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2話 俺!鈴芽の体の中にいるんだが!?

 目が覚めると、そこは見たことのないキッチンだった。手には卵焼き用フライパンと菜箸が握られ、体には黄色いヒヨコ柄のエプロンを着けて卵焼きを焼いていた。



 何より気になったのは、下のスースーする感覚……。エプロンの裾を捲り、下を見ると――なんてこった……スカートじゃないか!



 俺……とうとう寝惚けて棗の服に手を出したってか? 病院に行って夢遊病かどうか検査してもらわないと……。



「てか待って待って! フライパン? 菜箸? 卵焼き!?」


 それより何だこの甲高い声!? 今の俺の声だよな?……。



「あー。あー」


 自分の声か確かめてみたが……やっぱり俺の声らしい……。何だこのアニメボイスは! かわええやん……。



「ってちがーう!! 私の姿! どうなってんの!」



 辺りを見渡すと、食器棚が目に入った。

 ガラスに反射する自分を見れば、今の姿がどうなっているか分かるはずだ!



 フライパンと菜箸をコンロに置き、急いで棚に向かい、反射する俺の体を見ると――



「ちょっと待ってよ……これは夢?」


 そこに映るのは俺であって、俺じゃなかった。栗色のツインテールに、ツンッとした目付きの少女。



 俺がこの世で愛してやまない唯一のキャラ。九条鈴芽の姿だった。



 体をペタペタ触り、顔にも手を当てる。感じる質感は本物だ。



「私……鈴芽になってるの?」



 転生した? いや、夢の可能性もある……何だったら死後の世界かもしれない……。



「鈴! 何やってんだ!」



 そんなことを考えていると、俺とは別の男の焦りが混じった声が響いてきた。



 振り返ると、鈴芽の次に目に焼き付いたキャラ……主人公の九条雪也がコンロの火を止めていた。



 よく匂うと、卵焼きが焦げた匂いが辺りに充満している。どうやら雪也は、この匂いに違和感を感じて駆けつけたようだ。



「鈴! 大丈夫か? お前が料理を焦がすなんて……もしかして熱があるんじゃ?」



 雪也が俺の額に手を置き、自分の額を合わせて熱を確かめてきた。



「か、顔が近いわよ! や、やめてよね! ちょっと寝惚けてボーッとしてただけなんだから……もうあっち行ってて!」



 無意識に声が出て、雪也の体を突き放した。

 男の雪也に顔を近づけられた男の俺としての嫌悪感が、鈴芽の感じる照れに変換されたらしい。



 らしい、というのは俺がそう感じたからだ。確かに嫌悪感はあったはずだが、同時に恥ずかしさも感じる。



 もしかすると俺の魂は鈴芽と混ざり合っているのか?



「本当に大丈夫か? 今日の学校休んだほうがいいんじゃないか?」



 学校……確か鈴芽の通う学校は【東京第五戦闘中学校――マーメイド】だったはず。



 確かに今の右も左も確かめきれてない状態で学校に向かうのは危険すぎる……ここはお兄ちゃんの言う通りに――



 ……って!? お兄ちゃん!?



 どうやら思考までも徐々に混ざり合ってきているらしい……。



 このまま俺の自我が消えて鈴芽になるのか、俺の自我が鈴芽を飲み込むのか……どちらに転ぶか分からない。



「そうね。そうする……本当はちょっぴり熱あるかも……」


「本当に大丈夫か? 俺も休んで病院に連れて行こうか?」



 それは困る。本当は熱なんてないんだ。ただ、今の自分がどんな状況に置かれているか確かめたいだけなんだ。雪也がそばに居ると、それができない。



「大丈夫。少し寝たら良くなると思うから。だからお兄ちゃんは学校に行って? あと、お弁当作れなくてごめんね」


「いいよいいよ。大事な妹の安全が一番だ。今日は購買で済ませるよ。夕飯は俺が作るから鈴はゆっくり休みな?」


「うん。ありがとう……お兄ちゃん」



 雪也は安心したように俺を見た。

 その時、部屋にある時計がポッポーっと朝8時を告げた。



「まずい時間だ。鈴? 俺、学校に行くから。何かあればスマホに連絡してくれ」


「うん」


「じゃあ、行ってくる!」


「行ってらっしゃい。お兄ちゃん」



 雪也は鞄を取り、走って玄関から出て行った。

 しばらく帰ってこないか玄関を眺め続け――



「よし。行ったわね」



 帰ってこないことを確認した俺は、焦げた卵焼きを皿に移し、フライパンと菜箸を洗い始めた。



 手に伝わる水の感触もリアルだ。もし夢ならここで目が覚めている。つまり夢じゃない。



 洗い終え、焦げた卵焼きを手で掴んで食べる。卵焼きの熱さ、焦げた苦味もリアルに感じた。



「何もかもがリアル……つまり……」



 間違いない。俺は九条鈴芽に転生したんだ。

 推しキャラまみれの本棚に押しつぶされて、推しキャラに転生とかご褒美すぎるだろ!



「後はこの世界がイヴリースと同じかどうかだけど……」



 外に出ればすぐに分かるはずだ……。



 そう思い、俺はエプロン姿のまま玄関の扉を開けて外に出た。



 マンションの一室から外に出ると、空には太陽が2つ。そして遥か先には巨大な壁が広がっていた。



「やっぱりイヴリースの世界か……」



 あの先にある壁は、人類の最後の砦、そして地獄への入り口――【アビスゲート】だ。



「あの向こうに【エリミネーター】が居るのかな……」



 【エリミネーター】――イヴリースに出てくる異形のモンスターたち。奴らは人間を糧に増殖する悪魔のような存在だ。



 俺たち登場人物は【エリミネーター】を殲滅する戦機として戦わなければならない。



「やれるの? 私に……」


 最近までただの人間だった。そんな俺が鈴芽に転生したということは、いずれ奴らと戦わなければならない。



 怖い……。



 そう思い、家に戻って洗面台の前に立ち、自分の顔を見る。



 そこには当時の俺の顔はなく、可愛らしい推しキャラの顔が映る。



 その可愛らしい顔を見て、【エリミネーター】に蹂躙される姿を想像するとゾッとした。



 嫌だ。死ぬのは……だけど、それ以上に!――



 水を出し、顔に水を当て、引き締めた顔で鏡を見る。



「推しキャラが死ぬ姿を見るのだけは絶対に嫌!」



 それだけじゃない。俺が知ってるイヴリースの世界だと、鈴芽は出番が少なくなるほどの負けヒロインだ。



 つまり原作通り話を進めると、この子が報われることはない! それも嫌だ! 推しキャラには幸せであってほしい。



 叶わないと思われるこの恋心を成就させるんだ……俺の手で!



「そのために私は、大好きなお兄ちゃんに、たかる虫共は全て排除しちゃうんだから!」

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