ニンジャ、魔女と出会う 006
ハクはもう、なんでもありかとため息をつくと、前に回ってナビゲータシートに座った。ルサルカは当然のように手を出してきたので、ハクはイグニッションキーを渡す。
「なぜあんたが、おれの車を運転する?」
「わたしがきみの恋人みたいに隣に座って、あちらを曲がってこちらを真っ直ぐとか案内するのか? ごめんだね」
ルサルカは、イグニッションを回しながら応える。
「全く、あんたらはどうしてそうグダグダくだらない話をしてるんスカ」
少女が、後ろから声を発する。
「うだうだ言ってないで、さっさと出発するデスよ」
少女の言葉に応えるように、エンジンが重々しく動き出した。ハクは、足元で金属の獣が鈍重な咆哮をあげるのを感じる。
ルサルカは、乱暴にクラッチを繋いだ。エンジンが軽くノックし、クロスカントリー車は蹴飛ばされた荒馬となり走り出す。ハクは、呻き声をあげた。
「もっと、車を大事に扱ってくれ」
ルサルカは、鼻で笑い飛ばす。
「ソビエトのウリヤノフスク工場で生まれたエンジンだぞ、雑に扱ってこそ真価を発揮する」
ハクは、やれやれと首を振った。ルサルカは揶揄うような色を、目に浮かべる。
「きみはもう、三十を越えたのかな?」
ハクは、口を歪めてこたえる。
「まだ、二十七だ」
ルサルカは、笑みを浮かべる。
「若いといえるかは微妙だが、歳のわりに枯れてるね、きみは」
ハクは、苦笑した。
「見るべきものは、全て見た。そう、思っているよ」
ルサルカの声に、少し揶揄するような調子がやどる。
「腐敗した資本主義の企業で酷使され、疲弊したわけだ」
ハクは、首をふった。
「どんな企業でも労働者を最大限酷く扱うことに、全力をつくすものさ。それはそういうものだから、なんとも思ってはいない」
ルサルカは魔女を名乗るものに相応しい、呪詛がこもっているような笑い声をあげる。
「きみはこれから、なにも見てきてはいなかったことを思い知る。そういう旅に、わたしたちは赴くのだ」
ハクは、呆れたように笑う。
「楽しみに、しておくさ」
ハクの乗った車は、白いヘッドライトの光で闇を切り裂きながら海辺の真っ直ぐな道を疾走していく。ルサルカの運転は雑だったが、鈍重なクロスカントリー車はそう扱われることが当たり前のようにこたえている。
「おい、オマエ」
ハクは後部座席の少女から声をかけられ、振り向く。
「なんだい」
「オマエは、まともそうに見えて、実はマが抜けてるデスネ」
ハクは、まあそうかもと思いつつ応える。
「これでも、真っ当に大きなしくじりはなく二十七年生きてきたさ」
少女は、鼻で笑う。
「ウンがよかったデスネ、クソ後輩。だが、心配しなくていいデス」
ピンクの髪の少女は紅いシャドウの入った目を細め、薄く笑う。
「これからは優秀な先輩であるアタシが、オマエを導いてやるデス。アタシの言うことを、よくきくのデスよ」
自分の幻覚の言うことをきくというのはどうなんだと思ったが、ハクは素直に頷く。
「わかったよ、先輩。先輩のことは、どう呼べばいい?」
少女は水色のルージュに彩られた唇を、三日月の形に歪めて笑う。
「こころの底から尊敬の念を込めて、キラ先輩と呼ぶデス」
ハクは、頷いた。
「よろしくな、キラ先輩」
キラは目を細め、上機嫌な猫の笑みをみせた。
「先輩は、みたところまだ十代のようだが」
ハクの問いに、キラは笑いながら答える。
「十七歳の設定デスよ」
女子高生かよと、ハクは思う。