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5:騎乗戦闘ですわー!



「申し訳ないけれど、潰れる直前まで走ってもらいますわよ!」


「ぶるるるっ!」



家で管理していた馬にそう言いながら、全速力で街道を駆けあがって行く。目的地は、周辺を取りまとめる伯爵家の屋敷。ここから先は、速度勝負なのですから。急がねばなりません。





あの後私は、領地内にいた全ての商人を呼び寄せました。


もちろん、虚報をばら撒いて混乱させてやりますわ! ってやつです。



(あちらの情報収集能力を前提としたものに成りますが……。)



まず何も知らぬ商人たちにお願いしたのは、『父の死を明かさぬこと』と『麦の買い込み』です。


我が家のみならず他の貴族家領土からも麦を買いこませ、現在も糧食を確保しようとしているクレーマン家の妨害。そして“それ以外の周辺貴族”への牽制を行います。なにせ漁夫の利を狙ってくる不届き者がいるやもですからね。


幸いラーフェル殿に父の品を売りつけて金は用意できましたし。あるだけ買い込むように指示いたしましたとも。



(ご飯がなければ兵は動けませんからねぇ。それに、買い込んで置けばその分他の家が『この一年』の間に攻めてくる可能性が減りますもの。一石二鳥とはこのことですわ!)



ですが最も重要なのは、『我らが麦を買うという行動を見せる』ということです。


周辺の家々でも『我が家の防衛方針』は把握しているでしょう。父が一人で全てを担うという方針は、大量の糧食など必要しないといことも。そんな明らかに怪しい事実、『私が訃報を止めたことでまだ父の死を知らぬ』彼らは、真相を知るために情報を集めようとするはず。



(ここで、ラーフェルを働かせます。最初は王家へ『アレ』を持って行ってもらう予定でしたが、緊急時なのでキャンセルですわね。)



父のコレクション、その一部の換金を頼んだ後。彼には余った男爵家相当の品々を持たせ、クレーマン家も含め他の男爵家の元へと向かってもらいました。早い話、それで交渉しに行かせた、という感じです。


彼には、『ゴトレヒト家が動こうとしている。伯爵家の兵を借り受け戦力を増強し、一気にこの周囲を“掃除する”つもりだ。けれどこちらに頭を垂れるのであれば、根切は行わない。その証明として、男爵家から美術品を預かっている』みたいなことを言ってもらう予定です。


麦を集めている理由は、伯爵から兵を借りているから。実際はまだ借りるどころか交渉も始まっていませんが、すぐに飛びつける真実を用意し、相手にプレッシャーを与えながら同時に逃げ道を用意した形になります。


父も領土の拡大には興味がなかった口ですが、他家からすれば知らぬ話です。少なくともこちらに『拡張の意思がある』という虚偽を信じさせることは出来るでしょう。



(反発する者もいれば、受け入れる者もいる。そして、より周囲を見渡す者も。)



伯爵家は、男爵家と比べ何倍もの戦力を保有しています。真面に戦えば勝てませんし、隣の男爵家と纏まっても勝てません。文字通り周辺すべての男爵家が手を合わせ戦えば何とかなるかもしれませんが、常に蹴落とすことを考えている我らでは無理でしょう。


自然と他の選択を取るはずです。


情報の精査をし、嘘だと断ずるもの、もしくは信じる人もいるでしょう。ですが大半は、『静観』するはず。大きくコトが動いてから、方針を決める。自家への被害を最小限に抑える賢い手段です。


故にコトが起きるのを見逃さないようにするため、皆がより情報を集め始め……、クレーマン家が兵を集めていることにも、気が付くはず。



(ここから先は、完全な希望的観測になりますし、そう上手くいくことはないでしょう。なったらいいな、程度のこと。)



かの家が持つ戦力は、最大でも100程度。傭兵など集めても倍が限度、それ以上はありえないでしょう。


そしてそれは伯爵、そして強者と有名であった父を打ち倒せる数ではありません。つまり、解りやすい『敗者』に見えるはずです。こちらに反抗しようとしているが、明らかに勝てない存在。ならばそれを叩く、もしくは削ろうとする家も出てくるはず。


もし我がゴトレヒト家が周辺の男爵家を取りまとめ『子爵家』に繰り上がったとなれば、そこに新たな秩序が生まれ、新たな格付けが出来ます。先に我が家に付いた者から扱いが良くなり、遅参した者は扱いが悪くなる。そしてあらかじめ敵を打ち倒しておけば……、より扱いが良くなる。


手柄を上げようと先にクレーマン家へと攻撃を仕掛けたり、策謀を仕掛けたりする家が、出てくるかもしれません。






「まぁ基本様子見でしょうけど……、少しでも周りに疑念を植え付けられればそれでいいのです。クレーマン家がこちらを攻めるまでの期間を、出来るだけ伸ばす。」



既に打てる手は打ちました。


これ以上自領にいても時間を浪費するだけだと考えた自身は、即座に出発。馬の背に乗り伯爵領まで続く街道を上っていっています。けど私……、一人なんです。


既にご存じでしょうが、この世界は魔物存在し、盗賊もいます。そして彼らは人を襲う存在です。大きな町に攻め込むことは少ないですが、小さな村だったり、移動中の旅人や商人を襲うのはよくある話。つまりまぁ、多分コレめっちゃ襲われやすいんですよね。



でも私って、ゴトレヒト男爵なんですよ。『強いはず』なんですよ。



ただの令嬢だった頃は自分の強さを周囲に見せる必要がなかったので良かったですけど、もうダメなんですよ。強くないといけないんですよ、周りに疑問なんか感じさせちゃダメなんですよ! 特に領民! 見限られたらダメなんですっ!


一応外出の理由を使用人たちには『伯爵様に継承のご挨拶してくる』、ラーフェル殿には『伯爵様にクレーマン家の武力併合の許可もらって来る』って言って誤魔化したけど! 私が護衛を連れてちゃダメなんです! そもそも護衛として使える様な人材が領にいないのもそうですが! 私が弱いことを示す要因は全力で除外しないといけないんです!


でも!



(ヤダー! 一人は危ないからヤダ! 怖いッ!)



時間があれば、馬車に揺られ形だけの護衛に守られながら、ゆっくり伯爵領に行くことが出来たんです。


『貴族としての見栄を張るために護衛用意しなくちゃいけないのだるいわー、ほんとは私強いんで要らないですけど』みたいな顔出来たんです! それで数がいたらそれだけで威圧になって魔物も賊も近づいてこないんです!


でも今は緊急時で、急がなきゃなんない! 馬車でゆっくりとか無理! というか伯爵様にも弱いことバレちゃだめだから、『私危険な街道を一人で踏破できるぐらい強いですよ?』みたいな証明もしなくちゃいけないんですっ!


でも怖いものは怖いっ!


そして今から通る道!


森に挟まれ茂みが多い、とても『隠れやすい』道!



(こないでこないでこないで!!!)



小型の魔物数匹程度、盗賊数人程度であれば腰に付けた剣で切り殺せるでしょうが、二桁になると確実に死にます。


人って囲まれたら死ぬんですよ? 十人に囲まれて一斉に槍とかで突き刺されたら死ぬんです。でも全力で馬を走らせているので、そうそう襲い掛かって来ることはない……、と信じたいですね。はい。



(わ、私今すっごく急いでるんです! だから! だから来るなよ! ほんと!)



そう胸中で叫んでいた瞬間、視界の端にある茂みに覗く。金属の反射光。


鏃だ。



「ちッ!」



即座に剣を抜き、意識を切り替える。


行うのは、馬の体と矢の軌道の間に剣を滑り込ませること。


そして響く、金属音。


騎馬を落すときの鉄則は馬から処理すること。相手の狙いが解っていて、射手の位置を理解していれば防御など容易です。


けれど、どうしたものか。


まず、相手の規模。射手のあたりに見えた影は数人レベル。


けれどそのほかにも隠れていると考えれば、やはり二桁ほどいても可笑しくはありません。ですが街道に紐、騎馬を転ばせるためのトラップが無いことを見ると、反対側の茂みにはいません。あれは両側から引っ張って使うものですからね。


金属の鏃と弓を扱う時点で盗賊なのは確定ですが、あまり経験がなく、おそらく規模も小さめ。20人以下の規模でしょう。



(この子の体力は……、まだ動けますが少し消耗しすぎてますわね。逃走は不可。)



盗賊であれば、一人に馬に乗る存在など垂涎ものでしょう。顔や胸などは布で隠しているため性別は解らないでしょうが、完全にカモです。最悪、延々と追って来ても可笑しくありません。女であることがバレれば、もっと寄って来るでしょう。


一瞬、馬の速度に掛けて逃げてしまおうかと思いましたが、この子のスタミナを考えると途中で動けなくなり捕まってしまうでしょう。あと数分は全力疾走出来るでしょうか、稼げる距離はそこまで多くない。


となれば……、後顧の憂いを絶つべき。


戦闘と、いきましょう。



(ま、出来たら危険に飛び込みたくはないんですけどねッ!)


「ッ! こっちくるぞぉ!」



それまで馬に背負わせていた荷物を落し、出すのは反転の指示。こちらを狙ってきた茂みへと馬を走らせます。


父ならば秒もかからなかったでしょうが、今の私は常人。ですので騎馬でお相手させて頂きますが……、卑怯とはいいませんね?



「は、早く撃て! 撃てっ!」


「っ」



第二射として飛んできた矢をもう一度剣で切り落とし、馬へと跳躍の指示。着地地点は、第三射をつがえようとした盗賊。


即座に賊の身体が蹄鉄によって踏み砕かれ、同時に私が剣を振るうことで、近くにいたもう一人の族の首を剣で刈り取ります。そして速度を収めずに、より奥の茂みへ。まだ隠れているだろう敵を探します。



(ここには3。2人お送りしたので、残り1。奥におそらく本体がいて、騎馬で突っ込めばあと3くらいは減らせるかしら? ……いたッ! 全速力で頼みますわよっ!)



馬に速度を上げるように指示をだしながら、剣に付着した血を振り落とす。そして一呼吸置いた直後には、敵の集団が目の前に。


騎馬の相手には慣れていないのでしょう。驚愕と恐怖に溢れた顔が見えましたが……、貴方がたは私の民ではありません。むしろ民の害になる可能性があるのならば、排除するしかありません。


視界に広がる敵本隊の数は11。


あちらの余りと合わせて残り12。


ですが父に叩き込まれた動きで剣を2度振るうことで、残り10。


そのまま、駆け抜けます。



「反転ッ!」



盗賊たちを切り抜け、少し速度を落しながら森に入る直前で、そう指示を出す。荒い息を吐き出しながら馬が全力で体を曲げ、先ほど通り抜けた場所に向かって、再度走り始める。


馬上から見える賊の顔。明らかに恐怖に染まっており、逃げ出そうとしている。


これならばもう、囲まれる心配はございません。


確実性を取って、特異な地上での勝負へと参りましょう。



「私が降りてもそのまま走り抜けなさい! ことが終われば戻って来ること! いいですわね!」


「ぶるるるッ!!!」


「よし、良い子ですッ!」



馬の返答を聞いた後、もう一度盗賊の集団に突っ込み、剣を一振り。


一番装備が整っていた、おそらく彼らのリーダー格の男。その首を切り落とした後は、馬から飛び降り着地と共に近くにいたもう一人の男を切り殺します。



「ひ、ひぃぃぃ!!!」


「泣き叫ぶのであれば賊に落ちるべきではありませんでいたねッ!」



声をあげ、逃げようとしても腰に力が入らぬ賊の首を切り落とし、残り7。おそらく農具を改造したのであろう槍のようなものを突き刺してきた盗賊の攻撃をよけ、心臓に突き刺し6。その槍を奪い取り、一番離れた敵に投擲することで5。引き抜いた剣で我武者羅に突撃して来た者の腕を叩き折り、一時無力化。


少しブレた重心をあえてそのまま倒しながら、廻し蹴りの要領で近づいてきた他の賊の首、その骨を折り4。先ほど無力化した者に踵を叩き落して3。2人同時に攻撃してきた賊は、一歩引きそれを避けることで隙を生み出し剣で同時に切り裂き、残るは1。


たしか、射手がいた茂みの方に……。



「ぶるるるるッ!!!」


「あぁ、ひき殺してる。……これで0ですわね。お疲れさまでした。」



…………ふぅ。相手が怖がってくれて良かったですわぁ、ほんと!


でももうちょっとスキル無しでも頑張れましたわね。たぶん父に見られたら要領が悪いと全身ボコボコにされた後3日ぐらい食事抜きにされそうです。やっぱりまだまだ鍛錬不足なのでしょう。スキルと言う強大な力にかまけて鍛錬を怠るなど愚の骨頂ですし、色々終わったら根を詰めるべきですね。


っと、もう馬が戻ってきましたわ。


あまり気にしてませんでしたけど、貴方賢い上に勇敢ですわねぇ。確かまだ若く繁殖は未経験だと担当の者が言ってましたし……。無事帰れたらたくさんお嫁さんあてがってあげましょうか。


これが貴方への報酬……。あ、嬉しい? それは良かった! このギーベリナ。父と違って約束は守りますから、安心してくださいな!



「さ。たしか近くに川があったはずです。そこで貴方の水分補給と休憩をした後、出発しましょう。」


「ぶるっ!」







◇◆◇◆◇






「……ふぅ。ようやくですか。」


「ぶる。」


「あぁお疲れ様。もう少しだけお願いね。」



馬から飛び降りその首を軽く撫でてやりながら、そう語り掛けます。


あれから5日ほど。運よくあの盗賊以外は何もなく無事に切り抜けた私は、予定よりも早く目的地に辿り着いていました。馬のこの子も潰れることなく、最後まで走り切ってくれましたし、早く厩舎にでも預けて休ませてやりたいですね。


そんな伯爵領の領都。『リーベラウ家』が治める『エデルム』は非常に発展した都市になります。


私の領地である村々と比べられない程に栄えており、人の数も段違い。石で舗装され、しっかりとした都市計画によって整備された区画たち、民の豊かな生活を眺めていると息が漏れてしまうほど。前世という記憶や、一時期堪能した王都での生活を思い出せばまだまだ上はありますが、それでも伯爵家の領都としては相応しい街と言えるでしょう。



(さて、伯爵様の屋敷は……。あちらですね。)



ここまでの移動、私は身分を隠しながら移動してきました。


もちろん関所や町へ入る時の衛兵には爵位を示す印章を見せて素通りさせてもらいましたが、あの時は貴族ではなく『貴族子飼いの伝令』の様に振る舞い、通らしてもらった形になります。まぁいくら貴族とはいえたかが男爵、顔を知る者など親しい人くらいです。密命を受けた人が印章をもって移動するのは少ないことと言えど、全く無いわけではありませんからねぇ。


十分教育を受けた衛兵なら、即座に自身の領主へと報告するでしょうが……。



(いくらか口止め料を持たせましたし、そも私であるという確証は持てないでしょう。バレなければそれでいいのです。)



そんなことを考えていると、ようやく伯爵様のお屋敷へ。石造りで大きな建物、ぐるっとそれを囲む石壁と伸びる塔が特徴的な家。伯爵様が開くパーティなどで何度か訪れたことがありますが、『ザ・中世の屋敷』って感じで何度見ても感慨深いですわね。


っと。あんまり見物しすぎると顔を隠したままの私じゃ不審者に思われます。衛兵たちがこちらを止めるよりも前に、声をあげるとしましょうか。



「もし、伯爵様にお目通り願いたいのですが、取次頂けますか? 『ゴトレヒト』が来たとお伝えいただければ。」


「あ? ……ッ! 失礼いたしましたッ! すぐに!」


「えぇ、よろしくお願いいたしますね。」



何か言おうとした彼の視線を私の手元に向けさせ、握っていた印章を見せつけます。


するとまぁ面白いほどに態度を変え、すぐに走って行く彼。即座にお仲間たちに共有し、何人かの衛兵さんたちが走って来てくれます。流石、よく教育されてますわね。



「あぁ、この子を少し預かって頂ける? 少し無理をさせてしまって、水と餌を与えてくれるかしら。後あれば果実も。……あぁ、お代はこれね? 余ったら貰っておいてくださいな。」


「お任せください、閣下!」



っと、もう顔を隠す必要もありませんね。


……さて、ここからは伯爵様とのお話です。その爵位に見合う優秀な方ですから、一層注意せねばなりません。我が家の『弱体化』を隠しながら、兵を借りる。もしくはその庇護を受ける。少々難しいのは確かでしょうが、生き残るためには成功させねばなりません。


気合を入れて、参りましょうか。




〇税外小話


(移動中の話)

「そういえば貴方。思いっきり盗賊を踏みつぶしたり蹴り飛ばしたり轢き殺したりしてましたけど、大丈夫でしたか? 貴方たち馬って心優しい子達ですし、心を痛めていれば本当に申し訳なく……」

「ぶる!」

「あ、ぜんぜん大丈夫ですわね。我が家の馬ってみんな農耕か早馬専門の子たちばっかりだと思っていましたが……。思いっきり軍馬向けの性格してますわね。そうだ、もしお仕事するならどっちがいいかしら。今日みたいに戦うか、それとも情報を届けるために早く走るか。」

「ぶる、ぶるる!」

「……前者、っぽいですわね。了解しましたわ、言ってしまえば馬も我が家を支える立派な仲間、民の一人ですわ! しっかりと希望に応えて見せましょう!」



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