16:気合入れていきますわ!
「さて。私がここにいる時点で、ある程度理解はしているでしょうが、ただ“死んだ”だけでは味気ないでしょう。必要ならばご説明差し上げますが如何します、ルイーゼ・ローヴァルト殿。」
「……く、クレーマンとお呼び、ください。」
「あら失礼、夫人。」
クレーマンのお屋敷にお邪魔し、ちょっと反抗して来た者を見せしめとして御免なさいした後、私達は応接室のような場所に通されていました。無論私が上座に腰かけ、その後ろに首が入った箱を持つイザが詰める形です。
そして対面に座るのが、自身をクレーマンの一族だと主張するルイーゼ殿。箱に入った生首のお嫁さんですね。もう未亡人ですが。
……かなり強い動揺を表に出しながらも、貴種として最低限の役目を果たそうとしているこの感じ。マジで何も知らなかった奴の可能性が高いですわね。オスカーをそそのかして伯爵家の三女という『政略結婚に使う駒』でしかない自身を『大領主の妻』に押し上げようとした悪女かもしれないと勝手に思ってましたが、どうやら違うようで。
(演技ならば主演女優賞を差し上げたいところですが……、流石にないでしょう。となると彼女の父、ローヴァルト伯爵が今回の進攻の元凶で確定でしょうね。)
夫人を餌にオスカーを上手く焚きつけた、という所でしょうか? となると夫人もある意味被害者なのかもしれませんね。敵の配偶者ですので必要以上の慈悲はかけられませんが。
そんな彼女の死s年は、明らかにイザの持つ箱。その中身が自身の予想と違うことを強く願いながらも、それが適わないことを薄々感じとている様な顔を浮かべています。あ悪人だったらもうメタメタにしてからウチの上司ポジなオスヴァン様にその身柄をプレゼントしてたんですけど、やりにくい事この上ありません。
私の感情ごときで一族の名を汚すわけにはいきませんし、領民への不利益は消し切らねばなりません。やることはやりますが、ちょっと内心萎え始めちゃってます。もう帰っていい? ダメ? 残念……。
「では夫人? 軽くお話して差し上げましょう。我が家に攻め込んできた愚か者の末路を。」
淡々と、まるで人を殺したことを何でもないように話し始めます。
正直、人の神経を逆撫でする様な行為であることなのであまりしたくないのですが、こうでもしないと『その背後』にプレッシャーを与えることが出来ないのです。
彼女の身柄がどうなるかは解りませんが、最終的に今回の一件の黒幕。ローヴァルト家に帰還することが考えられます。そしてその後、彼女の父は夫人から情報を聞き出そうとするはずです。なにせ私がオスカーの連れた兵の大半を殺し『その戦況を伝える伝令』すらも殺してしまった以上、あちら側としては『何が起きたか』について全く解らないのですから。
(未だ父の死は隠しています。つまりここで『ギーベリナが600を殺しつくした』という情報が伝われば、あちらからすれば超人が2人になったと勘違いしてくれる、という寸法です。)
無論未だその原因が解っていない父の死にローヴァルト家が関与していた場合は不可能ですし、私の知らぬところで伯爵家の手のものが隠れている可能性もあります。ですが私がそれを認知できない以上、打てる手は打っておく必要があるのです。どっちみち、未だゴトレヒト家が健在であることが示せればいいのですから。
という訳なので私が罠や兵器を使って600を殺しつくしたのではなく、単身で消し飛ばしたという感じに整えてお伝えする感じですね。夫人の顔色がどんどん悪くなっているのでちょっと罪悪感が出てきますが、ちゃんと頭に叩き込んで貴女のパパにお伝えくださいね?
「とまぁ。そんな感じでしょうか。……あぁそうだ。貴女のご主人からの遺言。一応お預かりしてますけれど、お聞きになりますか?」
「……お、おねがい、します。」
「『愛している。私のことは忘れて幸せになって欲しい』だそうです。イザ? お渡ししてあげて。」
そういうと、深くこちらに礼をしてから、箱を夫人に手渡す彼女。
震え覚束ない手でそれを受け取り、蓋を開ける彼女。一応死化粧の方は軽くさせて貰いましたが……。まぁ自分の夫の首が届けば色々と来るものがありますよね。押しとどめていた物が溢れ出たような感じで泣き出されてしまいましたが、触れはしませんがまだ幸せな方だということはご理解為さっているのですかね?
この世界の貴族は貴種と呼ばれることもありますが、基本蛮族みたいな方が多いのです。とりあえず自分の取った首を並べて鑑賞した後にボウリング始めたりするような頭のおかしなかたもいるそうなので、清めてわざわざお届けしたのは少々珍しい部類だと判断しています。……父だったらオスカーの首を槍の先に突き刺しながらクレーマン領を練り歩いてた可能性ありますし。
「さて……、本題に入りましょう。といっても、貴殿に拒否権などございませんので、単なる通達ですが。そのままでいいのでお聞きくださる?」
「…………はい。」
「結構。既にこの一帯を守護くださるリーベラウ家の許可は頂いておりますので、クレーマン家はお取りつぶしとし、その領地は我が家が統治することになります。通常ならば一族郎党根切となりますが、貴殿はローヴァルト伯爵家の人間。その処遇はオスヴァン様、リーベラウ伯爵家がお決めになるでしょうね。」
質問は……、なさそうですね。よろしい。
「ではクレーマン男爵夫人。当主の妻として最後のお勤めを果たされるようお願いいたしますわ。あぁ、努々自害など考えなさらぬよう。もしそうなれば貴女の御実家がどうなるか。保障できませんから。さ、イザ。屋敷の外で待たせてもらいましょう?」
「畏まりました。」
「とりあえず貴殿の身柄は我が家で預かります。皆様への通達を終え、しかるべき準備を終わらせた後に出て来なさい。あぁ、荷物は最低限でお願いしますわね?」
◇◆◇◆◇
「……ふぅ。一仕事終わった、でいいのかしら?」
「お疲れ様ですお嬢様。」
「貴女もね、イザ。……ところで私、顔大丈夫だった?」
ちょっと内容が内容だったからすごく悪人っぽく見えてなかった? と聞けば帰って来るのは『いつも通りお綺麗でした』という元気な声。それなら良かったのだけど……。いやイザのことですからなんか変なフィルターが掛かって無駄に美化されてる可能性がありますわね。ほんとに私大丈夫でした?
「はぁ、まぁ悪人に思われようがそれで家と民を守れるなら気にしないわ。イザ?」
「どうぞ。」
ちょっとした殺気を感じ、イザから剣を受け取って一振り、こちらに飛んできた矢を撃ち落とした瞬間。何故かイザが剣と共に差し出してくれていた小さな鉄球たちをひと掴みし、全力で投球します。おそらく、屋敷の衛兵として雇われていた何かでしょうが……。あらら。全身が穴だらけになってしまいましたわね。可哀想に、『ただの雇われだった』と言えば見逃して差し上げたのに。
少し肩を回しながら、オスカーの屋敷の中で見つけたちょっと良さそうな椅子に腰かけながら、空を見上げます。そ、現在私達はお外で夫人を待ってる感じです。
「あ、お茶ご用意しますね!」
「お願い。」
馬の彼に結ばれた荷物をほどきながら用意してくれるイザ、そしておそらくこの村にある一族郎党の家に向かって走り出したあちらの使用人たちの様子を眺めながら。おそらくイザが鍛冶師の親方に頼み作ってもらったのであろうパチンコ玉のようなものを手の中で転がします。
一族郎党根切の指示を出しましたが、こちらとしてもわざわざ全員呼び出して殺して差し上げるほど暇ではありません。あちらとしても『敵に殺されるぐらいなら』と自刃する方もいるでしょうし、さっきみたいにやけになって殺しに来る人もいるでしょう。それを受け入れ殺して差し上げるためにわざわざ外に出た感じですね。
ま、疲労こそ残ってますが十数人程度なら何も問題ありまんもの。どーんと殺しにいらっしゃいな。
(自害してくださった方が楽、ではありますけどね。……というかこの椅子オスカーの屋敷から勝手に引っ張ってきましたけど、結構いい奴ですね。どこで買ったのから?)
そんなことを考えながら、ちょっと遠くの屋敷からなんか武器持って飛び出して来たオスカーのお父様らしき存在をパチンコ玉で撃ち抜いたり、ようやく“領主交替”の話が民にも伝わり始めたのかこちらに挨拶しに来た領民や商人たちの謁見を受けたり、オスカーの使用人だった者からもみ手と共にこちらの統治や税に関する書類を受け取ったり。
イザの紅茶を楽しみながらそのすべてを軽い笑みともに受け流し、思考を纏めていきます。
考えるのは、これからの“敵”のこと。
まだ確実とは言えませんが、おそらく今後の潜在敵国。正確には言うなれば敵貴族は、ローヴァルト伯爵家になって行くことでしょう。オスカー率いるクレーマン家が旗頭には成っていましたが、兵の内訳を考えればあちらが我が家に攻め込んできたのと同じです。その落とし前は取らさねばなりません。
(可能であれば戦などせずに現状維持に努めたいところですが……、あちらが攻撃したということは、攻めることで何かしらの利益が生まれると判断されたのでしょう。それが何か解らない限りは、ずっと我が家は攻め込まれる恐怖と戦うことになります。だったらもう、ね?)
こっちから殴りに行けばよい話です。……しかしそれをするにも、問題はたくさん。
まず我が家の整備と、新しく手に入れたクレーマン家領土の整備。そして私の力に直結する税金周りの整備に、可能ならば今とは違うもっとわかり易くて脱税しにくい税法に変えてしまう必要があります。
そしてそれが終われば、この一帯『タールリング』の調整。元々男爵7家だったのが、ちょっと大きい男爵1家とそれ以外5家になったのです。ラーフェルが色々工作してくれたおかげで即座に攻め込まれるようなことはないでしょうが、戦時に背中を刺されぬよう適切な関係を保つ、もしくは再構築していく必要があります。未だ伏せてはいますが、父の死をいつ公開するかについても考えねばなりませんしね。
最後に、私達を守護してくださっているリーベラウ伯爵家との付き合い方。もしローヴァルト伯爵家と敵対するのならば、我が家のような男爵一家ではどう足掻いても勝てる可能性はありません。税法を見直し『血税』の力をもって父以上の出力を発揮できればまだ可能性はありますが、それでも動かせる兵は私一人。必ずそれ以外の兵力が必要になります。
そこで伯爵家が味方になってくれれば勝率もぐんと上がってくれるというもの。お優しい顔をしながらこちらを見定めようとして来るご当主のオスヴァン様のことです。借りを作り過ぎぬよう上手く付き合っていく必要があります。
あ、後。商人のラーフェルに言っていた“王家への伝手”とかも配慮してやらねばなりませんね。私のあの和弓、五人張りの弓は友人お抱えの職人しか作れません。先の戦闘で壊してしまいましたし、その発注も兼ねて向かわせなければ。
(ま、内政&外政まつりってわけですね。)
現状は内政の方が優先度高いので、そちらメインに成るでしょうが……。
「あ、お嬢様。出てきましたよ?」
「うん? あぁ、ありがとう。」
イザの言葉に屋敷の方に眼を向けてみれば、小さ目の皮のバックに喪服に身を包んだ彼女が出てきているのが見える。……足運びとか呼吸にへんなところは見えないし、どさくさに紛れて私を道連れにしようとかはしてない感じかな? 一応持ち物の確認はすべきだろうけど。
「じゃ、もう一つの村の方に顔を出してから帰るとしますかね。」
とにかく、これからしなければならないことが沢山あるのです。
ゴトレヒトの娘として、全力で気張っていきませんと!
〇税外小話
「イザ、さっきなんでもない様にそのパチンコ玉取り出してたけど、どうしたのそれ。質からして親方に作ってもらったのは解るのだけど。」
「はい! やはり私も遠距離武器が必要かな、と思いまして昨日お嬢様が早めにお休みになった後、沢山作ってもらったんです! いっぱいありますよ!」
「そ、そうなのね。……それで打ち出すものは? 私ならまだいけるけれど、流石にイザの筋力じゃ素手での投擲は難しいでしょう?」
「…………あッ!」
「わ、忘れてたのね。とりあえず帰ったら親方にでも作ってもらうとして、今度からそういうのは相談して頂戴な。民を守るのが私の仕事で、イザ達民はそれを支えるのが仕事です。あまり危ないことはしてほしくないの。」
「解りました! でもいざとなれば破りますね!」
「……えぇ、頼りにしてるわ。」
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました。
一応今回で第1章が終了、お話の区切りとなります。
次回以降ですが、ストックが切れましたので更新があったとしても不定期になると思われます。
再度に成りますが、ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。
もしよろしければ他の拙作、現在発売中の『ダチョウ獣人』や6月に発売される『TS剣闘士』をどうかよろしくお願いいたします。