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25話 【アビスゲート】

 桜場を囲む外壁、【アビスゲート】。



 アルケミーから数キロ離れた場所にある、高層ビルよりはるかに高い壁に俺はやって来た。



 その壁の周辺は自衛隊の警備で固められており、一般人は付近に近寄ることすら出来ない。

 ならなぜ俺がここにいるかといえば、それは戦闘学生であるからだ。



 普段から学生は【エリミネーター】の討伐を依頼されたり、自主的に行ったりしている。だから俺でも学生証を提示すれば、警備にすんなりと通され中に入ることが出来た。



 そんな高い壁を見上げ、俺は原作でしか見たことのない景色に触れ、緊張と感動を覚えていた。すると鈴芽が語りかけてくる。



 『やっぱりここで特訓するのよね?』



 声音から、少し緊張しているのが分かる。

 本来、戦闘中学生は【アビスゲート】への立ち入りは許可されていない。



 高校生から実地戦闘が許可されていることから、鈴芽にとってはこれが初の実戦ということになる。



 『そうだな。壁内での自主トレもいいけど、模擬戦より命の駆け引きの中でしか得られないものもあると思うんだよ』



 そう魂内で話しながら、俺はゲートの入り口まで歩みを進めた。

 ビシッと敬礼する警備隊員に敬礼で返し、学生証を提示する。警備隊員はそれを確認し、



「確認しました。では戦機を召喚してください」



 その場での召喚を要求してきた。

 ここから先は、いつ死んでもおかしくない戦場だ。悠長に戦機召喚をしている暇もないかもしれない、そういう判断だろう。



「戦機解放!」



 俺は唱え、地上から生えるように現れたレイピア──ライトニングスパローを手にする。



「はい。それではお気をつけて」



 警備員は【アビスゲート】の小さな扉の横にあるレバーを下ろした。



 ビーッビーッビーッ! と赤い警報器が鳴り響きながら扉が上へ開いていく。

 さながらテーマパークのアトラクションのような高揚感に、原作ファンである俺は昂った。



 扉が完全に開き前へ進む。

 分厚い壁の内部を少し進むと、もう一つの扉が開き、壁の向こう側──次元の裂け目、通称【アビス】に足を踏み入れた。



 桜場で見えた青空はここには無い。どんよりとした、少し赤みを帯びた暗い空。

 廃墟と化したビルや建物、住宅。割れて雑草や土が露わになった道路。

 まるで終末世界を思わせるその光景は、まさに【アビス】と呼ぶに相応しいものだった。



 辺りを見渡しながら、ひたすらまっすぐ歩き進める。

 幸いにもゲートを潜った瞬間に【エリミネーター】に襲われることはなく、俺は少し安堵する。



 気分が高揚しているとはいえ、俺も緊張はしていた。

 あの悍ましい姿を見る覚悟がまだ定まっていなかったのだ。



 『アビスって、確か次元の裂け目を消滅させないと消えないんだったわよね?』



 鈴芽が確認のために聞いてくる。



 『そう。このアビスのどこかに存在する次元の裂け目に入り込んで、中の敵を倒さないとダメだな』



 簡単にいえば、次元の裂け目とはダンジョンのようなものだ。



 中はどうなっているか分からないが、今まで世界で攻略し消滅させた情報によると、中は別世界と繋がっていて、このアビスよりもずっと多い【エリミネーター】に囲まれた空間らしい。



 その中のボスを討伐すると街の周辺が次元の狭間の脅威から解放される。



 だが単身で乗り込むのは自殺行為だ。

 これまで名のあるウィザードが挑み、あっけなく命を落としたニュースも数多くあった。



 世界で攻略されたのは、この章でいうと確か、日本の京都とロシアの街の一つ。二カ所だけだったはずだ。



 そんなことを考えていると──5メートルほど離れた場所に、2メートル近くありそうな巨大なカマキリが三体、何かを囲んで漁っているのが見えた。



 よく観察すると、それは人間の死体を貪っているらしい。

 その死体には顔がなかったが、着ている服からアルケミーの戦闘学生であることだけは理解できた。



 『うっ……ひどい』



 鈴芽の体が拒絶反応を起こし、胃の奥から吐き気が込み上げてくる。

 俺は手で口を抑え、吐き気を堪えた。



 『落ち着こう鈴芽ちゃん。あれは【エリミネーター】の中でも雑魚の部類。斥候タイプ、グリードマンティスだ』


 『あれで雑魚の部類だって?』


 『信じられないが本当だ。俺が読んだ原作だと、あいつらが大量に出てきては薙ぎ払われるシーンがいくつもあった』



 原作ではそうだったが、実際に死体を貪る姿を目の当たりにすると、とても雑魚には思えない。



 貪るだけならまだマシだ。これから先、もっと酷い【エリミネーター】も出てくるんだからな。

 卵を植え付け生徒に幼虫を産ませる奴とか、体にくっ付いて自爆する奴とか……うっ。想像するだけで吐きそうだ。



 そうして眺めていると、三体のうちの一体が死体から顔を上げ、辺りを見渡して俺の姿を発見した。



 その一体は鎌を大きく広げ、鼓膜が裂けるかというほどの鳴き声を上げた。

 残りの二体もその叫びで死体から顔を離し、俺を視認して駆けてくる。



「気付かれた!」



 俺はライトニングスパローを強く握りしめる。



 『ど、どど、どうすんのよ! このままじゃ死んじゃうわよ!』


「大丈夫だって。鈴芽ちゃんはもっと自分の力を信じた方が良い!」



 俺は地を蹴り駆け出した。

 光の速さで三体の背後に移動し、一体の頭をレイピアで突き刺す。



 グリードマンティスはカパカパと音を立て、痙攣しながら動かなくなる。



「よし!」



 確実に仕留めたことを確認してレイピアを引き抜く。二体が異常に気付き、背後へ向き直った。



「キュルルルルル!!!」



 二体のグリードマンティスは威嚇しながら、大きな鎌を俺に振り下ろしてきた。

 これを軽快なステップで回避する。



「あいにく俺は光の速さで動くことが出来る! お前らの攻撃なんて止まって見えるぜ?」



 一体を討伐して自信がついたからだろうか、今の俺は先ほどの吐き気も失せ、昂っていた。



 奴らの攻撃を全て躱した俺は光速の突きをお見舞いする。二体目のグリードマンティスの頭部にレイピアが触れた瞬間、パァンッ!と弾けた。



 そのまま崩れ落ち、ピクピクと死骸が痙攣する。

 残る一体は敵わないと見て、俺から逃げようと走り出すが……。



「逃すかよ!」



 光速で追いついた俺は、背後からグリードマンティスの頭部・鎌・胴体を解体するかのように切り裂き、討伐した。



 辺りに【エリミネーター】が居ないことを確認し、ふう、と一息つく。



 『す、凄い……』



 鈴芽がそう言い、俺は「何が」と呟く。



「凄いも何も君の実力だよ? 鈴芽ちゃん。君は九条家の戦い方に縛られすぎて、真正面から撃ち合うことを前提に鍛えてきてるよね?」


 『うっ……そうだけど。ダメなの?』


「ダメってわけじゃないけど、君の戦機は真正面から戦うことが苦手なタイプだ。本来は暗殺向きなんだよ」



 光速で駆け回り、瞬く間に命を刈り取る。

 それがライトニングスパローの強みであることを、この先の未来を知っている俺は理解している。



 『でもそれは、戦いって呼ばないんじゃ……。それになんか狡い気がする』


「はあ、狡いって……。それは九条家の戦い方を見てきた弊害だね。良い? 戦いってのは生き残った奴が勝者なんだ。ましてや君は家族から命を狙われ始めている。そんな奴らに真正面からやり合う必要はないんだよ」


 『そ、それは……そうだけど……』



 まだ納得しない様子の鈴芽。

 そんな彼女の、九条家としての戦い方を変えるために俺はここに来た。これが本当の目的だ。



 この意識を変えなければ今後、メインヒロインたちに立場を追いやられることになる。



 強みを生かさなければ、この世界は生き残れない。



 ましてや妹想いの雪也お兄ちゃんは、この先激化する戦闘に鈴芽が着いてこれないと判断し、距離を置くことになる。



 それが鈴芽の登場回数の激減だ。

 だからこそ、この特訓で本来の戦い方を身に付けなければいけない。



 負けヒロインに落ちないため、九条家からの奇襲に生き残るためにも……。

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