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アシスト:起動!最強スキルに頼った俺がポンコツ化した件  作者: 本多むらさき
第1章_アークレーン地区にて、イリュドの洗礼
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No.021_引き寄せたもの

「ダメだ、やっぱりやりづらいな」


 前を歩くイアンが足を止め、肩越しに振り返った。

 その視線はもちろん俺というより、腕にしがみつくレイチェルに向かって突き刺さってくる。

 まあ、そりゃあやりにくいよね、班長。俺もよ。なんとかしたいと思ってる。


 レイチェルは変わらず足元の砂粒に足並みを揃えて、腕に絡みつく力も緩めようとしない。


「レイチェル、ちょっと離れてくれる?」

「……やです。師匠、どっかに行っちゃう」


 その声に宿った幼いわがままに、胸元が少しざわつく。

 猫みたいに無邪気に甘えてくるその仕草はかわいいと思う。

 少なくとも頭では。ただ、ちょっと重い。文字通りに。


「レイジ。さっきの提案だが、やっぱり今だけ単独行動してもいいから、そいつを引きはがしてこいよ」


 耳元にそっと囁くように言うイアン。

 このタイミングを逃したら、レイチェルはきっとまた一日中つきまとってくるに違いない。


 「すみません」と耳打ちに答えて、後方のディランに視線を送った。

 言葉にせず「後は頼む」と。

 ディランは視線を少し逸らして「検討を祈る」と言わんばかりにわずかに頷く。

 そんな気がした。


(よし……)


 俺は気を取り直してレイチェルに向き直った。


「レイチェル、班長に許可をもらったよ。久しぶりに修行でもしようか?」

「え、修行!? お手合わせ、お願いします!」


 レイチェルの大きな緑の瞳が、朝陽に照らされた猫のようにキラキラと輝く。

 無邪気というか…単純というか。


 俺は溜息を胸に押し込み、巡回ルートから数本裏路地に足を向けた。

 足元に広がった砂利道に、小気味よく足音が響く。

 後ろではレイチェルが弾む足取りに変わってついてくる。


「さて、久しぶりの修行だ。レイチェルの実力を改めて確認しておきたいんだ」


 路地裏に足を止め、振り返ってレイチェルに視線を送った。

 陽に照らされた緑の瞳が、自信に満ちた光に揺れている。


「いいよ! あたし強くなりました!」


 くっと胸元に拳を握って答えるその仕草に、少し頬が緩みかけたがすぐに真顔に戻した。


「昨日の手合わせで強くなったのは知ってるよ。だけど、今日は実践訓練にする。ルールは簡単だよ。レイチェルは俺から本気で逃げる。そして俺は本気で追いかける。捕まったら負け。いいか?」

「わかった! あたし逃げる!」


 レイチェルは声と同時に地を蹴った。

 軽やかに屋根に跳び上がって、赤煉瓦の屋根上を跳ねながら遠ざかっていく。


(少し付き合って、頃合いを見て放置すれば、つきまとってくる理由もなくなるかもな)


 胸の内にそんな算盤を弾きながら、小声で「ムーブアシスト起動」と呟く。


「ムーブアシスト起動。目標を追従する。なお障害物は回避。追いつく瞬間には剣での攻撃を加える」

《ムーブアシスト:起動。オート追従。障害物回避。オート戦闘》


 足元に魔力の粒子が舞い上がった。足運びに宿った異常な軽快さに、自分自身が驚く。


(よし……行くか)


 屋根に足をかけ、地上から弾き上げるように跳躍した。

 レイチェルの後ろ姿に視線を定め、胸に少し緊張と興奮が湧き上がってくる。

 鬼ごっこにしては真剣すぎる気もするが、それくらい本気に付き合う方がレイチェルに対して誠実なんじゃないかと思った。


 高速に地を、屋根を、路地を滑っていく。


 足元に宿ったムーブアシストの力に従って、レイチェルの足跡を徹底して辿った。

 人家の屋根を跳ね、路地裏に滑り込み、果ては騎士団本部の中庭に足をかすめ、果敢に排気ダクトにまで潜っていく。


(なんなんだよ……このルート)


 レイチェルに振り回されたというべきか、自分が徹底して追従してしまったというべきか。

 「本気」で逃げろと言った結果とはいえ、まさかここまで徹底してくるとは。


(最初に期限も設定していなかったし、このまま続けば、レイチェルに振り払ってもらうという目的は達成されたわけだけど)


 そんなことをぼんやり考えている間も、足元は高速に地図上のポイントを移していく。

 路地に吹き込む埃、屋根瓦に足裏が触れて弾く火花。

 視界に映る景色の断片に、自分の神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。


 ……と思った矢先だった。

 裏路地にある広場に足を踏み入れたその時、レイチェルの後ろ姿が視界に入った。


「レイチェル、逃げてくれないと修行に……」


 足元には少量の血溜まり。

 言いかけた声が、途中で詰まった。

 足元に倒れていや、転がってる、人だったものというべきか。

 そいつに、首はなかった。


「こ、これは……」


 足元に広がった真っ赤な池に、自分の胸元にざわつくものを覚えて言葉に詰まった。


(レイチェル、お前……一体何に足を止めた?)


 高速に回っていた頭が、一瞬真空に陥ったように止まった。

 足元に広がった赤に、自分の足元も滑って沈まないように、そっと足に力を込め直した。


「師匠。血の匂いがしたから、気になってきてみたらこんなことに」


 レイチェルの声に振り向くと、屋根から滑り降りたばかりなのか、少し埃にまみれている。

 その表情に緊張はあるものの、怖気付くというより興味深げに死体を眺めていやがった。


「一応確認だけど、レイチェルがやったわけじゃないよね?」


 胸元にざわつくものを覚えて、少し声が低くなる。


「ち、違います。私はこんなに大胆にしない」


 レイチェルは真摯に言い切った。

 その言い方に少し安心して……いや、「私は」と言った理由に若干背筋が冷えてくる。


「そうか。じゃあその話はここまでにしよう。まずいことは黙っときなよ」


 視線を足元に転げた死体に戻す。


「それより、この死体は気になるポイントがある」

「師匠と同じ騎士団の制服?」

「うん、そうだね。巡回中の騎士なのかな?」


 所属や役職を示すはずの腕章もなく、官位も分からなくなっている。

 そばに屑に近い金属片も落ちてはいない。

 足元に広がった血溜まりに視線を移す。

 血は完全に固まってはいない。ということは、殺されたのはほんの少し前ということか。


(ということは犯人は近くに?)


 屍に近寄って膝をつく。


「切断部は綺麗に真っ直ぐ。剣……いや、よく研がれてる大剣レベルじゃなく。少し焼き焦げてもいる」


 焼き切ったというよりは、鋭く削がれたという印象だった。


「ねぇ、レイチェル。班長を呼んできてもらえる?」

「班長って、誰ですか?」

「さっき僕たちの前を歩いてた人」

「わかりました、師匠」


 レイチェルは屋根に跳ね上がった。その後ろ姿に少し安堵して、視線を足元に戻す。


(まったく。研修が始まったばかりというのに、なんという胸ざわつく展開なんだ)


 足元に広がった血に、自分の足元も滑ってしまわないようにそっと足に力を込めた。

 赤くにじむ地面に、足跡は俺とレイチェルのものしかない。


(足跡が足りなくないか?)


 この血溜まりに対して足跡が少なくてもおかしくはない。と思って周辺に視線を巡らせた時だった。


(ということは、犯人は地に足をつけていない? 屋根に跳ねた? それとも、そもそも最初から近くに足を運ばなかった?)


 足元に広がった赤に胸ざわつくものを覚えて、自分の唇を少し噛んだ。


(首を切断した後、すぐに立ち去ったというなら頭部は? 持っていった? それとも近くに隠した?)


 そんな疑念に答えてくれるわけもなく、死体は虚ろに転がったままだ。


「俺はあいつを引きはがせと言ったんだけどな」


 背後の路地から足音とともに響く声に振り返った。

 足元に広がった血溜まりに視線を落とした後、イアンは無表情に近寄ってくる。

 どうやら、レイチェルは俺の言うことをちゃんと聞いてイアンを呼んできたきたみたいだ。


「班長、すみません。事件を引き寄せてしまいました」

「それは構わないがあの女、お前以外に対する態度やばいな」


 レイチェルのやつ。昨日ウスケに対して辛辣だった態度を思い出して少し苦笑してしまう。


「まあまあ、お気になさらず。それより、これを」


 足元の死体に視線を戻す。


「こいつは、騎士か? 派手にやられてるな。頭部は?」

「この周辺にはありません。この人が誰なのか、特定できますか?」


 イアンは腕を組み、少し黙った後に冷静に答えてくれた。


「所持品を調べてみるか」


 今日の任務はどうやら少し、というか、かなり長くなりそうだった。

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