13:突撃ですわー!
馬の彼に突撃の指示を出し、私の頬に風が叩きつけられた瞬間。敵の総大将、オスカーを守るよう兵たちが動き出します。まぁ相手のトップですのでそうおかしなことではありませんが、少々“意思”が強すぎる気がします。あちらからすれば私も父同様『超人』。流石に父に劣ることはバレていてもおかしくありませんが、死への恐怖を理解させる程度は暴れたはずです。
そう戦意を保てるものでは……。
「とッ! 危ないですわ、ねッ!」
相手弓兵が放ってきた矢を腰に差していた剣を抜き弾きながら、お返しとして洋弓でその心臓に叩き込んでいきます。2,3持って行った瞬間。即座に相手の盾持ちが守るよう動き始めますが、想定通り。何本か盾に阻まれましたが、逆に盾持ちの喉元に叩き込んで殺しておきます。
できれば厄介な遠距離持ちは先に消しておきたいところですが……。
其方に殺しに行くまでの歩兵が邪魔してきますわね。こっちから消しましょ。
「来るぞッ!」
「そう上手くいかないものですねぇッ!!!」
おそらくカタパルトか何かで死んだ重装兵の盾なのでしょう。
単なる歩兵が大きな鋼鉄のソレを構えているのを足場とし、跳躍の指示。一瞬相手方も驚いたようですが、即座に対応に動き出し、空に浮かぶ私に向かって槍を突き刺そうとしてきます。しかし視界に映り速度も常人であるならば、対処は可能。
即座にその根元を掴み、兵士ごと振り上げ、反対側の兵士の脳辺へと叩き落します。
そしてすぐにそこから手を離しながら、両足で馬の彼の身体を全力で挟み、思いっきり体を背けることで弓兵の追撃も避けます。やーっぱ数が多いと厄介極まりないですね。
「踏みつぶしてそのままッ!」
「ぶる!」
着地と共に速度を緩めぬよう指示ししながら姿勢を正し、飛んできた矢の方向に弓を投射。
狙いの弓兵から離れ、隣にいた歩兵に当たってしまいましたが……。敵は減らしているのでまだ良し。着地の瞬間に敵を吹き飛ばし、愛馬がその蹄で心の臓ごと胸の骨を砕く衝撃を全身で感じながら。追加で飛んできた矢を剣で弾き、前に向かっての逃走を開始します。
私達を止めようと再度歩兵たちが槍の穂先を向けてきますが……。応対するように、こちらも馬に括りつけてあった馬上槍を取り出します。
そして狙うのは、その槍そのもの。
「はぁぁッ!!!」
突き出される槍を掬い上げるように刺し込みながら、その柄を叩き潰し、無力化。ついでに歩兵の命も頂こうと更に突き出してみましたが、槍を折られた時点で手を放しており、片腕に装着していた盾によって逸らされてしまいました。……技量持ち、伯爵家の兵かしら。
消しておかないと。
「ㇱ!」
即座に馬上槍から手を離し、そのまま前進。通り抜けた瞬間矢をつがえ振り向きながら、頭蓋に向けて矢を放ちます。一度防げたことでやはり気が緩んでいたようで、距離の問題もあり確実にヒット。貫かれ全身から力が抜けていく兵の姿を確認せずに、再度矢をつがえ他の兵に向かって放ち続けます。
(残弾、敵弓兵、優先排除……。いや、もうここで使い切りましょうかっ!)
腕への疲労による命中率の低下と、敵弓兵の数と距離。
未だ弓を持つ私に狙われないよう距離を保ちながら動き回っているらしい弓兵を狙うよりも、近場の歩兵を殺した方がいいと判断し、即座に全ての矢をつがえ至近距離で放って行きます。十数m程度なら今の私でも確実に当たる故、即座に頭に突き刺さっていく鏃たち。
とりあえず、これで近場の私を馬から引きずり落そうとして来る敵は消せましたが……、まだ数は多い。
(なら方針変更! さっきから何かしてるてっぺん! オスカー殺して士気を完全に潰すッ!)
まだ息があったらしい他の歩兵の顔を踏みつぶす馬の彼に、全速力で前進の指示。突撃です。
狙うのは、兵が固まって守ろうとしているオスカー。戦闘開始から気になっていましたが、何故か少しだけ護衛の包囲から顔を出し、ずっとこちらのことを見続けている奴の首。そんなじろじろ見られれば気になってしまいますし、殺したくなってしまいます。
さっき死んだ敵兵が持っていたのであろう地面に突き刺さった矢を引き抜きそちらに投げ込みながら、突っ込む。一人減ったことにより生まれた隙、そこに刺し込むように、剣を叩き込みます。
その切っ先が目指すのは無論、未だ無防備な総大将。
「貰ったァッ!!!」
「ッ! させるかッ!」
瞬間、その間に刺し込まれる剣。
声的に、戦闘開始時オスカーに変わって兵に指示を出した奴。……騎士、それも次席指揮官ってところでしょうか? まぁ良いです、厄介なのでコイツから切り殺……、ッ!
(チッ!)
軌道を変えそのまま切り殺そうとした瞬間、相手の騎士の動きが変わる。
まるであらかじめ私がそこに切り込むかと解っていたかのように、敵の剣の向きが変わる。力を受け流し、確実に自身の剣を滑らせる技術。確実に首を取るため打ち込んだ力が災いし、その切っ先が地面へと向かって落ちて行ってしまう。
そしてこちらに向かって来る、他の敵の刃。周囲にいるのはこの騎士だけじゃない。オスカーを守るため他の兵もいる。無理矢理落ちゆく剣の軌道を変え、受け止めてもいいが……。
割に合わない。
「離脱ッ!」
「ぶるっ!」
既に疲労が溜まってる腕に無理をさせれば残る敵を殺し切れなくなる。そう判断した瞬間、剣から手を離し離脱の指示を出します。すぐに彼が地面を強く叩きつけ、あちらに土を飛ばしながら逃げてくれましたが……、武器無くなっちゃいましたわ。槍も剣もポイしちゃいましたし、弓は両方とも残ってますけど、矢がないです。
ん~、じゃぁ現地調達しましょうか。
「ちょっと行ったら戻ってきなさいよッ!」
馬にそう指示を出しながら、飛んできた矢を体を捻ることで回避。即座に強く股で挟んでいた馬の背の上で飛び上がり、そこを足場に空高く飛び上がります。狙うは、近くにいた剣を持つ歩兵の一人。
おそらく飛び降りるのではなく、飛び上がる意味が理解できなかったのでしょう。
完全に理解も動きも追いついていない彼の脳天に向かって、踵を叩き落します。そして即座に持っていた剣を奪い取り、その首を両断。着地と共に近くにいた他の兵の顎目掛けて蹴り上げ骨と頸動脈を切り飛ばしながら、相手の数を減らしていきます。
あ、そうですわ。さっき採取したこの生首要ります? はいパス!
「ッ!? 何をッ!」
「あら。戦場で呆けて大丈夫かしら?」
そう言いながら、生首を叩き込まれ反応が遅れた兵の首も斬り飛ばし、三人目を討伐。一人は槍もちでちょっと使いにくそうだったので拾いながら近くの兵士の心臓に叩き込みながら、二本目の剣を回収します。後は飛んできた矢をまた剣で弾きながら、方向転換し走り寄って来る馬の彼に飛び乗るって感じですわね。
武器の補充完了ですわ! ですが……
「ち! また矢が! もう厄介ですから潰しますわよ! 矢は弾いてあげるから直進しなさい!」
「ぶるるる!!!」
嘶きながら、全力で走り出す彼。
私同様何度も飛んでくる弓兵が厄介だったのでしょう。より気合を出して速度を上げてくれます。それを止めるため、敵も動き出しますが……、既に騎馬で走り回ったおかげか、相手の陣形はグチャグチャ。既に弓兵を守るために必要な数は保てていません。
形を取り戻そうと声を出し指揮を取ろうとした兵にさっき拾った剣を投げつけ両断してみれば、より連携が悪くなっていきます。
弓兵の防御に回る歩兵も、数が少なくなっていますし……、ヒット&アウェイで少しずつ弓兵を消そうかと思いましたが、もうこのタイミングで全部消した方がよさそう、ねッ!
「ぶるるるるる!!!!!」
声をあげながら護衛の歩兵に突っ込んだ彼に合わせながら、落ちるように地面へと降り、転がりながら敵との距離を詰めます。そして我が愛馬に向けて矢を射ようとしている弓兵のどてっぱらに向かって、下からの蹴り上げ。くの字になって吹き飛ぼうとする敵の足を掴みながら、近くにいた護衛歩兵に投げつけます。無論、その直前に矢筒の中身を引き抜き、二人纏めて心臓を貫きながら。
後は流れるように他の弓兵に向かって矢を放ちながら、その数を殲滅していきます。
案の定というべきか、弓に特化しているためか近接戦がそれほど強くなく、スキルによって強化された私が射線を取らせず懐に飛び込むように動けば、軽く死んで行ってくれました。しかも殺すたびに矢の補充が出来るので、とってもやりやすい。サイズや規格的に和弓には使えませんが、十分……。ってあら。もうなくなってしまいましたわね。
近寄ってきていた歩兵の腹に矢を打ち込み崩れ落ちさせながら次の矢に手を伸ばしたところ、既に空っぽ。既に弓兵は殺しつくしてしまいましたし、ボーナスタイムは終わりかと残念に思いながら、空になった矢筒をよって来ていた歩兵の顔に投擲。視界が奪われ一瞬動きが鈍ったその首に剣を刺し込み、まだ足元で息が残っていた弓兵の首を足で踏みつぶします。
確殺って大事ですのよ? 生き残っていて戦闘中に足を掴まれでもしたら大問題ですもの。
「……さて、残るはオスカーの周辺のみですか。」
何かを狙っているのか、オスカーを囲み固まっている30近くの兵。弓兵掃討時に戯れに矢を放ってみましたが、全て綺麗に対処されてしまっています。しかも弓兵の防備を途中から諦め、そちらに集まる兵士がいる始末。
明らかに何か企んでます。
(あるとしたら、魔法ぐらいでしょうが……。クレーマン家に魔力を持つ血が入ったなどと言う話は聞きませんし、そも魔法が使えるのであれば最初にぶつかった時私に放っていたことでしょう。)
まだあちらは父が死したことを知らない感じでしたので、連戦を意識しているはずです。ならば少しでも兵数を保つよう動くはずですが、既に私によって50程度殺されています。相手の立場で考えれば正に絶対絶命。つまりそれをひっくり返せる何かがあるということになるのですが……。
ふぅ、まぁいいです。
思考を取りやめ、疲労と発汗のせいか全身から湯気を出し始めた馬の彼に飛び乗りながら、剣を構えます。どうせこういうのは、想定しても解らないもの。ならばもう馬鹿正直にぶつかって相手を殺すのが最善手です。前世から同じように、人は首を落せば死ぬのです。
企みを成就させる前に、最速で近寄って最速で首を落す!
「さぁもう一度行きましょうッ! 突っ込みなさいッ!」
「ぶるッ!」
◇◆◇◆◇
「オスカー様ッ!」
「もう少しだ、もう少し……。よし、溜まったッ!」
時間は少し巻き戻り、未だ兵を蹴散らし続けるギーベリナに聞こえぬよう、言葉を交わすベックとオスカー。
この侵攻軍の総大将であるオスカーの手には、一つの水晶のようなものが握られていた。これこそクレーマン男爵軍が持つ最後のカードであり、ジョーカー。伯爵家から貸し出された『静止の宝玉』である。使用者が一定時間力を籠めチャージする必要があれど、起動すれば光弾が発射され命中すれば確実に勝負が決まる。
『相手の行動を永続的に停止させ、スキルなどの効果も解除させる』のだ。
(あの超人の家系の理屈が何か解らないが、これさえ通れば少なくともかの令嬢の身柄は確保できる。いくらベンツェルと言えど、一人しかいない子供。それが娘となれば即座に戦闘ということにはならないはずだ。)
そう考えるオスカー。
大量の兵を失ってしまった以上、既に彼は単身でゴトレヒト家を落すことは出来ないと判断していた。しかし何の成果もなく帰るなど不可能であり、そんなことをしてしまえば自身の爵位どころか、彼が全てにおいて優先する妻の命まで危険にさらされてしまう。
かなり分の悪い賭けにはなるが、方針を『静止させた後に処刑』から、『静止させた身柄を確保』に変更。ギーベリナの身柄を使っての交渉を狙っていたのである。
実際、既にギーベリナの父であるベンツェルは死去しているため、ギーベリナを確保できた時点で彼の勝利は確定するのだが……。そうとは知らぬオスカーは、脳裏を占める不安を意志の力で押し込みながらも、そのタイミングを狙っていた。
(宝玉の性質からチャージ状態を長時間維持することは不可能、そして光弾の速さも弓と同程度。ならばギリギリまで彼女を近づけた瞬間に、放つ。それしかないっ!)
「来ますッ! オスカー様ッ!」
「あぁ、頼む皆ッ!」
弓兵達、ギーベリナにとって厄介な者たちを排除した彼女は、残る敵兵を排除するために動き出す。
オスカーに残された手勢は30程度、これまでのギーベリナの強さを考えれば、確実な死を意識しなければならない数だが、彼にはここまで自分の為に死んでいった兵士への責任があった。それまでは自身の妻のため、これから生まれるであろう自分たちの子供のため、家の為とこの侵攻軍を指揮していたが、今は違う。
間近で大量の人の死を見たことにより、覚悟を決めた彼。ここからどれだけ戦友が死のうとも、それが決して無駄な犠牲ではなかったと証明するために。
「その首ッ! 今度こそ貰いますわよッ!」
「総員ッ! ふせげぇ!!!」
騎馬と共に突撃して来るギーベリナを、受け止める兵士たち。純粋な力だけでなく、技量でも上回っているのだろう。接触した瞬間に何人か倒れ伏し、陣形に緩んでしまう。けれど……、それは彼にとって、想定済み。彼が眼前に掲げる宝玉と、ギーベリナ。
その二つが、一直線で結ばれる。
「ッ! 喰らぇぇぇえええええ!!!!!!」