二話
「くっそ…なんで…!」
その高校はかつて一度、いや二度三度と、俺が憧れた学び舎だった。
父さんと話していた、俺の目標。
そしてきっと、あいつもそれは同様だった。
あの魔導高校は二人の夢であり、希望だった。
魔法はただ夢ではない。非常で残酷な現実だと知る、その日までは。
走り始めて30分は経過しただろうか。俺はようやく、その学校の前まで辿り着いた。
一般の高校とは訳が違う、その敷居の高さが垣間見える校舎のきめ細やかな造り。広大な土地には、一般の魔法大学にも負けない設備が随所に設置。
日本の魔法研究や魔法師育成の最前線とも評される所以が、ここにはあった。
そして、その雄大さを直接目にして思う。
俺は一体、ここへ何をしに来たのだろうかと。
「…いまここに来たって、あいつに会えるわけじゃないのに」
勢い余って来たは良いものの、その先を全く考えていなかった。ただ衝動的に、頭が働くよりも先に身体が動いていた。
それにもし、俺が再び茜に会えたとして、その時俺は何を話すのだろうか。
裏切り者と罵るか。頑張ってとエールを送るか。
どちらにせよ、あいつはいい顔をしないだろう。
どんな言葉をかけたところで、今の俺が話せば嫌味にしか聞こえない。恨み言だって、負け犬の遠吠えだ。
「…バカだな、ほんと」
冷静さを取り戻した俺は、かつての夢に背を向け、元来た道へと引き返した。
こんな高尚な場所を、俺のような矮小な人間が望むことべからず。人はみな、身の丈にあった願いを持つべきなのだ。
「はーぁ…めんどいし…だる…」
走って30分もかかったということは、歩いたら1時間以上はかかるな。どうにも足が重たいし。
まあ、どうせニートだからな。時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり歩いて帰ろう。
「あー…でも、髪」
…まあ、もういいか。
全部、何もかも。
どうなったってもう、俺は知らない。
俺は不貞腐れたように、気力を失いくたびれて歩く。
「…?なんだあれ?」
学校の前にある十字路を渡り、学生街を並ぶ店通りを抜けてすぐ。そんなふうに歩いていると、その違和感は俺の前に忽然と現れた。
遠くに見えるただの店と店の間の路地裏。一見ただの路地裏だが、ここがどうも怪しい。
なんとなしに違和感の大元に近づくと、すぐにその正体は判明した。
「結界か…?しかもなんだこれ…どうやったらこんな粗雑な式で結界が成立するんだ」
結界とは、内部の情報を通さない見えないバリアのようなものである。
生体情報や音声情報、温度情報に魔法的情報まで。
結界を貼ることで、一定空間内の対応した情報を遮断することが可能なのである。
結界は高等魔法技術のうちの一つ。そう簡単に使えるものではない。
とはいえ結界にも良し悪しがある。貼るだけで全ての情報を完全シャットアウトできる万能バリアーではないのだ。
俺は嫌な予感と共に、結界内へと侵入を試みる。
「…って、何やってんだよ俺」
が、足を踏み入れる直前。冷静さを取り戻していた俺はそっとその足を戻した。
こーやって厄介事に首を突っ込むから、ただでさえ多い悪名が高く広くなっていくのだ。
結界は一般使用で即犯罪。警視庁の認可を得られなければ使用が禁止されている魔法だ。
こういう時は素直に110番が安牌である。
「…」
…安牌、そう。それが一番いいんだ。
たとえ中で何が起きていたとしても、俺はそれを感知していない。知らない事は、起きてないものと一緒なんだ。
中で誰かが襲われていたとしても、助けを求めていたとしても。それを感知しない限り、俺がその人を助ける義務はない。
分かってる。手を出せばろくな事にならない。どうせまた俺が一人悪者にされるだけなのだと。
「…ナ、ナンナンデス、カ!アナタタチハ!」
「いやあ悪いな嬢ちゃん。ここら辺でその制服…いーカモになりそうだと思ってさぁ」
「しかも外国美人…そーとー値が貼るぜサカキさん!」
「あぁ…こりゃ一回は美味しく食べてからの方がーー」
「…おい、何してんだよ。お前ら」
理解はしつつも、我慢ならない感情が勝利し、俺はその結界の中へと侵入する。
自分でわかっていながら…何やってんだ俺は。
そこではブロンドヘアに翡翠の眼を持つボインボインのねーちゃんが、中肉中背の男二人に囲まれていた。
両腕はどちらも男二人に掴まれていて、どうにも逃げ道はなさそうである。
これは多分…。
「…あんたら、子売り屋だろ?最近流行ってるって聞く」
子売り屋。子供、特に魔法適性の高い子供を誘拐し、外国人へと売り払うマフィアや半グレ達の別称。
近年その被害件数は上昇傾向にあり、昨年では国内だけでも約250名がその子売り屋事件の被害にあっているという試算が出ていた。
だが実際にはより多くの失踪者がこの事件に関与しているとされており、 その根は非常に深い。
「な…なぜここが…!結界を貼っていたはず!」
「あんな結界、隠れてるうちに入んねえよ」
豚みたいな鼻をした小柄の男が、額に脂汗を浮かべる。
そりゃあ事件の現場を目撃されたんだ。こんな反応になるのは当然か。
「で、お前らは誘拐犯ってこでいいんだよな?」
「…ハッ。だったらなんだ!まさかお前みたいなガキ一人が大人二人を相手取れると思ってんのか!」
今度は少しガタイのいい男が、開き直ったのかこちらへ発破をかけてきた。
捕まっているブロンド美女はうっすらと涙を浮かべながらこちらを見つめている。
「ガキの出る幕じゃねえんだ!引っ込んでろ!」
「アニキ!こんなん倒してさっさと行きましょうぜ!」
「ああ…それが良さそうだな…!」
ガタイのいい男は子豚男の言葉と共に、片方の手を自慢気にこちらへ向けると、魔法を放つ構えを見せる。
そしてすぐさま繰り出したのは、初級火炎魔法であるーーファイヤボムーー。
ファイヤボムは爆裂する炎を放つ技だが、一般的にその威力はノーガードの直撃で肌が焦げる程度のもの。攻撃魔法の中でも威力としては低ランク。本当に牽制にしか使えないような技だ。
加えて、放たれたそれはうまいこと魔法式を構築できていなかったようで。俺は腕を一振りすると、その魔法をぱっと払って見せた。
「な、…!」
自分の魔法に相当の自信があったのか、ガタイ男は振り払われた事に痛く驚いた。あの程度の魔法で自信を持てるなど、随分楽しい脳みそをしているらしい。
…それよりもだ。
「…!ま、待て!」
俺は瞬く間に男の懐へ走り込むと、右の拳を大きく振りかぶる。
「てめぇ、魔法使ったな?人に向かって?」
「…!だ、だったらなんだっtーー」
男の言葉よりも前に、俺の拳が相手の鼻っ柱にめり込んでいた。よろけた男は掴んでいた手を離し、後頭部が拳の勢いに任せて地面に叩きつけられる。
「ガハッ…!」
男は軽く脳震盪を起こしたのか、しばらくはそこから起き上がってくる様子はない。
「…次は、お前だな?」
「ヒッ…!」
豚面の男。さっきのやつがあの程度の魔法しか使えないことを鑑みれば、あの結界を貼っていたのは恐らくこっちの男だろう。
引きつった顔をしてみせているが、もう遅い。
「ちょうどこっちはムシャクシャしてんだ…」
俺は近くの壁を反射台代わりに蹴り、左右に飛び回ることで敵の視覚を散乱。
豚男がわなわなとしている間に、再び拳を構える。
「てめぇらみてえなクズなら、あと数発は殴ってもいーだろ!」
「お前…思い出したぞ…!その赤い髪…!あの悪魔の…!!」
「黙ってやられてろクズダルマ!」
その後、何とか起き上がったらしいガタイ男と豚野郎の二人を相手に乱闘騒ぎ。もう数発ぶち込んだ所で、ようやく二人を再起不能にすることに成功した。
無駄にタフなせいで疲れた…いつもなら大体一発で終わるんだけどな。
「何発か貰っちゃったし…痛え」
流石にこんな狭い路地で大人を二人も相手取るものじゃなかった。喧嘩は多勢に無勢。こいつらが弱いからよかったものの。
「…ジャ、ジャパニーズサムライ」
「ん…?あぁ、居たなそういえば」
血のついた手を服で拭っていると、あのブロンド美女が目をキラキラと光らせ話しかけてきた。
「大丈夫か?怪我は?」
「ダイ、ジョッブデス!」
「そうか…まあ気をつけろよ。ああいうの多いし」
彼女はピシッと立ち尽くして答える。恐怖で立ち尽くしているのではと思っていたが、その目にはどうにも恐怖の色はない。
むしろ好奇心や希望のような、鮮やかな色をしているようにさえ感じる。
俺は察した。この人、恐らくこれ以上関わると面倒だ。厄介事を持ち込む匂いがする。
一応俺が暴行した側だし…正当防衛が認められるかも怪しい。ここは、さっさとこの場を立ち去るのが吉ってもんだろ。
とはいえ人助けしてやったぜというヒーロー的な気持ちは拭えず、俺はほんの少しだけ格好をつけながら、現場を後にする事にした。
「Wait!!サムライサン!!!!」
予定だった。
「…!?な、何…!?」
美女は立ち去る俺の手を掴むと、子犬のような上目遣いでこちらを見つめてきた。
女性経験の少ない俺としては、こんなふうに迫られてはたじろいでしまって仕方ない。
てか、何だよ侍って。めちゃめちゃステゴロなんだけど俺。
「ワタシヲ…アンナイシテクダサイ!」
「…はぁ?」




