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9:覚悟完了ですわよ!



「……考えないようにはしていたけれど、もう避けられません、か。」



何故か呼ばれたような気がして、父の部屋へと入りながらそんなことを呟く。


彼が死んでから、ずっと何かに追われ続けていたせいでこの部屋の整理は一切行われていません。幾つか必要なものを私の部屋に移したりはしましたが、父が死ぬ直前までとほぼ同じ。いずれ全て片付けるか、私の部屋として新しく整理し直さなくてはならないでしょうが……。今することではないでしょう。


戯れに意識を自身のより深い所に移し、継承してから敢えて“触れないようにしていた”力を呼び起こします。



あの時と同じように私の前に表示される、『血税』の文字。



あの商人が手渡してきた資料には、かなり詳細なクレーマン家の戦力とその進行ルートが記されていました。数以外はこちらの想定通りで、現在作業中の罠はしっかりと機能してくれるでしょう。それだけでは確実に倒し切れず、我が家がこの世界の歴史から消えてなくなることから目を背ければ、良い報告でしたね。


……現実逃避をしている場合ではありません。


戦後、負けた側の領民への対応は領主によってまちまちです。それまで通りの支配を受けるか、侵略側の基準に沿った支配を受けるか、軍事的にその地点が重要であれば村全てを接収し住民は皆殺しというのもあり得ます。クレーマン家の意図は読めませんが、背後に伯爵家。我らを庇護しているリーベラウ伯爵家と敵対している家が付いているとなれば、あまり良い結末は期待できないでしょう。


なにせ倫理などこの世界では欠片も期待できないのですから。



(我が家を橋頭堡とし、油断しているリーベラウ伯爵家を叩く。情報の拡散を防ぐために目撃者は殺すか確保。男は労働力か死体、女は忌み者ですかね?)



クレーマン家の当主に付いてはよく知りませんが、もし彼が善人であればある程度は抑えることが出来るでしょう。しかし彼が借りている伯爵家の戦力に指示を出せるのは、伯爵家の者だけです。戦後の高揚を抑えるために犠牲になるものや、暇つぶしに殺されるものもいるでしょう。


真に民を守りたいのであれば、打ち倒す以外方法はない。



「けれど、この方法では本末転倒。ほんと、扱いの難しい子ですこと。ねぇ『血税』?」



税を支払ってもらう、その一点によって使用者を強化するスキル。


しかし課税先の善性を前提としているのか、少しでもちょろまかされれば使用者に多大な負担を強い、文字通り血によって代償を払わせるというもの。これを考えた神は意地が悪いのかその強化率や負担の大きさを一切教えてはくれません。


ですがあの0と即死するという文字、税を一切集めなければスキルによって死すという効果。絶対に生易しいものではありません。スキルに金を捧げることで幾つかの救済措置を頂けるようでしたが、本当に扱いが難しい。あと語尾に全て♡を付けてこちらを煽る様な言葉が並ぶ説明文は本当にふざけている。これを代々我が一族が継承してきたと考えると……、滑稽ですわね。



「少々父の気質が入っていたようにも思えますが、『あのやり方』は正しかったのでしょう。……それと同じことをしなければならないと思うと、気が滅入りますが。」



庇護を受けていた伯爵家は頼れず、周囲の男爵家を頼れない。既に策でどうにか出来るには相手の準備が整い過ぎていて、戦えるのもは私一人。一族の歴史と民の生活を守るためには、もう何にでも手を伸ばさなければならない状態になってしまった。それこそ、守るべき民に強い負担を強いることになったとしても。



「『血税』? あの画面の表示から見て、ある程度意志のようなものがあるのでしょう? 疾く条件を教えなさい。貴方が『税』を認識するのはどのタイミングなのか、そして『税収』を認識するのはいつなのか。」




『血税』

※【条件】

え~♡ そんなことも解んないの♡ でも初年度だから仕方ない♡ 今回だけ特別に教えちゃう♡ 『血税』が税を認識するのは、使用者の徴税対象にその内容を布告したタイミング♡ 税収は税金を受け取ったタイミングだよ♡ 現物でもよし♡ 少し考えたら解るのに、聞かないと解らないなんて♡ よわよわ~♡

あ、画面にお金とか物を入れたら数えて保管して換金もしてあげるから、感謝してよね♡




「……ほんとふざけてますわねこのスキル。」



ですが、やはり想定通り。


……もう少し条件が緩ければなんとかなったかもしれませんが、敵が攻めてくるまであまり時間はありません。今から新しい税制を考え出してそれを布告し集めるなどということは出来ないですし。父のコレクションによって手に入れた金銭を使用することもできません。



「できるのは強制課税と徴収。そして……」



急いで村々を回り、『戦争発生の為に急遽税を徴収する』と宣言し、その場で確保する。父の強化率と昨年度までの税収を考えると、私がこの戦に勝つには民の限界まで課税しきらねば勝てません。ですがまだ麦の収穫まで時間があり、手元に金銭も物資も残っていないと考えると……。3村合わせても金貨1枚にも満たないでしょう。村々からの徴税で約金貨3枚、それ以外の徴収を合わせて倍の金貨六枚で父の強さを保っていたと考えると、その6分の1。



「数百を片手間に倒せるレベルが、数十を片手間に……。いえ、このスキルの倍率はまだ不明なのです。単純に考えてはいけない。もっと強化率は低いかも。」



ならもっと搔き集めなければいけない。


このスキルは、現物でも税金の代わりになると言いました。領民たちの私物や家屋を合わせれて『税として納めさせれば』、あるいは。現物で収めた際の換金率をこのスキルがどう扱うか解りませんが、文字通り『全て』を集めれば確実に撃退。そしてクレーマン家もその背後にいる伯爵家も変な気を起こさぬよう二叩き潰すことが出来るでしょう。


ですがそれをした場合……、もし後から補填したとしても、民からの印象は最悪でしょうね。



「既に免税の指示を出してしまった私が、税を集めようとする。それも文字通り全てを。確実に反発されるでしょうし、隠そうとするでしょう。」



……あぁ、でしたらこれも解放しておかなければなりませんね。



「『血税』、二つ目の効果を。」




②【納税審問】

誰が悪いことしてるか解るよ♡ 嘘発見器♡ 税金のことだけしか解らないけど、便利だよ♡ でも雑魚当主にはまだ使えませーん♡ 金貨100枚納めてね♡




そう表示されたスキルの表示画面に向かって、父のコレクションを売買したおかげで手に入れた資金を流し込みます。特に数えてはいませんでしたが、ちょうど金貨100枚あったのでしょう。ふざけた内容を表示していた画面が変化し、輝きと共に表示される文字が変わります。


どうやら、使用可能になったようです。


このスキルは、税から逃れようとする者が増えれば増えるほど、私にそのペナルティが襲い掛かります。これから為そうとすることを考えれば、皆が逃れようとするでしょう。これまでの信頼を裏切り、全てを持ち去るのです。反発しない方がおかしい。けれどその過程で私がペナルティに耐えきれず血を失い死んでしまえば、全ての意味がなくなる。この【納税審問】とかいう力で、脱税を防がなばなりません。


本当はもっと、正しい使い方をすべきなのでしょうがね。



「私が嘘を見抜いても、反発する者はいるでしょう。従わぬものもいるでしょう。……あぁ、ちょうどいい見本がいました。『父』になればよいのです。」



もうずっと前から理解していたことを、口にしてしまう。


父は税を治めぬものを、切り殺していました。我らが扱う税制は『発生した金銭』に掛かるモノではなく、『その個人』を対象とするもの。人頭税のようなものなのです。つまりその課税対象が死んでしまえば、ペナルティは生じない。そして一人の犠牲者が生まれれば、周りは命惜しさに指示に従う。


反発しようにも、力と恐怖によって押さえつければ何の問題もない。……あぁ、何と滑稽なことか。父が正しいのは理解していましたが、やはり私も貴方の娘なようです。こんな方法しか思いつかないとは。



「あまり時間はありませんね。」



家のため、民のためならば。自身の理想すら捨てましょう。貴種として生まれたからには次代にこの血を残し、次代が成長し後を託せるまでは領地を守り、その領地にする民の安寧を保護しなければなりません。


そんな義務に比べれば、自身の夢など塵芥。


ほんの少しだけですが、夢を見ることが出来て良かったです。



「……行きましょうか。」



腰に差してあった剣の柄を強く握りながら、父の部屋から出るため、その取っ手に手を伸ばします。


けれどそれよりも早く、


開かれる扉。



「お、お嬢様ッ! 少々、お時間頂けますかッ!」


「……イザ?」


「お急ぎな事は理解しています! ただ、すぐにお詫びしなくちゃいけないことが……!」



何か大きな袋を持ちながら、そう大声で言う彼女。


詫びると言われ思い当たることはありませんが、わざわざ言いに来た辺りすぐに私の耳に入れた方が良い話なのでしょう。少しその必死さに気圧されながらも、彼女を父の部屋へと迎え入れます。



「それで、何を詫びたいので?」


「お、お嬢様の。スキルのことです!」


「…………聞かれてしまいましたか。」



どこか体の芯が酷く冷え切る様な感覚に陥る。


今ならばどんな非道なこと、それこそ親友と呼べるような関係の彼女ですら切り殺せるほどに。


父からの継承の直後、あまりにも使い物にならなかったスキルと父に対しつい声を荒上げてしまったことは強く覚えています。出来る限り声が大きく成らぬように気を付けていましたが、部屋の外で待機してくれていた彼女には聞こえてしまっていたのでしょう。


……それぐらいでしたら、まだ良いのです。この子は私の信を置く配下の一人で、友でもあります。秘密を知りながらも口を閉じてくれているのであれば、何も気にせずこれまで通り。いえ貴族とその使用人としての関係性を保てていたでしょう。けれどそれすら、理解できないのであれば。


貴族としての私は、家が守るべき秘密を口にするものを、生かしてはおけない。


剣の柄に置いてあった手に力が入ろうとした瞬間、彼女が声をあげます。



「わたし、私に税を課してください!」


「……。」


「あるだけ、あるだけ持ってきました! 貯めていた全部です! これで、お嬢様のお力になれるのならッ!」



そう言いながら彼女が私に捧げるのは、先ほどまで持っていた袋。一瞬だけ中身に視線を向けてみれば、銅貨や銀貨が大量に収められていることが解る。



「お嬢様がお持ちの力を、全て知ってるわけではありません! でも『税』が関係していることは理解できました! お嬢様が私達民のために税を無くしてくださったせいで、お困りになっていることも! 何でもないメイドの給金です、多くはありませんが……!」


「……えぇ確かに、これだけでは足りませんわね。」


「ッ! だったら、何でも! 何でもお言いつけくださいっ! これでも物心つく前からお嬢様、そしてゴトレヒト家に仕えて来たんです! 命でもなんでも、お嬢様の好きにお使いくださいッ!!!」


「だったら。」



自身の意思と反して、この身が剣を抜き、彼女の首元にその刃を当てます。


例え彼女にその意志が無かろうとモ、一度口にしたものは誰にも元に戻すことは叶いません。口にすればするほど誰かの耳に入る可能性が増え、守るべき秘密が露見する可能性が増えていきます。それがたとえ私の為であろうとも、家の為であろうとも。


私がゴトレヒトであるならば。



「だから、だから! いかないで、ください! ここで、声かけなきゃ、どこか遠くにお嬢様が、行ってしまいそうでッ! だから、だから! いつものお嬢様に! 戻っていただけるのならッ!」



そう声をあげ、震えながらも自分から刃にその首を押し込む彼女。


流れる血と、肉の感触。


剣を伝わって感じるそれに耐えきれなくなり、強く握っていた手から力が抜け、地面に落ちる刃。




あはは。どうやら私は父と同じ道を歩むことは出来ないようです。

友一人斬れない者が、どうして外道の道を走り切れるでしょうか。



「……主君に手を上げさせるとは言語道断。罰として我が民イザに税を掛けることに致しましょう。詳細は追って告げますので、早く首を手当してもらってきなさい。それが終わったらいつも通りお茶でもいれてくれるかしら。」


「ぁ……、はいっ!」







◇◆◇◆◇






「……銀貨62枚、銅貨24枚。換算するとこれぐらいですか。」


「も、もう少し貯めるべきだったんでしょうが、ちょっと色々使っちゃって。お嬢様からよくお駄賃貰ってたのに……。」


「使い切る事前提であげてましたからねぇ。」



首元に巻かれた包帯を少し気にしながら、申し訳なさそうに首をすくめるイザ。


確かに何か買って来てもらう際、差額はよくイザの懐に入れるように言っていました。けれど『いつも世話になっているから、それで美味しいものでも食べて』という意味での駄賃です。貯めるのが悪いとは言いませんが、使い切ってくれていた方が嬉しいというものです。


それに、貴方の給金を考えればよく貯めている方ですよ? あの父ですから給料など最低限以下だったでしょうから。



(けれど不安の残る額ということは変わりませんね。)



この世界における貨幣交換レートは、百進法が採用されています。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚と言った感じですね。つまりイザから全額徴収した場合。金貨0.62枚ということになります。


各村からの税収が金貨3で、その他の年ごとに前後する税収を合わせれば金貨約6枚。これが父の推定年間税収であることを考えると、0.1倍ということ。十年以上仕え貯金し続けていたイザのお金が、男爵領の0.1。多いのか少ないのか何とも言えない額なのは確かですわね。



「さて、では実験と行きましょうか。」


「実験ですか?」


「えぇ。友に止められてしまったのですもの。だったらもう最後まで巻き込ませてもらいますわ。覚悟はよろしくて?」


「っ! はい!!!」



元気よく気合を入れてそう返してくれる彼女に笑みを送りながら、再度思考を回します。


徴税する側が税の抜け穴を付いているようでちょっと嫌ですが……、この『血税』というスキルの仕組みを完全に理解することができれば、少々無法な使い方が出来るはずです。例えば私が現在保有している金貨数枚をイザに下賜し、そのイザから金貨を徴税する、みたいな。


まぁそれが可能であれば延々とそれを繰り返すだけで一瞬に私が化け物になってしまうので、流石にないとは思いますが……。色々試してみる価値はあるでしょう。何せ父がその辺りの試行錯誤の情報を私に伝えず死にやがりましたからね。こっちでまとめ直す必要があるんですよ。



(せっかく十数代以上続いている家ですのにねぇ? ……まぁ記録自体6代前までしか残っていない上に、その当時の当主が『なんかウチの家もっと昔からあるっぽい』としか書いてないですから私が何代めか全く解らないんですけど。)



スキルの関係上秘匿したかったんでしょうが、一族に記録を継承できてないのは本当に大問題だと思いますよ、ご先祖様方。



「っと。気を取り直してやっていきましょうか。」




〇税外小話


「というかイザ、あんであんなことしたの?」

「そりゃお嬢様の忠実な僕ですから!」

「……ふざけるのはいいけれど、もうやめてね? 親しい人を手に掛けそうになるなんてもうしたくありませんもの。」

「す、すいません。でも確約はできないかもです。私程度の命でお嬢様が踏みとどまって下さるのなら、幾らでも投げ捨てる覚悟はできてますから!」

「投げ捨てるって。」

「仰って下されば単身敵軍に突っ込む所存です! 数秒も稼げないでしょうが、死ぬ気で頑張ります!」

「やめてね、ほんと。……はぁ、私には過ぎた忠臣ね、ほんと。さ、とりあえず思いつく限りやってみますわよ。やり過ぎるとスキルからペナルティ喰らいそうですけど、やって診なければ解らないこともあるのですから。」

「畏まりました!」



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