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49話 壁と秘匿された可能性

 壁とはなにか。


 人生に立ち塞がる最大の壁だとか、壁のような存在だとか、いろんな表現があるだろう。


 良い意味で考えると壁って自分の成長を予感させる言葉よね。なんでこんなこと考えてるかって? それは勿論……。



「なんでこんなに高いの……」



 壁である。



 そう、アビス内の【エリミネータ】の侵入を防ぐ目的で建造された地上500メートルという高さのそれは大きな壁だ。

 私史上最大の壁と言ってもいい。



 白くツルツルした表面、そんな壁を登攀し始めて20分。戦機を使えばあっという間に登り切れるだろう。

 だがそれを来栖さんは許さなかった。



 曰く、九条家に作戦が漏れている以上行動には細心の注意を払い、目立たないようにする、との事だ。



 故にピッケルで壁を突き刺し、一歩ずつ上へ上へと登っていく。進むごとに体に打ちつける風が強くなる。

 更には腕の筋肉が疲労でピクピク痙攣し始める。



 下を見ると登攀開始地点の雑木林が豆粒のように小さく見える。落ちたら無事じゃ済まないだろう。

 思わずブルッと震え、顔を上に向ける。



 幸いなことに頂上までもう少しといったところだ。こんなに高いのだ。九条家のウィザードの待ち伏せもないだろう。



 こんな所で待ち伏せるより次元の裂け目付近で待機していた方が効率的だしね。



 ならなぜ私たちがこのルートを選んだかっていえば、待ち伏せ警戒の他にもう一つ理由がある。それは――。



「アビス内に敵影6。外壁敵影9。みんなこっちに気付いてないみたいよ〜。うふふ。ゲート付近の建物に隠れちゃって。お間抜けさんね〜」



 一番に登り切った来栖さん。

 彼女は伏せて双眼鏡で内部と外部を見渡し告げた。



 恐らく彼女の言う敵影は【エリミネータ】の事ではない。何度も言っているが、九条家の人間だ。



 中にいる待ち伏せが思ったより少ない。

 外部で始末する気だったのだろうか。



 それはそれで好都合だ。

 私はピッケルを突き刺し、壁を登り切った。



「はぁ〜……。流石に疲れた〜」


「お疲れ様〜。でももう少し静かにね〜。遠くにいる彼女達に気付かれるから」



 しーっと指を立てる来栖さん。



 全ての能力が向上している九条家ウィザードを警戒しての発言だ。聴覚も例外なく向上しているのだろうか。



 『そんな情報は設定じゃ分かんなかったからなんとも言えないな〜』


 『そこまで書かれた設定とか気持ち悪いわ。神様ってほんとなんでもありね。私たちの全部を知ってるんだから』


 『まあ作者だしね。鈴芽ちゃんのあんな事やこんな事もバッチリ載ってたよ〜』


 『やめて気持ち悪い! 次また同じこと言ったらはっ倒すわよ!』


 『そうプリプリ怒る鈴芽ちゃん。今日もかわちいですね〜』



 ムカついたからアタシは自分の太ももを思いっきり抓った。



 『いだ! いだだだだ!!! はっ倒すって、それただ自分を痛めつけてるだけじゃん! いだだだだ!』


 『ふん! 同じ体を共有してるからこその痛みよ? 思い知った?』



 と言いつつも私自身も超痛い。



 目に涙をうっすら溢れさせていると、来栖さんが不思議そうに話しかけてきた。



「何してるの? そんなに抓って、緊張してるのかな〜?」


「い、いえ。そこまでの緊張はしてないです!」



 匍匐前進しながら来栖さんの側まで移動する。



 来栖さんは私に双眼鏡を手渡して「あそことあそこを見て?」と指差しながら囁いた。



 その方向に目をやると黒い軍服に刀を携帯した女性が六人、建物の陰に隠れるようにゲート入り口をじっと見つめているではないか。



「見えた〜?」


「はい。あれが待ち伏せですね」


「うんうん。敵だね〜。幸い彼女達の実力は大したことないみたいだからバレても問題ないとは思うけど、面倒なのは彼女達が街にいる敵全員に集合をかけられることね〜。それだけは避けたいわ」


「そうですね。最悪屋敷からの増援も考えられますものね」



 双眼鏡を来栖さんに返し答えると、後ろで八重さんと丹色さんが登り終え、互いの背にもたれ合いながら一息ついていた。



「やっと登り切った。こんなルートを選ばせたクソ九条め……。後で覚えてろよ……」


「口が悪い。と言いたい所だけど激しく同意するわ。あなたが仕返しするときは私も呼びなさいよ? 一緒に殴り飛ばしてやるから」



 すみません。ここに居る私もクソ九条の一人なんですけど……。



 二人は九条家に対しての苦情を垂れ流し続けていた。いや誰が上手いこと言えと……。



 『九条家改め苦情家に改名すれば良いのにね?』


 『はいはい。アンタは黙ってなさい』


 『辛辣!?』



 大樹のバカな発言を聞き流し、私は来栖さんに声をかける。



「それで? 次元の裂け目はどこにあるんですか?」


「ん〜? ここから北に600地点に次元の裂け目よ〜」


「近いですね。そんな場所は見えないですが……」



 肉眼で北を見渡すがそれらしい物は見当たらない。



 『ねえ? あんたなら見たことあるでしょ? 次元の裂け目』


 『う〜ん。なんて言えば良いのかな〜。その名前通りの見た目なんだよね。空間が歪んだ場所っていえば分かるかな? まあここから肉眼で探すのは無理だと思うよ?』



 そっか。見えないのか……。

 ならここから探すのは諦めよう。



「まあ見えないわよね〜。じゃあ連絡を待って柳さんと場所に向かいましょうか。二ノ宮さん。柳さんから連絡はあった〜?」


「いや、まだ無いよ。でもそろそろ定時連絡が入る頃だと思うけど……」



 その時ブツッと小さな音が聞こえた。



 丹色は目を見開き「噂をすれば……」と背中のリュックサックのポケットからトランシーバーを取り出した。



「ハロハロ〜。こちらアシナガバチ。感度良好。どうぞ?」



 アシナガバチ……。通信中はコードネームで呼び合うのね。



 『こちらヒル。目的地の裂け目に到着しました。ですが……』



 通信機から聞こえた柳先生の声が聞こえた。

 ヒルにアシナガバチ、他二人も虫のコードネームなんだろうか。



 それより先生が何か気になったところを見つけたみたいね。



「なにかあったの?」


 『裂け目付近に敵影を2確認。守るように立っています』

 


 その言葉を聞いた来栖さんは糸目を少し開いた。中の青い瞳が怪しく輝く。



「待ち伏せというより見張りなのかな〜。ここに足を踏み入れることがどうしても嫌みたいね〜。分かったわ。二ノ宮さん、柳さんにその場で待機を指示して」



 来栖さんは言って双眼鏡でゲート付近のウィザードの監視を再開した。



「了解、隊長。ヒル? 隊長からの命令、その場で待機ね?」


 『了解しました』



 ブツっと通信が切れる。

 丹色さんはトランシーバーをリュックに直した。



「おかしいわよね〜。これまでも何度か自衛隊が攻略に出向いたけど、彼女達の妨害はなかったわ。なのにどうして今回は妨害してくるのかしら〜」



 来栖さんは双眼鏡で監視しながらそんな疑問を呟いた。



「言われてみると確かにそうですね。何か隠し事でもあるのかしら……」



 八重さんも疑問に感じ始めている。

 確かにこれまでも何度か作戦実行されている事は丹色さんが言っていた。

 にも関わらずなぜ今回は妨害されるのか……。



 『あんた何か知らない?』


 『いいや。ごめんだけど分からない。この話は原作で描かれてなかったからね』



 となると、本格的に不思議だ。



 この疑問を抱えたまま作戦に臨むのはあまりにも危険な気がする。それは隊長である来栖さんも同じだろう。



 来栖さんも何か考えているように眉に皺を寄せていた。



『想像で言っても良い?』


『良いわよ?』


 『なら言わせてもらうね。こういうのって大体、一番隠したいものは見せずに、敢えて見学させるって事、ありえない?』


 『っていうと?』


 『なんて言えば良いのかな? 不正をしていることはあるけど、それを守ろうとするあまり外部に隠し続けると警戒されて最悪疑われるでしょ? だからあえて見せて良い部分は見せて大事なものは隠してたって事』


『なるほどね。なら丹色さんが前に行ったのはバレても問題ない場所だってことね』


 『そう言うこと』



 だとしたらこの話をどう伝えればいいか。

 必死に考えた末、思いついた内容で来栖に伝える事にした。



「隊長。良いですか?」


「どうぞ〜?」


「柳先生の見た見張りの件、丹色さんの時は許されて今回は許されない違いで思い出したことがあるんです」



 それを聞いて来栖は双眼鏡から目を離しこちらに顔を向けた。



「何を思い出したのかしら」


「はい。子供の頃お祖母様が言ってたのですが、うまく隠したか〜だとか、今回は攻略作戦があるから〜とか言ってたのを思い出したんです。もしかすると丹色さんが前に攻略に向かったときは本来の攻略ルートじゃない可能性があります」


「へ〜」



 来栖さんが目を開いて、じっと見つめてくる。中から覗かせる青い瞳に私の考えが見透かされてる感覚に陥る。



「分かったわ。参考までにその話を想定しましょう。つまり二ノ宮さんが前に仕入れた情報は全く意味がない可能性があるってことね〜?」


「そうなります」



 嘘だけどね。これで間違ってたら大樹、あんたを許さないから。



 『ええ!? そんな〜……』



 許す許さないの前に、嘘をついた私の首が文字通り飛びそうだけどね。



「話はまとまったわね〜。では移動しましょうか。ここから壁の上を移動して敵から離れた場所に降ります。今度は崖を降りますよ〜」


「「「了解……」」」



 心なしか皆の士気が低かった。



 まあ無理もない。今登った壁を今度は降るのだから……。



 また壁か……。いやだなぁ……。そうだ!



 『今度はあんたが降りなさいよ〜』


 『俺!?』


 『あんた以外に誰がいると言うのよ。登りは私だったんだから降りはやって! 同じ体の中に住まわしてるんだからそれぐらいやってよね』


 『しょうがないな〜』



 やった。なら今度は私が体の中でゆっくりさせてもらいとしましょ!



 そうして私は肉体の主導権を大樹に譲り崖降りを任せる事にした。

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