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No.000_レイジ、成り上がる。

 目を開けた瞬間、ツンと薬品の匂いが鼻を突いた。


 遠くから虫の声が聞こえる。やけに静かだ。静かすぎて、逆に落ち着かない。


 白い天井。無機質な光。視界はぼやけていて、思考もうまく動かない。


 ──病院、だな。


 体を動かそうとしたけど、全身が鉛みたいに重い。左腕には点滴。肋骨がミシミシとうるさく主張し、呼吸一つでも胸が軋む。口の中はまだ鉄臭く、喉の奥に残った血の味が吐き気を誘った。


 ……そして、思い出す。


 あの日、《アシスト》が――起動しなかった。


 わかってた。それは俺の唯一の弱点だった。たった一つの、あり得ないはずの“穴”。

 それでも高を括ってたんだ。「そんなこと、起こるわけない」って。


 ──笑える。舐めてたツケが、これかよ。


 暗い倉庫。手足は縛られ、冷えきった鉄の床に押さえつけられて。

 逃げ場もないまま、ただ殴られ続けた。


 容赦も慈悲もなかった。拳が落ちてくるたびに骨が軋み、視界が白く弾けて、意識が削られていく。痛みに慣れる暇もなく、俺という人間の輪郭が少しずつ崩れていくのを感じた。


 万能? 最強? 絶対無敵? 笑わせるなよ。発動しなきゃ、ただの幻想だ。


 俺は、《アシスト》に守られていただけだったんだ。


 あの日、ようやく気付いた。俺は、自分で思ってたよりずっと、無力だった。


 《アシスト》は、俺の左眼に宿っている。いつからかは覚えてない。

 ただ、物心ついた頃にはもう、あの声は隣にあった。


 知らないことはなんでも教えてくれたし、間違った時はそっと修正してくれた。

 何より──どんな俺でも、決して否定しなかった。


 世界が敵でも、《アシスト》だけは俺の味方だった。


 ……唯一の、仲間だった。


 俺の生まれはイリュド。王都セイオルの外れに広がる、正式には「行政区外無認可地区」とか呼ばれてる場所だ。ま、実態はただのスラムだな。あれこれ正当化しようが、クズの吹き溜まりに変わりはない。


 イリュドは元々、小国や自治区の集まりだったらしい。けど数十年前、内乱と戦争の連鎖で国は崩壊した。

 セイオル王国だけが生き残り、他の土地は“自治”という名の放置が続いている。


 今は一応、騎士団が治安を“見ている”ことになってる。セイオルの騎士団が地方と協力し、外環騎士団という部隊を張って管理してるとか。


 ──でも、そんなものは「王都側の理屈」にすぎない。


 俺たちからすれば、日常は無法そのものだった。ヤバい薬は露天で売られ、武器だって簡単に手に入る。子どもが喧嘩で刺されて死んでも、誰も気にしない。


 俺も、そんな環境で生きてた一人だ。孤児で、飯もロクに食えず、誰にも期待されずに。


 孤児院と呼ばれていた場所は、屋根と壁があるだけの廃屋みたいなもんだった。

 職員も常駐してなかったし、食事も不定期。でも、それでよかった。俺にとっては、せいぜい雨風をしのげる寝床って程度の価値しかなかったから。


 ……だからこそ、《アシスト》がすべてだった。


 誰にも頼れなかった俺に、世界のすべてを教えてくれた。

「これは武器。これは危険区域。これは信用してはいけない相手──」


 アシストがなければ、俺はたぶん、十歳を待たずに死んでたと思う。


 *


 そして、ある日。七歳の俺に、はじめての目標ができた。


 暇つぶしで街をぶらついてたときのことだ。弱そうなチンピラが、俺をさらおうと襲ってきた。

 だが《アシスト》を使えば、子どもの俺でも逆に追いかけ回せる。少し遊んでやっただけで、そいつはすぐに音を上げた。

 どうせ子供をさらって人身売買でも企んでたんだろ。この変態クソ野郎が。


 隠れ家まで追い込んで、殴って黙らせた。すると懐から、見たこともない飴の包みが転がり出た。


 ……なんか変だな。そう思って、奥まで踏み込んだ。


 ――いたんだ。


 震えながら閉じ込められていた、二人の子供。俺より少し年下くらいの、男の子と女の子。


 衝撃だった。髪には艶があって、肌は透き通るみたいに綺麗で。

 着てる服には汚れもシワもひとつもない。


 怯えていて、ほとんど喋らなかったけど……口を開いたときの言葉がやけに丁寧で。

 まるで俺とは違う世界から来たみたいだった。


 ここで燻ってる俺とは、正反対の人生。

 いや、ああいうのが“普通”なんだろうなって思った。


 俺にできたのは、巡回中の騎士団に引き渡すことだけ。

 それでも――その日から、あの二人のことが頭から離れなかった。


 羨ましかった。俺もあんな場所に生まれてたら、苦労せずに済んだんじゃないかって。

 それに、あの子たちの目には“俺”がどう映ったんだろう。


 ボロい格好で、汚れた手で、無表情で戦う子供。……笑われてたかもしれない。怯えられてたかもしれない。


 ――それが悔しくて、仕方なかった。


 だから考えた。この地獄みたいなスラムから抜け出すにはどうすればいいか。

 俺も、貴族になりたい。だったら“王都”に行くしかない。


 そこで思いついたんだ。


「イリュドで最強になれば、目立って、誰かの目に留まるんじゃないか?」


 ただそれだけ。だけど、あの頃の俺には、それが唯一の“希望”だった。


 《アシスト》と共に、俺は動き出した。

 最初は、ただの試行錯誤の連続だった。


 この世界における<魔力>は、全身を巡るエネルギーだと《アシスト》は言う。

 通常は、その出力を自在に操れるよう鍛錬を積み、魔力量そのものを底上げしていくのが基本だ。

 だが《アシスト》は、その“出力の調整”という繊細な部分を、自動で最適化してくれる。


 俺はその補助を受けながら、敵の動き方、攻撃の軌道、隙の見極め、反応の速度……

 一つひとつ、脳と神経に刻み込むようにして覚えた。


 まるで、自分というシステムをチューニングするみたいに。

 何百回、何千回と同じ動作を繰り返し、身体に叩き込んだ。


 そして辿り着いたのが、戦闘に特化した《Combat》と、移動に特化した《Move》の二つのムーブアシスト。


 敵の動きを先読みし、紙一重で回避し、急所に最短で反撃を叩き込む。

 子どもの身体で再現できるとは思えないほどの正確さとスピードで、俺は“大人”を倒し続けた。


 ターゲットは、チンピラ、ならず者、クスリ売り、密売人。とにかく悪党だけに絞った。

 理由は単純──そっちのほうが数が多いからだ。


 誰彼構わず暴れても、それはただの野蛮なガキ。

 だけど悪人だけを沈めていれば、“意味”が生まれる。王都の貴族にだって、ストーリーは必要だ。


「治安最悪のイリュドで、孤児ながら悪を討ち続けた正義の少年──」


 そういう看板の方が、よっぽど都合がいい。


 演出も、計算も。全部、《アシスト》と一緒に練った。あいつは俺の人生そのものだった。


 それから三年。俺は夜な夜な“仕事”を続けた。


 気づけば、イリュド中の悪党が俺の名前を避けるようになっていた。

「ギャングキラー」──誰がつけたかは知らないが、悪くない響きだった。


 そして、ついにその時が来た。


 俺の噂は、王都に届いたらしい。

 名門・ヴァルト家。あの貴族が、俺を“養子にしたい”と言ってきた。


 ただし──家族間では「生き別れになった腹違いの息子」という設定を守ること。


 俺にとって、そんなのは些細な問題だった。血なんてどうでもいい。必要なのは、チャンスだ。


 初めての暖かいベッド。使用人がいて、毎日出る食事。人並みの生活。

 そして将来は、内環騎士団所属のエリートコース。


 イリュドではただの“レイジ”だったのが、今では名門貴族の“レイジ・ヴァルト”となった。


 全部、全部手に入れた。


 ……訓練院での毎日? そんなものは、俺にとってただの“退屈しのぎ”だった。

 だって、《アシスト》がいる限り、負ける未来なんて、後悔なんて想像できなかったから。

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