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6:伯爵様と交渉ですわ!



「おぉ、ギーベリナ君! また一段と美しく成られたね!」


「オスヴァン様もお元気そうで何よりでございます。」


「いやいや。これでも最近老いを感じてきてね。この前息子の鍛錬に付き合ったんだが、もう疲れて疲れて……。」



伯爵家の広い屋敷の一角。その応接室に通された私は、この領地の王である伯爵様。オスヴァン伯爵と面会していました。……かなり温和な方ですから勘違いしそうになりますけど、この人が軍を動かすだけで私みたいな小さな男爵は吹き飛んじゃうんですよねぇ。


ま、単に柔な方でしたら扱いやすかったんですけども。



「して、何かあったのかい? わざわざ君が来るなんて。しかも一人なんだろう?」


「は。……実は先日父が他界いたしまして。私が次の当主となりましたので、そのご挨拶に参りました。」


「なんと。ベンツェル君がかい!? まだまだ現役だと思っていたんだけど……。無事神様の元に迎えられることを祈らせてもらおう。ギーベリナ君も色々大変だと思うけれど、頑張るんだよ?」



あんなクソ野郎が天国なんていけるわけ……、とと。伯爵様の前で余計なこと考えてるヒマなんてないですね。


今このお方はまるで初めて聞いたかのように仰っていますが、確実に私に合う前から『何が起きているか』を把握していたと思われます。この屋敷に入る前、衛兵にいくらか持たせましたが、伯爵の屋敷を守る守衛が金に靡くわけがありません。私が一人で来たこと、そして男爵の爵位を表す印章をもって現れたことは報告にあげているはず。


つまり伯爵さまは、私が何しに来たのかある程度想定して、この場にやってきているのです。おそらくですが、ウチのお隣であるクレーマン家が何をしようとしているのかも、ご存じな事でしょう。市場の動きを見ていれば私でも解る事ですからね。より多くの情報と財が集まる伯爵家のトップが知らぬはずがありません。



「僕もねぇ、父が死んだ時は大変だったんだよ。それまで結構遊んでいたものだから、全部が初めてのことばかりでね? 周りに支えながら何とかここまでやって来た。ギーベリナ君、いやゴトレヒト男爵君。家臣はとっても大事にするようにね。」


「しかと胸に刻みます。」


「うんうんいい返事だ。……あぁそうだ、陛下へのご挨拶はどうするんだい? もしここを経由していくのなら、馬の手配ぐらいだったらしてあげられると思うけれど。」



……王家への恭順、という話でしょうか。


この世界における『国家と貴族』の関係は対等寄りと言いますか、隙があればいつでも蹴落とし合うような間からです。王家に力と権威がある間は良いですが、どちらかが欠ければすぐに貴族は国から抜けようとする、もしくは新しい王に成り代わろうとするでしょう。そんな不安定な関係だからこそ、我らは派閥を作り身を守ろうとしています。


王家に付いて利益を得ようとする派閥と、王の権威を削いで新しい王になろうとする貴族たちの派閥。


伯爵さまはどちらかというと後者。貴族側なのですが……、私が王家にわざわざ会いに行くとなれば、おそらく王家に付こうとしていると考えられるでしょう。これまで父は中立でしたが、私の代で王家にすり寄ろうとしている、と。


そして同時に、私にクレーマン家の侵攻を察知する能力があるか否かの確認。って感じですかね。侵攻を察知していたら王都なんか行けないわけですし。


……この方。優しい口調の合間に私を見極める質問を投げかけてくるから話しててしんどいですわ、ほんとに。



「いえ。陛下には大変申し訳ないのですが、お手紙でのご挨拶になるかと思います。以前王都の学校に通っていたものですから、旧友に顔を見せに行きたいという気持ちもあったのですが……。閣下、お聞きいただきたい話があるのですが、もうしばらくお時間頂けないでしょうか?」


「うん? もちろんだとも。」



旧友という名目ではありますが、王都に向かいたい意思を表しながらも、『どちらに付くとも言い切れない』言葉を介しながら、本題へと入ります。


無論内容は、クレーマン家が我が家に進攻しようとしていること。



「おぉ! 大変じゃないか! すぐに帰らなくてもいいのかい?」


「えぇ。自身も『ゴトレヒト』ですので。父と比べ未熟ではありますが、問題ありません。」



一切視線を伯爵様からずらさず、何でもないように言い切ります。


対外的には、ゴトレヒト家は『超人』の家系。スキルは持たずなんか滅茶苦茶強い奴ばっかりの家が、我らです。実際の所スキルですし私は雑魚ですが、貴族としての力の証明は怠ってはいけません。この伯爵様の前では、特に。



「ですがその後、戦のあとに問題がございまして……。」


「問題かい?」


「はい。家の恥をお見せするようで恥じ入るばかりなのですが……。現在我が家には一切兵がいないのです。」


「……いないの?」



一瞬というか、確実に素で聞き返された伯爵様。まぁ普通そうなりますよね……。



「なんと言いますか、父は非常に趣味人でございまして。何度も忠言したのですが、生前『自分が全て守れば兵はいらない』と言い切っていたのです。実際死ぬまで守り切っていましたので、ほんともうどうすればよかったのか……。」


「そ、そんな人だったんだね彼。いや確かにどこからそれだけ捻出しているのかと思っていたけれど。」


「徴兵しようにもそも訓練を経験した兵がおらず、騎士もいません。防衛なら『少し領地が増えたところで』私も問題はないのですが、慣れぬ統治を同時に出来るかと考えれば、不安が残ります。」



本音は、戦争用の兵を貸してほしいというもの。私一人では戦争しても勝てるわけがないから、戦力を貸して♡と言いに来たわけだ。でもそれじゃ確実に貸してくれないし、貴族としての力を持っていないことの証明になってしまう。だからこそ、言い方を変えます。


父のせいで真面な戦力、それこそ『戦後武力で新しい領地を治める人手』がいないから貸して♡というやつです。これなら違和感ありませんし、多分本当は言っちゃいけない『ウチの戦力私だけです……』という恥も見せている。真実性のアップ、ってやつですわ!



「以前から感じていたのですが、やはり閣下の軍勢の練度は見惚れるものだと感じています。そのためぜひその雄姿を我が民にも見せ、徴兵時の手本とさせて頂きたいという考えもあります。」



実際その練度は高く、多分今の私じゃすぐに負けると思います。常備兵レベルでしたら5人でもう厳しく、騎士として取り立てられた者であれば、多分1対1で同じくらい。以前の盗賊の様にはいきません。故にその戦力を確保できるというのは、非常に大きいのです。


あ! もちろんお貸頂いた者たちの賃金はこちらでお支払いいたしますし、その空いた穴は金銭にはなりますが補填いたします。無論、少々我が家周りが荒れますので、閣下のご理解を得られてからの話にはなりますが……! どうでしょ! そう悪い話ではないと思うのですが!



「うーん。兵の貸し出しか……。」



少し悩ましい様に、腕を組みながら頭を捻られる彼。じゃあもう一声いっときます?


にこやかな笑みを浮かべながら、取り出すのは小さな箱。何も言わずそれを開けば、出てくるのは『白馬に乗った貴婦人』の陶器。父のコレクションの中から小物で、ラーフェル殿の査定によると金貨35枚のもの。真っ白な陶器に鮮やかな色が塗られており、こんな応接室に置いておくだけで貴種として気品をアップさせてくれる優れもの! 伯爵様への献上ものとしては申し分ないものをご用意して来ました!


これ、あげちゃいますよ♡



「うーん……。」



ま、まだダメッ!


おねがいおねがい! ギーベリナちゃんに兵力かして♡ 多分『不慮の事故』でクレーマン家の戦力とぶつかることになる気がするけど! 伯爵様には悪い話じゃないですよ! ほ、ほら! 父が持っていた身分不相応なコレクションをもっと差し上げますし!


流石に『不慮の事故』の辺りは口に出来ないので、全力で笑みを浮かべながらじっと伯爵様の眼を見つめていれば……。ついに彼が、口を開きます。



「そうだね……。まず最初にだけど、『ゴトレヒト家周辺の整理』には、僕としても問題ないよ。やっぱり民のことを考えると、いい領主様に守ってもらった方が安心だろうからね。」



……伯爵家としては、ゴトレヒト家が拡張することに対して問題は感じていない。



「あ、でも。悪いけど、ちゃんとお金は支払ってもらうからね? ほらやっぱり兵士たちの維持ってお金かかるわけだからさ。代わりに他の国とか、他の貴族が攻めて来た時は真っ先に助けに行くって約束するよ。」



……クレーマン家が支払っていた同額を出せば、これまで通り伯爵家の庇護を受けれる。ただし男爵同士の小さな小競り合いではなく、伯爵“以上”の大きな敵に関する勝負のみ。



「でも、ちょっと兵の貸し出しは難しいかな。本当に申し訳ないし、領主として大事な最初の一年だ。支援してあげたいんだけどね? 最近こっちに攻めて来そうな家があって、少しでも兵を手元に置いておきたいんだよ。ほら『兵は纏めて一気に押し出すべし』って言うでしょう?」


「そうでございましたか。閣下が大変な時期に、大変申し訳ございません。クレーマンの処理を終わらせてからにはなるでしょうが、もし戦力が必要であれば、いつでもお呼びくださいませ。」


「悪いね、本当。あ、でも! 文官の教育にはちょうどいいのがいてね。その子を送るのはどうかな? そっちで人材を育てれば、大分統治もやりやすくなるはずさ。けど今は仕事を任せてて、そっちに送れるのは再来月ぐらいになると思うけど……。」


「過分なご配慮、痛み入ります。ぜひお願いいたしますわ。」



声に喜びの感情を乗せ、深く頭を下げます。


……だめ、か。







◇◆◇◆◇







(あ~、どうしましょ。マジで。)



伯爵家の屋敷からお暇した後。まだ馬の休息が十分でなかったことから宿を取った私は、顔を隠し近場の酒場へと繰り出していました。


正直何も口に入れる気になれないけど、情報と言えば酒場ですし、食べておかなきゃ帰り道のどこかでガス欠になってサヨナラバイバイです。少し前に運ばれてきた豚の腸詰と、酢漬けの野菜を口に運びながら、散らばる思考を何とか纏めていきます。



(悪くは、無いのです。むしろ交渉としては大成功でした。……一番重要で確保しべきだった『戦力の確保』に失敗した以外は。)



本当に、戦力以外は驚くほど上手く行ったのです。


伯爵様へのご挨拶は出来ましたし、ゴトレヒト家の新しい当主としてこれまで通りあの地を収めることを許可して頂きました。献上品として手渡したあの陶器にはわざわざ適正価格より大きく色を付けた金貨40枚で買い取って頂けましたし、戦後クレーマン家の領土を自領として扱っても良いという約束もして頂けました。


でもこのままじゃそもそも戦争に勝てない、っていうね?



(伯爵様からすれば金貨40など痛くも痒くもないのかもしれませんが、わざわざ買い取って下さったこと。再来月にはなりますが人材の派遣をしてくださること。……期待されて『は』いるのでしょう。)



まぁ、そういうポーズなのかもしれませんが。


伯爵家としては、配下の男爵たちが喧嘩しても特に気にすることはありません。彼にとっては毎年の税収、上納金の額が変わらないことが重要であって、誰が払うかは大きな問題ではないのですから。故に我らゴトレヒト家が勝とうが、クレーマン家が勝とうが、どちらでもいい筈。


私がゴトレヒト家の産まれ、『超人』かもしれないと言うことで多少の配慮はいただけたようですが、それだけです。伯爵様からすれば私が勝てはあらかじめ恩を売れていてお得、負けたとしても私が真に『超人』ではなかった証明が出来て、戦力として頼りにしなくて良かったという話になります。


クレーマン家が攻めてくる期限がおそらく一月未満、最後に仰った文官の派遣が再来月であることも考えると、本当にどちらに転んでもいいのでしょう。だって確実にことが『終わってから』の派遣ですし。



(断りの文句として使われ得た他の家から攻められるやもって話も、嘘か本当か判別できないですし……。)



一介の男爵程度の情報網では、自領と周辺領の把握が限界で、商人を使ったとしても同じ『オスヴァン様のチーム』に所属する人たちの情報で精いっぱいです。あの有能そうだったラーフェル殿を頼れば解るかもしれませんが、『オスヴァン様と敵対してる他の伯爵さんチーム』の情報なんて今の私に解るわけがありません。



(……はぁ、どちらにしてもどうにかして戦力を集めなければいけませんね。)



伯爵様に断られてしまった以上、他の手で戦力をかき集める必要があります。期限としては、あと2日ほど。家に帰るまで最長で一週間ほどかかるのであれば、そのぐらいで引き上げて帰る必要があるでしょう。来る時から持ち寄った金も、伯爵様から頂いた金もあります。これを使って、良い傭兵団を探さねば。


最大で200弱の敵に対応出来て、我が領民に迷惑をかけず、金を支払った後はすぐに帰ってくれて、情報はどこにも漏らさない様な。そんな素敵な傭兵……。



(そんなのいます?)


「すいませーん。そっちのお皿もう下げてもいいですか?」


「あぁ、いいですよ。代わりに同じものを頂けますか。水のお代わりも。」


「すぐにおもちしまーす!」



傭兵って荒くれ者といいますか、基本それ以外の仕事が出来ない方々ですからね……。農民の二男三男だったり、素行不良で軍から追い出されたり。冒険者の様に組合もありませんから、簡単に信用できない方々なのです。戦争の途中で裏切ったり、勝手に領地で暴れたりと盗賊とあまり変わらない方もいます。


勿論すごく有能で信用できる方々もいるのはいるのですが、おそらく一割もいないレベル。そしてそんな良い傭兵ほど現地の貴族に囲いこまれ、実質的な軍として運用されます。いくら人の集まる伯爵領でもフリーの良い傭兵団を見つけるのは難しいでしょうね。



「十数人規模ならすぐに見つかるかもですが、大規模となると……。」



それに、傭兵を雇う時の鉄則として『裏切られたとしても抑え込めるだけの力の確保』というのがあります。いくら信用できるものを見つけたとしても、自分の命がかかれば逃げる方も出てくるでしょう。そんな時必要なのが、上から押さえつけれる力や権威です。……私にはないものですね。



「……期待しすぎないようにしましょうか。」



傭兵だけでなく、魔物被害から民を守る冒険者も人の多いこの伯爵領で探した方が効率良さそうですし。お代わりを食べ終わったら動き出すとしましょうか。



「お待たせしましたー!」


「どうも。」



その後、冒険者に関しては組合を通したので何とかなりそうだったのですが、傭兵に関しては全滅。上手く戦力として戦ってくれそうな方々は見つかりませんでした。もう少し粘りたくはあったのですが、これ以上自領から離れ続けるのは危ういと判断した私は、伯爵家に預けていた馬と共に帰還することになります。


……えぇ、ならば戦ってやりましょうとも。


たった一人の最終決戦。


やるからには勝ちますわよ!




〇税外小話


「にしてもギーベリナ君、本当に良い品を持って来てくれたね!」

「以前小耳にはさんでしまったのですが、父との会話の中で『白磁』がお好きと聞き及んでおりましたので、父の部屋にあった一番良いものを持ってまいりました。」

「おっと、聞かれちゃってたか。いや実はね? 以前君の父、ベンツェル君にこれを自慢されてすごく悔しくて……。彼の審美眼とその販路は本当に凄まじく、羨ましかったんだ。これを譲ってくれるんなんて天にも昇る気持ちだよ! あぁでも、流石に貰いっぱなしじゃだめだから……、30、いや40だそう! あぁこれはお代じゃなくて、君への褒章だからね! ほらそうじゃないと妻がね? うるさいからさ!」

「心得ておりますとも。(配下貴族への褒章となれば政治が深く絡むし、個人の懐からではなく伯爵領からの支出になる。だから奥方も強く言えないってことなんでしょうけど……。本当に大丈夫なのかしら?)」

「あぁ、やはりこれは良い品だ……!」



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