8:罠仕掛けますわ!
「だ、男爵様。ほんとにここを掘るんですかい? 道の真ん中ですが。」
「えぇ勿論。深く掘って中に丸太を突き刺しておいて。普段は商人も通る道だろうけど、もう全部買収済みだから気にしなくていいわ。」
そう口にしながら、村人たちに指示を出していきます。
今来ているのは、我が家とクレーマン家を結ぶ街道。地図でのチェックが終わりましたので、その設置に来ている感じですわね。いやはや、転生してからもう10年以上になりますが、何かの動画で見たブービートラップの作り方がこんなところで役に立つとは、想いもしませんでしたわ。
私の手元にあるのは、この周辺の詳しい地図と手作りの設計図たち。落とし穴のそこに尖った物を敷き詰めたものや、引っかかった瞬間に槍が飛び出てくるワイヤートラップなど。思い出せる限りを書き上げ、持ってきたものです。撤去する際に面倒にならぬようあらかじめ設置位置を決めての作業、一緒に頑張りましょうね。
「お忙しい中での急な労役、しかしこれも男爵領のためなのです。買い込んだ麦が余ってますので、ご家族含めきっちり三食お腹いっぱいにして差し上げるのでお許しくださいな。」
「いんや、飯出してもらえるのに文句なんていっちゃバチがあたりますぜ。」
「んだんだ。ちげぇねぇ!」
「ただちょっと、先代様とは違うべな。」
うッ! ま、まぁそうなりますよね……。父の代の労役とか治水とか開墾とかそんなのばっかりでしたもんね……。いきなり穴掘れって言われたり、罠作れって言われれば疑問にも思いますか。
「……実は先日伯爵様とお会いしたのですが、色々と思案されている様でしてね? 戦に仕える罠を幾つかお考えになっていたそうなのです。此度の戦、私一人でやった方が速いのは確かですが、やはり罠は一度使って確かめた方がいいでしょう?」
「そうなんだべ?」
「ほら。新しい道具を使ってみたら『なんかしっくりこないな』とかあるでしょう? 何事も試す必要があるのですよ。」
「「「はえー。」」」
な、納得。納得してくれました? した? そ、そう。良かったですわ……。
いやほんと領民に嘘つくの心苦しい上に、バレたり疑問に思われた時のことを考えると恐怖しかありませんわ。本当に速く来年にならないかしら、そしたら皆さんに課税出来て誤魔化さずに済むのに……。
そんなことを考えながら、彼らの作業の様子を眺めていきます。本当なら一緒に手伝いたいのですが、何か持ち運びの際に私が『重っ』とか言ってしまえばその場で『お嬢様弱くね?』となり、全てがバレてしまいます。なので私は現場監督って感じですわね。まぁこれでも新男爵ですから、そのことに疑問を持っていらしゃる領民の方はいなさそうですが。
(……さて、この辺りは大丈夫そうですし、他の所を見に行きましょうか。)
つぎに向かうのは、街道から少し離れた地点にある茂みの中。何年か前に父が伐採の指示を出した地点で、おそらくクレーマン家側からは『森の中』と判断されているであろう場所です。
ちょっと複雑な指示を出したのですが、ちゃんとやってくれているでしょうか……?
「あぁ、いたいた。作業ご苦労様です、皆さま。」
「あ! おじょうさまだ! こんにちわ!」
「はいこんにちは。……親方? なぜ子供がここに?」
「あいやすいません、なんか荷物の中に隠れてたようで……。」
急に飛び出しお辞儀して来た女の子に令嬢としての礼を返しながら、バツの悪そうな顔をしながら謝って来る男性に視線を送ります。
この方は村唯一の鍛冶師で、よく皆から親方と呼ばれている方ですね。私も良く色々なものを頼むのですが……。みんな親方と呼ぶせいで本当のお名前知らないんですよね。かといって領主の私が今更聞き出すのも信用問題につながりますし……。
「んん! それで? 作業はどうですか。友人の設計図ですから、そう難しいものではなかったと思いますが。」
「へい。既に2つほど完成してますぜ。これなら今日中に両側の配置が出来るとおもいやす。」
「ねー! これなんていうの!」
「うん? あぁこれはね、カタパルトって言うんですよ。本当は大きなお城を守るための兵器なの。」
親方の娘さんの頭を撫でてやりながら、そう教えてあげます。
そう、彼らに作ってもらっていたのはカタパルト。基礎となる木材は森から切り出し保管してあったものを、重要部分に使う金属は麦を持ち込んだ商人の一部から買い上げ使用。現地での汲み上げは我が領民たちと、鍛冶師である親方が行い作り上げてくれたものです。……ん? あぁ娘ちゃんもお手伝いしてくれたのね、ありがとう。
「それで、男爵様。一応弾? になりそうな石も集めたんだけどよ、これほんとに投げつけれるのですかい? これ、設計的にもっと大きい岩とかを投げる奴だと思うんですが。」
「あぁ、元々はそうですわね。ただちょっと改良がくわえられてまして、色々できるようになっているの。この手順書の様に縄で袋を作って、その中に石を入れてくれるかしら? 図で書いたから皆出来るはずよ。」
そう言いながら、羊皮紙に書き上げた表を手渡し、作業をお願いします。
このやり取りで理解してくださった方もいるでしょうが……。早い話、カタパルトで散弾モドキを投げつけようという話になります。罠で足止めした地点にカタパルトで石の入った縄袋を射出。空中でほどかれたソレは勢いを付けて敵軍に着弾し、大ダメージという算段。無論外れても、石が大量に降り注いでくるとなれば兵への精神的負担は非常に大きいものに成るでしょう。
ま、戦場での弓兵の役割を代わりにやってもらう感じですわね。
(王都での学生生活の間に出来た友人、卒業後に官僚になるはずなのに兵器開発ばっかりしてたあのおバカ。私が退学してこちらに戻る際、色々と持たせてくれましたが……。貴女の兵器、使わしてもらいますわね。)
一応ですが、弾着地点などの計算は全て済ませています。測量も早朝に済ませましたので後は細かい調整だけで済むでしょう。
ただカタパルトの設置位置って街道から結構離れてますので、失敗したら敵が通り過ぎた後に着弾することになりそうなんですよね。見つからないように隠していますから、視界も通りにくいですし。私が街道近くにいても発射できるような機構があれば便利なのですが。
「あ、そうだ。親方? 発射用のレバーがありますでしょう? それに紐を括りつけて遠方から発射させるというのは可能ですか?」
「紐ですかい? まぁ出来るとは思いますが……。全く戦えませんが、コレの発射ぐらいだったらお手伝いできますぜ?」
「できますぜー?」
「お気持ちだけ頂いておきますわ。何が起きるか解らないのが戦場ですもの。」
そうそう、領民を死なせてしまえば大問題。というか戦場にいたら私の『無力』がバレちゃうのでもっと問題です。あと娘ちゃんは当日お家の中でじっとしておくんですよ、本当に。解りましたか?
「はーい!」
「良いお返事。では親方、そのようにお願いしますわ。何か足りない物がありましたらすぐに教えてくださいまし。私は再度街道の方の様子を見に行きますので……」
「お嬢様ー!」
急にイザの声がと思い振り返ってみれば、息をぜぇぜぇと切らしながら走って来る彼女が。すわもうあちらが攻めて来たのかと身構えましたが、どうやらそこまで緊急の用事ではない様子。
ほら呼吸で何言ってるか解りませんから、深呼吸した後にね? それで、何かしら。
「ら、ラーフェル殿がお戻りになったみたいです! お嬢様にお会いしたいとっ!」
「あら。」
彼ですか……。まだ信用しきれる相手ではないことは確かですが、有用であることは確かです。屋敷に置いていたイザをわざわざ走らせたくらいですから、重要な報告なのでしょうね。
◇◆◇◆◇
「おぉ! これはギーベリナ様! 遅参、大変申し訳ございません!」
「芝居がかってますわね、ラーフェル殿。首尾を聞きましょうか。」
人足として何人かの民を雇い『開戦予定地』での作業を進めていた所、屋敷からの知らせを受けて帰れば待っていたのは彼。今は女の私が言っていいものなのか解りませんが、やっぱり帰りを待ってくれているのはイザみたいなかわいめな女の子が良いですわ。おじさんはノーサンキューです。
まぁ彼が帰って来たと言うことは、何かしらの情報を持ち帰ったということ。我慢して受け入れ、話を聞くと致しましょう。
「ご指示通り、クレーマン家を含め周辺男爵の皆様方にギーベリナ様の御意思をお伝えして参りました。反応は様々ではありましたが……。傍観が2家、恭順寄りが3家でございました。」
「あら、ということは?」
「はい。傍観の2家はクレーマン側だったようです。少なくない額が流れていたようで……、ですが少々強めの対応をさせて頂きましたため、『楔を打ち込んだ』かと思われます。閣下のお手を煩わせるようなことにはならないかと。」
「良い仕事をしましたね、ラーフェル殿。」
「感謝の極みでございます。」
ラーフェルの言葉に何でもないように答えながら、内心では両手を振り上げ全力で喜びます。しゃァ!
お前有能、よくやった! しゃァ! しゃァ!
(にしてもあっぶね! コイツいなかったら最悪クレーマン含めた3家を相手しないといけなかった、ってコトでしょ!? は~~!!! 良かった! 助かった! こればっかりはマジでありがたい! お礼何がいい? 今ならギーベリナ様の投げキッス金貨30,000枚で売ってあげるよ♡)
口でそんなこと言えるはずがないですが、脳内はもう大騒ぎです。
そしてこの『相手が敵対から傍観に移った』という事実は、私の弱体化。スキルの実質的な無効化がどこにも漏れていないことを意味します。そして同時に、父が死んだことが周辺にバレていない、ということも。
だってそんなこと知ってれば、みんな一斉に攻めてきても可笑しくないんだもの!
父の化け物具合は、以前から皆の知るものでした。伯爵様、オスヴァン様が主催する戦争や、王家が主催する戦争に出て功績を上げ続けた父。数百を簡単に吹き飛ばせる人です、この周辺に生きる貴族からすれば最も警戒すべき存在だったでしょう。
それを未だ、警戒し続けてくれている。これほど嬉しいものはありません!
「これは私の勘ではございますが、既に閣下への恭順の為に動き出している家もあるかと思います。先代様がお亡くなりになっていることが発覚すれば一旦止まりはするでしょうが、クレーマン家を打ち倒しそれを広く伝えればなんの問題もないかと。」
「……。」
「この地域にいらっしゃる男爵7家。そのすべてが……、あぁ失礼いたしました。頂点に立たれるギーベリナ様と御取りつぶしになるクレーマンを除く5家が頭を垂れるという新しい形態になりますな! かの秘宝を考えると子爵、いや伯爵も固いのではないですか!?」
「気が早いですわね、慎みなさい。」
「これはこれは! 大変な失礼を……!」
また笑みを張り付けながら、ヨイショしてくる彼。ほんと良く回る口ですわね。縫い合わせてやりましょうか。
此方としては敵が1家だけと確定した事実だけでもう十分なのです。それに、勝たなければすべてがひっくり返ってお終いなのは変わっていません。先のことを考える余裕は欠片もないのです、今はどうすれば勝利を収めることが出来るか思考を巡らせねばなりません。
既に彼は、そのために必要な仕事をしました。後はもう邪魔なので適当な仕事でも渡して、『私の力のこと』が露見しないようこの地から離れてもらった方がいいかも知れません。……いまだこの者が裏切る可能性。そしてそもそも、『すべて虚偽の可能性』も捨てきれないのですから。
彼、商人ですからね。私に付かない方が利になると思われたら終わりなんですよ。
そう考え、口を開こうと思った瞬間。それよりも先に、彼の口が開く。
「……では、次のご報告をさせて頂きます。」
「次、ですか?」
「えぇ、先ほど『少なくない額が動いていた』と発言させて頂きましたが、それを少し調べさせていただいたのです。クレーマン家から出たのは確かですが、そう景気が良いとは思えなかったもので。」
……く、雲行きが怪しくなってきましたわね。
「いくらダンジョンを所有していたとしても、それほど多くの財貨を持っていなかったのがクレーマン家です。戦に強い家でもありませんでしたか、戦があっても戦功は控えめ。故に調査させて頂いたのですが……、どうやら伯爵家の介入があったようです。」
「リーベラウ伯爵家ですか?」
「いえ、そちらと敵対しているローヴァルト伯爵家になります。」
思わず、舌打ちを零してしまう。
男爵家ならともかく、伯爵家となれば本当に勝ち目はありません。即座に我らを庇護してくださっているリーベラウ伯爵家に報告を入れ、兵を動かしてもらわねばなりません。その辺りの政治や、伯爵家への『お礼』は問題なく出来るでしょうが、自領を攻められたとなれば領主である私が出陣せねば恰好が付かないでしょう。
……まぁつまり、私の『非力』さが領民のみならず伯爵様にも露見するってわけですわね。
(まだ小規模な介入なら何とかなるかもしれませんが、全力攻勢となれば詰みです。……オスヴァン様がこぼしていましたが、コレのことでしたか。)
「介入の規模は? ことによってはこちらの動き方も変えねばなりません。」
「金銭支援と、兵力の支援といった所でしょうな。麦の動き、そして『山越えの商人』なる存在がいたという話を聞きましたので……、あちらは合わせて600程。伯爵家の常備兵は400以上といった所でしょう。詳細はこちらの資料に纏めておりますので、ご覧いただければ。」
「……また判別がつきにくい数を。」
何でもないように紙束を受け取りながら、何一つ見逃さぬようにそれを強く睨め付ける。
600、既に私が対処できるキャパシティを超えています。しかしながら……『超人』が助けを求めるレベルではありません。これが合わせて1000であれば、もしものことを考え伯爵家の支援を受けてもおかしくはないでしょう。けれどその半数程度であれば……、私個人で対処しなさいと命じられるかもしれません。なにせクレーマン家への介入はブラフで、伯爵家が兵を動かした瞬間に攻められるかもしれないのですから。
それに、伯爵家レベルの兵であればかなりの精強であることが考えられます。もし私が周辺男爵家に声をかけ協力して対処しようとしても、逆に寝返ってしまう可能性が高い。少なくとも『少なくない額を受け取った』2家はあちらに寝返る事でしょう。それでは、どう足掻いても足りない。
……覚悟を決める、必要がありそうですね。
「情報感謝しますわラーフェル殿。貴方の情報網が一体どれだけ広いのか少々気にはなりましたが、得難いものではありました。言い値で買いますわ、遠慮せず言ってみなさい。」
「いえいえ! この程度ギーベリナ様の御威光を賜われることに比べればなんてことはありません! ですがもし、お聞き入れくださるのでしたら……。前回お話頂いた件。ご一考いただければと考えております……!」
「えぇ、もちろん。」
〇税外小話
「スっちゃん! お嬢様みました? ラーフェルさんのお見送りを頼まれた後、見失っちゃって!」
「お嬢様っすか? さっき先代様のお部屋に入って行く所を見たっスよ? なんかあったんスか?」
「うん、ちょっとね。……なんだかすごく思いつめた顔をしていらっしゃったから。」
「お嬢様は明言されてないっスけど、どっかが攻めてくるみたいっスからねぇ。ま、お嬢様クッソ強いんでワンパンっスよワンパン! 祝勝会の為にお菓子作るよう料理長に言わないっとスね!」
「あ、ごめん。砂糖使い切っちゃったから当分お菓子無しだと思う。」
「え。」
「……うん、行かなくちゃ。ごめんスっちゃん! 私お嬢様の所行って来るから! あと多分人払い必要になると思うから、先代様の部屋の近くには近寄らないようにみんなに言っておいて!」
「わかった……、ってちょっと! なんでお砂糖無くなっちゃってるの! それだけ! それだけ教えて! アレまだ沢山あったでしょう!? ねぇイザちゃん! ねぇ! 私達のおやつは!?」