40話 帰還
なんとか危機を脱した俺と鈴芽は走りに走り、【ゲート】前までやって来た。
そこには授業を終えたのか、クラスメイトのみんなが一か所に集まり、不安そうな表情で待機していた。
その様子を見て、ようやくあの地獄のような場所から逃げ切れたのだと安堵する。
「鈴芽ちゃん!」
「どこに行ってたの! 無事? 怪我はない?」
最初に駆けつけてきたのは西園寺さんと北風さんだった。
二人は俺の体を支え、水筒を差し出してくれる。その中の液体を口に流し込む。
今までの緊張と恐怖で相当喉が渇いていたのだろう。いくらでも飲めそうだ。味は分からない。ただ冷たく、喉を流れる感覚が心地よかった。
「ゲホッ、ゲホ!」
「ゆっくり飲んで」
西園寺さんが背中をさすってくれる。
咽せながら呼吸を整えていると、遅れてお兄ちゃんとアリステラも駆けつけてきた。
「鈴! お前無事か! 斉藤先生が行方不明になったお前を探しに出たって聞いたけど、何があったんだ!」
「雪也、落ち着いて? 鈴? 今はゆっくり落ち着いて。ここは安全だから。ね?」
アリステラの優しい問いかけで、ようやく心臓の鼓動を落ち着かせることができた。
だが、この場で正直に話すのはリスクが高すぎる。
「九条君。鈴芽ちゃんは私たちを逃すために【エリミネーター】の大群を惹きつけてくれたの……」
「鈴芽ちゃんがいなかったら、私たちとっくに死んでたかも知れない……」
そう考え込んでいると、西園寺さんと北風さんが申し訳なさそうにお兄ちゃんへ告げた。
「何があったかわかんないまま先生が行ってしまったから不安だったけど、そうだったんだな。二人も大変だったみたいだな」
「い、いや! 私たちは……鈴芽ちゃんを置いて逃げただけで、そんなこと言われる立場じゃないよ」
「ごめんなさい! 九条君。アタシ達が至らないばかりに」
「いいって。鈴はこうして無事だったんだし。二人も怪我してるみたいだし、向こうで休んできたらどうだ?」
「うん」
「ほんとごめんね。それと鈴芽ちゃん、さっきも言ったけど本当にありがとう」
そう言って二人は、クラスで治療を行っている女子生徒達の元へ歩いて行った。
「で? 本当は何があった?」
二人が離れ、周囲に誰もいないのを確認してからお兄ちゃんが聞いてきた。
顔は真剣そのもの――恐らく察しがついているのだろう。
水稀のこともあって言いづらいが、ここは伝えておいた方がいい。
『そうね。じゃないとこの先、お婆様達が何をしてくるかわかんないし。二人には伝えた方がいいと思う。アリスが人質にされる可能性だってあるし』
『だよな。鈴芽ちゃんの友達としてアリステラが人質にされて、「解放する代わりに死ね」とか言ってきそうだもんな』
「あのね。授業が始まってすぐに【エリミネーター】に襲われたんだけど、それは斉藤先生が操っていて、気を失わされたの……で、起きたらお婆様がいて、私……殺されかけたわ」
「なんだって!?」
怒りに顔を歪ませるお兄ちゃん。
アリステラは想像を絶する答えに固まってしまった。
「くそっ! とうとうそこまで狂いやがったのかよ! 鈴も家族だっていうのに!」
地面に落ちていた石を蹴り飛ばし、怒りをぶつけるお兄ちゃん。
無理もない。彼は鈴芽を大切にしてきた。そんな家族が、同じ家族に殺されかけたのだ。
今までの仕打ちで不信感が募っていた彼にとって、これはとどめの一撃となっただろう。
「そこにね。前に私を襲った九条家のウィザード、水稀が殺された状態で木に吊るされてた」
「なっ!?」
「殺されてたですって!?」
「うん。だからこれはもう私だけの問題じゃない。お婆様達は私をどうしても殺したいみたいだから、アリスに何かしてくるかも知れない……」
「そうだな。そこまで堕ちてるってことは、なりふり構わないだろうし。アリス……お前、家は大丈夫なのか?」
家――それはアリステラが今過ごしている屋敷のことだろうな。実際は見たことはないが、原作では別荘のようなものだったはずだ。
警備も一般人で構成されてはいるが、もしウィザードの九条家に襲撃されたら、ひとたまりもない。
「私は……」
「アリス。家には帰らない方がいいわ。堕ちたとはいえ九条家はウィザードの家系。ただの警備じゃ太刀打ちできない。未熟者だけど、今は私たちと一緒に過ごした方がいい」
「大丈夫」と言いかけたのだろうが、そうは思えなかった。今は一緒に過ごしていた方が安全だ。
冷静に考えれば考えるほど、相手している集団の恐ろしさに手が震え始める。
「鈴……」
「お兄ちゃん。心配しないで?」
心配そうに見つめるお兄ちゃんに俺はそう返す。
「斉藤先生は九条家の一員だったけど、柳先生が守ってくれた。当分は手を出してこないはず。その間に対策を考えよ。ね?」
「そう……だな」
そう答えるお兄ちゃんは心ここに在らずといった様子だった。
怒りと憎しみが大半を占めているのは間違いない。このまま何もしなければいいのだが……。
――――――――――――――――――――――
事件の翌日。
学校に斉藤先生の姿はなかった。
担任教師は柳先生が引き継ぐことになり、クラスのみんなは寂しさを感じたようだったが、大樹、鈴芽、お兄ちゃん、アリステラの四人だけは安心したようだった。
翌日のHR、柳先生が教壇に立ち挨拶をする。
「これからお前達の担任となった柳です。よろしくお願いします」
「柳先生! 斉藤先生はどうしたんですか? 前の授業で鈴芽さんの捜索に出て以来、姿が見えないんですが……」
生徒の一人が問いかける。知らない者からすれば当然の疑問だ。
学校側の配慮だろうが、実際どうなったかは俺も知らない。
「斉藤先生ですが、九条鈴芽さんの捜索時に【エリミネーター】の攻撃を受けて負傷し、現在療養中とのことです。復帰できるかどうかは未だ分かりません」
「そんな……」
「先生……」
クラス中が一気に暗くなる。
元は九条家の送り込んだ人間だが、クラスの人気教師であったことに変わりはない。生徒たちが悲しむのも無理はなかった。
「あの……病院とかは……」
「すみません。それは機密事項ですのでお答えできません。ですが、あの傷では復帰は困難でしょう」
柳先生の言葉に、生徒たちは完全に沈黙した。
学生とはいえウィザードの卵だ。今の言葉の意味は理解しているのだろう。実際はまったく別の理由なのだが。
『辞めさせたか、帰ってきてないかのどっちかね』
『だな。そうなると、この後柳先生に話を聞く必要があるね』
「では一限目の授業の準備に入るように。私はこれで失礼します」
柳先生が教室を出るのを俺は追いかけた。
「先生! 柳先生!」
廊下を歩く柳先生に声をかけると、彼女は振り返り、指を口に当てて顎をくいっと動かした。
『あれって着いてこいって意味?』
『多分……』
鈴芽と同意見だ。
ここは素直に従うしかない。俺はそれ以上声をかけず、黙って後ろを歩いてついて行った。
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