26話 新たな戦法
今の鈴芽、原作1巻時点での鈴芽に必要な物は意識の問題だ。
幼少の頃、まだ鈴芽が戦機を目覚めさせる前に九条家の親族から叩き込まれた戦法。
真正面から叩くスタイルと、九条家らしく叩くという考えを取っ払わなければいけない。
何故なら鈴芽の戦機は九条家の戦法とは相性が悪いからだ。
単純にレイピアと刀の時点で運用法が違う。
レイピアで抜刀術も切れ味に任せた斬撃もアテにはならない。
突きだ。ライトニングスパローの真骨頂は突きによる高速の一撃。そして相手の攻撃を逸らす瞬間的な判断力。
それを鍛えるために俺はこの【アビス】で特訓することを選んだ。
グリードマンティスとの戦闘から死体となった生徒の学生証を回収し先に進む。
学師匠の写真には、大人しそうな女子生徒が写っていた。
死体は下顎から上は無くなっていた事から同一人物と断定はできないほど損傷が激しかった。
検証すれば身元がわかるかもしれないが、このような戦場で死体を拐取するのは危険である為、推奨されていない。
そんな【アビス】に潜る戦闘学生の決まり事の一つに、学生の死体を発見したら学生証を回収しなければならないという項目がある。
学生証を持ち帰ることで身内に亡くなった事を伝えるというシステムだ。
簡単に言えばドッグタグ代わりと言うわけだ。
この生徒の学生証も、俺たちが外に出た時に警備員に渡さなければならない。
そして自分が死体にならない事を祈りながら、学生証をポケットに入れた。
「俺達も死ぬわけにはいかない。【アビス】だけじゃなく、壁内でも命を狙われてるから特に気をつけないとな」
そう独り言を呟くと『そうね』と魂ないの鈴芽が力無く答える。
初めての戦場。初めて触れる空気感。そして学生の死体を見て気が滅入っているのだろう。
「考えすぎちゃダメだからね。これを乗り越えないと先には行けないから」
『分かってるわよ! で? これからどうするつもり? 特訓って何すれば良いの?』
「桜場アビスの奥に居る、ある【エリミネーター】と戦う。そいつは今の鈴芽ちゃんにちょうど良い相手だからな。良い見本になるし、相手にもなると思うんだ」
『【エリミネーター】!? またあんたはとんでもないこと言っちゃってくれるわね』
そうは言うが、目的の相手は理想の戦法を取るんだよな。
【暗殺タイプ。アサシンビー】
蜂のような見た目の【エリミネーター】で、臀部の針を使ったヒットアンドアウェイの戦法を取る。
素早く、狡猾なその戦い方はきっとこの先、鈴芽にとって役に立ちはず。それに刃を交えることで自然と技術が身につくはず。
そう考えたのだ。
そうして30分廃墟とかした街を進むと予定通りアサシンビーが1匹徘徊しているのが見えた。
すぐに廃墟の影に隠れて様子を伺う。
アサシンビーは特に何をするでもなく街を飛び回っている。
「まずは俺が見本を見せるからしっかり見てて?」
『分かったわ』
小声で鈴芽に伝え、レイピアを構える。
慣れてるようで俺自身も初のアサシンビーとの戦闘だ。
原作で読み齧った知識で戦うしかない。
胸を3回叩いて自身を鼓舞し、廃墟の影から出る。
そして駆け出しアサシンビートの戦闘に臨む。
俺の姿に複眼を持つアサシンビーが気付いた。
奴は臀部からドロっと液体の付着した針を生やした。
毒針だ。あれに刺された人間は即死する。
触れただけでも
麻痺で体を動かすのもままならなくなる。
2点に気をつけ立ち回る必要がある。
なに。真正面から戦う必要はないんだ。
自分の強みを相手に押し付ければ負けるはずがない相手だ。
「いくぜ! 蜂公!」
俺の接近に対してアサシンビーは小刻みに左右に揺れながら迫ってくる。
接敵すると思われた瞬間。
奴の姿が視界から消え、背後を取られる。
やっぱ速いな!
アサシンビーの動きは、かろうじて目で追う事が出来た。
そう……。奴の動きは本来目で追う事など出来ないほどの速度。
基本は気付かれる前に処理するべき相手なのだ。
だがそんな奴にワザと挑むのは、この戦い方を自分にも取り入れるべき点が多いからこそだ。
アサシンビーは俺の背中を突き刺そうと突撃してくる。
その音を置き去りにした攻撃を、俺はレイピアで軌道を逸らした。
アサシンビーの攻撃は俺に当たる事なく交差するように通り過ぎていく。
だが、奴は諦める事なく旋回し再度俺に突撃してくる。
今度は真正面からだ。
左右に体を揺らしながら臀部の棘を突き刺してくる。
その絶え間ない突きの連続をレイピアで弾き軌道を逸らしながら動きを観察する。
『いいか? 鈴芽ちゃん。こいつのこの動きをよく見とくんだ。こいつの戦い方が本来鈴芽ちゃんにあった戦い方だから!』
魂の中にいる鈴芽は息を呑みながら『うん』と頷いていた。
アサシンビーは連続攻撃を続けてレイピアで弾いていたが突然、最後の一撃だけ針に触れる事が出来なかった。
残像だ。
真正面からの攻撃では俺に一撃を与える事が出来ないと見て、奴は速度を上げて残像を残し移動したのだ!
「くっ……!」
突然の速度アップに騙されアサシンビーを見失う。
考える暇はない。このままここでじっと待ち構えていればどこかの方向から突撃され絶命してしまう。
咄嗟に俺はその場を走ることで離脱した。
元いた場所に目をやると空中からアサシンビーが地上に降下して奇襲攻撃をしているのが見えた。
これだ。分かっていても対処が難しいな! 一瞬の判断をミスれば即死だった。
俺はホッとしながら今の攻撃を躱わせたことに安堵する。
そして鈴芽に見せるものは全て見せたと判断し、俺は処理に移る。
今度は体の使い方を見せる。
今のアサシンビーの技を俺がアレンジしてな!
俺は速度を奴にも視認できる程まで落とした。
アサシンビーは針を地上から抜き、俺に突撃してくる。
奴の攻撃は俺の目の前で残像を残し消え……。
左上空から奇襲の一撃を放った。
その攻撃は俺の体を貫いたと、思われたが……。
「残念だったな! それは残像だよ!」
奴が突き刺したのは残像だった。
その俺の姿を残した残像は薄れて消え、残像の背後から俺のレイピアでの突きがアサシンビーの頭部を貫いた。
奴が奇襲攻撃することは分かっていた。だから俺は速度を落とした動きから咄嗟にギアを上げてバックステップで前方に残像を残したんだ。
おかげで容易におまえを始末する事が出来たぜ。
突き刺したレイピアでアサシンビーの体を切り刻み、討伐する。
「ふう」と息を整え辺りを警戒し、これ以上の敵が居ない事を確認して俺は鈴芽に話しかける。
「今のアサシンビーの動きが本来君の取るべき動き。戦い方だ。分かったかな?」
『う、うん。速すぎて何が何だか分からないうちに終わっちゃったけど、要はスピードを使って相手を騙す事が大事って事よね?』
「その通り。今まで叩き込まれた戦法からすれば卑怯で狡猾な戦い方だがな。だけどこれを身につければ君はもう一つ上の高みに行けるはずなんだ」
そう。今の動きを応用すればあらゆる角度からの奇襲攻撃もできるはず。
光の速さで動ける鈴芽ならそれが可能なはずなんだ。
「次は鈴芽ちゃんがやってみるんだ」
そして俺は鈴芽に体の主導権を渡す。
突然主導権を交代させられた鈴芽は「え!無理よ!まだ無理!」と言っていたがお構いなしだ。
『大丈夫。ピンチになれば変わってあげるから。さ。次のアサシンビーを探そう。この辺りは奴らの生息地だからすぐに見つかれはずだ』
「分かったわよ……。本当にやばかったら助けてよね」
ため息を吐き、鈴芽は荒廃した街を歩み出す。
そこから鈴芽はアサシンビーと何体か交戦し、先程の動きを意識しながら戦った。
相手の見たこともない動きには走ることで躱し新たな知恵として頭に叩き込んだ。
最初は戸惑いおぼつかない動きだったが、討伐を重ねるうちに体に動きが染み込み、自然と最初に教えたヒットアンドアウェイ戦法が取れるようになっていた。
こうして見ると元々、鈴芽は天才型なのかも知れない。
九条家での扱いで自己肯定感が低くなってしまった事で、考える力が低下していたのだろう。
だが今はそのお陰もあって、努力を怠らない勤勉家になっている。
天才が努力する事を自然とこなしている。
俺は設定上では知らなかった鈴芽の新たな一面に気付けて更に推しポイントが増えた。
そんな彼女の戦いを、俺は魂の中からアドバイスし続けた。
頑張ろうな。君がお兄ちゃんの隣に立つその日まで、俺は君をサポートし続けるから。
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