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原口戦記  作者: カズヒラ
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一話

「なぁぁぁぁぁぁぁにが新入生おめでとうだクソが」


 AM 8:10


 シャッターも窓も全て締め切られた真っ暗な部屋では、スマホの光だけが煌々と灯っている。


 俺はゴミに囲まれた布団の上で、スマホに表示されるニュース記事めがけ、憎しみを込めてそう吐き捨てた。


 しかしそれでも収まりきらず、酷く悪態をついたコメントを残すとページを閉じる。


「あーすっきりした」


 起き上がり際に口から出た言葉は、自分の行為を正当化させるためだけの嘘っぱち。


 こんなふうに言って心が痛む自分は、まだ腐りきってはいないのだと安心する為の言葉だった。


「あー…あっはは!せっかくなら新ニートも祝ってほしいもんだよな!それなら平等なのに!はははは!」


 俺はひとしきり笑い終えると、哀れな自分への怒りのままに、床を2,3殴った。


 原口ハラグチ 颯俊ハヤテ


 15歳のO型。背格好は一般的。特徴といえば、やたらと赤みが目立つ髪色だろうか。


 高校入学直前に2度の暴行騒ぎを起こし、見事入学は取り消し。


 晴れて中卒ニートの完成である。


「…はやて?もう起きてるの?」


 俺が床を殴りつけたせいか、母親が部屋の前に現れた。ドア越しで姿は見えないけれど、肩を落としてあまり元気のない様子は想像に難くない。


「その、学校の事だけど…」


 母親がその話を口にした途端、俺の中で激しい怒りが込み上がる。


 そして気づけば近くのゴミ袋を手に取り、それをドアめがけ全力で投げつけていた。


「うるせぇ!二度とそんな話すんじゃねえよ!」

「…!」


 母は一言、ごめんねとだけ残してその場を去っていった。我ながら最低の息子だ。


 けれど、その話だけはどうしても聞きたくない。行きなさいとも、行かなくていいとも、許されるのも突き放されるのも、どちらも聞きたくなかった。


 あんな場所は、俺にとって地獄でしかない。


 どころか、魔法などというまやかしに取り憑かれたこの世界は、俺にとってそれそのものが地獄なのだ。





 ーー今から約50年前、人類は【魔力】という新たなエネルギー資源を発見した。


 魔力はあらゆる物質の中に眠り、大気や大地、動植物に至るまで、あらゆる生命を動かす力を与えていた。


 そしてその魔力の性質を変化させ、魔力エネルギーを様々な事象へと変換させる技術こそが【魔法】。


 人々はついに無から有を、風を、嵐を作り出すことに成功したのだ。人が生身で空を飛ぶなど、昔では考えられなかった光景だ。


 科学では成し得ない事を魔法で、魔法で成し得ない事を科学で補い、それぞれの技術が新たな親和性を育む事で、人類は新たなステージへと到達する事となった。


 今では魔法は人類の第二の技術文化であり、これ無くして今の世界を作り上げることはできなかったであろう。


「…なーにが魔法だよ。クソの役にも立たねえ無用の産物が」


 そして俺は、そんな魔法をこよなく嫌う男である。


 確かに人類は魔法の叡智によって数段の進化を遂げ、その恩恵をひしひしと受け取っている。


魔法技術の台頭によって、環境問題や飢餓といった人類が抱えていた様々な問題も解決へと近づいている。正に夢の技術と言って差し支えない。


 けれど、俺はその魔法によって大事なものを失った。


 魔法なんてものがなければ、俺は、みんなは、何も失わずに済んだ。


 恨みこそすれ、魔法が蔓延っているこの世界を、俺は是とする事はできない。俺は魔法を…この世界と俺自身を許してはいけないと、俺は俺自身に言い続けている。


「あーー…。生きるって、しんどいなー」


 俺はスマホを握りしめたまま、敷きっぱなしの布団にゴロンと倒れ込んだ。


 こうして横になっていると、このまま腐っていくのが手にとるように分かる。


 別に俺だって、なりたくてこんなふうになっているのではない。夢を追うことも、友人と楽しく遊ぶことだって、人並みに叶えたい希望はたくさんあった。


 家族に強く当たったって、なんの解決にもなりはしない。ただこの腐った感情が伝播していくだけだ。そんなもの分かっている。


 …けど、ならどうしろというのか。


 外に出れば人の恨み辛みの視線に晒され、人の感情を逆撫でしてしまうだけ。俺の姿は、巷じゃ見るものを不幸にするとさえ言われる始末だ。


ケンカだって、人助けなんて大義名分はない。俺がムカついて、一方的に暴行を続けた。


 人の迷惑になりたくないと思っていても、生きているだけで迷惑になるのなら仕方がないじゃないか。


俺が生きている事によって不幸になる人がいるのなら、せめてその人の視界に入らないように努めるのは、いけないことなのか。


 死ぬのは怖いし、ならせめてこれ以上多くの人に迷惑をかけないように、ここで一人引き篭もっていればいい。


俺が強く当たっていれば、いずれ母も愛想をつかすだろう。そうして一人くたびれていれば、きっともう怖いことなんて何も起きないのだから。


「…適当によーつべでも見るか」


 動画配信サービス「よーつべ」。


 なんの事はない普通の動画配信サービスだ。


 特にお気に入りがいるというのでもないが、他にすることも無いので、とりあえずは怠惰を貪ろうと思う。


「あー…そーいやこのシリーズまだ見てないな」


 適当にスクロール&スクロール。


 そうして見つけた興味もあるのだか怪しいような内容を、興味もないまま視聴する。


 そうして一つか二つ笑うだけ笑って、またスクロール。


 思考を放棄すれば、この生活を改める余地もなくなってしまう。けれどもう、あの日からずっと、8年以上考えてきた。


 考えて考えて、自分にできる精一杯を選んできて、これだ。


 もうどうしようもないのだろうと、自分を半ば諦めた時。まるでそんな俺をあざ笑うかのように、その動画は俺の前に流れてきた。


「…あー最悪」


 適当にスワイプし続けたのが災いした。それは全くの予想外であり、俺にとっては最も最悪な一幕とも言える。


 画面に映っているのは、高校の入学式のライブ中継。それも、魔法学部のある超エリート校だ。


 国立魔導高等学校(ここは名前変えるかも)。通称魔高(これも変えるかも)。


 多数の国家魔法師や研究員を排出。一般科では名門大学への進学実績を多数持ち合わせ、部活動では全国出場の常連など、文武ともに優れた名だたる名門校の一つ。


 高校生活という舞台を引きずり降ろされた俺にとって、この華やかな世界は雲の上の楽園(じごく)のようだ。


 かたやエリート街道を行く将来有望な学生、かたや家で怠惰を貪るすねかじりの穀潰し。


 こんなものを見ていては、自分という存在を真っ向から否定されているようにしか思えない。


 だが人間どうしてか、嫌なものほど見たり聞いたりしたくなるもの。


 俺はその映像を、縫い付けられたかのようにまじまじと見つめた。嫌だと分かっているのに、その画面から動けなかった。


 式典は始まったばかりのようで、ズラリと並ぶ総勢300を超える新入生達は、期待に胸が膨らんでいる様子。


 登壇していたおじいさん(恐らく来賓)が壇上を後にすると、淡々と進行が進められた。


『続いて、新入生の挨拶』


 この300人を超える新入生のトップが壇上に上がる。実技科か研究科か、はたまた一般科か。


 将来を期待されたエリートの巣窟。そんな集団の代表とはどんな人間が努めるものなのかと、俺は横に寝そべりながら、斜に構えて画面を眺めていた。


 こんな格好をしていられるのが、今のうちだとも知らずに。


『新入生総代 アカネ 未来ミク

『はい』


「…!」


 その名を聞いた瞬間、俺は目を見開き、思わずその場で立ち上がってしまった。名前だけではない。


 凛とした面持ちで壇上へと上がるあいつの姿に、声に、そして名前に、俺は酷く覚えがあった。


 全身がわなわなと震え、顔は強張り肩も上がる。ただ目の前にその人間がいるという事実に、俺は激しく動揺した。


 なにせあいつは俺の因縁で、そして、俺と思いを同じくする者であると、そう思っていたから。


「…ッ!」


 居ても立っても居られなくなった俺は、寝間着姿のままで部屋から飛び出した。


 階段を飛び降りて、一目散に玄関の戸に手をかける。


「ちょ、はやて!?何してるの!」


 その瞬間、恐らく飛び降りた時の音を聞きつけた母が、リビングからこちらへ顔を覗かせた。久々に姿を見せた息子が階段を勢いよく飛んで行ったのだ。無理もない。


 何事かと慌てた様子だったが、こちらもそれどころではなかった。


「でかける!」

「だからどこによ!」


 俺は母の静止も聞かず、扉を開いて駆け出す。


「ちょ、そんな格好で行くつもり!?」


 外に乗り出した母が叫ぶが、既に遠く走り去った俺にその声は届かない。

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