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55話 あの世

 おいおい、また死んじゃったよ。

 せっかく第二の人生を推しキャラの中で過ごせると思ってたのに……。


 

 俺こと日向大樹は、なんだか冷たくて暗い闇の中を彷徨っているところだ。

 一歩足を踏みしめると、ピチャと音を立てて水の波紋が広がっていく。

 どうやら今度こそあの世にたどり着いたらしい。

 神様も、さすがに2回目の転生は叶えてくれないようだ。


 

 随分あっけないもんだったな。


 

 桜の攻撃を受けた時のことを思い出す。


 

 ――てか初見殺しすぎんだろ。

 なんだよ、当たれば即死の攻撃って!

 ラノベの世界でそんな一撃必殺を放つもんじゃありませんよ! そういうのはね?ソウルライクゲームか、ちょっと攻めたRPGしか認められないの!即死耐性寄越せってんだ!


 

 まあ死んでしまったものは仕方ない。

 蘇ることもないだろうしな。

 とはいえ俺には気掛かりが一つあった。


 

 同じ肉体を共有していたはずの鈴芽ちゃんが、この空間にいないことだ。

 攻撃を受けたから一緒に死んだものと思ったが……。


 

 あの世を見たことがないから、こういうものかもしれないな。

 死んだ人間が一列に並んで閻魔大王に生前の悪行を裁かれるような場所ではないのは明らかだ。

 となるとこの空間は、俺のためのあの世へ続く道ってわけか?


 

 そんなことを考えながら、とにかく前へ進む。

 ってかこの方向で合ってるかわからないが、なんとなくこの方向へ進まなければいけない気がしたのだ。


 

 根拠はない。

 何故か無性に体がそっちへと向かおうとする。

 好奇心で一度方向を変えてみたが、心臓の鼓動が早まり、どうしようもない焦燥感に駆られた。


 

 だから俺は、何かの運命に導かれるように歩き続けた。

 ぽちゃん……。ぽちゃん……。

 俺の足音が響き渡る。

 寂しい空間でその音だけが唯一の楽しみだった。


 

 どうせ音が鳴るなら、もっと楽しんでもいいかもしれない。

 そう思い俺は、やった事もないタップダンスと洒落込んだ。


 

 軽快な足取りで水の音が賑やかに奏でられる。

 俺ってばタップダンスの才能あったんじゃね?

 そう思えるほどに身軽だ。

 そこで気づく。

 今の俺の姿が、生前の自分の姿だったことに。


 

 鈴芽ちゃんの体じゃないのは残念だったが、これが俺の魂ってやつなんだろうな。

 そう思いながらステップを踏む。

 ちなみに頭の中で再生している曲は童謡だ。


 

「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ♩ランランラン♩ってな?」


 

 バシャ!

 おっと踏み込みが強すぎたか、可愛らしい水音が大きく弾けてしまった。

 楽しいからもう一曲と行くか!


 

 バシャ!バシャ!

 おかしいな。俺まだステップ踏んでないのに……。


 

 バシャバシャバシャ!!

 ハッと前を見る。

 この音は俺の足元からじゃない。

 目の前から聞こえてくる……。

 しかも音のデカさ的に図体は俺より大きいものだ。


 

 バシャン!!

 瞬間、一際大きな水音が響き渡った。

 それは紛れもなく、その場を大きく飛んだ音だ!


 

「まずい!」


 

 俺は振り返り、その場を引き返した。

 心臓が激しく鼓動を刻む。

 息をしていられないほどの緊張感が襲い掛かる。

 必死に呼吸しながらその場を走り切ると、後方でバシャン!と飛沫をあげ、大きな何かが着地した。

 振り返った顔に冷たい水飛沫が掛かる。

 手で拭うと、その水はとても赤く見えた。


 

 薄暗い空間であっても、それが赤であることは分かる。

 そして生臭い。

 その匂いに顔を引き攣らせ、着地した何かをよく観察する。


 

「ギチギチギチ……」


 

 得体のしれない金切り音。

 暗い空間に、光り輝く真珠のような球がいくつも浮かんで見えた。


 

「なんだ……?」


 

 ゆっくり前に進み、手を伸ばすと硬い何かに触れた。

 ザラザラした感触。手を動かすと毛のようなフサフサした物も感じ取れる。

 そして前から暖かな風……。

 何か嫌な予感が無性にした俺は、そーっと手を離し後退する。


 

「お、おいおい……。これってまさかあの世の門番だったりしますか〜?」


 

 巨大な水音、硬くざらついた何かと毛。

 そして暖かな風と、真珠のように光り輝く幾つもの球。

 あとはこの辺りの水と思った赤い液体。


 

 その全てが俺の脳内で結びつき、一つの答えを導き出した。


 

「どうせ出るなら現実世界で出てくれよ……。蜘蛛さん!」


「ギシャアアアアアアアア!!!」


 

 目の前の異形が咆哮を上げた。

 すると空間が怪しい紫色で照らされる。

 その光が最初に照らしたのは胴体。

 続いて目に入るのは、白い毛が生えた顔に複眼と鋭い牙。

 紛れもない蜘蛛だ。それも巨大な……。

 ただ一点、普通の蜘蛛とは違う部分があるとすれば――。


 

「なんなんだよ……その体!?」


 

 蜘蛛の胴体、そこにあるはずのない人間の死体が一つに凝縮され、歪なオブジェへと変貌している。

 胴体が人間の死体で構成されているのでは?と思うほどに固まっている。

 あちこちから手や足が力なく伸びている。

 よくよく見ると、泣いたり叫んでいるような悲痛な表情を浮かべた女性の顔がいくつも並んでいた。


 

「うっ……」


 

 形容し難い異形を前に吐き気を催す。

 これがあの世の門番ってか?

 そうなると俺、地獄行きか?

 そんな悪いことしたかね……。


 

「ギシャアアアアアア!!!」


 

 蜘蛛がドシンドシンと動き始めた。

 俺は急ぎその場から逃げ出した。

 引き返すたび胸が締め付けられそうになるが、そんなこと今はどうでもいい!

 止まれば喰われる! もしくは胴体にあるオブジェの一つに変えられてしまう!


 

「いやだあああ!! どうせなら羽根の生えた天使にお迎えに来て欲しいよおおおお!!」


 

 必死に走った。出口がその方向にあるかはわからない。

 てかあの世から逃げられるか?

 だとしても今は逃げるしかない!


 

 必死に足を動かしていると、水の中の何かが俺の足を掴んだ。

 足を取られ、引き抜けず動きが止まってしまう。

 そこに顔を向けると、水面から悲壮の顔を浮かべた骸が口を大きく開け――


 

「痛いよぉ……。苦しい……。お婆様、これで本当に良かったのですか……」


 

 意味不明な言葉を並べている。

 後ろから迫る蜘蛛。

 俺は片足で骸を力強く蹴り付け、拘束を解いた。


 

「なんだ! なんなんだここは!」


 

 走り続けると、目の前の光景がよく見え始めた。

 水と思われた足場は赤く、鉄の匂いを放っている。

 空と呼ばれるはずの天は暗く、月が白く輝いていた。

 そして水の周りには彼岸花が多く咲き誇り、明らかな冥土だと直感が告げる。


 

 冥土……そうか!


 

 俺は足を止め、蜘蛛に振り返る。

 今もなお迫る蜘蛛の姿に気圧されるも、俺は手を前に翳した。


 

「ここが冥土なんだったら……お前、もしかするとあの世の門番じゃねえな?」


 

 桜の攻撃は煉獄へ送るものと言っていた。

 それは即死攻撃だと思い込んでいたが、もしかすると違うのかもしれない。

 それを確かめるために俺は叫んだ!


 

「戦機解放!」


 

 瞬間。歯車型の魔法陣が展開され、中から推しキャラの戦機――ライトニングスパローが現れる。


 

 やはりそうだ。ここはあの世なんかじゃない!


 

 俺はライトニングスパローを抜き取った。

 そして本で齧った程度の西洋剣術の構えを取る。

 戦機を召喚できたってことはここはまだ現実世界の一部だ。

 俺の姿が元の男だってことを考えると……。


 

「魂が彷徨う場所ってことだよな。なら間違いない。お前は本来俺たちの果たすべき目的……【冥王】だな!」


 

 確信はない。

 見たことがないのだから。

 だが自信はある。

 男の俺が戦機を召喚できたってことは、まだ鈴芽ちゃんと繋がりがあるってことだからだ。


 

 迫る【冥王】に俺は駆け出す。

 武器があるなら恐れることはない。

 予想とは少し違ったが、想像通りアビスの主は蜘蛛だった。


 

「鈴芽ちゃんと主の姿を予想していた時、蜘蛛だと当て込んでシミュレーションを重ねたからな……。その成果を今こそ試させてもらうぜ!」


 

 【冥王】が一本の脚を上げ、俺に向かって鋭利な爪を突き下ろす。

 横へのステップで回避し、爪と脚の関節部分に一太刀斬り込んだ。


 

 予想通り関節部分は脆く、切り裂かれた傷から紫色の血が吹き出した。

 アビス内部、実験施設の台に載っていた肉の血と同じ色。これが答え合わせになった。


 

「かなりビビらせやがって……【冥王】! ようやく見つけたぞ! ここであったが百年目……鈴芽ちゃんのためにも邪魔なお前を排除してやる!!」

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