいのに……。
そう思いながら「了解」と返信する。
宛先はタスクフォース0だ。
作戦後、私は実力を買われてタスクフォースの正式なウィザード隊員として加入することになった。
まだ学生なんだけど、普通のウィザードと同じ給料が支払われる待遇。もはやプロなのよね……。
自分の実力がそんなに高いものかは自信がまだない。
だって来栖さんや八重さん、柳先生みたいに頭も良くないし、臨機応変に動くこともできないもん。
にしても、放課後基地に来いって……何かあったのかな?
そう思いながら教室へ戻ると、そこには元の落ち着きのない結由織先生と、白いセーラー服の女の子――さっき坂道で見たあの人がいた。
「お、おかえりなさい。鈴芽さんにも紹介しますね。この人は大阪の鳳凰子の学校、ブレイドから転校してきた――」
「品川アカリっちゅうもんや。よろしゅうな!」
綺麗な見た目に反して、インパクト強めな人が来たわね……。
「よ、よろしくお願いします。品川さん」
ぎこちない笑顔で手を伸ばし、品川さんと握手する。
すると彼女が手をグイッと引いて、私の耳元に顔を近づけた。
「あんたのことは知っとるで? 桜場アビスの解放者さん」
「え!?」
手を離され、彼女はニッコリと手を振っていた。
それ以上のことは、ここで話す気はないみたい。
バクバクと心臓が跳ねながらも、私は席についた。
どういうこと? なんで私のことを知ってるの?
あの作戦のことは気密事項のはずなのに……。
『やっぱ来るよな〜』
『大樹? あの人のこと知ってんの?』
『知ってるも何も……』
大樹は息を飲み、一拍置いて答えた。
それは私にとって、新しい――邪魔な存在。
『二人目のメインヒロインだよ』
お兄ちゃんにたかる新たな邪魔者の存在だった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
第一部完結です。
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