ニンジャ、魔女と出会う 005
ハクは、苦笑する。
「だが、おれはあと三日で死ぬんじゃあないのか?」
おんなは、喉の奥で笑う。
「じゃあ、抱いたんだね」
「いや、血を浴びた。多分、ダメなんじゃあないかと思う」
「心配ない」
おんなは、無理やり陽気な調子を言葉に含ませる。
「わたしには、魔法があるからね。ああ、きみのジャケット。血がついてるようだ」
ハクは驚き、見下ろすとスーツの上着に血のシミが胸の辺りにある。ハクは落ちているボンバージャケットを羽織ると、シミを隠す。
「じゃあ、いこうか。きみの車を使おう」
おんなはシガリロを捨て、踵を返すと歩き出す。ハクは、おんなのあとに続きながらその背に声をかけた。
「あんたのことは、なんと呼べばいい?」
その言葉に、おんなは足をとめる。
「ふむ。ひとであったときの名はメイエルホリドだがその名を使うのは、フランケンシュタインの怪物をヴァルトマンと呼ぶように趣がない。まあ、ルサルカと呼びたまえ」
再び歩み始めたおんなの背に、ハクは声をかける。
「ルサルカって、それは水の怪異のことではないのか?」
おんなは、鼻で笑う。
「ルビャンカの地下でわたしの担当は、わたしが水槽の底に沈んでいるのをみたそうなんでね」
「ほう、でその担当はどうなったんだ」
「ルビャンカの地下でわたしの隣に入ったそうだよ」
ハクは、苦笑する。
「まるで、アネクドートだ」
ハクの言葉に、ルサルカと名乗ったおんなは笑い声をあげる。
「わたしがルビャンカの地下で見たものはおおむね陰惨だったが、同時に滑稽でもあったな」
ルサルカは、ハクのクロスカントリー車にたどりつくとその前に立つ。そして、満足げに笑う。
「UAZハンターだな、きみは見た目は凡庸なくせに車の趣味はいいじゃあないか」
ルサルカはそういうと、さっさと運転席におさまる。ハクはドアをロックしなかった自分をこころの中で罵りながら、ナビゲータシートに乗り込もうとする。ルサルカは、ハクを目で制止すると少し離れたところを指差した。
「車に乗る前に、あそこの荷物を積んでくれないか」
ハクはため息をつくと、荷物を取りに行く。それは革でできた頑丈そうな、スーツケースだ。
ハクは後部座席にスーツケースを積むために、持ち上げる。あまりの重さに、ハクはおもわずうめいた。
「なんだ、これは。死体でも入ってるのか?」
後部座席に、スーツケースを置く。そして、そこに少女が座っているのに気がつき、ハクは驚きの声をあげる。
「なんだ、あんた?」
「そのスーツケースは、大事に扱うデスよ。乙女の、着替えが入ってるデスから」
そう言った少女は、ゴシックな雰囲気の黒いワンピースを新雪の白さを纏ったレースで飾ったメイド服を着ている。ピンクに染められた髪を両脇でくくり、紅いシャドウと空色のルージュでメイクした少しばかり奇矯なスタイルの少女だ。
「ああ、気にするな」
ルサルカが運転席から、声を発する。
「その娘は、実在してない。わたしが魔法でつくった幻覚で、わたしのアシストだ」