No.003_エリオットの真面目なお話
「イリュド全体を管轄する外環騎士団は、王都管轄の内環騎士団よりも規模も大きいですし、故に団員数も多いですが、実態は、全く騎士の数が足りていません。広域を24時間体制で各地区を巡回し、ギルドの運営にも人手を割かれます。しかも最近は、若い子ほど役職に就きたがらなくてね」
エリオット隊長の口調は穏やかだったけれど、その内容はけっこうシビアだった。
「その点、君は訓練院でも優秀な成績を納めていたし、家柄も申し分ない。実はね、クラウス様は私が入隊したころの上官でしてね。若い頃は、よく皆の前に立たされて怒鳴られたものです」
……この人、意外と喋るな。
それに、義父様とも面識があったとは。あのクラウスが怒鳴ってたとか、全然想像つかない。
「えっと、来年から外環への入隊についてですが、少し考えさせてもらってもいいですか? 義父様や家族ともしっかり話し合いたいので」
「もちろんです。お父様へはこちらからお話を通しておきますよ。ぜひ、前向きにご検討を」
「ええ……善処します」
善処します、って便利な言葉だな。答えは濁せるし、断っても角が立たない。
「そうだ。短期で構わないから、外環に外部研修に来ませんか?」
「外部研修ですか?」
「ええ。三週間ほど滞在して、実際に現場で任務を経験してもらいます。いわゆる“インターン”ですね」
「聞いたことがあります。たしか希望制で、参加すれば単位にもなるとか」
「その通り。制度の仕組みも把握されているとは、さすがですね」
褒められたことに、ほんの少し胸が温かくなった。
このまま訓練院に戻るのは、まだちょっと恥ずかしい。
でも外部研修なら堂々と外に出られる。
これって逃げじゃないよな?
いや違う。これは自分で判断できる“前向きな選択”のひとつだ。
新しい環境で、自分を試してみたいってだけ。
「インターン。それなら……行きたいです。いや、ぜひ行かせてください!」
自分でも驚くほど、声がはっきり出た。
気まずいのもあるけど、やっぱり、どこかでまた“動きたい”って思ってたんだ。
何かを終わらせるためにじゃなく、新しいことを始めるために。
「ダメよ。レイジは外環騎士団にはいかない」
入り口から響いた声に、俺の気分は一気に冷や水をぶっかけられた。
振り返ると、そこにいたのはミランダ。完璧な姿勢で、腕を組んで俺を睨んでいた。
……いつからいたんだよ、お前は。
「ミランダ、いたなら声かけてください。それにどうして君に僕の進路を決められなきゃならないんですか」
「お父様がきっと許さないもの。レイジは内環騎士団でカイ兄様の部隊に入るって、昔から言ってたじゃない」
父さんが昔からね。
そう、ミランダは“ヒロイン”じゃない。俺の義妹だ。
ミランダ・ヴァルトはクラウス・ヴァルトの実の娘にして、俺の義理の家族だ。
「まだ正式に外環に行くと決めたわけじゃありません。義父様にも、ちゃんと話を通すつもりです。今回はあくまでインターン。短期の外部研修ですよ」
「外環のインターンって、生きて帰ってこれる保証あるの?」
さすがに盛りすぎだろ。
エリオットが優雅に口を開いて笑った。
「最前線には出ません。研修中は任務補助が中心ですから。よかったら、ミランダさんもご一緒にいかがですか? 研修は希望制ですし、安全面も考慮された行程になっていますよ」
おい待て。
余計なことを言うな、エリオット。
ちらりとミランダを見ると、数秒の沈黙のあと、嫌な予感どおり、彼女は微笑んだ。
「インターンねえ。レイジが本当に行くなら、もちろん私もついていくけどいいわよね? あなたひとりだと心配だもの」
ほらきた。
そう言いながら、絶対に“監視”が目的だ。
あいつ、俺が一歩でも理想から逸れると全力で矯正してくるんだよな。
「アシスト発動。ミランダがついてこない方法を検索」
《アシスト:起動。対象の意思決定は外的要因が存在しない限り、変更不可。例:対象を拘束することで行動制限を実行可能——》
「ストップ、もういい。バカ正直すぎるだろ、お前」
拘束って……
そんなことしたら、あいつらと同じじゃないか。
自分の意思を他人に押し付けるなんて……
はあ……最悪だ。せっかくの自由時間が、ミランダ付きになるとは。
でも考えようによっては、これはこれで“実践訓練”かもしれない。
「では、二人ともインターンには来てくれるということで。ありがとうございます。一度持ち帰って、正式な手続きを訓練院に連絡しておきます。では次は本部で、会いましょう」
そう言い残して、エリオットは満足そうに個室を出て行った。
だが、ミランダは動かなかった。
重たい沈黙が、ドアの閉まる音とともに部屋を支配する。
この空気をなんとかしたくて、重い口を開く。
「ミランダはお見舞いに来てくれたんですか?」
「ええ。”なぜか”ずっと面会できなかったから、振り切って無理やり突破してきたわ」
ぐさりと刺さった。
それは事実だ。無理言って警備をつけてもらっていた。
俺は入院中の一か月、誰とも会いたくなかったわけじゃない。
ただ、あの時の“恥ずかしい自分”を見ているミランダだけには、会いたくなかったんだ。
「な、なぜでしょうね……」
しらばっくれてはみたけど、自分でもわかっている。
情けなかった。それに、あの姿を見た彼女が何を思ったかが怖かった。
沈黙は、さらに濃く、粘ついていく。
「身体の方は、もう大丈夫なの?」
ようやくミランダが口を開いた。声が思ったよりも静かで、少しだけ優しかった。
「ええ、なんとか。個室内をウロウロするくらいにはなりました」
「動けるようになったら、内環騎士団が事情を聴きたいって言ってたわ。カイ兄様が、ヴァルト家の恥だって躍起になってた」
出た。あの人らしい反応だ。
「そうなんですね。カイ兄様の場合は僕の心配というより、“血筋”の心配って気がしますが」
カイ・ヴァルト。義父様の弟の息子、つまりは分家の長男。
まだ若いのに内環騎士団の小隊長を務めるエリートで、考え方が俺とは何から何まで正反対の人間だ。
血縁として見たら、そっちの方が『ヴァルト家の本筋』なんだよな。
「タイミングを見て、事情聴取には応じます。でも僕犯人を見てないんですよね。倉庫内は、ほとんど真っ暗だったので。有益な情報は話せないと思います」
「そう……。怖い思いをしたわね」
そう言って、ミランダは俺の両手をそっと握った。
目が合う。逃げ場がないくらい、真っ直ぐな視線だった。
「お願いだから、一人で抱え込まないでね。何かあったら、必ず話して」
――ちょっと待て。
なんだこの距離感。
まさか俺に気があるとか? ……いやいや、ないないないない。義妹だぞ。
変な沈黙が流れる。
気まずくて、たまらなくて、小さな手を優しく振りほどいて俺の方から話題を変えた。
「そ、そういえば。ミランダは、イリュドに行ったことあるんですか? 僕はイリュド出身なので、大抵のことには慣れてるつもりですけど」
「あるわけないじゃない」
即答。しかも、なぜか自慢げ。
「はは。そうですか。じゃあ少しイリュドのことを教えておきましょうか。僕の実体験をもとに」
この子には、現実を知らせておかないとな。