ニンジャ、魔女と出会う 001
夜は海を静寂で満たし、闇をその奥深くまで溶かし込んでいる。残酷なまでに玲瓏と輝く月は、鋼の質感を海面に与えていた。時折り息を吐くように、白い波が海面を渡ってゆく。
彼は闇の中で身を起こすと、傍にいたはずのおんながいないことに気がついた。立ち上がった灰のように白い長衣を身につけたおんなは、黒く横たわる海と相対している。海は貪欲に音を飲み込み、おんなの気配も消し去っているかのようだ。
彼は立ち上がると、おんなの後ろに立つ。
闇を切り裂くような女の声が、海に向かって発せられた。
「みて、ほうら」
おんなは、惜しげもなく輝く裸体を曝け出した夜の無慈悲な女王である月に指を突き出す。
「天使が、降りてくるのよ」
彼には何も見えはしなかったが、束の間輝く死の白い羽が海を覆うのを幻視する。
「みて、天使が終わりを告げにきた。おわり、おしまい、さようなら」
おんなは言葉の終わりに、真紅の血を吐き出す。命の焔が口から迸るように、おんなは勢いよく血を海に落としていった。海は飢えた獣となり、おんなの血を闇に溶かしてゆく。
かれは驚き、うしろからおんなを支える。夜の闇より尚暗い瞳で、おんなは彼を見つめた。
「ね、天使がわたしの命を刈るの。農夫が麦を、刈るように。さあ、おしまい、さよう、な、ら」
おんなの吐く血を彼は浴び、身を燃え盛らせるように紅く染める。操り人形の糸が切れた、そんな様でおんなは彼に身をまかせた。
彼は投げ出された花束を受けるように、意識を失ったおんなを抱きとめる。身動きしなくなったおんなを、彼は地に横たえた。何か手立てをほどこそうかと考えたが、おんなが息をしていないことに気がつきため息だけをつく。
彼はあまりの出来事に呆然とし、しばらく海を眺めていた。やがて血塗れの自分に気がつき、身に纏ったスエットを脱ぎ捨てる。海に入り、血を洗い流す。春先の海は鋭い刃となり、冷気を彼の身体に突き立てた。
彼は海水の冷たさで、正気を取り戻したように思う。地面にひいていたブランケットで身体の海水を拭うと、ここにくるときに着ていたスーツを身につけた。スーツ姿となった彼は、気分を落ち着けようとポケットに入った煙草へ手をのばす。その時、彼はエンジン音が響くのを聞き海辺に立つ小屋から歩み出る。
闇の中に巨大な廃墟が、聳えていた。かつてはリゾートマンションとして建設されたらしいその建物は、バブルの崩壊とともに廃墟と化して夜の闇に横たわる。その廃墟の足元に、二台の車がエンジン音を響かせていた。
夜に金属の獣が放つ咆哮を響かせる大きな四輪駆動のドイツ車から、黒いスーツ姿のおとこたちが降りてくる。四人の、おとこ。影のような黒いスーツを纏ったおとこたちは、闇の中でサングラスをつけていた。