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28話 火と水の刺客

 俺はお兄ちゃんと、アリステラから逃げるように教室を出て【アビスゲート】を潜りいつもの狩場までやって来た。



 そこでは、肉体の主導権を鈴芽と交代し気分を紛らわせるかの様にアサシンビーを駆逐していく。



 こうして、何かに夢中にならなければ、嫌な現実に飲みこまれ涙が出そうだったから。



「あああああッ!!!」



 鈴芽は叫ぶ。

 その叫びは誰もいない【アビス】で虚しくこだまする。

 【アビス】の空はまるで自分の今の鈴芽の心を現したようにいつもより赤く暗く感じた。



 『鈴芽ちゃん……』



 俺は魂の内側から鈴芽の身を案じる。

 このまま狩続けても心のうちは晴れることはないと分かっていた。



 ただもう少し……。もう少しこうして気分を紛らわせていないと気が狂いそうになるのは同じ体を共有する今なら理解もできた。



「46体目!!」



 アサシンビーの頭部を貫き塵に変え、息も絶え絶えになった時、息を切らしながら汗を拭った。



「はあ……はあ……。やっぱり私じゃ、お兄ちゃんの恋人にはなれないんだ。妹だから。選ばれる事なんてないんだ……。好きで妹に生まれたわけじゃなかったのに!」



 堪えていた心のうちが溢れる。



「誰からも望まれてないし、どうして神様は私をこの世に生ませたのよ……。こんな事なら最初から存在しないほうが良かったのに!」



 家族からも見放され、命を狙われ、願いすら叶う事ない現実を前に、堪えていた涙がとうとう溢れ出した。

 そんな時。パチパチパチと手を叩く音が、乾いた【アビス】の空間に響いて聞こえた。



「そうね。そうよね。鈴芽。誰も貴方の生を望んで無いんだもの。そう思うのも無理ないわよねぇ」


「それに大好きな雪也にも見放されて可哀想に……。あはは。もうこれは死んだほうが楽かもしれないよ?」



 背後を振り返ると、刀を携えた女性が2人。

 1人はパンツスーツ姿の黒い髪のロングヘアー。

 もう1人はホットパンツの活発そうな雰囲気を放つ同じ髪色のショートヘアーの女性。



 そんな2人が鈴芽を憐れみ、笑いながらやって来た。



 『こいつらは!!』



 俺はその2人を知っていた。

 それは鈴芽も同様だった。

 この2人は有名なウィザードであり。九条家の中でもトップレベルの強さを誇る者達だった。




「火凛姉様。水稀姉様……」



 ロングヘアーが火凛。ショートヘアーが水稀。

 彩芽と同じ従姉妹である彼女達は、同じ九条家の子供達から尊敬と畏怖を込めてお姉様と呼ぶ。



 そして大樹は知っていた。

 彼女達2人は先の原作で鈴芽に立ち塞がる最強の敵だった事を。



 『逃げよう。今の鈴芽ちゃんでは敵わない!』


 『どういう事? まさかこの2人も……』


 『そうだ。この2人も君を狙う敵だ!』



 鈴芽は大樹の言葉を聞いて、その場を駆け出そうと足を踏み込む。

 光速で移動できる私に、いくら強いと言われる2人でも追いつくのは不可能だと思った。



 だが……。



「せっかく心配して慰めに来たってのに黙って行っちゃうなんて失礼じゃないかな〜?」



 私の目の前に水稀が回り込み、腹に蹴りを受けた。



「ぐえっ」



 蹴りを受けた私は投げられたボールの様に弾みながら吹っ飛ばされた。

 地面を削りながらなんとか着地したが不意の一撃に立ち上がれない。



 そんな私の目の前に火凛が刀の切先を向ける。



「逃げたという事は私たちが今から何をしようとしているか分かっているってことよね」


「げほげほ……」



 酸素を必死に取り込みながら、火凛を見上げる。

 彼女の目に迷いは一切無い。

 ただ冷徹に、事務的に私を殺そうと刀を振り上げる。



 このままでは死ぬと思った瞬間。



 『ごめん!変わるぞ!』


 

 体の主導権が大樹に移り変わった。

 火凛の攻撃を紙一重で躱し、俺は腹を抑えながら2人を視界に収める。



「ちょっと火凛。なんで逃すのさ。もしかして可哀想だと思っちゃったとか?」



 刀を地に突き立てる火凛に水稀が歩み寄る。

 そんな彼女に火凛は舌打ちし答えた。



「いちいち癪に触ること言わないで。貴方の蹴りが浅いから躱されたのよ。詰めが甘いから」


「はあ? それって私に喧嘩売ってる? 上等よ。 こいつの処理が終わったら次はあんたを殺してやる」


「やれるものならやってみなさいよ。どうせ勝てやしないくせに」



 2人は啀み合っていた。

 原作でもあったように仲は悪いらしい。

 本来なら1人ずつ立ち塞がる相手だが、こうして2人が一堂に介している今、救いがあるかもしれない。



 どうにかして逃げ切らないと命がないな。

 にしても何でこの場所に2人が? 誰にも教えてないし、ましてや九条家の誰にもみられてないはずだぞ?



 そう考えて呼吸を整え、レイピアを構える。

 2人は言い争いを中断し、やるべき事、鈴芽の抹殺に動き出す。



「とりあえず。今は頼まれた仕事を果たすとしましょう」


「そうだね。早く終わらせてあんたと私どっちが上か決めたいしね」



 考えるのは後だな。

 今はこの2人からどうやって生き残れるか頭を動かさないと!

 


 迫る2人の内1人。水稀が不意に消えた。

 気付けば眼前に彼女の体が迫り、居合抜刀の構えをとっている。

 一頭の元に切り伏せるつもりなのか、彼女の顔は狂気に満ちていた。



 今度は警戒していたこともあり、彼女の動きが目で追えた。俺は咄嗟に背を逸らし抜刀を回避すると、目の前を水稀の斬撃は真空波を放ち遥か後方の廃墟を両断する。

 バク転で距離をあけ俺は水稀に向かって駆け出した。



 逃げる為には隙を作らないと!



 そう判断しレイピアを無防備な水稀に突き立てようと放つ。

 完全にとらえたと思われたこの一撃は、水稀にとってはまだ遅く見えたようで手首を掴まれてしまう。



「なっ!」



 俺は驚きの声をあげた。

 水稀が鞘を手放し手首を掴んだ事、容易に捉えられてしまった事に。



「だめだめ。鈴芽。いくらあんたが早く動けようが私達の前じゃ無意味だって分からなかったの?」



 水稀は刀で俺の手を切り落とそうとしてくる。

 このままじゃ片手が無くなると思い俺は全力で水稀の腹に光速の蹴りを放つ。威力にして核爆弾並みの蹴りだ。



 殺してしまう可能性に少し戸惑ったが、ここで死ぬよりはマシだ。



 その蹴りは水稀の腹に轟音と共に撃ち付けられた。

 ミシミシと骨と内臓が砕ける感触に手応えを感じる。

 確実にやった!と……。



 水稀は掴んだ手を離し遥か前方へと吹っ飛ばされる。

 その光景を見た火凛は驚いて目を見開いていた。



「今のは!? どういう事。私たちが知ってる話と違うじゃない! こいつはただ早く走れるだけの出涸らしじゃなかったの?」



 どうやら彼女達は、ライトニングスパローの力を詳しく知らないようだ。なら付け入る隙は他にもあるな。



 そう考えた俺は、全速力で駆け出す。

 光速から更に速度を上げ、残像が姿を現した。その数にして10体程!



「こいつ!増えてる! どういうこと!」



 火凛は残像のうち1体を斬り伏せるが、すうっと虚空に消える。そして圧縮された空気の膜が彼女の体を叩きつけ吹き飛ばす。



 火凛はその見えざる攻撃に驚きながらも空中で体勢を取り戻し着地してみせた。

 そして瓦礫の奥から埃をはらい水稀も合流する。



「水稀。今のみた? どうやら鈴芽。私たちが知ってる話と違う力を持ってたみたいよ」



 火凛の話を聞いた水稀は血をプッと吐き出し口の汚れを拭う。


 

「見たってより実際にあいつから受けた蹴りで分かったわよ。信じられないけど、スピードだけなら私達を軽く凌駕してることだけは確かだってね」



 どうやら最初の一撃で仕留められなかった事で2人の警戒がさらに上がってしまったらしい。


 

 おかしいだろ!全力の蹴りだぞ?核爆弾並みの威力を腹に受けてなんで無事なんだよ!!



 『それが姉さん達の力よ! 身体能力を何百倍も高める彼女達の刀は蹴り程度じゃ無意味ってことなのよ!』



 鈴芽に言われるまでもなく知ってはいた。知ってはいたが、ここまでとは思いもしなかった。

 そうなると真正面からの戦闘は確実に不利。



 不意打ちをしようにも2人が相手じゃ、その隙すら作ることが難しいだろう。しかも警戒も強められてしまったしな。



「さて。鈴芽の力が話と違う以上、本気を出したほうが良い事は、馬鹿な貴方にも理解できるわよね?」


「馬鹿って言わないでよ火凛。あんたに言われるまでもなく本気を出すわよ。ガキにいい様にされるのは気分が悪いからね!」


 『来るわよ!』



 鈴芽の声と同時に2人は鞘に刀を収め、駆け出した。

 何百倍にも高められた彼女達の本気の動きは離れた場所から目の前に迫るまで1秒と掛からなかった。



 そんな化け物との戦闘が本格的に始まろうとしていた。

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