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【短編】魅了が解けた貴男から私へ

「ダレル第一王子殿下、私は貴男との婚約を破棄致します」


 王宮にある一室でその宣言は行われた。


 告げられたのは金髪碧眼の整った顔つきの青年。

 成績優秀で武芸にも秀で完璧と名高いダレル第一王子。

 そして婚約破棄を口にしたのは銀色の髪に紫の瞳の乙女だった。


 彼女の名はコルネリア。

 ベルツ公爵家に生まれた今年十八歳になる貴族令嬢だ。

 そして第一王子であるダレルの長年の婚約者だった。


 関係解消を告げられたダレルは怒りよりも困惑を浮かべ彼女に問いかける。


「コルネリア、まだ勘違いをしているのか?」

「勘違い……ですか?」


 公爵令嬢の固い声に、第一王子であるダレルは微笑みかける。

 それは一見優し気な笑みだが傲慢さが隠し切れていなかった。


「そうだ。君は俺があの女に魅了されて告げた婚約破棄をまだ恨んでいるのだろう?」


 もう半年も経っているのに。苦笑いで第一王子は口にする。

 

 半年前、この国で小さな騒動が起こった。

 ダレルやコルネリアと同じ貴族学校に通う一人の男爵令嬢がとんでもないことをしでかしたのだ。


 彼女は禁術を使い第一王子であるダレルや他の男子生徒に魅了の術をかけた。

 魅了にかかったダレルたちは婚約者がいるのにその男爵令嬢を恋人のように扱い出した。

 そしてダレルは卒業パーティーで大勢の生徒と来賓の前でコルネリアに婚約破棄を告げたのだ。


 しかし来賓の一人に宮廷魔術師が居た。

 彼はダレルが魅了の術にかかっていると気付き、その場にいた王に進言した。

 そして宮廷魔術師とその弟子たちの尽力でダレルたちは魅了の術から解放された。


 程無く男爵令嬢は捕縛され、禁術を使い第一王子を操った罪で処刑され男爵家は取り潰された。

 ダレルがコルネリアに告げた婚約破棄は、魅了の結果言わされたものとして当然無効になった。


 当たり前だ、そんなものは全くの本心では無いのだから。ダレルは思う。

 男爵令嬢は罰を受け消えた。彼女の名前さえ第一王子は覚えていない。


 ダレルはコルネリアを愛していた。

 美しく賢く上品で慎ましい、将来国王となる自分に相応しい宝石のような少女を。


 ダレルから男爵令嬢への愛情が偽物だと立証された今二人の間に何も障害は無い。

 コルネリアを邪魔者扱いし傷つける者はもう存在しない。

 その筈だった。


「勘違いされているのは貴男です、ダレル様」


 冷たく突き放すように言われ、ダレルの心にじわりと不快感が滲む。 

 確かに大勢の前で婚約破棄を告げられたこと自体は恥ずかしく辛いことだろう。


 しかしそれはすぐ撤回され、犯人である男爵令嬢は処刑された。

 なのにコルネリアはまだ不満があるのだろうか。

 だとしても婚約破棄を言い出すのは八つ当たりでしかない。

 ダレルだって被害者なのだ。


「俺が勘違いをしている? 婚約者の君でも言って良いことと悪いことがあるよ」

「……構わぬ、申せコルネリア嬢」


 コルネリアへの問いかけに対し横から割って入る声がする。

 それが自分の父である国王のものだと気付き、ダレルは内心舌打ちをした。


 今この場にはコルネリアとダレル以外に複数人がいる。

 ダレルの両親である国王夫妻と、コルネリアの両親であるベルツ公爵夫妻。

 そしてダレルの弟の第二王子エルンスト。


 彼らに見守られた中でコルネリアはダレルに婚約破棄宣言をしたのだ。

 しかしこの時点ではダレルは彼女が卒業パーティーの時の軽い意趣返しをしているのだとしか思っていなかった。


 大勢の前で婚約破棄を宣言されたことを未だ逆恨みして、保護者たちを賓客に見立ててやり返しているつもりなのだ。

 公爵令嬢としての高いプライドが傷ついたのだろう。


 完全に八つ当たりだが、寛大な心で一度は許してやる気だった。

 しかしコルネリアの発言はダレルには全く想像できないものだった。


「私が婚約を解消したいと願ったのは、ダレル様からの謝罪が一度も無かったからです」

「……は?」


 何を言っているのだろう、この娘は。

 何故第一王子である自分が公爵令嬢であるコルネリアに謝る必要があるのだ。

 もし本当に男爵令嬢との色恋に溺れ婚約破棄をしたなら一言謝罪すべきだが、全部男爵令嬢の策略でしか無いというのに。


 その紫の瞳でダレルの内心を見透かしたように銀髪の公爵令嬢は微笑んだ。


「自分は寧ろ魅了の被害者で一切悪くないのに何故謝らなければいけないのだと思っていらっしゃいますね?」


 事実なのでダレルは頷いた。


「当たり前だろう。全て男爵令嬢の悪巧みで俺は魅了されていただけだ。何故君に謝罪する必要があるんだ?」


 その返答をコルネリアは無表情で聞いた。不快げに表情を歪めたのはコルネリアとダレルの両親、そしてエルンストだった。


「まさか本当に一言も謝っていなかったとは……」


 苦虫を噛み潰したように呟く父王に対し困惑しながらダレルは返答した。


「俺は何も悪いことをしていないのだから当たり前でしょう?」

「……兄上はコルネリア嬢の心を深く傷つけたよ。僕は何度もそう言った筈だけれど」


 弟に軽蔑したように言われダレルは鬱陶しそうに返す。


「傷つけたのは俺じゃない」

「……エルンスト、ダレルに魅了の術にかかっていた間の言動を本当に伝えたの?」


 ダレルの母である王妃が次男のエルンストに曇った表情で確認する。

 エルンストは母と似たような表情で頷いた。


「口頭でも文書でも何回も兄上には伝えました。最早暗記して今この場で諳んじられる程です」

「なら今一度、父として見定めたい。エルンスト、あやつの発言を口にしろ」


 国王の命令に対しエルンストは迷いを顔に浮かべた。

 しかしコルネリアが口添えをする。


「私からもお願いします、エルンスト様」

「コルネリア嬢……わかった、でも貴女はこの部屋から出ていて欲しい」

「私ならもう大丈夫です、だからお願いします」


 よくわからないやり取りをエルンストとコルネリアが眼前でしている。

 妙に通じ合っている様子が不快だとダレルは思った。


 婚約破棄をしたいと言い出したのはコルネリアがエルンストに心変わりをしたからでは無いか。

 そうダレルが疑いを口にするより先にエルンストが声を発した。


「何でお前のようなつまらない女が俺の婚約者なんだろうな、たまたま公爵家に生まれただけの癖に」

「俺はお前が婚約者だというのがずっと嫌だった。もっと優しくて可愛らしくて甘え上手の女が良かった」

「何を泣きそうな顔をしている?泣いて縋れば俺が優しくするとでも思っているのか?」

「お前と婚約しているのはベルツ公爵家の後ろ盾が欲しいからだ。仕方なくお前を貰ってやるんだ」

「公爵令嬢の身分を悪用し、男爵令嬢の彼女を学園から追い出そうとはな。まるで物語の悪役のような女だ」

「なあ、俺を愛しているなら死んでくれないか?そして俺をお前という悪女から解放してくれ」


 感情を殺し淡々と口にするエルンストはまるで苦い薬でも飲んだような顔をしている。

 聞いていた公爵夫人がハンカチで目元を押さえた。 


「……もういい、止めよエルンスト」

「はい父上」


 国王が第二王子の発言を止める。

 この場にいるダレルとコルネリア以外皆暗く思い詰めた表情をしていた。


「ダレル、これがお前が魅了にかかっていた間にコルネリア嬢に発した暴言の一部だ」

「はい、覚えています」

「そうか、では過去の己の発言を聞いてどう思った?」

「どうも思いません。犯人は処刑されたし皆さっさと忘れてしまえば賢いのにと思います」

「ダレル、貴男は……自分の発言を覚えているというのにコルネリア嬢に対し一切謝罪してないというの?」

「当たり前でしょう、俺は悪くないので。全部魅了の術が悪いのです」


 胸を張り断言する第一王子に国王は深々と溜息を吐いた。

 そして宣言する。


「第一王子ダレルとベルツ公爵家長女コルネリアの婚約破棄を認める。そして第二王子エルンストを王太子として任命する」


 それを聞いたダレルは唖然とした。全く意味が分からない。

 コルネリアの婚約破棄を父が認めると言ったことも、第一王子である自分を差し置いて弟が王太子になることもだ。

 エルンストを睨みつけるとダレルは父王に食って掛かった。


「何を言っているかわからない。父上はエルンストに禁術で操られているのですか?!」

「操られた間抜けはお前だろう、ダレル」


 疲れたような声で国王は息子に返した。

 その傍らの王妃は似たような表情で沈黙している。


「全く意味が分かりません。婚約破棄もだが何故俺を差し置いてエルンストが王太子なのですか!」

「お前が謝ることが出来ない男だからだ」

「俺は何も悪いことはしておりません!」


 強く言い返すダレルの肩をエルンストが掴んだ。

 彼は兄よりも精悍な顔に怒りを浮かべ口を開く。


「兄上はコルネリア嬢に暴言を吐き傷つけただろう!」

「それは俺のせいじゃない!」

「魅了から覚めた後に心痛で痩せ細った彼女の姿を見て、苦しめたことを申し訳ないとは思わなかったのか?!」


 真剣な顔の弟に対しダレルは馬鹿にしたように笑う。

 

「俺が苦しめた訳じゃない。いい年をしてそんなこともわからないのか?」

「……もういいのです、エルンスト様」


 コルネリアがエルンストに気遣うように話しかける。不貞行為を見せつけられているような不快感をダレルは感じた。

 父はコルネリアとの婚約解消を告げたが、ダレルはそれにも納得していなかった。


「ダレル様、私は……魅了された時の言葉が本心では無かったとしても、すまないと一言だけ仰って頂きたかったのです」

「俺は悪くない」

「そうでございますか」


 ダレルの返答にコルネリアは空虚な笑みを浮かべた。

 美しいがどこか冷たく感じる微笑みだった。

 それに何故か居心地の悪さを感じダレルは付け足すように言う。


「謝って欲しいならそう言えば良かったのだ!」

「言われなければ謝ろうとも思わないからお前は駄目なのだ」


 コルネリアの代わりに国王が言う。

 ダレルが首を振り反論した。


「父上、何もかも納得できません。婚約破棄とエルンストの王太子任命を撤回してください!」

「なら儂がコルネリア嬢に命じ毎日お前を罵倒させる。それでもお前はコルネリア嬢を許し愛することができるか?」

「無理なことを仰らないでください。そんな不快な人間を愛することなど出来る筈が無い!」

「だろうな。しかし彼女は軽い謝罪一つさえ貰えれば許すと言ってくれた。半年の期間も与えてくれた。しかしお前は出来なかった」


 出来なかったという言葉にダレルは苛立った。

 何でも上手くこなせる彼にとってその言われ慣れていない言葉は酷く不快だった。


「出来ないのではなく、する必要が無いのです!」


 ダレルの子供じみた反論にコルネリアが反応する。

 そして淡く色づいた唇を開いた。


「エルンスト様はこの半年ずっと私に謝罪して下さいました。兄が傷つけてすまないと。貴男には出来ないことです」

「する必要が無いんだ!」

「いいえ出来ないのです、人の心を思いやることだけが完璧な貴男には出来なかった。そんな人の妻にはなれません」


 コルネリアは静かに告げる。後を国王が引き継いだ。


「そしてそんな頑なな人間を、この国の王にすることは出来ない。隣国との定期的な対話が必要不可欠だからな。

 武芸や勉学に幾ら秀でていても、人の心が分からなければ王としては失格なのだ……連れて行け」


 もう用は済んだとばかりに国王は衛兵を呼び、第一王子のダレルを部屋から摘み出した。

 恐らく今からエルンストがコルネリアと婚約をするのだろう。その為に両家の親が揃っていたのだ。


 そこまでダレルは予想できた。そしてその推測は実際当たっている。

 けれど何故自分がコルネリアに謝罪しなければいけないのかをダレルは結局分からないままだった。



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― 新着の感想 ―
何らかの障害持ってそうな感じですね、ダレル君。
うちの夫も謝らない側の方ですね。たまに謝ってもすまんすまんって言う方ですね。あと、暴言吐く上司いますが、やはり謝らない。そのあと普通に話してくるから、怖いって思います。きっと自分が全て正しいから謝罪し…
魅了されてたとしても、 だからといって愛する対象から外れた婚約者に対して初手から罵倒した時点でねぇ······ 婚約者に対しても配慮して婚約を解消しようとしていたらこんな試しを受けることもなかっただろ…
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