ニンジャ、ダンジョンに挑む 002
「監獄?」
ハクは、驚いた声をあげる。ルサルカは、頷いた。
「ダンジョンには、罪を犯したものが放り込まれる。そして、ダンジョン探索を義務付けられるんだ」
「じゃあダンジョンは、ルビャンカの地下みたいなものなのか?」
ルサルカは、ふふと笑う。
「少し違うかな、ダンジョン探索で一定の成果をあげれば、刑を免除され外に出ることができるんだ」
なるほどと、ハクは思う。
「だが、ダンジョン探索を行って生き延びるものは一割を切る。事実上の死刑宣告みたいなものなんだよ、ダンジョン送りは」
ふう、とハクはため息をつく。
「そのトラキアって、国なんだよな。なぜ国家が、そこまでしてダンジョンを探索する? ダンジョンってのは、魔王が造った自分の居城なんだろ。魔王を、倒すためなのか?」
ルサルカは、声をあげて笑う。
「あの魔王は、若い。まだ生まれて、二百年もたってはいないだろう。ダンジョンは、もっと古い。少なくとも三千年以上、この中原を統べる統一王国よりは古い時代に造られたんだよ。だからそこには、オーパーツ、いわゆるロストテクノロジーの産物がある」
ルサルカは、少し光る目でハクをみた。
「わたしたちも、ダンジョンへ潜りそこにある過去の遺物を、持ち帰るのさ。そしてそいつは、世界を破滅させることもできる危険なものだったりする。喩えてみればあそこは、ツァーリ・ボンバが転がってるがソビエトの崩壊で無管理になった兵器庫みたいなものだね」
ふむ、とハクは唸る。
「魔王も、そのツァーリ・ボンバを狙っているのか?」
「まあ、そうだ」
ルサルカは、前を指差す。砦の門が、目の前に聳えている。無愛想でかけら程の装飾はないが、随分頑丈そうな門であった。
門の上には、こう書かれた石板が掲げられている。
Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate
汝らここに入るもの、一切の望みを捨てよ
ハクは、思わず苦笑する。
「あれは、あんたが書いたのか? やりたいほうだいだな」
ルサルカは、口の端を少し歪める。
「なに、ジョークのつもりで提案したら、採用されてしまったのさ」
「ルビャンカ生まれのくせに、ジョークのセンスがプチブルじみてるぜ」
ルサルカが、声をあげて笑う。笑うルサルカの前に、槍を手にした守備兵が立つ。
「あんたは、ルビャンカの魔女だな」
驚いたことに、守備兵は英語を使う。ブロークンで訛りが強いが、一応英語でありハクには意味が通じた。
守備兵の声がけを受け真顔になったルサルカは、頷く。
「そうだよ」
「そこのおとこは、なんだ」
守備兵は鋭い目を、ハクに向ける。ルサルカは、たおやかに笑って応えた。
「雇い主のジークさんに頼まれてね、デルファイから連れてきた」
その言葉を聞いた守備兵の顔が一瞬強張り、蒼ざめる。しかし、結局やれやれと首を振ると後に声をかけた。
「門を、あけろ。ルビャンカの魔女が、お帰りだ」
ルサルカは美しい顔に淑女の笑みを浮かべると、貴族の子女がするような礼をみせた。うんざりした顔の守備兵は、はやく行けと手で示す。ルサルカは、門に向かって歩き出す。ハクもスースケースを抱えて、後に続く。