13話 目覚め
結局、何の成果も得られなかった。
アリステラが帰宅した後、ずっとズレたルートについて考えてみたが、一読者に過ぎない俺には、何がどう変わったのか皆目見当がつかなかった。
そんな状態で翌朝を迎えた俺は、お兄ちゃんと朝食を食べた。
トーストしたパンに、昨日のコロッケで余ったマッシュポテトを使ったポテトサラダ、そして即席コーンポタージュだ。
あり合わせで作ったものだが、なかなか上手くできたと自負している。
そんな朝食を食べ終えた俺たちは、それぞれ自分の学校へと登校した。
大好きなお兄ちゃんとはしばしの別れである。
今日、アリステラの転入イベントが起こるはずだが……どうルートがズレたのか見届けることはできない。
仕方ない。中学生の身でできることを考えようと割り切り、【東京第三戦闘中学校――マーメイド】に到着した。
アルケミーほどではないが大きな校舎とグラウンドがある。
一応ここでも模擬戦や訓練の授業は行われるが、あくまで中学……。お試し的な内容が多い。
それには理由がある。
この中学期間でウィザードになるか、一般校に進学してウィザードにならない人生を歩むかを、戦闘授業を通して考えさせるためだ。
今思えば、家から見放された鈴芽は一般校に進学するのが良い選択じゃないか?
家でお兄ちゃんを嫁代わりに待っていれば……実質ハッピーエンドな気がするが……。
『そんなの絶対ダメよ!!』
なんだ!? 今のは誰の声だ!?
俺はツインテールをなびかせながら辺りを見渡した。
だが声の主は見当たらない。道ゆく人々はグループで会話しながら歩いたり、俯いて一人で歩いていた。
『私よ! このおっさん!』
「誰!? 誰が私のことを……」
勘違いじゃない! 確かに聞こえたと思い、鈴芽の口から声を出して周りを確かめた。
いや待て……おっさんだと? 今の俺の姿は鈴芽のはず……そんな俺をおっさんと呼ぶのは――。
そこでハッとする。俺の正体に気づける人物など、一人しか心当たりがない。
鈴芽か!?
『そうよ! ようやく気付いたわね? てかおっさんはあんた誰なのよ! 気付けば私の体の自由を奪ってるし……一日経ってようやく意識を取り戻すことができたわ』
どうやら俺は鈴芽の肉体に転生したわけではなく、魂の中に転生し溶け込んでいたようだ。
感覚的には二重人格に近いだろうか……。今の俺と鈴芽の状況はそう言うほかない。
悪かったな! 俺も死んだと思ったら、この体に転生させられてたんだ。許してくれよ。
魂の中で俺はそう呟いた。
そんな俺の囁きを聞いた鈴芽は姿こそ見えないが、不本意な気分になっているのを感じる。
『まあ、私の体でいやらしいことしてないみたいだし。許したげるわ! で? 名前は?』
俺の名前は日向大樹……32歳のおっさんだよ。こことは違う世界の出身だ。
『ふ〜ん……昨日、意識の内側であんたの頭の中を覗いたけど、私たちの未来を知ってるみたいだったわね』
ああ。魂で繋がってるなら隠し通せないだろうから言うが……鈴芽のいるこの世界。
俺の世界では本になってるんだ。
『だから未来がわかるってわけね』
魂の鈴芽が納得したように頷いた気がした。
そんな彼女は「なら」と続ける。
『あんたの知識を使って、お兄ちゃんと、な、仲良くなることが本当にできるのね?』
魂の中で俺の思考を読んだのだろう。
彼女は少し照れたようにそう言った。
ああ。俺は本の中の鈴芽のファンだったから、全力で報われるつもりだ。
『な、なら協力してもらおうじゃない! べ、別にあんたの魂を完全に信用したわけじゃないわよ? そ、そうよ! これは作戦よ! あんたを利用してお兄ちゃんと距離を縮める作戦よ!』
鈴芽は知らないおっさんである俺を【使える】と見たのだろう。
だがこれは俺にとってもありがたい。
推しキャラである鈴芽のことを思ってお兄ちゃんにアピールしようにも、元は同じ男だ……。
若干の嫌悪感があるのは否めない。
それなら対お兄ちゃん時は鈴芽に体を操ってもらい、俺は魂の内側からアドバイスに徹すればいい。
『そうと決まれば、これからよろしくね? おっさん』
俺の思考を読んだ鈴芽が肉体の自由を俺から奪い、スキップしながら学校へ歩み始めた。
思考は冴えているのに体が勝手に動く。
なるほど……体の自由を奪われるのはこんな感じなんだな。知り合いが運転する車の助手席に座ったようか感覚だ。
『あんた未来が分かるって言ってたけど……昨日はルートが変わるかもって言ってたわよね?』
ああ。だがどう変わったか皆目見当がつかない……。だから今日は中学で体の動かし方を学ぼうかと……。
『そうね。ならあんたの言う通りにしようじゃない。今日は私が体を動かさせてもらうわよ?』
そう言った鈴芽は、俺から取り戻した肉体を使って中学校へ向かう。
一先ず俺も彼女の提案に納得する。
実際の鈴芽の動きを、この目で見るチャンスだ!
目は無いんだけどな! 魂の存在だから……。
『うっさい! 少し黙ってなさいよ!』
はい、ごめんなさい。
俺は謝った。
頭の中で勝手に思考すれば、鈴芽はうるさく感じるのだろう。
そう考えながら中学校に辿り着く。
広い校庭を超えて、校舎を進み……自分の教室に着いた。
教室内の自分の机に鞄を掛け、椅子に座る。
机の引き出しに教科書を移そうと手を入れると、覚えのない手紙が中にあった。
鈴芽はその手紙を不思議そうに取り、差出人を確認する。
そこには【東京第三戦闘高等学校――アルケミー】と書かれていた。
こんなイベントあったか? いや、無いな。
『とりあえず開けるわよ』
鈴芽は手紙を開けて、中から取り出した用紙を広げる。
そこには【昇級案内。アルケミーへ】と書かれているではないか!
これは間違いない。本筋からズレたルートだ!
何がどう作用してこうなったか分からないが……俺的にはラッキーだと思った。
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