3:いろいろ売りますわ!
「改めて見ると、壮観ですわね。イザ?」
「あ、はい! さすが先代様、なのでしょうか? なんだかすごそうなものが沢山です!」
「……気を使わなくてもいいのよ? どうせ死人ですし、アレを敬っていた者はいないでしょう。実の娘でもそうなのですから。貴族としての良いのかもしれませんが、人としては……。」
「あ、あはは……。」
っと、ごめんなさい。イザからすれば返答に困りますわよね。話を変えましょうか。
それで、お願いしていた商人の方はもう到着済みかしら?
「あ、はい! 先ほどお迎えし、応接室の方にお通ししたとのことです! すぐに査定して頂けると思いますよ!」
「それは重畳。……いい資金源になれば良いのですが。」
そう言いながら、どんどんと倉庫から運び出されていく品々を眺めます。
男爵家故にそれほど多くの方々を雇っているわけではないのですが、全員が暴力の化身であった父の元で生き抜いてきた歴戦の使用人たちです。皆様白い手袋で丁寧に運んでくださっているのを見ると、少数精鋭を体現しているようですわね。
……まぁ父が在命の時はなにか失敗して破損させてしまえばその場で処刑されていましたので、丁寧になるのも仕方ないとは思うのですが。
(さて。売るにしても素早くことを為さねばなりませんね。)
現状私に戦う力がないのであれば、資金によって戦力を呼び込めばいい。そう思いついた自身は、すぐに行動を起こしました。
まずは真っ先に対処せねばならない、魔物問題。
幸いなことに、この世界にはよくある『冒険者』と呼ばれる方々がいらっしゃいます。対モンスター専門の傭兵とも呼べる方々、荒くれ者だったり、評価と実力が見合っていなかったりと外れの方々もいらっしゃるそうですが、上手く扱うことができれば我が領土と領民を魔物から守ってくれることでしょう。
流石に父の様にはいかないでしょうが、少なくとも被害は減らせるはずです。
(強く踏み込んで一飛び。早馬で30分かかる距離を一瞬で踏破出来ていたあのクソのような強者はいないでしょうから、一つの村に一チーム。3組の用意が妥当ですかね?)
連絡の早馬から連絡を受けた瞬間に飛び出し、魔物を滅することで領民を守る。その父の姿は、強く記憶に残っています。
数少ない領主としての仕事をしっかりとこなしていた彼、その点だけは素直に尊敬しています。私もそれを目指す予定であったのですが……、今年は不可能。だって免税しちゃったんだもの。来年度から期待してください。
まぁ父のコレクションを売ったお金で冒険者を駐在させますから、それで頑張ろうという話ですね。
長期の依頼ですから、領民たちと要らぬ諍いを起こしたりしないように慎重に選ぶ必要があるとは思いますが……。冒険者たちを取りまとめる組合、冒険者組合にある程度握らせておけば良いものたちを紹介してもらえるでしょう。いつ魔物が襲い掛かって来るのか解らないのです、速めに用意せばなりません。
それに……。
(こういう対外的な動き、特に優秀な冒険者を雇おうとする動きは確実に『周辺貴族』にバレます。モンスター専門とは言え、彼らは傭兵。戦力です。)
糧食を集めるために商人を利用すれば市場の動きから相手に察知されるのと同じように、冒険者の雇用は目を引くことでしょう。それも去年まで冒険者どころか常備兵や騎士すら必要なかった家が、戦力を欲しがるのです。注目を集めるのは、確実。
それが他領に攻め込むための戦力なのか、もしくは私が秘匿すべき事実。私が父に比べ大幅に弱体化したという事実に辿り着くかはその者の判断にゆだねられますが……。
(叩かれる前に動こう、そう考える者は絶対にいます。)
もしそうなれば、待っているのは敗北だけです。
こちらが冒険者を雇ったのならば、それを覆せる何かをもって攻め込むのが常道。そしてもしそんなことになれば、単に金銭だけで契約している冒険者は逃げてしまうでしょう。そもそも魔物退治の為に来たのに、戦争に駆り出されるなど彼らは望んでいないのですから。つまりどう足掻こうとも、攻められた時点で終わり。
一応女ですしスキルを持ってますから殺されることはないと信じたいですが……。それでも待っているのは孕み胎ルートでしょうね。つまり死んだ方がマシって奴になります。
(それを避けるためにも、『より強い力』に縋る。……多少余裕が出来れば傭兵団の雇用も視野に入れるべきでしょうが、まずそれです。)
対象は、王家と伯爵家。国のトップと、周辺地域を取りまとめる偉い貴族様。
そちらに資金、もしくは美術品自体をお送りし『ご配慮』をお願いすることで、『ウチに攻め込んできたら王家とか伯爵家が攻めてくるけどいいの?』という状況を作り出す。いわば虎の威を借りる狐になろうという策です。
まぁあちら側が利益にならぬと判断すれば即座に見捨てられますし、私に貴族としての『力』が備わっていないとバレれば逆に攻め込まれたり、色々と没収される可能性も考えられるのですが……。この一年、この一年さえ乗り切れば、大丈夫なハズなのです。
父のような圧政は敷きませんが、それでも税を取れるようになればある程度の倍率、強化が入るはずです。力が手に入れば、この綱渡りのような現状からも抜け出せる。
少しのリスクは、許容するしかないでしょう。
(それに、まだあのお手紙。イザが入室前に書いていた代替わりのご報告の手紙は、まだ出していません。それと共に、父が持っていた中で一番価値のあるものをお送りすれば……。)
多少は、話を受けてくれる可能性が上がるはずです。
そもそもあちらが受けてくれるかはまだ不明ですが、少しでも関係を深めることができれば、『匂わせる』ことも可能。実際に保護を受けていなかったとしても、仲良しアピールが出来れば周りはバックに強大な王家や伯爵家がいると考え、攻めるのを躊躇するはず。
後はその辺りの情報をどう扱っていくかですが……。あぁ、そういえば。
「イザ。周辺の男爵様方に送る代替わり報告のお手紙、もう出してしまいましたか?」
「あ、はい! 昨日行商人の方にお渡しして、お願いして来ました! でも出発は明日の朝だったと思うので、まだこの村にいると思いますよ!」
「ではすぐに回収してきてくださるかしら? ちょっと書き直した方が良さそうなの。」
「もちろんです! すぐに!」
漏れ出そうになった安堵を隠しながら、すぐに動いてくれるた彼女に礼を言い、思考を再度回します。
道理を考えれば父の死はすぐにお伝えした方がいいのでしょうが……。出来る限り時間を稼ぎたいのも事実です。周りの方々がどう動くか読み切れないのを考えると、王家か伯爵家の保護を受けられると確定するまで、父の死は隠しておく必要があるでしょう。
冒険者のことや、一度行商人に頼んでしまっているので、その口から漏れ出ること。その辺りは覚悟しなければなりませんが、多少の時間は稼げるはずです。
(そもそも、イザにも。いえ領民全員から私が『弱い』ことをバレてはいけないのです。領主は強く、民の危険を排除し安寧を保つ存在でなければなりません。かなり厳しい一年になりそうですが……。やるしかないですわね。)
そう考えていると、視界の端から寄って来る使用人が一人。
確か彼は父の身の周りの支度を任されていた者の一人だったはず。
「お嬢……、し、失礼しました当主様ッ!」
「ん? あぁ呼び方。確かに代替わりしましたが……、好きにしていいですわよ。お嬢様でも当主でも。あぁでも、この言い方だと困りますわね。」
顔を青くして深く謝り出した彼に優しく話しかけながら、そう返します。
まぁ昨日までただの令嬢だった者が男爵になりましたからねぇ。その辺りは仕方ないでしょう。というかもしかして私も父みたいに暴力振るうって思われてる? た、単に身分の差から慌ててるのならいいのですが、父と同じようにみられるのはすごく嫌ですわね……。
「た、大変申し訳ございません。その御心に感謝申し上げます……!」
「大げさ。では悪いと思っているなら、お嬢様に統一するように広めてくださる? イザも変わらずそう呼んでくれているし。」
既に代替わりした以上、絶対に口にすることは出来ませんが……。『力』的に、自身は男爵に相応しくない存在です。何せ貴族としての役目である領民を守るという仕事を、熟せないのだから。そんな人間を“当主”と呼ばせるのは少々申し訳なさが勝ります。
それに。これまでと同じ呼び方の方が楽でしょうし、私も慣れてますいますからね。
「は、すぐに徹底させます。」
「それで? 何か用があったのでしょう?」
「はい、品々の整理が終了しましたので、そのご報告に。この後商人に査定を行わせ目録を作成させるよう指示しようかと思うのですが、こちらでよろしいでしょうか?」
「えぇ。そのように。……あぁでも、その商人には一度顔合わせをしておきましょうか。少々釘を刺しておいた方が、良いかもしれませんし。」
「すぐにご案内いたします。」
父とは懇意にしていたようですが……。私は顔を合わせたことがありませんからね。真に信用できる人物かどうか、確かめておきませんと。もし騙されて王家や伯爵家に粗悪品を送りつけてしまえば目も当てられませんから。
◇◆◇◆◇
「あぁこれはこれはギーベリナ様! 先代様の件はまことに残念でございます……! また、男爵への御就任、おめでとうございます……!」
「世辞はいいですわ、名を。」
「失礼いたしました! わたくしラーフェルと申します。しがない美術商でございますが、先代様には大変お世話になっていたものでございます……!」
握り手をしながら、笑みを顔に貼り付けた恰幅の良い男が、一人。
この者が父が贔屓にしていたという美術商なのでしょうが……。なんかこう、言葉の節々が全て胡散臭いですわね。服装も商人にしては華美すぎますし。ほんとにこの方美術商なので? 確かに父から「教育」を受けていたというのもありその交友関係の殆どを存じませんが、それでも少しくらい小耳にはさんでいても可笑しくないはず。
ラーフェルなどという名前、聞いた言葉ないと思いながら。背後に直立する使用人の一人、ここまで連れてきてくれた彼に視線を送ってみます。するとほんの少しだけ彼の首が下がり、間違いなく本人で父がこれまで取引していた人間だという返答。
……じゃあ単純にクソ親父が私にお小言を言われるのが嫌でコソコソしてたってコト? それはそれで嫌ですわね。っと、返答返答。父と公正な取引をしていたとしても、小娘相手なら嘗められる可能性がありますから。しっかりしませんと。
「そうでしたか。……父は各地から取り寄せていたと聞きますし、さぞかし貴殿も良き販路をお持ちなのでしょう。こんな辺境の田舎娘に対価が払えるとは思いませんが……。今日の件に関しては、我が家の名に恥じぬ額をお支払いすると約束しましょう。」
あまりこのような物言いは好まないのですが、言外に
『なんかウチの父親、男爵家に見合わない高価すぎる美術品持ってるけどアレほんとにお前が持ってきたん?』
『そもそんな良いコレクション搔き集められるようなやり手の商人が、村三つしか持ってない男爵家と仲良しって何?』
『私は父と違って蒐集とか興味ないから売りつけるのなら他のものにしろ』
ということを含め口にします。……貴族ではよくある最低限の言葉に複数の意味を乗せて、相手がそのすべてを理解できなければ不利益を被る、ってタイプの話し方。話す側も聞く側もややこしいんですよね。でも爵位がもっと上のお嬢様方とかもっと複雑怪奇な話し方しますから……。真にやり手の商人でしたら、判別がつかないことなどありえないでしょう。
「そんな辺境などと……! つい今朝耳にしましたが、今年は民から税をお取りにならないと聞きました。まさに慈悲深き名君でございます。そんな尊き方に率いられる民も、やはり優秀なのでしょう。実はこのラーフェル、この辺りの小麦に目がありませんで、先代様にお許しを頂き個人用として買わせて頂いていたのです。」
「……。」
「今回もその小麦と、先代様からご依頼されていた品をお届けに参ろうかと考えていたのですが、まさかこんなことになるとは……。ギーベリナ様も急なことでお困りでしょう、しがない美術商ではありますが、それ以外に取り扱いがございます。今回の査定に関しましてもお代の方は結構ですので、今後とも御贔屓にして頂ければ。」
その太い体を大きく動かし、抑揚を変化させることで言葉に感情を乗せてくる彼。
内容で理解できましたが、少々。いやかなり出来る商人の様ですね。言葉を紡ぎながらも、じっと観察されているような感覚がずっと肌に張り付いています。そして今朝出したばかりの免税布告を把握し、我が領土での資源が麦しかないことも把握済み、と。
これは油断していると、むしり取られる奴ですわ。
まぁとりあえず、返答はしっかりしてもらいましたが……。
「先ほど父が何か買ったと聞きましたが、何を?」
「こちらでございます。東洋から流れてきました象牙の一品で、まさに秘宝と呼ぶべきものかと。」
そう言いながら彼が懐から取り出すのは、こちらでもよく見る小型の宝石箱。それを開き、こちらに見せてみれば……。そこにあったのは、白い球体。
そして同時に、全身が強張る。
あ、あの、えっと。なんか前世で見たことがある様な奴なのですが。
大きさとしては、片手で持ちあげられる程度の球体。しかし注目すべきは、その内部。
象牙の球体の中に、複数の球体が存在しており、その全てにキメ細かい装飾が為されている。龍だったり、人だったり。明らかに国宝級の職人の作品だ。しかもこれ、内部の球体全部動かせる奴だ。明らかに男爵程度の人間が目にしていい品じゃない。
……というかこれ象牙多層球じゃんかぁ!!! なんでここにあるのッ!? 文化的に東洋の王族しか持てない様な品が、何で西洋の男爵家に!? どう考えても見合ってねぇ!!!
「え、あの。お支払い、の方は。」
「輸送費なども合わせて金貨30,000枚ほどですな。」
「さん、まん?」
あ、あの。ウチの村一つで手に入る基本の税収って年に金貨1枚くらいなのですが。村三つしかないので、年に3枚が限度なのですが。そ、その一万倍? いや確かにそれ以外の収入もありますけど! あまりにも高すぎませんか!?
いやでも、確実に後世で重要文化財以上になる品だと考えれば安……、いや安くねぇですわ!? な、なんちゅうもん父は買ってるんですよ! こんなもん買えねぇですわッ! 返品、返品! あ、でも手数料だけで男爵領が爆散しますわッ! 詰みッ!!!!!
「あぁご安心を。既に代金はお支払い頂いておりますので。」
「は??? ……ラーフェル殿。申し訳ありませんが少々待っていてもらえるかしら? あのクソ親父もっかい殺してきますわ。」
「え」
あんのッ! あんのクソ親父ィ! こんな、こんなもん買うぐらいならもっと村に投資するとか! それこそ領土拡大するとか! 爵位買うとか色々あっただろうがバカッ! というかどこから捻出したんだよこの額を! 明らかになんかヤバいもんに手を出してるだろうが! 薬か!? ハッピーになるお薬でも裏で作って売ってたんか!? だったら今から全部焼き払いに行くから教えろクソがッ!!!
そもなんでコレ買うのさ! いや解るけど! 確かにすごい品だし欲しいと思う気持ちは解るけど! 買うなバカッ! お前男爵だぞ? ウチ男爵家だぞ! 王家じゃないんだぞッ!!! コレクションするにも爵位相当のモノにしろよッ!
あぁもうッ! 何勝手に死んでんだお前ッ! 生き返れ! んで殺す! 殺してやるぞクソ親父ィ!!!
「お、お嬢様ご乱心ッ! 者どもォ! 者どもォ! ヘルプ―ッ!」
「と、止められなかった我らをお許しくださいッ……!」
「だ、誰かイザ殿呼んできてッ! お嬢様の鎮静剤! 早く!!!」
〇税外小話
(イザの胸に顔を埋めながらフシュ―フシュ―言って怒りを抑え込んでいるギーベリナを眺めながら)
「……少々失礼使用人殿、ギーベリナ様は、あちらの方で? その女性を、的な。」
「主人に関することを許可なくお教えすることはできませんね。」
「まぁそうでしょうな……。しかしまた皆様に慕われているようで。」
「えぇ、お嬢様ですから。先代様は強きお方でしたが、お嬢様は慈悲のお方です。」
「と、いいますと?」
「よく我々のことを庇ってくださったのですよ。先代様があぁいったお方でしたから、我らも入れ替わりが早く。イザも一度先代様がお持ちの品を壊してしまったことがあるのです。」
「なんと。」
「しかしお嬢様がら『自分がした』と仰ってくださったのです。我らが何度お止めしても最後まで守って頂いたのです。そのせいでよくお怪我を……。」
「(いや庇いはしましたけど、これ以上使用人を物理的に減らされると色々と困るから止めてただけで……。まぁ勘違いしてくれてるならいいや。にしても、イザの胸。ちょっと大きくな)」
「お嬢様?」
「……何でもないわ。」