14:殺しますわ
一瞬で思考が研ぎ澄まされ、周囲の時間がゆっくりと遅くなっていきます。
(せっかく兵たちが場を整えたというのに声をあげて攻撃するなど、と笑ってやりたいですがそうもいきませんわね。クソがッ。)
視界の先に見えるのは、まばゆく光る光弾。速度は普通の矢程度ですが、確実に魔法に分類される攻撃でしょう。しかも一番厄介なタイプです。
所謂物質系と呼ばれる炎や水を出し弾丸として飛ばす様な魔法であれば、矢同様剣で振り払うことが可能でした。だって物質としてそこにあるんですもの。それぐらい切り払えなければ父に殺されてしまいますから、それぐらい出来ます。しかし光、実体のないものであれば、いささか不味い。
(……立地も体勢も、あまりよくありませんし。)
私が勘違いするように動いていたのでしょう。敵将であるオスカーを守るための兵士たちが、皆“ソレ”前提に動いていたことにようやく気が付きます。
馬による反転が出来ぬよう両脇を盾持ちの兵が囲んでいますし、槍を持った兵士たちは騎馬に乗る私ではなく、『回避するために落馬した私』を狙うようその切っ先を下へと下げています。つまり無理矢理避けようにも、詰みが見えてしまう。多少は足掻けるでしょうが、今の拾う状態で残り30を『更にダメージを受けた状態』で乗り切れるか。
あまり賭けたくない確率ですわね。
(それに。)
オスカーが魔力を得たなどと言う話は一切聞いたことがありませんでしたので、魔道具による攻撃であることは解ります。そしてこの大一番で使用して来たと言うことは、単なる目くらましの光弾ではないハズ。何かしらの厄介な効果が付与されたものであることが解ります。
ある程度の威力でしたら気合で堪えられるかもしれませんが、それはダメージを受けることにほかならず、詰みが見えてきてしまう。それにホーミング性能が付与されていれば魔法のダメージだけでなく、追加であちらの兵からの攻撃も受けることに。流石にそこまでやられれば普通に死にますので、どちらかを選ばなければなりません。
(さすがに、ちょっと覚悟を……。)
そう思った瞬間。この加速した思考の中で、ゆっくりとですが自身の騎馬。馬の彼の視線がこちらに向いていることが解ります。
そして跨るそこから感じる、振動の変化。
……えぇ、解りました。必ず貴方に見合う命を捧げましょう。
ほんと、私より覚悟決まってて羨ましい限りですわ。見習いませんと、ね?
思考が急激に鈍化していき、世界の速度が通常へと戻って行く。
そして私の眼前へと光弾が接近した瞬間。
「ぶるっ!!!」
その前足をもって全力で地面を叩く彼。
浮かび上がる全身に、後ろへと倒れゆく私の体。そして射線上に割り込む、彼の頭。強く響いていた彼の嘶きが、光球が命中した瞬間に止まった直後。弾かれたように、動き始めます。
大変申し訳ないのですが……、自分以外の犠牲を許容できるほど大人ではないのですよ、私は。
若干疲労で体が動かしにくいのは確かですが、生きて帰れると思わないことですね。
「ダラァッ!!!」
「がッ!?」
全力で歩兵を盾ごと蹴り飛ばしながら、槍の穂先を剣で切り落とし、敵陣の中へ。近くにいた動揺で一瞬動きの遅れた兵の首根っこを掴み、反対側の敵群へと放り込みながら、突撃を敢行します。
剣一本、それも使い慣れてない敵歩兵が持っていたものですが、棒状であるのであれば十分使用可能。人は棒で頭を叩けば死ぬのです。そこに刃物があれば両断も可能。人など簡単に壊れると言うことを、その身で理解できるよう手厚く教えて差し上げましょう。
「し、死ねぇッ!」
「愚か。」
敢えて声を出し注目を引きながら、斬りかかって来る兵士。その背後から無音で他の兵が槍を突き出してきますが、軽く回避しその切っ先を剣の兵士の腹に突き刺してあげます。ついでに持っていた剣を後ろに放り投げて首を切断。眼前の兵が持っていた剣を奪いながら、足場にして空へと飛び上がります。
空に上がったことを好機とみて槍を上に突き出してくるものがいますが、その槍の根元を持ちながら、彼も大空へ。着地と共に遠くへと放り投げながら、槍を奪い取ります。……首が折れる音が聞こえましたね。
「あぁそういえば。」
そう小さくつぶやきながら、槍を投擲。狙うはもちろんオスカーのいた場所。
「ッぐ!」
「流石に防ぎますか。よい騎士をお持ちの様で。」
他の歩兵が持っていた盾、重装兵の遺品を掲げていたのでしょう。かなり声が漏れていますが、お付きの騎士らしき存在が、それを防いでいます。戯れに寄って来た兵たちの首を舞いながら落してみますが……、面白くないですわね。その頼りになる騎士を目の前で殺せば、オスカーはどんな顔をするのかしら?
……まぁ、その前に他の兵を処理しなきゃだけど。
おそらくこのまま通常の歩兵だけでは殲滅されてしまうと踏んだのでしょう、重装兵の盾をオスカーに持たせながら、剣を抜いてこちらに走り寄って来る騎士の彼を片目で眺めながら、歩兵を減らしていきます。私も私で、疲労のせいか動きが鈍り、かすり傷が増えてきてしまいましたが……。
「ま、気にすることではありませんか。生傷などよくあることですし。」
「ㇱッ!」
「あら、ようやく?」
父に数えきれないほど付けられてますから、何て考えながら剣を掲げると、ちょうどそこに叩き込まれる重い一撃。若干体が沈みこみ、軽く驚きますが……、顔を見てようやく相手がかの騎士様であることを理解します。どうやら結構な使い手であるようで。
少し、気を引き締め直した方がよいやもしれませんね。
動きが止まったことで切りかかって来た敵歩兵の剣を回避しながら、お返しとばかりに軽く騎士に向かって剣を振るいます。通常の兵士であれば確実に首を落していたでしょうが、剣で防御ししかも受け流しの体制まで整えています。『出来るだろう』と考えず本気で打ち込んでいれば、流され姿勢を崩していたかもしれません。
「……周りがうっとおしいですわね。」
「よくいうッ!」
刺し込まれてきた槍をよけ肘と膝で叩きながら、その隙をついて切り込んでくる騎士の連撃を回避していく。
結構出来るようですし、剣の技術の腕なら負けているかもしれません。打ち合いになって剣をからめとられてもまぁ戦ってはみせますが、勝率が下がるのも確か。剣を合わせず最低限の動きで回避しながら、同時に割り込んでくる兵に警戒を図っていきます。
「そういえば、名を聞いていませんでしたね? 雑兵如きの名を覚える趣味はありませんが、一応聞いておきましょう。あぁ、私はギーベリナですわ。ご機嫌よろしゅう?」
「貴様に名乗る名な、ッ!?」
敢えて挑発するような言葉を口にし、相手の言葉を誘う。
まぁ切り合いの最中に馬鹿正直に答えてくれるわけがないというのは解っていましたが……、言葉を思考し、口に出すという動き。呼吸と思考に乱れが生じ、そこに少々のブレが出来ることは明らか。
敢えて見せつけるように、背負っていた和弓を取り出し向けてみます。
「ッ!」
ほぼ反射で振るわれる彼の剣。
けれどその目が、一瞬だけ驚きに染まります。そう、私は矢なんかつがえていませんし、持ってすらいません。そして彼に向けているこの弓の向きは、反対。弦が張られた側を、向けているのです。
じゃあちょっと質問してみましょうか。5人張りという大人が5人係りでなければ引かないほどに強く張り詰められた弦を、無理矢理切断すればどうなると思います? そうですね、張り詰められていた力が解放され、今の私ですら視認できないほどの弦が、放たれるのです。
反射で振り下ろされた剣は、もう止まりません。
破裂音が聞こえた瞬間、吹き飛ぶ私の和弓。
そして彼の顔に、赤い一直線が斜めに入り、全身からの力が抜けていきます。そのまま倒れ伏すまで放っておいても良いですが、弓の弦に殺された騎士というのはいささか哀れでしょう。即座に首を切り落とし、胴体を蹴り飛ばし、首を近くの兵の顔に叩き込み動揺させ、同じように首だけの存在にしてあげます。
「さ、後は数人……。ですね。今ここで首を差し出すのならば痛み無く殺して差し上げますが……。歯向かってきますか。ご苦労なことで。」
剣を投げ捨てその心臓に直撃させながら、残った兵の攻撃を避け、その顎に拳を振り抜き、剣や槍を奪ってその命を散らしていきます。気が付けば淑女には似合わない血化粧となってしまいましたが……。ま、殲滅できましたし、気にしないでおきましょうか。
◇◆◇◆◇
まだ使えそうな剣を適当に拾いながら、ゆっくりと彼に向かって歩く。その後ろにちょっとした人影が見えますが、まぁ今は気にしなくてもいいでしょう。ちょっと顔見るの怖いですし。
抜けかけた気を整え直しながら、再度彼の方に視線を向けます。
未だ戦意を失っていないようで、魔道具を左手に持ちながら、右手には剣を握ってこちらに向けています。既に彼を守る兵は誰も残っておらす、眼前にはそれを殺しつくした私。若干恐怖が拭い去れていないのか、その切っ先が揺れていますが……。まぁ慈悲として見逃して差し上げましょう。
「……さて、オスカー。既に其方にはもう手がない様に思えますが? 降伏なら受け入れて差し上げても良いですが。」
「その申し出、感謝しようギーベリナ嬢! しかしながらこれでもクレーマン家の当主ッ! 死んでいった兵のためにも、最後まで戦ってみせるともッ!」
「威勢だけは良いようで。」
そう言いながらも、魔道具らしき球体を手放していないと言うことは、まだ使える装備と言うことなのでしょう。初手で私に打ち込んでこなかったことから何かしらのチャージ時間が必要なようですが、回数制限は無し、という感じ。溜まり次第即座に私に討ち出せるよう準備している、という所ですかね?
まぁ撃たれたとしてもそれと同時に剣を投げて殺しますので、良くて相打ちでしょうが。
「ですがまぁ。貴族同士の戦い。いわば決闘。互いに遺言くらいは伝えあうのが道理でしょう? 私の場合こんなところで死ねば父にもう一度殺されますし言葉すら残せませんから良いとして……。お聞きしておきますわよ? “ご家族”も、いることでしょうし。」
「……妻に愛している、と。私のことは忘れて幸せになって欲しいと伝えてほしい。」
「えぇ、よろしいでしょう。必ず。」
じっとこちらを見つめ一挙一投足を見逃さないようにしながらも、少し考え込みそういう彼。
結婚していたことは知っていましたが、どうやら愛妻家なようで何より。……もしかすると伯爵家の支援を受けていたのはその辺りが関係していたりするのですかね? それだと後処理が面倒なことになりそうですが……。まぁ今は考えないようにしておきましょう。
……さて、貴族としての最低限の“礼儀”が既に済ませました。
彼が何を想い、その背後に何があるのかは知りませんが、我が家に侵攻したこと。それすなわち許しがたい大罪に他なりません。領地拡大が貴族の本懐であることは理解こそすれど、我らは父の代から余所に迷惑をかける様な事はしていなかったはず。
その均衡を破り、攻めて来たのは彼。その死に様すら好きに選べるとは、少々思い上がりが過ぎると思いません?
「ねぇ、イザ。」
私がそういった瞬間、オスカーの喉と心臓から、金属の切っ先が飛び出ます。
しかも血以外の光沢も見えることから、確実に致死の毒を塗られた短剣なのでしょう。何かあった時のため、そして自害用とは言っていたけれど、両方突き刺しちゃうとは凄い殺意ですわね……。
「あッ、がッ」
「ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない」
「イザ、それくらいで。血まみれだけどかすり傷しかないわよ? それと魔道具を叩き落しておいて。」
「……畏まりました。」
そういうと、見開かれた目を一瞬こちらに向ける彼女、何か考えたようでしたが、すぐに弾くように彼の手に乗せられていた球体を地面へと叩き落し、ゆっくりとこちらに礼を送ってくれる。直後背後では動きを止めていた愛馬の彼が嘶きを上げており、どうやら元に戻ったことが推察出来た。
オスカーからは憎悪などが入り混じった視線が送られてくるが……。気にするようなものでもないだろう。
「首は後日清めてクレーマン家にお届けしますわ。その領土は我が家が接収することになるだろうけど……。ま、悪いようにはしませわ。」
何か言いたそうにしているが、既に喉も貫かれている。話せたとしても、もうこの者の言葉を聞くつもりはない。ゆっくりと剣を振るい、
「では地獄でまた会う日まで。」
その首を落す。
……残敵0。ふぅ、ようやくですね。
「あ~、疲れましたわマジで。こんなのもう二度とやりたくない……。イザ、帰ったらお風呂の準備してもらえる? ちょっと血生臭くてこのままじゃ寝られないわ。」
「……。」
「イザ? ……あ~、うん。血まみれで心配かけちゃってほんとごめんなさいね? さすがにそこまで全部避けながら戦うのは無理だったから……。ま、まぁ安心しなさいな! ここを乗り越えれたら後は作業ですもの! 危ないことはもうありませんわ! 多分!」
「……失礼いたしました。少々、気が動転していたようで。……はい! ここからはいつも通りさせて頂きますね! あとお風呂ですけど、何かお花でも浮かべましょうか! 良い香りになるかと!」
「あらいいわね。じゃあそのようにお願い。……あ、あと。ついでに人足を集めるのと、教会のシスターにも声をかけておいてくれる? ちょっともう後始末は他の人に任せるわ。」
しんどいし、死体の処理まで頑張る気分にはなりませんわ。
っと、馬の貴方。無事だった? 無事だった。それはようございました。あの時は私を被ってくれて本当にありがとうね? ちゃーんと後で褒美を取らせるから、今は屋敷に帰るまで背に乗せてくれる? くれるの。ありがとうね。
「さ、無事終わりましたし、帰るとしましょう!」