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53話 乱戦

 桜の太刀は刀の二倍程の長さを誇る。

 その刃から魔力の渦が怪しく漂っている。

 あの魔力に当てられたら最後、大樹と同じように煉獄へ落ちる事だろう。



 その太刀を桜は信じられぬほど軽やかに振るう。

 大振りの一閃が風を裂き、轟音とともに私の髪を数本切り落とした。



 歳の割によく動く。

 もしかすると【冥王】のコアを取り込んでいるからこそここまで動くことができるのか?

 でないと説明ができないほど彼女の動きは洗練されたものだった。



 負けずと私も神速の連続突きを穿つ。

 空気の破裂音が一突き毎に轟く。

 その攻撃はニヤリと笑った桜に全て躱されてしまった。

 それも必要最低限の動きでだ。



 腐っても名家の当主ってことね!



 桜の実力は噂程度にしか聞いていなかった。

 過去には一人で【エリミネーター】の大群を制圧。

 アビス攻略。外国への派遣で用心警護。テロリストの撃破などなど……上げ出したらきりがないほどの逸話を持っている。

 しかもそれが全てここ数年での実績だという。



 なら全盛期だとどれほどのものだったのか。

 そう考えると思わず身震いしてしまう。

 今でさえこれほどの強さなのだ。

 きっと全盛期だったら勝てなかった。

 桜がまだ年を取っている分マシだということに心底安堵した。



 私は連続斬りからの斬り払いを見舞うが、太刀を使わず体捌きのみで躱されてしまう。

 私の攻撃の終わりと同時に桜は小太刀を抜き、首に刃を突き立てようと迫る。



「伏せてください!」



 柳先生の声。

 私はその言葉通り伏せる。

 頭上を五本のナイフが飛び抜ける。

 桜は小太刀を逆手に持ち替え真ん中の三本のみ打ち払い、残り二本は当たらないと見て放置した。

 だがその二本のナイフを見逃したと見た柳先生は口角を上げた。



「鉄線華!!」



 柳先生は何かを手繰り寄せるように腕を引いた。

 瞬間、投げられた二本のナイフがくるりと桜の背中に回転し迫った。



 柳先生の握った手の中から光がうっすらと反射するのを捉えることができた。

 糸だ。柳先生の戦機はどうやら糸らしい事が伺えた。

 今叫んだ言葉は恐らく戦機の名。だとすればさっき投げたナイフはブラフ。本命はこの糸での攻撃ってことだろう。



「糸使いがあなただけだと考えないことよ」



 桜は両手に太刀と小太刀を一本ずつ握り、その場で大きく回転し始めた。

 高速の回転で辺りに風が漂う。

 その風圧に目を腕で覆っていると、桜の回転から透明な細い糸のようなものが見えた。



 それは回転に合わせて柳先生の体に向かう。

 先生はその攻撃に気付いていない様子だ。



「先生ッ!」



 私の声に柳先生は目を見開いた。

 前方から迫る糸を視認した彼女は手と手の間に糸を握って伸ばした。

 その間にある糸で桜の攻撃を受けた。



 ギィィ! とまるでワイヤーが削れたような甲高い音が響き、火花を散らせた。

 糸をばら撒いただけかと思えたが、どうやら力も込めていたらしい。



「くっ!!」


「八重、サポートを!」



 押された柳先生の背後から、来栖さんが跳躍。

 回転する桜に大振りの一撃を叩きつけた。

 棒と太刀がぶつかり桜の回転を止めると、柳先生を襲った糸の勢いも弱まった。



 八重さんが矢を二本射る。

 放たれた矢は来栖さんの横を流れ、桜を挟撃した。

 桜が矢を交互に見る。

 矢が当たる寸前で飛んで、二つの矢が互いに激突し消滅した。



「躱された!? なんて動きするのよ!?」



 八重さんが弓を下ろし、顔を引き攣らせた。

 二人の連携を軽々と対応してみせる桜の技術力の高さには驚かされる。



「でも……これで十分よ!」



 来栖さんが矢を躱した瞬間、力が緩んだと見て棒を一気に振り抜いた!

 その一撃は太刀を弾き、桜が初めて体勢を崩した。

 顔を引き攣らせる桜。

 そんな彼女の体に来栖さんは怒涛の連続突きを放つ!



「やあぁぁぁぁぁ!!」


「ぐっ! うぅ……! 一条来栖!? あなたのどこにこんな力が!?」



 桜の体を何度も打ち付け、棒を顎に振り上げた。

 彼女の顔が上を向く。

 トドメと言わんばかりに来栖さんは、ぐるりと回転し勢いでしなる棒を桜の横っ腹にぶつけた!



「ぐあぁぁ!!」



 桜の体が地面を大きく削りながら横に流れた。

 彼女は地を踏み込み吹き飛ばされるのを堪えたようだが、今のは確実に効いたはず。



 やるなら今!



 私は駆けた。

 風を突き抜け、全てを置き去りにし辺りの資料が舞い上がる。

 瞬く間に桜の前に肉薄し、レイピアを上段から斬りつける。

 桜はただ私の攻撃を見るしかできていない!



「とった!」



 そう思われた。

 だが次の瞬間――。

 お兄ちゃんが私の間に割って入ってきた。

 彼の握る刀は氷を纏い刀身が強化されている……。

 その刀が下段から振り下ろしたレイピアと激突する。

 強化した氷が砕け散った。



「お兄ちゃん!!」



 今ので普通なら戦機ごと砕けていたはずだ。

 アリステラの時がそうだったからそう考えたが、どうやら今の氷の強化は戦機の耐久力も格段と上がっていたらしい。



 お兄ちゃんがレイピアごと斬り上げた。

 やはり単純な力比べに持ち込まれると不利だ。

 続く斬り下ろしを咄嗟に跳んで躱した。



「ようやく捉えたわよ……鈴芽さん」



 この場にいる誰でもない声が響いた。

 カタカタと鳴る音と共に、刃と糸が連続で連なった武器が囲むように私の周りを、蛇のように巻くように展開された。



「これ……まさか!」


「そのまさかですよ〜。鈴芽さん」


「斉藤先生!?」



 声の方向は天井からだった。

 見上げるとそこには天井に足をつけ、彼女の戦機――蛇腹剣を優雅に振るいながら操作している姿が目に入る。



 斉藤先生が握る柄を勢い良く払う。

 すると周囲に展開された刃が私の体に狭まるように一気に迫る!



 逃げ場がない……。

 必死に活路を見出そうとするも、刃の金切り音と蠢く様子に背筋が凍り、焦りが増していく。



「させないわよ!!」



 八重さんが矢を上に放ち、展開された蛇腹剣の刃を釘付けにした。



「走って!」



 隙がないと思われた斉藤先生の攻撃に逃げ道ができた。

 私はそこに向かって全力で飛んだ。

 攻撃範囲から脱出するや否や、蛇腹剣がさっきまでいた場所を締め付けた。



 あと少し遅かったらやられていた。

 早まる胸の鼓動を呼吸で整え、レイピアを構え直す。



「八重さん、ありがとうございます」


「仲間でしょ。先輩を頼りなさい」



 私の背をバンと叩いて笑顔を見せる八重さん。

 なんて頼り甲斐のある人達なんだろう。

 来栖さんに八重さん、柳先生がこの場にいてくれて助かった。

 だけど、状況はより悪化した……。



 私達の目の前に、桜とお兄ちゃん、斉藤先生が並ぶように立った。



「斉藤先生? お粗末な奇襲とはいえ助かったわ」



 桜が斉藤先生に言いながら太刀を両手に握り構える。

 斉藤先生は「いいえ〜」とにっこり答える。



 さて……この状況をどうしたらいいの……。

 桜を倒せば全て片が付くのに、それまでの道のりがかなり遠い。

 対する三人を睨みつけていると、来栖さんが小声で話しかけてきた。



「私が雪也さんを相手するわね〜。八重さんと柳さんは斉藤さんを相手して? 鈴芽さん、あなたが桜さんを倒すのよ」


「私が!?」


 私以外の二人は小さく「了解」と頷いた。


「ええそうよ〜。単純な力比べでは彼女には届かないでしょうね〜。でも今の桜さんはコアを取り付けてるから誰が相手しても同じ……。私の攻撃も大して効いてないみたいなのよね〜」


「あれで!?」



 来栖さんの一撃は効いたと思った。

 でも確かに今の桜は痛みすら気に留めていない涼しげな表情だ。

 打ち付けた本人がそういうのだから間違いはないんだろうけど……。

 だからといって私があの人と渡り合えるかと考えると甚だ疑問だ。



「大丈夫。この場であの人に立ち向かえるのは間違いなくあなただけよ」


「なぜです? 私はこの中で一番力が弱いのに」


「力じゃないわ。その足よ。この場で一番突き抜けた能力を持っているのはあなただけなの……。今の桜さんを相手するには、何かが突出した人じゃなきゃいけない。それは私でもここに居る隊員でもないわ〜。大丈夫。隊長の私を信じて〜」


「わ、分かりました……。やります!」



 来栖さんが言うなら間違いない。

 この人の言っていることは理解できる。

 確かに刀という自己強化型の頂点とコアを持ったあの人を倒すには突き抜けた力が必要だ。



 それがまさか私とは考えなかったけど……。

 今私に足りないのは技術だ。

 その技術を補ってくれた大樹はもういない……。

 ならあの人と撃ち合う中で身に付けてやるんだから!



 私の頷きに来栖さんが「よし」と答え……。



「では……行動開始!」



 彼女の命令と共に私たちは駆け出した。

 向こうもこっちの動きに合わせて動き始めた。

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