16話 ドラグナートの炎
午前10時30分
全国の学生が1時間目の授業に勤しんでいるであろうこの時、鈴芽こと私は演習場に併設された更衣室にいた。
そこにはアリステラも居て、私達はロッカーの中に入っていた体操服に着替える。
白を基調とした半袖の体操服にスパッツ。
胸には校章の錬金術師のイラストが描かれている。
柳が用意したのだろうか、袖を通すと14歳の私の体にピッタリのサイズだった。
「胸が……キツキツね」
私の後ろで着替えていたアリステラを見る。
確かに胸のサイズだけ合っていないのか、はち切れそうになっている。
その姿を見た私の心が高鳴った。
『あんた! 私のファンのくせに、なんでアリステラお姉ちゃんの姿に欲情してるのよ! このロリコン!』
私は女好きでは無い。そんな私がアリステラの体で興奮する理由など一つしかない。
大樹だ。おっさんであるこいつは魂だけの存在で合っても依然男のままだ。
『ロリコンはやめてくれよ! 仕方ないだろ? あんな体……興奮しない方が失礼だろ?』
『言い訳してもダメ! 何よ……みんなしておっぱいおっぱいって……まさかお兄ちゃんもおっぱい大きい方が良かったりするのかな?』
『雪也はどちらかと言うと美乳が好みだぞ! 良かったな鈴芽! 君の体は雪也のドストライクだよ!』
『う、うるさい!うるさい! 死ね! ヘンタイ愚息虫!!』
『なっ!? そんな不名誉な呼び方は勘弁――』
鈴芽は強引に意識を絶った。
アリステラから目を離し高鳴る胸の鼓動を深呼吸で抑える。
「鈴芽? 大丈夫?」
そんな私の姿を心配したのかアリステラが話しかけてきた。
「緊張するわよね。進級して早速模擬戦だなんて……安心して? 貴方に怪我が無いように私気をつけるから!」
「なに……言ってんの?」
アリステラが笑顔で言ったその言葉に私は、胸の奥からドス黒い何かが湧き上がるのを感じた。
「何って。貴方まだ14歳でしょ? 流石に私の本気を受けたら怪我させちゃうじゃない? だから――」
「手を抜こうってわけ? ふざけないでよッ!」
アリステラは私の叫びに驚いた。
彼女の顔は「なんで怒ってるの?」と不思議そうに私を見てくる。
私が14だから? 本気を受けたら怪我させちゃう?
気を遣ってくれるのは分かるけど……上から目線の態度にムカつくのよ!
「私じゃ、どんなに頑張ってもアリステラお姉ちゃんに勝てないって言いたいわけ?」
「そ、そりゃそうでしょ! 私はドラゴニアでも負けなしのウィザードよ? まだ実戦をした事ない貴方に勝ち目なんてある訳ないじゃない!」
アリステラの言い分もわかる。
世界中の14歳は戦闘訓練のみで、実戦は愚か模擬戦すらそこまで実施されていないのが現状だ。
私もまだ戦機を使った戦闘は以前のを合わせても3回だけ……。
勝ち目なんかある訳ない。
実戦も模擬戦も、こなしてきたアリステラに今の私が敵うはずがない。
それは分かっているが、面と向かってそう言われると腹が立つでしょ?
「やってみなきゃ分かんないじゃない!」
私はロッカーを勢いよく閉め言い放った。
「私が弱いかどうか、今から見せてあげる! 全力で来なさい! じゃないと……私は貴方を許さないから!」
そう言い残し私は先に更衣室を出た。
相手が年上だろうが、友達だろうが知った事か!
ムカつくのよ……。見た事も、戦ってみた事も無いのに期待しないで弱いと決めつける事が。
―――――――――――――――――――――
室内演習場。
薄暗い土のフィールドの中、私とアリステラは互いに戦機を召喚し手に握って向き合っていた。
さっきの私の怒りが応えているのか彼女と目が合った瞬間逸らされた。
『ああは言ってたけど、勝ち目はあるのか?』
『なによ。あんたも私が負けるって思ってんの?』
『そんな事はないけど……』
私の返しに魂だけの大樹がたじろいだ。
誰に対してもこうツンツンしたい訳じゃない。
私はただ。戦っても無いのに私の実力は自分より下って思われるのがムカつくだけよ。
そんな事を考えていると演習場に備え付けられたモニターが光を放つ。
そして画面が切り替わり柳の姿が画面いっぱいに映し出された。
どうやら彼女は解析席から私達を見ているようだ。
「準備は良いか? 2人とも」
「私はいつでも良いわよ!」
「私もよ」
私とアリステラ、互いの戦機を構え覚悟を目に宿す。
アリステラは大剣を、私はレイピアを互いに重ね合わせる。
アリステラは何か言いたげな表情だが、私から話すことは何も無い。聞きたくもない……。
認めさせてやる。私を見下す全てを……!
「では……試合開始!」
柳の言葉で模擬戦の火蓋は切って落とされた。
「先手必勝!」
先に動いたのは私だ。
その場から光の速さで駆け回り、アリステラの反応出来ない死角から攻撃を繰り出す。
突き出したレイピアを手に私は勝利を確信した……が……。
「ドラグナート!」
アリステラは大剣を地面に突き刺した。
すると辺りに火の波が拡散し、死角から突きを敢行しようとした私の攻撃を潰された。
だけどスピードが死んだ訳じゃない!
火の波を飛び越え、第二の攻撃を試みる。
私に出来る事はスピードで翻弄し、反応出来ずにいる所を突くだけだ。
地を走り、壁を蹴りアリステラの隙を窺う。
アリステラはその場から動かず大剣を地に突き刺したまま仁王立ちをしている。
ここまで動いても、まだ本気を出さないって訳!?
ならお望み通り、本気を出す前に終わらせてあげる!
壁を蹴り、跳ねるようにアリステラに迫る!
レイピアを突き出し、彼女の背を貫こうとしたが――。
「早く動けるからって、手も足も出ない訳じゃないわ! ドラグナートッ!」
アリステラは大剣を大きく振り回し炎を振り撒いた。
剣撃に乗せた炎は先程拡散させた攻撃と違い、速度も密度も桁違いに高い。
躱す隙間が……ない!?
辺りに広がる炎の波状攻撃に私は防御態勢に入る。
炎の斬撃に飲まれ私の小さな体は簡単にフィールドの壁に叩きつけられた。
「がはっ!」
アリステラの戦機ドラグナートは集団戦でこそ輝くのは以前の模擬戦で理解していたつもりだ。
だが盲点だったのは、室内演習場のようなスペースに限りがある場所でも、あの範囲攻撃は脅威だと言う事だ。
あの炎……自分には何の影響もないってわけ?
私は立ち上がりながらアリステラを見た。
彼女の体は炎に包まれていたが、火傷を負う事も、痛みに苦しむ事もない。
何だったら酸素を焼き苦しくなるはずが、涼しげな顔で呼吸している。
こんなの……勝ち目が無いじゃない……。
『諦めちゃダメだ!』
私の心が折れかけたその時。
魂が叫んだ。
『大樹!? あんた、いきなり出てきて何よ!』
『鈴芽ちゃん……諦めるにはまだ早いぜ? まだ模擬戦は始まったばっかじゃないか!』
『分かってるわよ! でも……私の戦機じゃアリステラお姉ちゃんのパワーに敵わない。あんな啖呵を切っておいてこのザマじゃ、あんたにも笑われちゃうわよね』
『笑いはしないさ! 鈴芽ちゃん。君はアリステラのパワーに敵わないと言ったけど、そんな事ないぞ?』
『え……』
そう大樹は言うけど、ただ人より素早く動けるだけの私に、アリステラお姉ちゃんの波状攻撃にどうやって?
そう考えていると――。
『変わって貰えるか?』
大樹がそう言った。
変わる――体の主導権を譲れと言ってきた。
『変わるって……まさかあんた! 無理よ! あんたは私より戦闘経験が少ないただの一般人じゃない!! 前とは違うのよ? 不意打ちでどうにかなる相手じゃない!』
『大丈夫! 俺を信じてくれ!』
そう言った大樹に体の主導権が移った。
『なら見せて貰おうじゃない……。無理だろうけど。だって私は落ちこぼれの忌み子だし……』
『落ちこぼれなんかじゃない! 見てな! 俺が鈴芽ちゃんの可能性を見せてやるから!』
俺はレイピア――ライトニングスパローを構える。
それを見たアリステラは毅然と大剣を構え向き合った。
「まだやる気? 諦めた方が良いわ。私のドラグナート相手にあなたの戦機じゃ勝ち目なんてないわ」
「それは……どうかな!」
魂が鈴芽と分裂したからだろうか……口調が変換される事無く、俺の……日向大樹としての口調のまま飛び出した。
アリステラは俺の、鈴芽の変わりように眉を顰める。
「あなた……何か変わった? いや。今はそんな事どうでも良いわね。まだ立ち上がるなら……申し訳ないけど次の一撃で一思いに終わらせたげる!」
アリステラは大剣の魔力を解放した。
炎が彼女の体に渦を巻くように包む。
その熱と余波に俺は吹き飛ばされそうになる。
圧倒的な魔力差だ。あそこまで練り上げた魔力を持つ学生なんて何人居るだろうか……。
差にして10倍は違うな。だがそれだけだ。
俺はライトニングスパローを見つめる。
ただスピードが数倍増すだけの戦機。
だが、極限まで高められたスピードは如何なるパワーにも負けず劣らない破壊の一撃を放つ事を俺は知っている。
「見せてやるよアリステラ。メインヒロイン補正をブチ破る程の俊足の一撃をな……」
落ちこぼれと諦める鈴芽に、俺は希望を灯さなければいけない。
それに俺自身が誓った事だ。
メインヒロインをぶっ倒して、お兄ちゃんの隣に並び立つ資格を見せつけてやんよ!
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