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44話 最強のお姉さん

 基地の外に出て、誰もいない静かな演習場に私たちはやってきた。



 辺りを見ると、武器や的の残骸、物資コンテナを開けっぱなしにして溢れ出した装備品の数々が見受けられる。



「小鳥ちゃん! ここが気になる〜?」



 キョロキョロ見渡していると、茶髪ボブカットの女性、丹色がニシシと笑いかけてきた。



「あ、いや。ここって誰もいないんだな〜と思いまして……」


「あー! なるほどね〜。ここは演習場ではあるんだけどね? ほとんど私たち専用の場所だから誰も来ないよ〜」


「専用……ですか?」


「違うわよ丹色。全く適当なことを言わないで」



 丹色さんと私の会話に八重さんが否定し、丹色さんをジロっと睨みつけた。



「ここは確かに演習場よ。みんなのね? “どこぞの”“誰か”が散らかし放題にしたせいで誰も近付かなくなったから人がいないだけよ」


「あれ〜? だれだ〜? そんなことする間抜けは〜? ヒガミかな〜?」


「あんたでしょ! あんた! 私の嫌味聞いてた? これ全部アンタが散らかしたままの状態でしょ! 早く片付けろって上から指導受けてるってのに全く片付けないせいで、みんな使用できないってだけじゃないの!」


「あれれ〜? そうだっけ? でもおかげでここ使いたい放題なんだし? 万事オッケーじゃない?」


「オッケーじゃない!!」



 あはは。丹色さんと八重さんの二人、仲がいいのか悪いのかわかんないわね……。



『でも鈴芽ちゃん? こういう二人に限って、すっごいコンビプレイができるってお約束があるんだよ?』



 確かにそうかもね。今もこうしてお互いの言葉にツッコミ合ってる様子から、かなりお互いを知り尽くしてる感があるもんね。



「は〜い。二人ともそこまで〜」



 パンッと一回手を叩いた来栖。

 その音を聞いた二人は、今までの緩んだ空気が一気に切り替わり、ビシッと姿勢を直立させていた。

 


 柳先生も「やれやれ」と首を振ってから来栖に向き合っている。



「うんうん。みんな素直でよろしい〜。二ノ宮さんはちゃんとこの後片付けをしましょうね〜?」


「は、はい!」



 来栖の糸のような目が少し開いたと思うと、さっきまでのイタズラっぽい様子だった丹色さんが震え上がっていた。



 やっぱり隊長ともなると、決めるところはきちんと決めるんだ。



『っていうよりメリハリが効きすぎじゃない? ほんわかお姉さんが今一瞬、鬼のように見えたよ?』


『それもあるわね』


 

 確かに大樹の言った通り、手を叩いた瞬間の来栖さんからとんでもない重圧を感じた。それは鬼とか魔神とかそんな名前で呼ぶしかないと思わせる雰囲気だった。



 そんな来栖は、今はニッコリとした顔で話し始める。



「じゃあ今から鈴芽ちゃんの実力を見せてもらおうかな〜? 戦機を出して〜? 私も出すから」


「はい! 戦機解放!!」



 言われるがまま、私は戦機ライトニングスパローを召喚し、地上から抜き取った。

 それを隊員達は、まるで研究者のように頷いたり顔を傾けて見てくる。



「うんうん。いい戦機ね〜。なら私も〜……。戦機解放〜」



 ホワホワした様子で召喚した来栖の戦機は、驚いたことに棒だった。



 赤くて長い棒。特に何のギミックもないように見えるそれは、最遊記の孫悟空が持つ如意棒のような見た目だった。



「来栖さんのそれって、棒ですか?」


「これ〜? うんそうだよ〜。これはね、龍槌棍って名前なんだ〜。可愛いでしょ〜?」



 棒に頬擦りする来栖。

 美的感覚がどうやら他の人と外れてるってことは私には分かるわ。ただの棒が可愛いだなんて……。



「これがただの棒だなんて思わない方がいいわよ」


「え――」



 瞬間、背筋がヒヤリと凍りつき、思わず声を上げてしまう。それは来栖の構える棒が何かを放ったわけではない。来栖自身だ。



 彼女は龍槌棍を達人のように握り、振り回し始めた途端、雰囲気がガラリと変わったのだ。



 まるで歴戦の猛者のような重圧。その所作。

 その全てが空気を伝って、私の体に「強者」だと認識させてくる。



「隊長もお人が悪い」


「ただの実力測定であんなにプレッシャーを与えるなんてね〜?」


「ですがこれも二日後の作戦の為です。鈴芽さんには悪いですが、あれぐらいの重圧には耐え切ってもらわないと先が困ります」



 私達を見守る三人の声が遠く聞こえる。



 そうだ。私は桜場アビスを攻略するんだ……。攻略してお婆様達からの襲撃をなくして、お兄ちゃんとずっと一緒に暮らす! その為なら、こんなプレッシャー、屁でもないわよ!



「ごめんなさい。別にその戦機がどうこうって意味で言ったんじゃないんです。でも来栖さんが放つこのプレッシャーで緊張がほぐれました。いつでも行けます」



 レイピアを顔の前で立て、西洋の剣士のように構える。



 今までこの戦機と向き合って色んな戦法を学んできた。その一つがこの構えだ。



 刀型じゃない分、日本の技に固執しなくていい。そう思って様々な武術書を読んで頭に叩き込んだ。夜更かししてまでもね!



「なら来なさい!」



 来栖が棒を前に向けて構える。



 私は最初から全開で走った。視界に映る物が伸びたように見える。風圧を肌に感じ、バチバチとスパークを発する。



「資料で見た通り、光速移動のようね〜。でも!」



 来栖は棒を横に構え、大きく回転させた。その振り回しは私の足を絡め取り――。



「そ〜れ!」


「ぐあっ!」



 瞬間、視界が跳ねた。地に叩きつけられた瞬間、視界が白くはじけ飛ぶ。

 来栖さんは巧みな棒術で掬い上げ、地面に叩きつけたのだ。



 信じられない! 本気で走ったのよ!? 刀型じゃないのに、なんで見えてるの!?



 驚いた顔を浮かべながら地に叩きつけられていると、来栖さんはニコニコ笑顔のまま棒をグッと私の体に押し付けてきた。



 棒の先端に彼女の体重が乗り、横腹に突き立てられた肉が引き絞られる激痛が思考を鈍らせる。



「まだまだ〜」



 私の体ごと軸にして宙に浮かび上がった。

 そして棒から手を離したと思いきや、落下と同時に腹に重たい拳をぶつけてきた!



 その一撃は岩石のように固く、重たいものだった。



「かはっ!!」


「気を抜かな〜い! それそれ〜!」



 軽い掛け声とは裏腹に、拳を連続で振りかざす来栖さん。その怒涛の攻撃の連続に、鈴芽は抜け出すことができない。

 


 機関銃だ……。今彼女が振りかざす拳の連続は、それを彷彿させるインパクトがあった。



 逃げようとすれば足で体をロックされ、払い除けようと伸ばした腕は軽く弾かれる。



 鬼だ……。私の目の前にいるのはまさしく鬼だ!



『何とかして抜け出さないと!』 



 そんなこと大樹に言われるまでもなく分かってる!

 だけど……。この人の力が強すぎて――抜け出せない!



 必死に腕をクロスさせてガードするが、ハンマーで殴られたように打撃がジンジンと腕を痺れさせる。

 それでも尚、笑顔で殴り続ける来栖は恐怖そのものだ。



「あらあら〜もうお終い? これじゃアビスゲート攻略には力不足よ〜」


「そんなこと言われなくても分かってる! でもどうすれば……」


「なにも早く走れるだけが全てじゃないでしょ〜? 他にできることを考えて〜?」


「そう……言われても!」


『分かった! 鈴芽ちゃん、一度変わってくれ!』


『分かったってなにが!? この状況を抜け出せる方法があるっていうの?』


『まあ見ててよ!』



 大樹の言う通り、肉体の主導権を変わってもらった。



「よし! って痛い!!」



 変わった瞬間、腕から伝わる来栖さんの打撃の衝撃に思わず少し声を漏らす。

 だが俺の考えた通りにいけるなら!



 そう思い、目に意識を集中させる。

 走ってる時、なぜあの速さの中で視界を確保できたのか?



 それは「走ること=ライトニングスパローの能力」だと考えていたからだ。



 ライトニングスパローはただ速く走れるようになる速度強化だけじゃない。スピードに関する全てが底上げされる能力だとすれば――。



 見えた!



 目に意識を集中すると、来栖さんの拳がゆっくりと進んでくるのが見えた。

 さっきは雨のように絶え間なく降り注いでいるように見えていたが、これならいける!



 俺は来栖さんの攻撃に合わせて、手を光速で弾いた。



「あらあら〜」



 来栖は弾かれた両腕に少し驚いたように目を開く。

 その隙に俺はレイピアを彼女の喉目掛けて突こうと試みたが、彼女は瞬時にその場から飛び退き、棒をくるくる回して肩に担いだ。



「なるほどなるほど……。これはなかなか面白いかもしれないわね〜。気が変わったと言えば良いのかしら〜?」


「まだ勝負は終わってないわよ!!」



 そんな彼女に俺は全力で突っ込み、レイピアを振り上げた! だが――。



「いいえ。お終いよ」



 コンっと軽い音を鳴らして棒を前に構える。迫る俺のレイピアを最低限の棒捌きで弾き、腹に突きを二連、ぶつけてきた。



 俺はそこで膝をつき、腹を抑えながら蹲るしかできなかった。鈴芽ちゃんに「任せろ」と言った手前、このザマは恥ずかしい。



 そんな俺の前に、来栖さんは棒を消して俺の手を握り、立たせた。



「うんうん。合格よ〜」


「ご、合格?」



 首を傾げた俺に、来栖さんは笑顔で頷く。

 今のザマで合格でいいのだろうか?



 そう考えていると、隊員達が側までやってきた。



「いや〜。よくあそこで反撃に持ち込めたね〜? 小鳥ちゃん!」


「ほんと凄いわ。って丹色。小鳥はやめなさい。鈴芽さんはもうそんな呼び方をしていい実力じゃないって今ので分かったでしょ?」


「ほ〜い。ごめんね鈴芽ちゃん。ヒガミが口うるさくてさ」


「私はあんたに言ってるのよ! 丹色!」


「はいはい。そこまでよ〜二人とも〜」



 パンパンと手を叩いて、八重さんと丹色さんの喧嘩を収める来栖さん。



「柳さん。貴方の生徒さんはと〜っても優秀なのね〜?」


「いえ。私はまだ指導をしていません。これは彼女自らの実力です」


「あらまぁ。それはとんでもない逸材だこと〜」



 人妻味あふれる所作で柳先生の言葉に驚く来栖さん。さっきの鬼のような印象から一変し、ようやく模擬戦が終わったと実感が湧いてくる。



 そんな来栖さんが私の手を取り引き上げる。

 引き上げられた俺は立ち上がり、来栖さんからパンパンと土埃を払い落とされる。



 その優しげな様子から先の鬼のプレッシャーは感じない。



「痛くしてごめんなさいね〜? でも鈴芽さんの実力はよ〜く分かったわ。じゃあ中に戻って、これからの作戦について話し合いましょうか〜」


「今からですか!?」


「そうよ〜? こういうのは閃いた瞬間に口にした方が、いい策が出てくるものよ〜」



 そう言って来栖さんはさっさと基地の中に戻って行った。八重さんと丹色さんも、お互い言い合いながら後に続いて中に入る。



「お疲れ様でした。鈴芽さん」


「柳先生……」



 柳先生が俺の肩に手を置いて労ってくれた。

 心なしか、彼女の表情が緩んでいるように見える。



「隊長の攻撃に反撃できる時点で、貴方の実力はアルケミーの中でも上位レベルですよ。あの一条来栖の攻撃を返す時点で、ですが」


「あの人ってそんなに凄い人なんですか?」


「ああ。貴方は知らないんでしたね? 隊長は――」



 柳先生は先に歩く来栖さんに顔を向け、言った。



「あの人は世界で二ヶ所のアビスゲートを攻略した、武人中の武人。最強のウィザードの一人なんですから」

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