34話 優しさという味付け
桜庭から離れた街へ向かう為、飛行船のある桜場駅まで向かうことになった鈴芽たち三人。
辿り着いた駅は、昔は電車が走っていたとされる古びた駅だった。七つ隣にある街、銀杏ヶ丘への切符を改札で購入しホームへ向かう。
そこは本来線路があるはずの場所を改築し、飛行船が停泊できるランディングゾーンになっていた。
停泊している飛行船は、葉巻のような形のバルーンの下に乗客と操縦席があるゴンドラがついたタイプだ。
その飛行船に乗り込み、空を移動する。
桜の木々が緑に生い茂る桜庭の街から【アビスゲート】を抜けると、【アビス】の廃墟が遥か下に見える。
【エリミネーター】は飛行船が飛ぶこの上空まで飛んで来られない。
というか今まで飛ぶ個体を見たことがないし、多分これから現れることもないと思う。
大樹の記憶で見たからだ。
だからこそ人類――少なくとも日本人の私たちの交通手段は空に移り変わった。
そんな廃墟の街を下に眺めながら、空を進むこと三十分。私たちは銀杏ヶ丘の駅へと辿り着いた。
ここは大きな駅で、いくつもの飛行船が停泊するランディングゾーンが設けられており、通行の要でもある場所だった。
そんな駅には人が沢山ごった返していた。
今日は休日だからこその人集りだ。
駅から出た私たちは「さて」と一呼吸おき、目指す場所を考える。時刻は十二時ちょっと前。昼時だ。
腕時計を見たアリステラが「よし」と声を上げた。
「出発が遅れちゃったから、まずはお昼にしましょ?」
「私が服選びに時間をかけちゃったからだね……ごめん」
「いいのいいの! まだ時間はあるんだし! 今から取り返せば問題ないもの! ね? 雪也?」
「そうそう。アリスの言う通り。鈴、気にすんなって。飯食ったら行きたいとこに行けるんだから早く行くとしようぜ」
「うん。そうだね!」
二人に励まされながら、私たちは銀杏ヶ丘にある開放記念公園を目指した。駅から徒歩十分ほどにあるこの街のランドマークの一つだ。
昔、この街は【アビス】の侵食に犯された場所だった。
九条家を含むいくつかの名門のウィザードが次元の狭間を攻略したことを記念して、銀杏の木々が生え揃う広めの公園が建てられたのだ。
噴水にベンチ、レンガ造りの道を進むと小さな緑の丘がある。そこではカップルや家族がシートを広げて楽しそうに過ごしていたり、辺りをジョギングする人たちで賑わっていた。
私たち三人もその丘の一角に腰を下ろすと、アリステラは下げていた鞄から大きなバスケットを取り出した。
「じゃーん! 私お手製豪華お弁当よ! 鈴のために使用人に頼んで一緒に作ったの! 雪也にも少し分けたげるわ」
「俺はついでかよ!」
バスケットの蓋を開くと、中にあったのは手づかみで食べられるサンドイッチだった。
一見どこが豪華かわからないが、一つ持ち上げてみると、その理由がわかった。
「なにこれ! お肉がぎっしり詰まってる!」
そう、サンドイッチに挟まれた具材はルビーの宝石のように赤く輝くローストビーフだった。
ぎっしり詰められたローストビーフのサンドイッチ。これは食べ応えがありそう!
「すーず! ほら遠慮せずに食べて食べて?」
「じゃ、じゃあ。いただきます」
アリステラに促されるまま、私はサンドイッチを一口齧った。
サクッと少し焼かれたパン。続くローストビーフはジュワッと肉汁が溢れ、噛みしめるたび香辛料と肉の旨みが暴力的に口の中に広がっていく。
「ん〜!」
言葉にならない。この甘美な味に伸ばした足をバタバタさせていると、「手応えあり!」とアリステラがガッツポーズを決めた。
「あの料理上手の鈴が……。俺の料理を褒めたことのない鈴が言葉もなく感動している……だと!?」
お兄ちゃんがサンドイッチを頬張る私を見て驚きの表情を浮かべた。
お兄ちゃんの料理って基本、市販のタレで濃い味付けにするから素材の味が死んじゃってるのよね。
不味いわけじゃないんだけど、辛いのよ。
でも……お兄ちゃんが一生懸命作ってくれた料理は嫌いじゃない。むしろ好き。
でもそれを口に出すと、ずっと料理当番を引き受けそうだから褒めたことはないんだけどね!
そんなお兄ちゃんも、アリステラお手製のサンドイッチを食べて「美味いぞー!」と立ち上がり声を張り上げていた。
周りの人から好奇な眼差しを向けられ、かなり恥ずかしかったが、その感想は食べた私には理解できる。
私も料理の知識がなかったら、お兄ちゃんみたいに飛んで跳ねてたかもしれない。
見た目からどんな味か大体予想していたからこそ、ギリギリ耐えられた。
「2人とも美味しい?」
「「すっごく!」」
兄妹仲良くアリステラに対して同時に答えた。
彼女は嬉しそうに自作のサンドイッチを頬張る。
それは少し歪なサンドイッチだった。
パンは黒く焦げ、中の肉はしっかり焼かれて茶色。
バスケットの中を見ると、隠れるようにアリステラが作ったと思われるサンドイッチが1つ見えた。
私がそのサンドイッチに手を伸ばそうとすると――
「だ、だめ! 鈴。これだけはダメよ!」
アリステラが必死に手でそのサンドイッチを掴もうとする私を阻止してきた。
使用人と作ったと言っていたことから、このサンドイッチはアリステラ本人が作った物なのかもしれない。
それは阻止するほど食べさせたくない出来らしい。
でも、アリスが自分の力で私たちのために作ってくれた物だもん。食べてみたい。
「でもこっちのも美味しそうだもん。ちょっとだけでいいから食べさせてよ」
そうお願いすると、アリステラは「ぐう……」と唸る。
「そんな目でお願いされると断れないじゃない……。卑怯よ鈴。あなた、自分の可愛さを完全に理解してる立ち回りじゃないの」
「断れないってことは食べて良いってことよね! なら遠慮なくもらうわね〜」
「あ! だめだめ! そんなつもりで言ったんじゃ――」
アリステラの抵抗を掻い潜りサンドイッチを取り、一口食べる。
焦げたパンは苦く、しっかり焼かれた肉はボソボソ。塗られたソースは分量を間違えたのか、かなり塩っぱさを感じた。
アリステラはサンドイッチを食べた私を見て「あぁ……」と力なく手を伸ばしている。
余程食べられたくなかったのだろう。だが作ってしまったものは詰めるしかないと思い、バスケットに嫌々突っ込んだといったところか。
自分で食べてしまえばバレずに済んだからね。
でも私は、さっき食べた絶品のサンドイッチよりも、今食べたアリステラのサンドイッチの方が好きだった。
「美味しいよ! 私はこっちの方が好き!」
「え?」
アリステラは呆気に取られた顔で私を見る。
お世辞ではなく、本当に心からそう思った。
美味しい物はお金をかければ食べられるけど、このアリスのサンドイッチはお金じゃ買えない美味しさが詰まってる。
手作りから感じられる暖かさっていうのかな? 私はそんな歪なサンドイッチが一番美味しく感じた。
もう一口齧るも、やはり美味しい。
「うん! やっぱり美味しいよ! 私こっちの味付けの方が好きかも!」
「鈴……」
アリステラが両手を口に当て、感激した様子で私を見る。
余程そう言ってくれたのが嬉しかったのだろう。だけどこれは本当に正直な感想だ。
「鈴が誉めるってことは美味いんだろうな。どれどれ」
お兄ちゃんが私の手からアリステラ本人の手作りサンドイッチを取り、一口齧る。
すると「うげ!」っと言葉を漏らしては、必死に笑顔を取り繕っていた。
「お、おいしいよ。アリス。すごい独創性あふれる味だな?」
正直に感想を言わないあたり、兄として、男としては合格点。
こういう真摯なところは我が兄ながら素晴らしいと思う。だが顔に表れ過ぎだ。
そんなお兄ちゃんの顔を見たアリステラはサンドイッチを雪也から奪い返し、一気に口の中へ頬張ってしまった。
「あによ! あなた、顔に出過ぎて何考えてるかバレバレよ!」
拗ねた様子のアリステラがお兄ちゃんを睨んだ。
今のでお兄ちゃんに対しての好感度は少し下がったに違いない。
お兄ちゃんは必死でアリステラに弁明しているが、ふん!とアリステラはそっぽを向いていた。
「はは。はははは!」
私はおかしくなり、笑いが込み上げた。
その様子を見た2人は不思議そうに「鈴?」と名前を呼んだ。
「ごめん。でも楽しいの。私こんな楽しいお出かけは初めて。あははは」
そう笑う私を見た2人は互いに顔を見合わせ、フッと一緒になって笑った。
そう、楽しいの。今までお兄ちゃんともこんなお出かけはしたことがない。これが友達とのお出かけってものなんだ。
初めて感じるこの喜びに、私は堪らなく幸せだ。
こんな日がいつまでも続けばいいのに。
そう思いながら、私はアリステラ本人のお手製サンドイッチをもらい、食べた。
やっぱり美味しい。
お兄ちゃんの味付けが濃い料理、アリスの不器用なサンドイッチ。
この人たちの優しさという、何ものにも代えがたい味が私の好物だった。
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