1:クソ親父死にましたわ!
「ようやく! ようやくクソ親父が死にましたわ! ぽっくりですわ! 他界他界ですわ! 我が世の春ですわ~~~!!!!!」
しゃオラ! 死んだ! これでようやく解放されるッ! ……とと、失礼いたしました。つい前世の口調が出てしまいましたわね。皆様におかれましてはご放念いただければありがたく。
さて、自己紹介と行きましょう。私の名は『ギーベリナ・ゴトレヒト』。
いわゆる異世界TS転生者であり、片田舎に小さな領土を持つ男爵家の一人娘です。まぁ私以外に後継者いないので男爵になりますけどけど! いやぁ、めでたいですわね! 前世の価値観が『親族死んでるのに喜ぶとか頭おかしいんか?』言ってますけれども、今世のお父様がクソ過ぎてもう喜ばずにはいられませんわ!
「貴族としては及第点だったのでしょうけれど、人としても父としてもクソオブクソでしたからね……。うぅん、前世の両親のありがたさが身に沁みますわ。」
ちなみにお母様は父がクソ過ぎたので私が1歳の頃に蒸発しました! 仕方ないね!
っと、喜んでばかりではいられません。父が死んだのならば、色々しなければならぬことがあるのです。我が家は貴族としては下から数えた方が速い、男爵家。よわよわ権力なのです。手順を間違えお上の機嫌を損ねれば、最悪領地どころか爵位まで取られるのですから。正確に致しませんと。
……まぁそんな手続きの書類仕事など見ても面白くないでしょうから、少し私のことをお話させて頂きますね。
先ほども言いましたが、私はTS転生者。
いわゆる前世現代日本で男性として暮らしていた存在が、女性として異世界に転生したという存在になります。赤ん坊のころから前世の記憶を保持しておりましたので色々とございましたが、折角命をもう一度頂けたのです。今の両親ともうまく付き合い、貴族の家に生まれたのであればその責任を果たして見せようと思っていたのですが……。
(クソ親父がね、クソだったんですよね。はい。)
なんというか……、まず彼のコミュニケーションツールが暴力だったんですよね。
一応言語は扱えたみたいなんですが、ご自身の思うようにしないと拳が飛んでくるんです。確かにここは異世界で、現代に比べると格段に暴力の有用性が示されている世界ですが、2歳の私すら殴られましたからね……。死なないように手加減はされましたけど、倫理観とかいう高尚なものはお持ちではない父でした。
約束は一度も守ってもらったことはありませんし、民に重税を掛けて自身は趣味三昧。美術品蒐集という単に暴力だけの方ではないという所が無駄にムカつきましたが……。もうそんな父に悩まされることはないのです! 抑圧からの解放、こんな素敵な感覚初めて!
あ、ちなみにですが口調どころか思考すらも父親によって矯正済みですわ!
淑女教育という名のサンドバックと言いますか、無駄に高い技量で跡を残さずダメージだけ与えるとかいう暴力を振るわれ続けたせいで、昔みたいに男性らしい話し方とかできなくなりましたわ。今じゃこう喋って考えてないと強い違和感を覚えるほどです。
(懐かしんでいいものかは解りませんが……。『男爵家の女として相応しくない考えを浮かべていた』とかいう意味不明な理由でよく殴られましたわねぇ。グーで。未だに頬の痛みが思い出せますわ。)
そんなクソ親父です。『親父にもぶたれたことあるのに!』とか言いながら反逆出来たら良かったのですが……。
あの人ね、強すぎたんですよ。
この世界は人間と魔物が互いの生存権を奪い合い、また人間同士でも土地を奪い合う殺し合い大正義な世界です。剣と魔法の世界ではありますが、それ以上に『力』がモノを言います。弱ければ奪われるだけ、私達のような貴族は自然と爵位に見合うような力を求められ、その力で領地を守り民からは税を集めています。
無論『力』は単なる腕っぷしだけでなく、軍隊の強さだったり経済的な強さも含まれているのですが……。父は誰にでも理解できてしまう、『力』。物理的なパワーを持って爵位を維持していたのです。
人の何倍も大きな魔物を拳で殴り殺し、攻めて来た他の貴族を切り殺し、戦場ではたった一人でキルスコア百以上は当たり前。いくら一人娘とは言え、反攻できないですよあんな化け物。
(まぁ私達『ゴトレヒト家』がそういうの暴力の貴族と言いますか、先祖から継承してきた『スキル』によってそうなっているみたいなものですが……。ウチは少々特殊なので、一旦置いておきましょう。)
そんなクソつよな父。確かに暴力的というか暴力の人ではありましたが、おそらくあの人の本質は趣味人。手に入ったもの全てを自分の好きなことにつぎ込んで、それ以外にはあまり興味の無い人だったのだと伺えます。
その強さで領地の防衛や魔物との戦闘は何とかなってしまうので、他の領地ではある程度数を用意する常備兵や騎士はゼロ。圧政を敷き重税を課すことで収入を増やし、支出を減らすことで残った金は全て趣味の品へ。そして戦場働きの功績も全て何かしらの壺や絵画と交換。父しか入れなかった倉庫には途轍もない数の美術品で溢れかえっていることでしょう。
まぁそんな人からすれば民の為に減税しろだとか、趣味に使う金を抑えて村に投資して税収増やせとか、早く再婚して私以外の後継者産んでもらわないと困る、とか。そういうお小言いう私は目障りでしかなかったでしょうねぇ。
だから殴られたんですけど。
「でも! そんな日々はもう終わり! 何せ私が今日から男爵ですもの! おーほっほッ!!!」
「お、お嬢様?」
「あらイザ。いたの?」
そんな風に一人笑っていると、急に前から声。
其方の方に視線を向けてみれば、私付きのメイドであるイザの姿が。
オレンジの髪を肩ほどで纏め、紺色で質素なメイド服もどきに身を包んだ女性。我が家で雇う使用人の一人が、彼女です。年が近いことから幼いころから私の傍にいて、一緒に育ってきたともいえる子でもあるため、私は友人の様に感じているのですが……。真にそうなるのは少々難しいかもしれません。私も彼女も立場がありますからね。
というか、いつの間に彼女が? 確かに数時間前に仕事を頼みましたが、入室の許可出しましたっけ?
別に私はそういうのに細かい人間ではないですけれど、普通無許可で貴族の私室に入るとその場で処刑されますよ? 同じ貴族ならまだしも、農民の出でしょう貴女。というかあのクソ親父なら切り殺されてません? 大丈夫?
「ちゃ、ちゃんと入室前にお声がけしましたよ!? お嬢様もご許可して頂いたじゃないですか!?」
「あらそう? じゃあ無意識に返事しちゃってたのね。ふふ、ごめんなさい。」
処刑と言ったせいか慄き、私が笑みを浮かべたことで大きく安堵の息を吐く彼女。反応が面白くて、つい揶揄ってしまいますわね。
イザとは長い付き合いです。多少の冗談は冗談として受け取ってくれるでしょうが……。既に私の立場は『男爵令嬢』から『男爵』になってしまいました。そもそも、貴族と平民の差は大きいのです。そしてこの『男爵領』に置いて『男爵』は神に等しい。私が死ねといえば、それ以外の選択肢はありません。
……ちょっと今後の発言には気を付けたほうがよさそうですわね。イザにも、少し訂正しておきましょう。
「父を次いで男爵になりましたが、私は私です。これまで通り仲良くしてくれればうれしいわ。それで? 帰って来たと言うことはもう?」
「あ、はい! お触れと、教会への連絡を済ませてきました! 問題ないみたいです!!!」
「ごくろうさま。じゃあ早速行きましょうか。支度をお願いしても?」
「もちろんですお嬢様!」
そう言いながら手を付けていた手紙、国王陛下に向けて送る『爵位継承のご許可』を願うものと、この辺りのまとめ役である伯爵様に送る『ご挨拶』に関するものを一旦片づけてから、メイドのイザに身を預けます。
彼女に頼んでいた仕事は、2つ。
男爵家が保有する三つの村に対する“お触れ”と、“教会へのお伺い”です。
まず“お触れ”ですが、簡単に言えば『私が男爵になったことを祝い、今年は免税する』というもの。早い話、人気取りのための施策になりますね。ちなみにイザ、反応はどうでしたか?
「皆さんすっごく喜んでましたよ! お嬢様のこと『ありがたやありがたや!』って言ってました!」
それは重畳。良かったですわ。
これまで父の暴力によって統治されてきたこの男爵領ですが、次代の私も同じような恐怖政治を行うつもりはありません。父というか、一部の貴族は自身の民を『税を生み出す家畜』の様に思っている節がある様なのですが……、現代の価値観を持つ私からすれば、流石に無理な話。貴族として振る舞いはしますが、そこまで割り切れるほど倫理を捨ててはいないのです。
(身分の差はあるけど、同じ人であることは変わりありません。それに、どうせ統治するのなら民から名君として称えられたいでしょう?)
というわけで今年は一切税を取るつもりはありません。というか来年からの税率も大幅に下げる予定です。
正確にはもう少し複雑なのですが、感覚で言うとこれまでの税率は八公二民とかいう『殺す気か?』という倍率でしたので、民がぶっ壊れる直前だったというのもあります。今年一年は大いに休ませて、来年からは民の様子を見ながらという感じ。高くても五公五民程度に収めるつもりです。
元々あまり豊かな領土ではありませんが、これで大分民に余裕が出来ることでしょう。
(余裕が生まれれば、色々と手を伸ばせるものが増えてくる。そして皆が手を伸ばし発展すれば、税収が増える。そうなればこちらも税率を下げれますし、前々から色々と考えていた施策も実行できます。前世の記憶がどれだけ通用するのかも確かめてみたかったんですよ。ふふ、こういうのを夢が広がるというのでしょうか。)
次、教会へのお伺いですが……。こちらは先日死去した父関連の話になります。
すでに葬儀などは終わっているのですが、未だ『埋葬』や『継承』は行っていません。普通の貴族でしたら葬儀の最中に穴を掘りそこに遺体を埋めたりするのでしょうが、我が男爵家は少々特殊ですからね。
(先ほど少し考えていた『スキル』、この継承がまだ終わっていませんもの。この家の当主の証ともいえるソレを受け取らずして埋めるなどありえませんから。)
この世界には魔法と同じ不思議な力として、『スキル』と呼ばれるものがあります。
まぁよく異世界モノにある不思議な力です。本来『スキル』は産まれながらのもので、遺伝などせず完全にランダムというものなのですが……。何事にも例外があるように、一族で継承し続けて来た力というものもあります。
もうご理解いただけているかとは思いますが、そんな一族で継承し続けて来た『スキル』というものが、我が家にはあります。
……けれど父がその詳細を私に教える前に死んでしまったものですから、その効能がどのような力なのか一切知らないのです。というかほぼ全て口伝だったみたいで、スキルにまつわる歴史などの一切の記録が失伝しました。死んでからも迷惑かけるんじゃねぇですよクソ親父。
幸いなことに継承方法に関しては教会が保護してくださっているようなので、引継ぎには問題ないのですが……。一体どんな力なんでしょうね? 父があれほどまでに人外染みた力を持っていたのは、どう考えても『スキル』によるもの。じゃないと素手で小山くらいの大きさがあった猪の魔物を素手で倒せるわけがありません。
(ほんと、化け物でしたわよね。……だからこそ、その使い方は気を付けなければ。)
父が敷いていた暴力による圧政。けれど反乱など起こさず、王家や伯爵家から求められる寄進にはしっかりと答えていた父。ある意味、貴族として一つの正解だったのでしょう。けれど私は、それとは違う方向に進みたい。民と共に歩めるような、誰もが幸せを享受できるような。そんな素晴らしい領主に。
だからこそ、力は手に入れなければなりません。
いくら私が民に寄り添う統治者を目指していたとしても、周囲からすればそんなもの関係ないのです。魔物という外敵から皆を守らねばなりませんし、おそらく継承時を狙って周辺の男爵たちがちょっかいを掛けてくるでしょう。国家同士の争い、戦争に駆り出されることもあるのです。
(どのような力か解りませんが、早急に使いこなす。それが直近の目標ですかね?)
趣味以外に興味の無かったあの父が、一人娘である私に訓練と言い執拗に殴り続けたのもおそらくそれが理由。強い軍を持たず、経済的な強みの無い我が家にはどうしても個人の強さ。領主の強さが存続の最低条件になります。そしてスキルという強い力があったとしても、使いこなせなければ何の意味もない。
それを私に教えるために彼は……。い、いや、そう考えないとあの無駄な暴力の意味が見いだせません。
「じゃないと5歳児に徹夜で素振りさせて、少しでもブレたりしたらボコボコにされるとか理不尽以外の何物でも……。」
「お嬢様?」
「あぁごめんイザ。それとありがとう。……じゃ、行きましょうか。」
私の独り言に反応したイザに何でもないと返しながら、身だしなみを整えてくれたことに対し礼を言い足を進めます。
今から私たちが向かうのは、教会。この世界に一人かしかいないという神を祀り、祈りを捧げる場所です。
前世は現代の日本出身と言うことでそこまで信心深いわけではありませんが、一応私も信徒。私という転生者という存在もありますし、教会の方が言うには神は何度もこの世界に降臨し、我々人類を導いてくれているとのこと。
私自身お会いしたこともありませんし、そういうお話は真偽が定かではありません。けれどこの身は今日から男爵、少しでも身ぎれいにして向かうべき場所と言えるでしょう。
そんな教会にこれからしに行くのは、『スキル』の継承。
未だ父の身体に残っているソレを、神の御前で譲り受けるという作業を今から教会にしに行く、という形になります。そのためにイザに一度教会に出向いてもらい、これから私が向かっても良いかという確認と、父の葬式や遺体の保管に対しての礼として『寄進』を持たせていました。
無事受け取ってもらえたようですし、あちらからもOKとのお返事。
正直父の力の源であった『スキル』がどんなものかと、未だ残る少年心がわくわくとしてきますが……。
「気を引き締めて、参りましょうか。イザ、共を。」
「はい!」
〇税外小話
「そういえばお嬢様ってなんでそんなクルクルな髪型を為されているのですか?」
「? お嬢様といえばこれでなくって? ……あ、もしかして毎朝のセット大変でしたか?」
「あぁ、いえ。確かに毎朝3人がかりでお手入れするので大変なのは確かなんですが、単純に気になりまして……。」
「そういう本音を言う所、イザの良い所ですよね。まぁ理由としましては……、好きだからとしか言えませんよねぇ。貴族の娘と言えばコレ、って感じですし。」
「(お嬢様以外そんな髪型してる人見たことないのですが……。)