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12話 潜入開始

 親愛製薬の社内は清潔と言って良いほど綺麗なものだった。社内にはスーツ姿の社員だけでなく白い研究員のような人も行き交っていて、ここに全てがあるのだとアリスとアカリは察する事ができた。

 そんな二人は前を歩く、インターン担当の社員に社内の案内を受けていた。まあいわばオリエンテーションってものだ。

 


 そんな彼は社内のあちこちを説明しながら案内してくれた。その様子から、もしかすると一部の社員のみで、大半の人たちにはファンタジアとの関係を知らされていないんじゃないかと思ってしまう。


 

「ここまでは普通の会社ね」


「せやなぁ。まだあからさまに怪しい場所も無かったし」


 

 二人は前を歩く社員に聞こえないように小声で話し合った。実際、1階から8階まで流れるように見て回ったけど、イヴリース実験をしてそうな場所なんてどこにも無かった。

 でも間違いなくここにあるはず。この会社のどこかに必ず。実験場と死塚の身柄が!

 


「以上が我が社の全てですが何か質問はありますか?」


「え!? あー。いやぁ……」


「はいはい! はーい!」


「はい、エスメラルダ・坂巻さん」

 


 エスメラルダ・坂巻とはアカリのことだ。今回の潜入にあたって本名のまま潜り込むのは危険だと聞いたからアリスとアカリは別名を名乗っている。

 金髪要素だけを切り取って、アカリは外国人ハーフのそんなふざけた名前にしたのだけど――

 いやいやふざけすぎでしょ? もっと真面目に名前を考えるべきじゃない? とアリスは呆れてそう思った。

 そんなエスメラルダもといアカリは社員に質問したのだが――

 


「ほんまにこれだけですか? 他にもなんかあるんとちゃいますのん? こんなに広い会社なんやし」


 

 直球すぎてアリスは心境穏やかでいられなかった。

 そんなあからさまな質問。この人が怪しむだけじゃ――


 

「察しがいいですねー。確かにありますよ」


 

 話すんかーい! ってあるんだ。まだ私たちに案内してない場所が。


 

「ですが今案内した場所以外は一定の業績を上げた社員か、一部の関係者しか入る事ができないんですよ。恥ずかしい話私もまだその立場に立ててないわけですが……」


「そうなんや。っておっちゃんそうがっかりせんといてーや。元気だし? おっちゃんまだまだ若いんやから出世のチャンスはあるって! な?」


 

 そう言ってアカリは社員の背中をバシバシ叩いて励ましてる。なんでインターンのくせにこんなに図々しいのだろうか。ってか馴染みすぎじゃない?

 社員さんもなんでこんな新人の励ましに涙を流し始めてんのよ!?

 おかしいの私だけ? ねえ? どういう事なの?


 

「ありがとう。もう大丈夫ですエスメラルダさん」


「ほかほか。困った時はなんでも話しぃや? 話せばスッキリすることもあるんやから! な?」


「はい!」

 


 社員はガッツポーズを決めてアカリに答えた。

 どっちが先輩なんだかわからなくなる光景だけど、間違いなくアカリは新人であってただの学生だ。

 これが関西の力ってこと? 人とすぐに仲良くなれる西日本のパワーってことなの?

 


「にしてもおっちゃん気苦労が絶えなさそうやなぁ。ウチみたいななんもわからん新人やけど、分からんなりに話聞いたろか?」


「そうですね……。確かに今の君たちなら何を話しても分からなさそうですし……。まあこれは守秘義務の内容にも抵触してないからいいか」


 

 マジ!? アカリの西日本パワーで、なんだか情報を聞き出せそうなんだけど!? 嘘でしょ?

 


「実はですね。さっきまだその立場にないって言ったんですが、この間昇進の話を切り出されまして……」


「おお! なんや苦労が報われる時が来てたんやん! 嬉しい話なはずやけど、それがどないしたん?」


「はぁ。実は、昇進するにあたって、いくつかの契約書に捺印をしなければいけないのですが、そのあまりの数に私、少しこの会社が恐ろしく感じてしまいまして」


 

 確かにただ昇進するだけで大量の契約書を渡されたら怖くなるのも当然よね。

 


「内容は見たん?」


「ええ。でもどれも外部に漏らすな〜とか、給料が倍になるってぐらいしか」


「ほぉ〜。聞くだけやったら魅力的やな。まあその分責任が与えられるっちゅうだけやろ? 受けてみたらええやん! 何を悩む必要があんねん」


「そう……ですね。そうですよね!」


 

 なんだかこの人アカリの励ましを受けて偉く前向きになり始めたんですけど。

 


「私いったい何を怖がっていたんでしょう。家族のためにしっかり働いてお金を稼がないといけないというのに。責任がなんだ! 給料が増えるんだ!」


「そうやそうや!」


「エスメラルダさん。ありがとう。確かに悩む必要なんてなかったかもしれないですね! 私この話受けてみることにします!」


「うんうん! そうしそうしぃ! これで儲かったらウチにも少しお礼をもらえたり〜」


「はっはっは。エスメラルダさん気が早いですよ〜。でもそうですね〜。悩みを聞いてもらった手前何もお礼なしってのも失礼ですしね。わかりました! 昇進したら後日お礼で食事に誘わせてください! 私いい店知ってるんですよ」


「おっええやんええやん! せやったら連絡先ちょい交換せんとな」


「ですね!」

 


 二人はスマホを取り出して連絡先を交換し合った。

 そんなとんとん拍子に進む光景に取り残された私ことアリステラは気まずくてこの場から早く離れたいんだけど。


 

「話が長くなってすみませんでした。今日のオリエンテーションはここまでです。1時間休憩のち配属先に案内しますのでそれまで自由にしていてください。では!」


「おけおけ〜。ほなまたな〜」


 

 社員に手を振って別れる事になった。

 


「ねえ。エスメラルダ・坂巻さんなに仲良くしちゃってるのよ。私たちは潜入任務中なのよ?」


「ふっふっふー。甘いなアリス。ウチがなんも考えずにあの人と仲良うなったと思うとるんか?」


「違うの!?」


「ちゃうわい! 侵害やわ……」


 

 どこからどう見てもそうとしか見えなかったんだけど――


 

「ええかアリス。こういうのはなある程度地位が高そうなやつに声かけて何でもええから仲良うなったらええねん。そしたらな? アホは何でもべらべら喋りだすねん。さっきみたいにな」


「あなたまさかそれが分かってて」


「せや? ウチらを案内するぐらいの人やったらそれなりに会社に詳しい人材っちゅう事やろ? 下手な人材をインターンの案内に当ててみぃ。帰った後にめちゃくちゃ言い始める可能性もあるやろ? やからこういうのはしっかりした人が案内するとウチは睨んだんや」


「嘘でしょ……あなたがそこまで知能派だったなんて……」


「馬鹿にしとる? なあアリス。ウチのこと馬鹿にしとるやろ」


 

 正直してた。だって馬鹿っぽい話し方ばっかりしてるんだもの。そう思われても仕方なくない?

 


「まあええわ。とりあえずこの休憩時間の間に案内されへんかったところ行ってみよか」


「え、ええ。そうね」


「ほなよろしゅう。アルトバイエルン・ハーモニーさん」


 

 馬鹿にするように私の名前を呼ばれた。

 あなたほどおかしくないと思うんだけど――

 そして私たちは社内の気になる場所を巡る事にしたのだが、これと言って怪しい場所は見つからなかった。

 

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