ニンジャ、魔女と出会う 003
ハクは、呆れ顔になる。戸惑いながらも、とりあえず両手をあげた。
「おれは、イガやコウガの出身じゃあないぜ。ただの平凡な、サラリーマンだ。ついでに言えば、社畜のシステムエンジニアだ」
「両手を、あたまの後ろで組め」
ハクは黒スーツのおとこの声に怯えが含まれているのを感じ、困惑を深める。ハクは、言われるがままに両手を頭の後ろに回した。
「いったい、どこで情報がもれた。ニンジャ・ボーイ、どうやってそのおんなを手に入れた?」
「いや、どうやってといわれても」
ハクは、少し追憶にふける。
❖
ハクはいつも夜勤明けの帰り道、車をコンビニの駐車場に停めると缶コーヒーを飲みながら煙草を一本灰にする習慣がある。その日もいつものように缶コーヒーを手にして車に戻るところで、そのおんなに出会った。
おんなは病院から抜け出したかのような白衣の上に、ごついボンバージャケットを羽織っているという、なんともちぐはぐな格好をしている。その瞳は宙を彷徨っているようで焦点は合っていなかったが、間違いなくハクが視界に捉えられていた。
「海を、見に行きましょう」
唐突なおんなの言葉が自分に向けられたものだと理解できず、思わず後ろを振り向いた。しかし、その駐車場にいるのはおんなとハクだけである。ハクが再び前を向いたときに、おんなは既にナビゲータシートに収まっていた。ハクは、ロックしなかった自分に思わず舌打ちをする。
ハクはごつい金属の塊で形成されているような車に乗ると、缶コーヒーをおんなに渡す。おんなは砂漠で水を差し出されたひとのように、喉を鳴らしてコーヒーを飲む。ハクはやれやれと思いつつ、煙草に火を付けながらイグニッションを回した。頭の中で、海への道順を組み立てる。
大きなクロスカントリー車は、鈍重な車体を海に向けて走り出した。おんなは夢見るように、窓の外を流れる景色に茫洋とした目を向けている。やれやれと、ハクは思う。
(いったいおれは、何をやっているんだか)
❖
そうこうして海辺で夜を迎え、今に至るわけである。カンパニーだのニンジャだの言われても、ハクにとっては自分に関わりのあることだとはとても思えない。ただ気になるのは、煙草を吸い損ねたことだ。
「なあ、おれは殺されるのか?」
少しばかり間抜けな問いに、黒スーツは緊迫した口調で応える。
「ニンジャ・ボーイ、あんたについてはおれの権限を越えている。上に、確認中だ」