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ニンジャ、魔王と出会う 001

 海の香り、潮を含んだ風、突き抜ける青い空から降り注ぐ陽の光。ハクは、五感全体で海を感じる。到底これは幻覚の類だとは、思えない。間違いなく、ハクは海辺にきたのだと思う。後ろを振り向いてみるが、ただ海原を白い道が延びるだけでどこにも聖堂は見えない。

 波が寄せては返し、白い道を洗っている。その白い道は、真っ直ぐに城塞へと続いていた。どうやらここは、ルサルカの言っていた異世界というやつらしい。

 ハクは、ルサルカを見る。

 ルサルカは、彫像のように立ち止まり宙の一点を見据えていた。ハクは、ルサルカに声をかける。


「おい、いったいここは」

「少し、黙ってくれないか」


 その切羽詰まった口調に、はっとなってハクはルサルカを見つめる。魔女を名乗るおんなはいつもの少し皮肉で冷笑的な調子を消し去り、仮面を貼り付けたような無表情となっていた。

 気がつくと、キラの姿も見当たらない。


「余計なリソースを使う余裕が無くなってね、キラはしばらく消えてもらう」


 魔女は感情のない声で、口早に語った。


「もう少しゆっくりやるつもりだったが、どうやらそんな余裕はなさそうだ」


 ルサルカは振り返り、ハクを見つめる。その瞳は魔女を名乗るものに相応しい、凶悪な輝きを放つ。ハクは、その漆黒に輝く瞳から目が離せなくなった。


「君に、魔法をかける。少しばかり強引にインスタンスを生成するから、覚悟を決めてくれ」


 一体何をとハクは言おうとしたが、語る前に闇が堕ちてきた。宇宙の深淵に放り出されたかのようなその闇にハクは驚き、海に膝をつく。

 それはいきなり、はじまった。眉間にドリルで穴を開けられ、物理的に何かを詰め込むように、脳内へ情報が書き込まれ出す。それはおそらく、誰か知らないひとの記憶であった。

 脳を情報で焼き焦がされていくような気がして、ハクは呻き声をあげる。しかし、魔女の魔法は容赦がない。脳の隅々まで弾丸を撃ち込むように、情報が書き込まれていく。

 その何ものであるかわからない記憶は、ほとんどが陰惨で残酷なものである。ハクは、強制的に地獄めぐりをさせられているような気持ちになった。

 はじまった時とおなじように、それは唐突に終わる。気がつけば闇は消え去り、目の前には碧い海が広がり波が足にじゃれついていた。

 ハクは耐え難い苦痛を全身に感じ、激しく嘔吐する。とはいえ胃はほぼ空っぽであったため、液体が流れ落ちただけであったが。


「立ちなさい、ニンジャ・ボーイ」


 魔女は、冷酷な口調で語りかける。


「死にたくなければ、立ってたち向かうのよ」


 一体何に、と思いながら無理やり立ち上がる。眩暈がしてふらつきそうになったが、強引に足を踏ん張り背を伸ばす。そして、ルサルカの視線を追った。

 空の一点が、歪んでいる。漆黒の渦が光を吸い込んでゆき、暗黒の塊が出現しつつあった。

 銀河の果てで死滅した星が闇色の輝きを見せるかのように、暗黒の塊は青い空に君臨している。凶悪な気配が輝く空の色を飲み込み、灰色に変えていくように思えた。

 ハクは、呻きをあげながら空に出現した異物を見る。暗黒の光輪を背負ったそれは、ひとの姿をしていた。灰色のフード付きマントに身を纏った、ひと。それが空に、出現している。

 フードの下から、禍つ星のように輝く金色の瞳がのぞいていた。空に浮かぶひとが、言葉を発する。


「余が自ら出迎えてやったぞ、ルビャンカの魔女よ。感謝するが、いい」


 意外にもその声は、少女のものであった。また、フードの下からのぞいている瞳や顔は、少女のもののようにも思える。言語は聞き覚えの無いものであったが、頭の中に直接意味が刻み込まれるようだ。ハクが、つぶやく。


「なんだ、あれは?」


 ルサルカが、応える。


「わたしたちの、敵だよ。魔王、そう呼ばれている」


 魔王、そう呼ばれたひとは、少女の声で笑った。


「魔女よ、面白いものを連れてきたではないか」


 魔王は、深夜の凶星が放つ輝きを持つ金色の瞳でハクを見つめる。その肌は星なき夜の闇を纏ったように黒く、唇は薔薇の花びらを思わせる真紅であった。


「おまえ、名は何という?」


 ハクは、英語で応えてみた。


「おれは、ハクだ。しかし、ひとに名を問うのであれば、まず名乗るものだろう」


 魔王は、楽しげな笑い声をあげた。言葉は、理解されたらしい。


「もっともではあるが、余はもはやひとではないがゆえに名もなく、魔王とよばれる。そこな魔女と、同じさ。だがまあ、ひとであったときの名を教えてやろう」


 赤い唇が、そっと闇の中でゆがむ。


「ブラッドローズ」



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