ニンジャ、ダンジョンに挑む 004
ルサルカとハクが通り抜けた後、重々しい音をたてて門が閉ざされる。はあ、とハクは吐息をつく。
「なんだか、随分簡単に通れるんだな」
「監獄だからな、入るのは簡単だよ。出るのはとても、難しい」
ハクは、苦笑する。
「ルビャンカの地下と、同じか」
「いや、あそこはシベリア行きの中継点だから」
「なんで、オマエらはいつもいつもくだらないことを、グダグダ言うデスか」
いつの間にかキラが、隣に並んで歩いていた。
「いや、すまんね。キラ・パイセン」
「この無能なクソ後輩は、いつになったら敬意を込めた呼び方を覚えるデスか。犬の方がもっと、躾やすいデスよ」
「ああ、キラ・パイセンはおれの幻覚なんだろ。自分の幻覚を尊敬するのは、自画自賛みたいでちょっと」
「オマエの脳のリソースを使ってるからといって、オマエ如きの一部と思うなデス。クソ後輩、おまえの百倍は有能で高性能デスよ、アタシは」
話をしているうちに砦の中庭を通り抜け、半ば廃墟化している建物の前にたどり着く。ルサルカは平然とその建物の扉を開く。そこには、地下へと続く階段があった。
ハクは、階段を下っていく。周りは次第に暗くなってゆき、奇妙な幻惑を闇の中で感じる。空間識が失われてゆき、まるで宇宙空間を漂っているのかという気持ちになった。ハクは、自分が下っているのか昇っているのかよく判らない状態になっていく。
ふと気がつくと、眼の前でルサルカが立ち止まっている。そこには、灰色の扉があった。ルサルカは、少し振り向いてハクに微笑を投げると扉を開く。
そこは、想像していたのと違うとても開けた場所だ。巨大な岩石の天井で覆われた、ドームの内部にハクはいた。
あたりは、黄昏どきのように、うっすらとした闇に満たされている。だが、景色を眺めるには十分な明るさがあった。
石畳の道が、眼の前を真っ直ぐに伸びている。その先には、街があるようだ。薄闇の向こうに、ぼんやりとした明かりが灯っている。
どこか夢の中に現れる景色のような場所を、ハクはルサルカの後ろに続いて歩んでいった。
「ここはディアギレフのダンジョン、第一層、第一階だよ。そして」
ルサルカは、前を指差す。
「あれが、始まりの街だ」
街の入口には大きな門があるが、開かれたままであり門番もいないようだ。ルサルカは無造作な感じで、門をくぐる。ハクもその後を続く。
そこには、結構な規模がある街がひらけていた。ハクは、灰色の世界からいきなり極彩色の世界へと迷い込んだように思い、少し目を細める。
街の中心には無骨な砦が築かれており、その砦を中心に通りが伸びていた。その砦へと続く大通りには、様々な屋台が立ち並んでいる。そこには実に様々なものが売られており、ハクはここが本当に監獄なのかと思った。
白銀、漆黒、金色、銀色様々な色彩を放つ武具や武器を売る店があるかと思えば、赤や黄色といった色とりどりの干した果実を置く店に、桜色の燻製された腸詰を売る店もある。怪しげな明るい虹色を放つ香の煙が漂う店には、髑髏や魔物を表紙に描いたインチキ臭い魔法書が売られていた。
辻では吟遊詩人がギターのような楽器を弾きながらバラードを歌い、その傍らで金糸銀糸に飾られている色鮮やかな衣装をきた売笑婦らしいおんなが煙管を燻らしている。純白の僧衣を纏う僧侶らしいおとこが加護の呪符を売っていると思えば、黒いマント姿の魔導師らしいおとこが幸運を招くという呪具を売っていたりした。
ルサルカは騒然としたその立ち並ぶ屋台の群れへ目をくれることもなく、砦へ向かって歩みを進める。呼び込みに忙しい屋台の売り手もルサルカには慣れているようで、声をかけることもない。その後ろに続くハクも、あたりまえのように無視される。
ハクはいつのまにか隣を歩いていたキラに、問いを投げた。
「ここでは、貨幣がつかえるのか? キラ・パイセン」
キラは一瞬不機嫌な視線を投げたが、あきらめたようにため息をつき応える。
「このダンジョンの中だけでつかえる古銭があるデス、覚えとくといいデス、このクソ後輩」
前をゆくルサルカが、少し後ろを向く。
「第一層、第一階はセフティゾーンだからモンスターは限られたところにしかいないが、そこでモンスターを狩ればギルドが買い取ってくれる。そこで統一王国の古銭が、支払われるんだよ」
ハクは、驚く。
「じゃあ、監獄の中に貨幣経済があるんだな」
ルサルカは、頷く。
「ここには、くそったれた市場経済がある。逆に言えば、モンスターを狩らねば食物を買えず飢えて死ぬことになるね」
ハクはますます自分のイメージする監獄からかけ離れていくこの場所に、戸惑いを感じる。しかし、ダンジョンの中はそんなものかとも思う。
いつしかハクは、街の中心であろう広場に行き着いたことに気がつく。中心には砦があり、その周りは広場になっているようだ。
広場にはところどころ人だかりができている。人だかりにいるものは皆、薄汚れ傷だらけの革鎧を身に着けていた。アメリカ西海岸あたりのバイカーズギャングかと思うようなスタイルで、だいたいは派手な刺青を肌に刻んでいる。
「アイツラは、ダンジョン探索者デスよ」
ハクは、キラの言葉がしたほうを向く。キラは、水色のルージュに彩られた唇を薄く笑うように歪めていた。
「ここに追い込まれた、罪人たちだな」
「まあ、中にはマトモなヤツもいるデスが、大体はイカれたならず者デス」
なるほど、と思う。彼らはダンジョンに潜り何某かを得て生き延びたものというわけだ。彼らの傷まみれの顔からは、何か絶望を突き抜けた諦念のようなものを感じさせる。どうなっても大した違いはないと思う自分と同じかと、ハクは思った。
そのダンジョン探索者が群れなす人だかりの中心には、大きなケージが置かれているようだ。
ケージの中では、異形の姿を持った人型の生き物同士が戦っている。その周辺では、頻繁に古銭のやり取りがされているようだ。おそらく、モンスター同士を戦わせる賭け事なのだろう。
「ああ、あれは下の階でとらえたオークやオーガを戦わせる賭けだよ」
ルサルカは、ハクにそう説明する。
「そんなことが、許されるのか?」
「まあ、ダンジョンギルドが主催するものだからね。キルドの収入源でも、ある。ギルドは稼いだ金を、ダンジョンの管理費用にあてるので国から認められてるんだ」