52話 【冥王】
イヴリース。
この世界のタイトルにもある、その名は本来最終章に登場する【原初のエリミネーター】の物だ。
原作での伏線や、匂わせの情報では【原初のエリミネーター】の姿は人間の形をしているらしい。
らしいと言うのは、そいつが出る前に作者が行方不明になってしまったからな。
来栖さんの前、机の上に広がる資料に俺は目を通す。
イヴリース計画。魔人生成。人智を超えた魔力。
そんな文字が書かれた資料の大半には人体と【エリミネーター】の融合について記されている。
その融合というのは、人体実験だ。
内容は様々で、肉体に【エリミネーター】の肉を混ぜ込む。人間の脳を【エリミネーター】に埋め込むなど……。
空間全体にズラッと並ぶポット。
少し離れたところにある台には紫の液体が滴る肉のような何かが放置され鼻をつく刺激臭がここまで漂ってくる。
あれを使った実験の最中ということか。
「くそっ!」
そう考えた俺は、思わず本来の口調が溢れ出てしまった。
来栖さんは怒りを滲ませた俺の顔を見るなり聞いた。
「その【原初のエリミネーター】の正体は人工の物だってことかしら?」
「いえ。私も資料でしか見たことないのですが、イヴリースは何十年前に突如として現れた【人型エリミネーター】です。当時は国一つを滅ぼしたと言われるほどの脅威だったんですけど、ある日突然姿を消しちゃいまして……。今ではその姿を見た者はいません」
原作ではそう書いてた。
咄嗟に思いついた嘘だが、誰も疑いはしないだろう。
こういう時ばかりは九条家出身でよかったと思う。
歴史の長い家系だけあって、屋敷に埋もれた資料を俺が見ていてもおかしくないと思ってくれてるらしく、来栖さんは「そうなのね〜」と頷いていた。
「つまりここにあるポッドは人工でイヴリースを作ろうとしている実験の真っ最中ってことです」
「やっぱりそうなのね〜。まあ見た目からすごい怪しい光景だしね〜。柳さん、撮影を。これを証拠に九条家に是非を問いたいと思うわ」
「了解しました」
柳先生はカメラをリュックから取り出し資料やポッドを撮影していく。
フラッシュでポッドの中の女性が目を覚ますかと思ったが、何かの薬を服用しているのか虚ろな目のままピクリとも動かない。
虚ろな瞳のまま……。
「まさか!?」
一つ嫌な思い当たりに気づいた。
それは同じ虚ろな顔をしたお兄ちゃんも、もしかするとポッドにいる彼女達と同じ実験を受けたかもしれないという可能性。
そんな嫌な想像が頭を巡っていると、この空間に俺達とは別の足音が入口の方から響いてきた。
「油断したわ。まさかあなた達如きにこの場所を見られてしまうなんて……」
俺はその声が聞こえた方を振り返った。
そこには太刀を抜いた桜と、氷鬼を握るお兄ちゃんが並んで歩いてくるのが見えた。
お兄ちゃんの方は相変わらず、感情が篭っていない様子。ポッドの女性にもう一度目を移す。
やはり同じだ。間違いない。このババア。お兄ちゃんに何かしやがったんだ!
「ババア! お兄ちゃんに何をした!」
俺の怒号は桜だけでなく、この場の全員を驚かせた。
いつもの年相応の女の子らしい口調は消え失せ、今放たれたのは、野蛮な男の口調そのものだったからだ。
そんな俺を桜は目をピクリと動かし睨みつけてくる。
「なんです? その言葉使いは。まるで野蛮そのものね」
「答えろッ! お兄ちゃんに――雪也に何しやがった! なんでこの中にいる人と同じ顔をしてる!?」
もう隠すつもりもない。俺はこの怒りを何かしら発散しないと気が狂いそうだ!
桜はふん。と鼻を鳴らし目を細めた。
その目は俺の事を見下すかのような冷たいものだった。
「貴方の想像通りよ。雪也には、九条家秘伝の儀式を──少しだけね」
「九条家秘伝の儀式だと?」
「ええ。そうよ。そこにある肉が見えるかしら?」
桜は台の上に転がる紫色の液体を滴らせる肉を指差した。
「あれが何だってんだ」
「あれはここを守る【エリミネーター】……。【冥王】の肉よ」
「なんだと!?」
【冥王】があんな状態だとすればなぜこのアビスは消滅しない!? それにあの肉で一体何をしたってんだ!
『なにか、嫌な予感がする。いや……。聞きたくない』
鈴芽ちゃんは耳を塞ごうと俺の操る体に干渉し、腕がピクリと動いた。
聞きたくないのは分かるが、ここは聞いておかないといけない。
もしそれが俺の知ってる知識で元のお兄ちゃんに戻すことができるかもしれないからだ。
「まあ簡単に言えば雪也に【冥王】の血を数滴飲ませただけよ? この子は我が九条の希望なのだからそこに居る粗悪品と同じように扱うはずないでしょう? ゆっくりと血に慣れさせてなら本格的な儀式を施すわ」
となるとまだ救いの余地はある!
桜は肝心な事を忘れているようだが、【アビス】は主を討伐すると跡形もなく消滅するんだ。
それはそこにいた【エリミネーター】の存在諸共だ。
つまりお兄ちゃんに含まれた血も【冥王】の討伐で消失する。よかったな鈴芽ちゃん!
俺の考えが伝わったのか、腕の震えがおさまった。
そして目に涙が込み上げてくる。
これは鈴芽ちゃんの感情だ。
安心しきったのだろう。
だけどまだだ!
まだ【冥王】の討伐は終わっていない。それどころか本体の姿をまだ見つけてもないんだからな!
「もう十分よ〜? 九条桜さん。あなたの今の話しっかりと記録させてもらったわ〜。これを持ち帰れば九条家の存続も危ぶまれる事でしょうね〜」
来栖さんが顎を少し動かし、後ろに控える柳先生の方を促す。
柳先生は胸ポケットからボイスレコーダーを取り出し、さっきの桜と俺の会話の全てを再生する。
いつの間に録音をしたんだよ。
カメラといいボイスレコーダーといい。柳先生準備良すぎんだろ!
「ふふ。はっはっはっは!」
桜は手で顔を覆い笑い始めた。
柳先生はレコーダーをカチッと停止させた。
俺達は桜を何がそんなにおかしいのか訝しげに目をやる。
「何がおかしいの〜? あなたはもうお終いだっていうのに?」
「私達がお終い? ははは。おかしいわ……。本当にあなた達は愚かね。 生きてここから出られると思ってるの?」
「何が言いたいの〜?」
来栖さんが棒を握る手を強めた。
全てを記録されたというのもかかわらず桜の言葉には余裕があった。
まだこの状況から打開する手があるのだろう。
あるとすれば一つだけ……。
それは間違いなくこの場で俺達を殺すつもりだろうな!
「あなた達がここを出るには私を倒す必要があるのよ? でもそれは絶対に無理な話……」
「何を言い出すかと思えば……。観念しなさい九条桜! 私たちは四人! あなたは二人。奇襲に気付かれた時点であなたには勝ち目はないわよ!」
弓を弾きながら八重さんが言った。
少しでも動けば射るつもりだろう。
だが、桜はそんな八重さんに動じる事なく嘲笑い続けた。
「本当におかしいわ。【冥王】をあなた達四人で倒すって? 本当に哀れね!」
そう言って桜は軍服の上着を開き胸元を曝け出した。
胸元にあったのは赤く輝く宝玉。
その赤い宝玉は脈を打っている。
血管がそこに集まり、心臓の代わりに全身へ血を流しているかのように見える。
この場に居た皆が息を呑んだ。
あれは間違いなく、コアだ。
それが生存器官を示す物だと、俺は原作の知識から知っていた。
『あれってまさか、【冥王】のコア!?』
鈴芽ちゃんが震える声で言った。
そうだよな。ここにいる奴らに実験を施して強化してるなら当主自身が受けてないわけないよな。
「つまりババアが【冥王】ってわけか」
「ご名答。だからあなた達がいくら束になろうと勝ち目はないわ。誰も攻略不可能だった桜場アビスの主と一体化したこの私にはね!」
胸元を晒す桜は服を整え、太刀を握り直す。
その太刀は綺麗な刀身で、刃に俺達の姿が反射するほど磨かれていた。
だがそんな刀身に黒いモヤのような霧が漂い始める。
それは彼女自身の魔力もあるだろうが、間違いなく【冥王】の魔力も含まれているに違いない。
「そういうことね〜。二ノ宮さんが前に任務でここに訪れた時にはもう【冥王】はあなたと一体化してたのね」
来栖さんが顔をゆっくりと振って呟いた。
「音もなく一撃で隊員を戦闘不能、もしくは殺したのはあなた自身ね〜。あなたほどの実力者ならただの隊員を始末するぐらい簡単でしょうしね〜」
それだと確かに、丹色さんが言っていた当時の状況に頷ける。
悔しいけど、このババアの実力はかなり高い。
なんせ九条家の当主なんだからな。
「そこまでわかったならもう話は必要ないわよね。じゃあさっそく……死になさい」
桜が太刀を振り上げ、瞬きする間に俺との距離を詰めてきた。
大振りの一太刀は咄嗟に躱すことができたが、空を裂く刀身から悍ましい気配を感じ鳥肌がたった。
まるで死がそこに迫っているような感覚。死が首筋に触れている感覚と言えばいいのだろうか? そんな感じだ。
「八重さん! サポートを!」
「了解!」
八重さんが弓を斜め上に放ち、桜の頭上から矢の雨が降り注ぐ。
それをお兄ちゃんが全て刀で撃ち落とした。
桜はさらに俺に距離を詰め、太刀を上段から切り下ろす。
俺は反応しレイピアを振り上げた。
桜は縦からの斬り落としから横斬りに巧みな捌きで切り替えた。
なんとか目で捉え飛び退こうとしたが、長い刀身に回避しきれず、胸に浅い一太刀を受けた。
皮膚を裂かれた不快感と痛みが全身に伝わり、斬られた途端、心臓がズクン! と疼く。
次第に体から力が抜け視界の端が赤く霞み、思わず胸を抑え膝をついた。
「私は今【冥王】の力を得た。そして私の戦技は必殺の刃。触れたものは魂を煉獄へと堕とす!」
桜の言葉通り、俺の意識がだんだん遠のいていく。
胸元の傷は小さいがそれだけで人の命を奪うには十分な威力だというのだろう。
考えれば考えるほど動揺で気が遠くなる。
息をするのも辛い。うまく酸素を取り入れられないほどの緊張が俺を襲う。
瞼が重たい。
レイピアを放してしまい、地面に倒れ込んだ。
「あっけなかったわね」
桜は刃を俺に向けてくる。
眠たい。それも物凄く。
『寝ちゃダメ! 起きて!』
鈴芽ちゃんの声も次第に聞こえなくなっていく。
そして俺は意識を保っていられなくなり、瞼を閉じてしまうと意識が完全に途絶えた……。
「やっと死んだ。ようやくよ。ようやく目障りな子供が死んでくれたわ!」
「鈴芽さん!!」
来栖さんをはじめとする隊員達が鈴芽の名を呼んだ。
だが反応せず地に伏した鈴芽を見て来栖さんはKIAと判断しようとする。
だがその時――。
「まだよ……。まだ終わってないんだから!」
レイピアを握り、地面に突き刺して立ち上がった。
大樹の魂から鈴芽に切り替わった。
自分の中に大樹の気配を感じない……。
もうここにあいつの魂は無いのだと思うと涙が溢れた。
それでも鈴芽は桜に怒りの眼差しを向ける。
立ち上がる私を見て、桜も驚いたようで目を見開いている。
「な、なんで!? あなたはもう死んだはず! 魂を斬ったのよ? なんで立てるっていうの!」
そうね。確かに私は斬られたわ。
でも魂を斬る斬撃は一度だけなら通用しない。
そう。私には自分の魂と大気の魂の二つがあったから!
でももうその大樹は私の中に居ない……。
あんたが殺したんだ!
まだ出会って数日の中だったけど、嫌いじゃなかったのよ!
「許さない! もうあんたなんかお婆様って言ってやんない! あいつの言う通りババアで十分……。いいや。あんたなんか老害で十分よ!」
涙を拭って指差して言い、地を蹴り駆け出した。
最初から全力疾走し体の周りにプラズマを発し始める。
光速の疾走は風の膜を突き破り、桜の眼前まで距離を詰めるとレイピアを横に薙いだ。
「誰が……。老害よ!」
桜も太刀を振ってライトニングスパローと打ち合う。
その一太刀の衝撃を全身で感じながらも、桜を強く睨み続けた。
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