ニンジャ、ドラゴンと戦う 002
ハクは左手に鎧通しを戻しながら、顔をしかめる。ルサルカの言葉通りであれば、魔女は廃人になった自分を操るつもりだったのかとこころの中で戦慄した。
首を失った竜は夜が夜明けに屈して地に落ちるように、海へと沈む。再び波が、ハクたちに襲いかかった。
首の切断面から黒煙を放つ竜は、再び立ち上がろうと動き出す。ハクは、驚きの声をあげる。
「まだ、生きてるぞ、あいつ」
ルサルカは、苦笑する。
「たかが頭を斬られたくらいで、竜が死ぬものか。やつはあの巨大な図体を制御するために、脳を体内の五箇所に分散させているんだ。殺すんなら、それを全部斬らないと」
ハクは思わず、無理だなとこころの中で呟いたが、ルサルカは平然として言葉を続ける。
「だけどきみが竜の表面を斬って無防備な中身を外に晒してくれたから、魔法をかけた。もう、あの竜はわたしの支配下にある」
竜は、海に落ちた首を切断面に押し付ける。どうやらそれで、首は繋がったらしい。翼を畳んだ竜は海面をゆっくり歩くとルサルカの前に来て、静かに首を垂れた。それはまさに、支配者に対して僕が行う仕草である。
ハクは、驚き唸り声をあげた。ルサルカは、満足げに笑う。
「中々よい贈り物を、魔王はくれたな。まあ、いいやつだと言える」
ハクは、苦笑した。
「あれは、ロールプレイングゲームならラスボスクラスじゃあないのか。あんなものがいきなり出てくるのは、いかれてるよ」
ハクの言葉に、ルサルカは首を振った。
「ラスボスは、魔王だ。あれはせいぜい、中ボスじゃあないか。それにしても意外だな、ニンジャ・ボーイ。きみはゲームをするのか」
「ネットハックは、三回ほどゲヘナまで行ったよ」
ルサルカは、不思議そうにハクをみる。
「きみは忙しかったのでは、ないのかね」
「ネットハックなら、リナックスサーバ上で動くからな、業務中でも気軽にできる」
ルサルカは、鼻で笑う。
「これだよ、腐敗した資本主義の労働者は。ソビエトならきみは、ルビャンカの地下に放り込まれただろう」
「あんたの隣の、部屋かな」
「なにをあんたらはクソくだらない話を、グダグダしてるデスか」
突然現れたキラが、不機嫌な声をだす。
「さっさと、出発するデス」
しかし、とハクは思う。竜のせいか、あたりは荒天となっている。空は巨獣の内臓が曝け出されたのかというような暗雲に、支配されていた。鈍重で金属質の黒さを纏った雲は、細かな火の粉を灰と共に地上へ降り注いでいる。ワルプルギスの夜であるかのように、風が悲鳴を上げながら吹き荒れていた。
海は灰色となり、波高く渦巻いている。竜が来る前には見えていた白い道は失われ、海上に聳えていた城塞もどこにあるのか杳として見えない。海もハクたちの膝まで飲み込んでおり、歩けるようには思えなかった。
「まあ、そうだね。出発したほうが、よさそうだ」
ルサルカは、呑気に聞こえる口調でいった。平然とシガリロを取り出し咥えたので、面倒になったハクはジポーをルサルカに向かって放り投げる。
ルサルカは口の端をあげて笑みを浮かべると、紫煙を吐き出す。そして、竜に向かって語りかけた。
「なあ、おまえは変化できるのだろう?」
竜は頷いてみせると、全身を黒い光で覆う。その光が消え去った後には、竜の翼を背負ったひとりのおんなが立っていた。おそらく二メートル以上は背丈のある大きなおんなが、エナメル・クロコのような光沢がある黒いボディスーツを着て佇んでいる。
「ルビャンカの魔女よ、初にお目にかかる」
切れ長の目をし、夜のように黒い肌をしたおんなが静かに言った。ルサルカは、頷く。
「おまえ、名はなんという?」
「魔王からは、与えられていない。よければ、名をつけてくれ」
ふむ、とルサルカは紫煙を吐きながら頷く。
「まあ、チュドーユドーと呼んでおこうか。よろしくな」
チュドーユドーと名付けられた竜は、膝をつき頭を下げる。