熱
三題噺もどき―ろっぴゃくさん。
※この吸血鬼さんは納豆が嫌いです※
「――っ!!」
息のつまるような思いと突き落とされるような感覚に飛び起きた。
いや、実際には飛び起きたのではなくて、体がこわばっただけに終わったのだけど。
勢いで飛び起きられる程の体力が今はない。
「――」
体は未だに強張ったようなままで、何かがドクドクと鼓膜を叩く音がする。
呼吸こそ乱れはしなかったが、酷く汗をかいている。
変な夢でも見たのか、悪夢にでもうなされたのか……直前の記憶が混濁しているような気がする。ここがどこで現状がどうなのかが、すぐには思いだせなかった。
「――」
部屋の中は真っ暗なままのはずだが、変に興奮したような状態の頭がおかしくなっているのか、視線の先の窓の外の遠くの更に遠くの景色が見えてきた。
遠視なんて疲れるだけだし、今の時代たいして使い物にもならないのだから、抑えていたのに。その景色の中ではこの国のどこかの人間がせかせかと働いていた。……国内に抑えられているだけマシなのか。これはこれで力の衰えを感じてしまう。
「――」
まぁ、招いている現状も、衰えゆえかもしれないと考えると、この体でも老いには勝てないと言うことなんだろう。
先週末あたりからの不調の延長というか、あれはまぁ、不調でもなんてもないのだけど。どこかしらの不具合は合ったのかもしれないし。
「―…」
少しずつ落ち着きを取り戻しつつ、視界を抑えていく。
瞼を閉じても見えると言うのは、まぁ、慣れはしたが疲れるものだ。
意識的にシャットダウンすることは出来るが、そこまでの余裕が残念ながらない。抑えることで精一杯な感じだ……ほんとに体力が衰えている。
「……」
一応、吸血鬼という身の上のはずなのに、熱にうなされることがあるとは思ってもいなかった。それなりに病気に対する免疫的なものはあるはずなんだけど、それもこれも体力の衰えなのだろうか。もう数えることもしなくなったほどに年を重ねてはいるけれど……。
「……」
ジワリとかいた汗が、冷えた空気にさらされて、体の熱を奪っていく。
それがとても心地いい。冷やすことはあまり良くないが、溶けるのではないかと思う程に熱をもった体は、体力と気力とを根こそぎ奪っていく。
これでもマシになった方なんだが……。
「……」
まだ少し記憶が混濁しているが、それを意識的に考えないようにする。
今はあの頃ではないし、あの国ではないし、あの人たちはもう居ない。
ここには、アイツしかいない。アイツと私しかいない。
「……」
閉じていた瞼を開き、天井を見上げる。
真っ暗とは言え、性質上暗闇でも視界は良好である。
見慣れた天井を見やり、少しほうと、息を吐く。
「……」
壁にかけているはずの、時計の針の音が聞こえてくる。
部屋の何かが軋むような音がする。
アイツが居るはずの鳥籠の中が、空になっているのが見える。
誰かが廊下を歩くような音が聞こえる。
ガチャー
「起きましたか」
光の漏れる廊下から、ノックもせずにドアを開けたアイツは、いつもと変わらぬ表情でそこに立っていた。
キッチンにでも立っていたのか、エプロンをつけている。
少々眩しい光に、思わず目を細めそうになる。
「……おきた」
後ろ手にドアを閉めながら、こちらへとやってくるのを確認し、視線を天井に戻す。
……なぜだか、何かが溢れそうになった。
「熱はさがりましたかね」
そういいながら、ひたり、と触れる手のひらの冷たさに、なぜか安堵を覚えた。
「気分はどうですか」
そういいながら、覗き込んでくるそのいつもの顔に、なぜか安心した。
「……」
「……ご主人?」
やはりまだ、本調子ではないのだろうか。
体が思うように言うことを聞いていない気がする。
「……おまえ、てがつめたいぞ」
「あぁ、それはすみませんね、食事をつくっていたもので」
そういいながら離れていく手を、名残惜しく思うなんて。
そんなことは、ないはずなんだが。
「……食べられそうですか」
「あぁ、いただこう」
まだ少しだるいような体を起こし、一息つく。
……風邪なんてひくものではないな。
「全く、いい歳して雪遊びなんかするからですよ」
「……うるさいおまえだってはしゃいでたくせに」
「……納豆お食べになりますか?」
「……いらん」
お題:時計・溶ける・夢