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02:怪盗王・ユピテルの牢獄

「どうして鉄の仮面で顔を隠しているのですか?」

「顔がいいからですかね」


 ミネルが仮面の男ユピテルを見ながら隣の監獄長にそう問いかけると、監獄長は冗談じみた口調で、しかしあながち全てが冗談だとも断定できないそうにない口調で言いながら、たいまつを壁に取り付けられた穴に通して固定させた。


「この男は口でも顔でも使えるものは何でも使って盗みを働く輩ですから。用心するに越したことはない。部下の教育にまで手が回ってないモンでね、恥ずかしながら」

「それにしても、少々大げさではありませんか」

「とんでもない。足りないくらいですよ。本来なら誰にも会わせたくないんですがね」


 どうやら監獄長は、よほどユピテルを恐れているらしい。

 確かにここ二年ほど、国はこの男に翻弄されてきた。異国との友好の証であった贅の限りを尽くした国宝のナイフもつい数か月前にユピテルに盗まれたばかり。


 しかしミネルには光ひとつない暗い地下牢の中、仮面で顔を隠し視界を奪い、注意を払わなければいけない理由が何一つとして思い浮かばなかった。

 どこまでいったって、人間は人間。個体に大きな違いなんてない。どれだけ顔がよかろうが口が上手かろうが、所詮、人間のできる事なんて限られている。


 怪盗王・ユピテルは、だから捕まったのだ。

 多少人よりも思いきりのいい性格だったから盗みを働いて、一般人大多数が思いつくよりもひと捻りした方法で物を手に入れて、人間だからこそミスをして捕まった。


「一本いいですか?」


 監獄長はミネルに問いかけながらも、もうタバコを口に咥えてマッチで火をつけようとしていた。


「どうぞ」


 ミネルがそういう頃には、監獄長は肺の深い所に沈めた煙をため息のように吐き出している。


「モノには大して興味がないくせに、どうして盗みなんてしたんだか」


 再び吐き出した煙が、淡く空気中を舞っている。


「まだ若いのに、まったくバカな男だよ。今までもこれからもぜーんぶ棒にふっちまうんだからよ」


 〝バカな男〟。本当にそうだろうか。

 ミネルには牢獄の外側にいる自分よりも、牢獄の内側で拘束され顔すらも鉄の仮面で覆われた怪盗の方がよほどまともで、それから自由に思えた。


 失うものは何もなく、誰からも拘束されない人生を生きたのだ。


 もしかするとユピテルは自分と同じように、〝退屈〟という他でもない自分自身の内側から生まれる感情に殺されかけて、盗みというスリルで人生の隙間を埋めていたのかもしれない。


 しかし、捕まってしまったのならもう手元には何も残らない。この世に生まれ落ちた人間が本来平等に持っているはずの時間という概念ですら、他人から奪われてしまう。


 でも、私ならきっともっとうまくやれる。できる自信がある。そんな血迷った考えが浮かんで、それから思い直す。やってみてもいない事を自分の基準で評価するものじゃない。


 だがいずれにせよミネルは、ユピテルが不幸だとは全く思えなかった。自分自身が納得する人生を選んだ末に、散ろうとしているのだから。


 ふつふつと沸き上がる興味。大胆な盗みをする男は一体、どんな顔をしているのだろう。人を見た目で判断してはいけないと言うが、どれだけ隠していても人相には紛れもなくその人に近いものが出る。


「顔を見せてもらえませんか?」

「残念ながらそれは出来ませんな」


 ミネルの言葉に監獄長は待ち構えていたかのように間髪入れずに言って、タバコを地面に落として、踏みつけて消した。


「どうしてですか?」

「それは先ほどお話ししたはずです」


 監獄長の言動からは、どれだけ駄々をこねようが絶対に考えを変えるつもりはないという意思がひしひしと伝わる。だからこその余裕を持った態度で、ユピテルの牢獄の中を見つめていた。


「この世の中にはね、本当にぶっ飛んだヤツがいるんですよ。俺はそういうヤツばかりを相手に仕事をしている。断言していい。この男は他の囚人たちとは段違いでぶっ飛んでる」

「どうしても見せていただけないのですか」

「見せられませんな。それはちょいとわがままですよ」

「これはわがまま……」


 〝わがまま〟。そうか、そうなのかもしれない。とミネルは監獄長の言葉をあっさりと飲み込もうと思えた。

 やはり、貴族として生活していたことで世間一般には馴染めない節があるのかもしれない。一般の人々はこの要求もわがままになるのだろう。世間一般とは難しい。人に遣われる立場にならなければ分からない事もある。


「……これはわがままなのですね。わかりました」


 ミネルの言葉に噴出して笑ったのは、怪盗王・ユピテルだった。


「わかりましたってさあー。物分かり良すぎじゃない?」

「おい、喋るな」


 仮面の中で反響する声は曇っていて、ユピテルの本当の音を掴めない。監獄長は焦った様子で言うが、ユピテルはもたげていた首を持ち上げて身を起こし、身体を後ろに倒してから後頭部を壁に預けた。

 身体を大きく動かしたにも関わらず、ユピテルの髪や皮膚。生体を示す情報は何一つ得られない。


「いい子ちゃん過ぎてつまんねーんだけど。檻に手ェ突っ込んで仮面外すぐらいしてみろよ」


 太々しくもたれかかる態度、口調。人相なんて見なくてもわかる。低俗な男だ。

 数十秒にも満たない時間のユピテルの言動で、ミネルはやはり自分とは違うと考えを改めていた。


 新設されて間もない警備隊に入っていた事、貴族であった事、それから屋敷が国のイーストサイドから近かった事が偶然重なり、ヘンデル公爵から怪盗王・ユピテルを見る機会をいただきはしたが、時間の無駄だった。


 ただ不快な気持ちになっただけ。自らの時間を売って低俗な男を見に来ただけだった。この程度の男なら、イーストサイドには腐るほどいる。


 やはり、監獄長がこの男の何を恐れているのか、ミネルにはわからなかった。


「もう結構。ありがとうございました」

「えーもう帰んの? やっと暇つぶしが来たと思ったのにー」


 挑発するように軽薄な言葉を吐くユピテルをよそに、ミネルは踵を返した。


「せっかく会えたんだからもっと話そうよー。()()()


 ミネルはぴたりと動きを止めた。

 当然、地下に響いていた足音も最後のコツリと反響したヒールの音を最後に消える。


 目が見えないはずの彼がどうして私の事を。そこまで考えてミネルは思った。

 自分の意志で止まったのではない。牢獄の中にいるユピテルに止められた、という方がきっと正しい。


「ピンポーン。大正解」


 ミネルの心の声にこたえる様に、ユピテルはそう言うと先ほどの様に膝に肘を預けた。あの仮面の下には満足げな笑みが浮かんでいるだろう。


「綺麗なんだよ、足音が。軽快な足音は細身の人間の特徴だ。声は若い女。で、監獄長が敬語を使うんだから身分が高い人間。捕まってからこの期間でイーストバリアス塔まで足を運べる距離に住んでいて、かつこんな汚ない所に喜んで来そうな物好き。条件に一致するのはだーれだ?」


 ユピテルの言葉に、監獄長はいぶかし気にひとつ舌打ちをした。


「初めまして。ごきげんよー、ヒースラント伯爵夫人。お会いできて光栄です」


 怪盗王・ユピテルは全く思ってもいないとあえて思わせるような口調で言う。


 時間の流れを加味した上で短いと言われる人生。人間の一視点から見た途方もなく長い人生の最中。その内の極限りなく短い時間の退屈を、どうやら彼は埋めてくれる気でいるらしい。

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