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ニンジャ、異世界へと向かう 001

 そうしてハクたちが会話を交わしている間に、クロスカントリー車は闇につつまれた平地を突き抜けていく。やがて、前方に街が見えてきた。

 クロスカントリー車は速度を落とし、街の中へと入る。そこはそれなりの規模があるようだが、まるで廃墟のようにひとの気配がない。立ち並ぶ建物には明かりが灯っておらず、無愛想な街灯だけが道を照らしている。

 おそらく、バブルの時にたてられた都市計画に基づいて人工的に造られた街が、バブルの崩壊とともに廃墟化したのだろう。

 ルサルカの運転する車は、やがて街の中心らしいところにたどり着く。円形のロータリーがある先には、無機質な鉄筋コンクリートの建物がある。おそらく駅なのだろうが、線路が見当たらないので地下鉄ということか。

 ルサルカは、その駅らしい建物の前にクロスカントリー車を停める。エンジンから火が落ち、静寂がハクたちの上に降りてきた。

 静寂が音を貪り食う夜を歩き、ルサルカは駅へと向かう。キラが目で大きなトランクを持っていくように、ハクへ指示を出す。


「乙女の着替えは、大事に運ぶデスよ」


 ハクは、その重たさに思わず悪態をつきそうになりながら、トランクを駅へと運び込む。駅舎の中は巨大な獣が屍を晒すように、荒れた様を見せている。

 それでもかろうじて非常灯が灯っており、完全な闇にはなっていない。ルサルカはシガリロを咥えると、ハクを招き寄せる。

 ハクはやれやれと吐息をつきつつ、ジポーで火をつけた。


「おれたちは、電車に乗るってわけか?」


 ハクの言葉に、魔女は愉快げに笑った。


「銀河鉄道の夜という物語が、あったな」


 ルサルカは、闇にたなびく紫煙を従えながらエレベーターに向かう。扉の脇にルサルカが手をかざすと、パネルが現れた。ルサルカは、テンキーに素早く何かを打ち込む。

 エレベーターの扉が、獣が息を吐き出すような音をたてて開く。


「鉄道がつながれば、非知/未知の世界であってもそこは既知の場所であるかのように振る舞う」


 ハクはルサルカと共に、エレベータに乗った。とても奥深いところで、巨獣がみじろぎをするような音がしてエレベーターが動き出す。まるで無重力空間に放り出されたかと思うほど、エレベーターは高速で動いているようだ。薄暗いエレベーターの中で紫煙を渦巻かせながら、ルサルカは言葉を続ける。


「しかし結局のところ、そこは既知のように振る舞うだけで、実際はいわゆるアルタネイティブな場所なんだよ」


 ハクは、首を傾げた。


「つまりおれたちは、異世界にいくということなのか?」


 宇宙を漂っているかのようなエレベーターの中で、ルサルカはくすくす笑った。


「まあ、行けばわかるさ」


 突然身体に重力の負荷が戻り、エレベーターは終点にたどり着く。ルサルカはシガリロを床に落とすと火を消す。扉の向こう、液体のような闇が満ちた空間へとルサルカは踏み込む。ハクは、あとに続く。あの速度で降ったのだから、そうとう地下深い空間なのだろうとハクは思う。あるいはおれは死んで、死者の国についたのかと思える。そんな闇に満ちた空間で、あった。


「けれど、違うよ」


 ルサルカは、ハクの思いを読み取ったような言葉をはく。思わずハクが声をした方を見た瞬間、照明がついて明るくなった。

 そこは、地下鉄のプラットホームである。壁には駅名と行き先が書かれた看板があるようだが、その文字はサンスクリット語のようで読むことは叶わない。


「どこであろうと、行けばそこは異世界ではなく此世界になるのさ」


 ルサルカがそういうと同時に、電車の音が聞こえてくる。闇の中から、地下鉄が姿を現した。二両編成の、小さな地下鉄である。無人運転のようで、運転席は空だ。

 ルサルカは当然のように、その地下鉄に乗った。ハクとキラも、それに続く。扉が閉まり、地下鉄は走り始めた。ハクはつり下げられた吊り革に、掴まってみる。それはありふれた日常が戻ったように思える様で、スーツケースを持った自分たちがただの旅行者であるかのように錯覚しそうだ。

 突然、地下鉄は大きく身震いをしながら停止する。そして今度は、再び宇宙空間に放り込まれたのかと思うような浮遊感がやってきた。

 地下鉄は何か別の乗り物に組み込まれ、凄まじい高速で移動をはじめたようだ。それこそまるで銀河鉄道のように、宇宙を疾駆しているが如き浮遊感であった。

 ルサルカはシートに足を投げ出して座っており、自室のソファに腰を下ろしているのかと思える。


「音速をこえて、移動している。腰を下ろした方が、いい。危ないよ」


 ルサルカの言葉に従い、ハクはスーツケースを床に横たえるとシートに座る。

 どれくらいの時間が、過ぎただろうか。ハクにはそれが数時間のように思えたが、実際には数十分なのかもしれないとも思う。


「さて、到着したようだ」


 地下鉄の扉が開き、ルサルカはごく自然にそこから歩み出る。スーツケースを引き摺るハクも、あとに続く。

 彼らが足を踏み入れた瞬間、闇に包まれていたプラットホームに照明が灯った。やはり、サンスクリットで駅名が書かれている看板がある。

 ルサルカは、壁の一箇所に手をあてた。操作パネルが現れ、パスコードが打ち込まれる。扉が、開いた。

 ハクはルサルカに続いて扉を抜けると、そこで見たものに息をのむ。洞窟のようなその場所は、太古の聖堂を思わせる荘厳な気配が漂っていた。その聖堂のような場所で本来神の像が存在すべきであろう聖壇には、意外なものがある。

 それは、巨大な壁画であった。

 映画のスクリーンくらいの大きさは、あるだろうか。上方は見上げるほどの高みにあり、左右はずっと彼方まで続く。

 そして壁画に描かれていたのは、海辺の景色であった。紺碧の海原が足元に描かれ、透き通るように輝く空が頭上に広がっている。その海上には、城塞のように見える建物が描かれており、海を割るように白い道が城塞に向かって伸びていた。

 ルサルカは、その壁画に手を触れる。驚くべきことに、ルサルカの手は壁画の中へと吸い込まれていく。さらに、ハクは驚愕することになった。ルサルカは、さもそれが当たり前のことだというように絵の中へと踏み込み吸い込まれる。

 ハクは、言葉を失い壁画を見つめた。壁画の一部となったルサルカは、絵の中から手招きをしている。


「何してるデスか、クソ後輩。さっさと、行くデスよ」


 キラの言葉に促され、スーツケースを引き摺ってハクは絵に身体をぶつけてみる。ハクが想像したような衝撃はなく、あっけないほどあっさりと海辺に伸びる白い道へ降り立つこととなった。


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