59話 執着と決着
アラクネとなった桜の攻撃は多彩だ。
若返った桜の上半身による太刀の二刀流、臀部からの糸、六つの脚による踏みつけや、突き。
一見それぐらいなら対処できるんじゃね? って思うけど、現実はそんな簡単じゃない。
「鈴芽ちゃん!」
太刀の振り回しに反応が遅れた私を、大樹が庇って受け止めた。
私だったら軽く吹っ飛ばされる攻撃も、男の大樹なら受け止められていた。
そんな大樹に、桜は苦虫を潰したような顔を向ける。
「貴方は誰なの!? ここには鈴芽しかいないはずなのに! どうしてここにお前がいる! それになぜお前も戦機を握っている!?」
「俺か? そらあんたからすれば意味不明だよね。俺の名前は日向大樹! オタク趣味のサラリーマンだよ!」
レイピアを両手で振るい、太刀を弾いた。
「鈴芽ちゃん今だ!」
大樹が作った隙に、私は全力で桜の体へ斬り込み、二の字を刻む。
傷を受けた桜は臀部から糸を後方に吐き、岩に貼り付けて手繰るように後退した。
「日向大樹だと!? そんなウィザード、記憶にないわ!」
糸をつけた岩を臀部を振って放り投げる。
自分の体の二倍ほどある岩を砕くのは無理だ。
二人で顔を見合わせ、左右に展開して疾走する。
そのまま桜との距離を詰め、挟撃を試みた。
「そりゃないだろうよ! 俺は死んだ人間の魂だからな!」
「死んだ人間!?」
大樹の刃が桜の太刀とぶつかり合う。
もう一方の太刀を、私が打ちつけて動きを止め、弾いた。
見える。パリィポイントが!
今の桜の図体は巨大だ。
故に戦機自体の攻撃範囲も増え、魔力の薄い層を目で捉えることができる。
「くっ!?」
桜がこちらに視線を移す。
瞬間、大樹が太刀を弾き、彼女の胸を貫いた!
「よそ見する余裕があるんですかー? ババア!」
「その呼び方……。そうか、そういうことか!」
前脚を振り上げ、大樹に振りかかる。
彼はレイピアを手放して回避。
胸に突き立ったレイピアを桜が抜き取り、放り投げた。
忌々しげな視線が大樹に突き刺さる。
「鈴芽が私のことをババアと呼ぶはずがないものね。貴方、こいつの体の中に居たってことね!」
「ご名答!」
桜が蜘蛛の肉体を持ち上げ、脚四本を大樹に向けて連続で穿つ。
今の大樹は戦機を手放している!
「大樹!」
私はレイピアを大樹めがけて放り投げた。
受け取った大樹は、迫る連続突きを最小限の動きで躱し続ける。
「いつからだ! いつから鈴芽の体の中に入っていた! お前という存在が鈴芽の中にあると知っていたら、捨てずにはいなかったのに!!」
「いつから? んなもん関係ないだろ? お前は俺の存在があろうがなかろうが、鈴芽ちゃんを捨ててたはずだ。そうだろ? だってあんたは自分が最強でありたいがためだけに、鈴芽ちゃんを捨てたんだからな!」
「なっ!? なぜ知っている。なぜ私の心のうちを知っているんだ」
「心のうちどころか全部知ってるぜ? 九条桜。原作4巻のラスボス……。お前は刀型ウィザードの頂点に上り詰め、栄光を欲しいままにした英雄だ。だが年には勝てない。家族が、衰えていくお前を悲しげな目で見るのに耐えられなかった」
「やめろ……」
「だから、お前は刀型に拘った。必要最低限の剣術だけを教え、お前に勝てないように力をコントロールし続けた。この実験もそうだろ? お前自身が力を取り戻し、過去の栄光を取り戻すつもりだったんだろ!」
「やめろおおおおおお!!!」
蜘蛛の巨体が大樹へ叩きつけられる。
だがもう大樹の姿はなく、彼女の後方でレイピアを振り抜こうと構えていた。
「俺はすべてを知ってるぜ? お前が鈴芽ちゃんを捨てた本当の理由もな」
大樹が目にも止まらぬ光速の剣撃を見舞う。
切り裂かれた蜘蛛の肉体から、紫の液体が迸った。
「ぎゃあああ!!」
そんな大樹の快進撃を、私はただ息を呑んで見ていた。
「すごい……」
男だからとか、大人だからとか、そういうもんじゃない。
なんでお婆様相手に堂々と立ち向かっていけるの?
どうしてそう笑っていられるの?
同じ肉体を共有する一心同体のはずなのに、私は大樹のことを何も知らなかったみたい。
大樹は剣を振るいながら、桜に言い放つ。
「お前が鈴芽ちゃんを捨てた理由は、彼女が――彼女こそが! 九条家最強の存在になると感じ取ったからだろ!」
「え……」
「やめろおおお!」
知らない事実。
大樹の記憶は共有されているはずなのに、そんなこと一切知らない。
どういうこと……。
「どういうことなの! お婆様!」
桜は苦悶の表情のまま大樹を睨み続ける。
答える気がないというより、余裕がない。
その目には、今すぐこいつを殺してやろうという感情しか籠っていないように見えた。
「俺が代わりに答えてあげるよ。鈴芽ちゃんには隠してたけど、九条桜は鈴芽ちゃんを捨てたあの日、ライトニングスパローの真の力を見てしまったんだ」
桜が太刀を二本振るい、大樹と撃ち合う。
彼は的確にパリィポイントを見極め、弾き、カウンターを仕掛けていく。
「戦機の性能を見て、こいつは焦った。今まで教えた基礎剣術でも、戦機の能力を載せれば簡単に最強に至れてしまうってな。
でも、それは同じ最強を目指すババアにとっては不都合だった。だから屋敷から遠ざけ、迫害が起こるよう根回しをした! こうして実力も身に付かず、弱いまま家族の縁を切れた。
家を離れた鈴芽ちゃんを、誰にも見つからないように殺す手筈も整えていた。だけど――それは出来なかった!」
「お兄ちゃんが私を追いかけたから……」
「そうだ! 妹想いの雪也が鈴芽ちゃんを追いかけてしまった。そんな雪也の目の前で殺してみろ? 栄光を取り戻すはずが、めでたく家族殺しって犯罪者の出来上がりだ! だから生かしておいたんだろ?」
「ち、違う!」
桜は酷く動揺しているようで、太刀捌きが荒くなっていた。
大樹はニヤリと笑い、一歩踏み込んでアラクネの脚を一本、切断する。
「しま――」
桜の体勢が崩れる。
その隙に大樹は落ちていたレイピアを拾い上げ、
「受け取って!」
私に向かって投げ飛ばした。
両手で受け取ると、体の奥から魔力が胎動し始める。
大樹は続けてもう一本の脚を切断し、桜の体を完全に前のめりにさせた。
「さぁやろう! 鈴芽ちゃん! これは君が最強を証明するお話だ! いわば幻の原作第7巻だ!」
言われて、私は走り出す。
真っ直ぐ敵を見据え、握る戦機に魔力を注ぎ、ひたすら前へ――。
「偽りの最強を打ち破れ! 君はお兄ちゃんの隣に立てる実力を持ってる! 他のヒロイン達に負けないほどの……超絶怒涛のパワーが!」
小さな体から雷光が迸る。
バチバチと光がはじけ、周囲の空気をかき乱す。
一筋の雷鳴のような軌道を描き、私は桜に肉薄した。
「いけ! 俺の、俺たちの推しキャラ! いまこそ負けヒロインからメインヒロインになるんだ!」
私は両手でレイピアの柄を握る。
それは西洋剣術の構えではない……。
幼少の頃に身に付け、体に染みついた東洋剣術の構え。
大樹は言った。
ライトニングスパローの能力があれば、基礎剣術でもお婆様を超えられるって。
私は知った。この戦機がすごい性能を秘めていることを!
だからもう挫けない! 諦めない! 泣かない!
私は自分の力に誇りを持っていいんだと、証明してやる!
「やああああああああああ!!!!」
「負けるか……負けてたまるかあああああああ!!!」
私は跳び上がり、桜を袈裟に斬りおろす!
対する桜は強引に体を起こし、二本の太刀で迎え撃つ!
勝負は一瞬だった。
私の一太刀が桜の太刀を両断し、体を斬り裂く。
レイピアが振り下ろされると、遅れて轟音が鳴り響いた。
桜の両断された体は熱で焼かれ、血すら吹き出さない。
「そ、そんな……。そんなぁ……」
粒子となって霧散していく彼女は、天に向かって手を伸ばしていた。
それは最強への渇望からだろうか。
彼女は目に涙を浮かべ、嗚咽を漏らし始める。
「いやだ……いやだぁ。私はまたあの頃に戻るんだ。みんなが私を英雄だと賞賛するあの頃に……わたしは――」
崩れ落ち、桜の姿は完全に消え失せた。
未だレイピアを握り、地に叩きつけたままの私に、大樹が駆け寄って声をかける。
「終わったよ。鈴芽ちゃん」
「はぁ……はぁ……。そう、みたいね」
レイピアを手放す。緊張が解け、地面に横たわった。
そんな私を大樹は満足そうに眺める。
「まあ俺は、鈴芽ちゃんなら絶対勝てるって思ってたけどね」
「言ってくれるじゃない。めちゃくちゃ怖かったんだから……」
「はは。でも勝てた。これで正真正銘、邪魔者はいなくなったってわけだ!」
「そうね……。って、そうだ。一つ言わせてもらえる?」
「なに?」
私は立ち上がり、拳を握った。
そして全力で大樹の頬に一発ぶち込んでやった!
さっきこいつが言った言葉が、どうしても気に入らなかったから!
「誰が負けヒロインだってぇぇぇ!!!!」
「ごべんなざびぃぃぃぃ!!」
殴られた大樹が吹っ飛ばされる。
闇の空間がぼやけていき、意識は現実へと引き戻されていく。
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