山内麻依③
水曜日は会議の日。以前は重かっただけの日だが、あまり最近は感じなくなってきた。目に見える変化が、私の心境に変化を与えたのだろう。
「副店長、そろそろ会議に行きますか」
松本さんに聞かれて、時計を見た。確かに、もう行く時間になっている。
「そうですね。書類も作れましたので行きますね。お店、よろしくお願い致します」
ロッカーから鞄とカーディガンを出すと、書類をまとめて店舗を後にした。
事務所のある三号店の駐車場に着くと、習慣になっているコインパーキングへ足を運んだ。いつもの場所に、茜は車を停めていた。
「おはようございます」
彼女は気付くと、ドアを開けて出てきた。
「麻依ちゃん、おはようございます」
以前よりも、自信を付けた表情になっている。あの後から、少しずつ新浜さんからアドバイスをもらって仕事を見直しているらしい。新浜さんは、もう一人現役の相談員を紹介してくれて、その人からもアドバイスをもらっていると話していた。
うまくいっているのであれば、それでいい。紹介をしてしまえば、相談員同士の状況は私にとっては特に興味の無い話だ。茜が意地悪されない能力を付ければいいだけなのだ。
「今回のホットスナックのセールもみんな頑張りましたね」
「茜ちゃんからの提案で、からあげの位置を変えて仕込み量を増やしたのが勝因だった気がします。これは、次回もやってみようかな」
私の反応に、彼女は微笑んだ。嘘は言っていない。彼女は最近、積極的に提案をするようになり、彼女の提案で店舗の数値は変わっている。
会議になり、店舗の報告にその内容を加えて話す。セールの数値変化、実施したこと。あの頃には何もなくて、話をしても伊佐山さんから詰められるのみだったのに、今は何も言われることがない。それどころか、他の店舗への拡大するように指示が出るようになった。
難しいことは、特にしていない。前向きに働くようにしただけだ。
要は、姿勢の問題だった気がする。うまくいかないことは今もある。会議でも注意を受ける案件は今もあるが、何をしなければならないのかを茜と考えて従業員と実行をしていけばいい。そう考えれば、そんなに難しい話ではないのだ。
お店のみんなも前向きなのだから、一緒に達成できる環境を考えるのが私の仕事。役割を全うするように、自分のキャラクターを作っていくのが重要だ。
思っている以上に、私はさっぱりとした性格なのかもしれない。こうやって関わっていくようになってから、更に感じるようになった。
確かに、茜も新浜さんにも何か成長をしてほしい、楽しく働いてほしいと思っている。しかし、そこに思った以上の執着はなく、準備さえすればあとは自分たちで何とかするだろうという気持ちが出て、途端に興味が無くなる。相手に気持ちが無ければ、そこまで追いかける気持ちがわいてこないのだ。
「そういえば、接客コンテストの件はどうなっている」
報告中の突然の質問に、背筋に冷や汗をかいた。この質問は、今日はまだ受け付けたくはなかった。
「あの、まだ決まっていなくて。候補はもちろんいますが」
「中途半端だな。山内が言い出したことなんだから、さっさと進めろよ」
「申し訳ございません。少し難航しておりますが、必ず決めます。自慢の従業員を連れていきたいので、妥協はしたくないです」
「相変わらず、言うことは一丁前だな」
ため息交じりに言われて、私は頭を下げて座った。
新浜さんに断られて、この件だけはうまく進んでいなかった。しかし、断られているのは私の誘い方の問題。新浜さんにいら立つことはない。
あの人も、なかなか頑固だよな。
ふと、頭に浮かんだ。人には変化を促すのに、本人は頑固で自分の意思を曲げようとはしない。こちらとしても、必要だから提案をしているのだ。やる気はないとも思えないが、引き受けてくれる手応えは全く感じない。
新浜さんの入社から、周りの意識は変化している。一人一人が役割を考えて、店舗のために必要な仕事を考えてくれるようになった。だが、新浜さんは自分自身の影響力に気が付いていないようだ。真面目に仕事はしてくれているのだが、いまいち引っ張っていく姿勢が見られないのはもったいない。
だから、コンテストの出場で、前向きな変化を期待している。この一点についてのみ、私の中に諦める気持ちがないのは不思議なものだ。
「山内さんは、今回のコンテストを通してお店の戦力化を考えています。そのため、この人に出てほしいという気持ちに妥協をせずに進めています」
横で茜が助け舟を出した。ファイルから、紙を出した。
「こちらは、現在の従業員さんの習得状況をまとめたものです。各自の習得状況やモチベーションを一緒に打ち合わせて、課題を話しています。コンテストに出るだけなら三人候補はいるのですが、今回はどうしても出てほしい人がいますので時間がかかっています」
「ちょっと、その紙貸してくれないか」
涼森オーナーが興味深げに訊ねた。慌てて、茜が用紙を渡した。伊佐山店長も、横で紙を見ていた。
「これは、山内が一人で作ったのか」
「いえ、私も見えない時間は分担して中西さんもお店に行ってくれて作りました。一人で進めるのは困難でしたが、中西さんが絶対にやった方がいいと協力をしてくれたので、こうやって記録して一緒に進めています」
しばらく時間をおいて、伊佐山さんは話を進めた。
「状況はよくわかった。ここまでやっているなら、成果まで踏み込んでくれ。確かに、最近店に行くと明るくなった気はする」
珍しく、褒められて不思議な気持ちになった。茜のさりげない説明の仕方に、辺見が苦々しい表情で見つめていた。
「では、本部の方から」
会議は進み、司会の下田さんが話した。
「はい、よろしくお願い致します」
辺見が立ち上がって、話を始めた。今回も気分良く進めていたが、商品の説明で珍しく涼森オーナーが質問をした。
「この商品の良さはわかったが、だからと言ってそこまで発注する必要はあるのかな」
「商品力は確かなので、目立つように並べれば絶対に売れますので」
普段温厚な人なので、辺見も気にせずに返事をした。
「いや、そんなことはないでしょう。辺見さん、きちんとした提案をしてもらえませんか」
強い視線を彼女に向けた。思わず、辺見は下を向く。
「○○公団前の商品廃棄の金額、ずっと予算を超えているのはどう思っている。佐々木君、君はどうなんだ」
指名されて、四号店の佐々木もおびえながら立ち上がる。
昔から大人しくて何も話さないが、実はすべての話やデータを見ている人なので、あまりにも雑な仕事をしているとこうやって突然説教される。伊佐山さんや加藤さんがいつも話しているのを覚えていた。私はあまり見たことなかったが、確かに迫力がある。
「あの・・・」
「きちんとした理由を二人で考えて、佐々木君は後で報告しなさい」
会議室がしんと静まり返る。辺見も普段言われないせいで、耳を真っ赤にして震えていた。
「私が引き継がせていただきます」
茜が先ほどのように立ち上がると、鞄から何枚かホッチキス止めの書類を出した。
「担当店用の資料になりますので、グループ店に該当するかはわかりませんが」
そう言って、用紙についているデータをもとに、商品の重要性と売場の提案を始めた。
「辺見さんも話していましたが、その通りでボリュームが絶対に必要です。販売期限が短いのであまり無理はできませんが、最低でも各店一段以上は確保して販売をしたいなと思います。山内さんは、どう思いますか」
「うちは、お客様の帰宅のタイミングにしっかり売れそうなので、百個を初回で取って、お勧めしますよ。前回の商品も、廃棄を出さないで売り切った実績ありますので」
他の店舗にどう思われるかわからないが、気にせずに返事をした。足並みを揃えるべきか迷ったが、一番の売上を誇る店舗なので、高い数値を示した方がいいと思った。
辺見が出来なかったからと、私も茜も何も感じていない。二人で、人の失敗を喜ぶ人間は無視しようと決めていた。
気付けば、辺見は座って小さくなったまま下を向いている。まさか、意地悪していた後輩に助け舟を出してもらうなんて予想もしていなかったに違いない。
会議が終わると、二人でさらっと準備をして会議室を後にした。嫌味も感謝も聞く気はない。お店でやることが多い分、早く帰りたかった。
「お疲れさまでした」
「茜ちゃんも、フォローありがとう」
歩きながら、グータッチをした。いつもは泣きそうな思いをこらえながら、無言で歩いていた道が懐かしい。
「お店戻って、簡単にまとめようか」
「そうだね。ところで、やっぱり新浜さんは難しいかな」
茜が訊ねた。二人の意見は一致しており、彼女に何とかコンテストに出てほしい。いや、一緒に高みを目指す仲間になってほしいと話していた。
彼女に見え隠れする自信のなさを、一つのことをやり遂げることで変化を起こすことはできないか。親身になってくれる彼女に一つ気になる点だった。
以前の話はいまだに聞けていないが、新浜さんが抱えている悩みに対して、この取り組みは効果がある気がする。二人で話している際に一致した意見だった。
「もう一回、そろそろチャレンジしてみる。最近も、悩み相談しているの」
「回数は減ったかな。特に、新浜さんが紹介してくれた人が沢山教えてくれるから」
最近の仕事の変化は、どうやらこの人の影響らしい。会うまでの印象は、全く他の人間に興味を持たない変わり者という扱いだったらしいが、相談に対しての的確な回答をいくつもしてくれると彼女は語っていた。
「そうか、続いているならよかった。時間も無くなってきたし、もうチャンスもないよね。気持ちを伝えてみるよ」
溜息をついた。他の候補に話をする時間を考えれば、あと一回話すのが限界だ。
「私も一緒に話すよ。明日の朝、新浜さんいますよね」
「いますけど、いいの」
彼女は笑顔を見せた。
「このまま断られるのは、私もいやです。麻依ちゃんがいいのであれば、お話をしてもいいですか」
数か月前に比べて、大きく変化した彼女が頼もしく見えた。担当当初なら、私が困っていても、彼女は一緒に困り顔をするしかなかった。
「お願いします。勝算はありますか」
「五分五分かな」
茜は、まっすぐに前を向いた。
翌日、九時前に茜は到着した。新浜さんはいつも通り、売場での前出しをしていた。一つ一つの商品を丁寧に触れながら、きれいに前に出していく。常連のお客様から声を掛けられるたびに、笑顔を向けても、商品を直すときはまっすぐな表情で向かい合う。
この仕事、好きだったのだろうな。
何があったかは聞こうとは思わなかった。むしろ、興味もわかない。ただし、彼女がこの仕事を辞めたのはもったいない気がする。こうやって商品と向き合っているときも、おそらくはお店のことを考えてくれるのだ。
せめて、このお店で一緒に仕事をしたい。来てくれた彼女に感謝をして、私は彼女を大切にしたい。いずれは、社員への推薦も考えるようになった。そのためにも、彼女には自信を持ってほしい。
時間になり、上がってきた彼女を呼び止めた。他の従業員が出て行ってから、三人で事務所に座った。
「新浜さん、お疲れ様です」
茜が話しかけた。新浜さんのすごいところは、あの件があっても彼女への態度が変わることなく、関係が変わらないままで過ごしている。仮にも、何かを教えているなら上下関係のようなものが出ても仕方ないと思っていたが、何も変わらなかった。
「お疲れ様です」
何を言われるか想像がついているようで、俯き加減に返事をした。
「今日は、私から切り出しますね」
茜が私に話しかけてきたので、頷いた。
「新浜さん、接客コンテスト出ませんか」
嫌な顔をせず、彼女は微笑を浮かべた。
「もう、何度も言われても変わりませんよ。むしろ、なんでこんなにこだわるのですか」
もう少し強く断るのかと思いきや、落ち着いた表情で淡々と答えている。彼女の本心が掴めないが、そこまで拒否をしているようにも感じない。
「今年は、新浜さんの成長をしてほしいと思っての判断です。お店の成長と同時に、新浜さんには接客を極めて頂きたくて」
茜に任せることで、横で彼女の仕草を普段以上に観察できるためか、これまで持っていなかった疑問が浮かぶ。私たちの難しいお願いには耳を貸してきた新浜智咲が、ここまでコンテストの返事を断る理由がわからない。
「あの、新浜さん」
茜への回答の前に、思わず口に出した。そういえば、まだ彼女が出たくない理由を聞いていない。感情が先に出て、会話を遮ってしまった。
「なぜ、今回の件については絶対にでないという意思なのでしょうか」
顔から笑みが消えた。目が右下にそれて、何かを考えているように黙ってしまった。
「ここまでの間、私たちは本音で向き合ってきたと思います。出来れば、思っていることは教えてくれませんか」
ずっと、こちらの意見だけをぶつけていたのを後悔した。もう少し頭を回していたら、彼女が断る理由があるのは想像できたはず。
まだ、彼女に依存しきっていたのかもしれない。
甘えていた感情を反省したが、落ち込んではいられない。彼女の意見を聞くまで、しばらくの時間が流れる。
「もしかして、転職とか考えていますか」
沈黙を破ったのは茜だった。私と新浜さんが言いにくい質問をしてきた。
「はい」
若干の間合いを置いて、彼女は返事をした。体中の力が抜けていく。まさか、辞めようと思っているなんて想像外だった。
「なぜですか。何かお気に召さない事でもありましたか」
焦って質問をした私に大きく首を振った。
「そんな、この仕事は好きです。それに、副店長はまっすぐな方で、とても働きやすい職場です。でも、私も今後の人生を考えた時に、改めて営業職に戻ろうかと考えています」
「復職ですか」
茜が訊ねた。
「いえ、相談員に戻る予定も希望もありません。そもそも、コンビニの仕事も離れようと考えていました。今回のお仕事は、失礼ですが社会に戻るための第一歩、リハビリだと考えていましたので」
事務所に静寂が流れた。これからの私のプランに彼女は必要不可欠だった。ただし、彼女にとってこの職場が長期在籍する場所と位置付けていないだろうことをプランには入れていなかった。確かに、彼女は私の下にいていいような存在ではない。仕事の質や考え方、経歴からも、もっと違う世界で大きく活躍が出来る人間であるのは間違いない。
未熟な考えだった。私は半人前だ。
自身の甘い見積もりに、コンテストの誘いを忘れて落ち込んだ。
「でも、ここで二人と働く期間を経て、まだ未練があるなって思いました。違う意味で、早く離れないといけないって思って」
「どういうことですか」
「山内さんのまっすぐにお店を良くしたいという気持ち、そして中西さんのそれを支えたいという行動を見ていたら、段々と昔の仕事を思い出してしまって、このまま働き続けていたら私もここにはまって抜け出せなくなりそうでした。でも、私一人がこのまま何も成長をせずに残っていては、あの時の気持ちに区切りがつかないのです」
あくまでも、この店舗での退職は不満ではなくキャリアアップなのだ。それを聞いて、気持ちの乱れが若干収まった。
「そうですか。退職の予定はまだ決まっていませんか」
「はい、これから仕事を探そうかと思っていまして」
「そうしたら、やはりこのお話は進めさせてください。いや、この話を聞いて改めて、あなたに出てほしいと思います」
私は強く言い切った。無理もないが、彼女は困惑している。
「辞めると話している人間を出す意味があると・・・」
「はい、やはり私の判断は間違っていませんでした」
予想外の話で、希望やプランとは大きく反れてしまった。しかし、お店にとっても彼女にとってもやはり今回の話は必要だとつながった。
「何か変わりたいと思うなら、今までしなかった仕事や役割を果たしてほしい。新浜さんは、お店を支える仕事をしてきました。そして壁にぶつかった。私たちには沢山のきっかけを与えてくれて、壁なんてあるようには見えません」
ぴくりと、彼女の眉毛が上がる。話したくない内容なのは百も承知だ。
「もちろん、詮索する気はありません。だからこそ、私は勝手に新浜さんの成長ポイントは、自分自身が何か大きな取り組みで成果を出すことなのかと思いました」
「それが、コンテストということですか」
「無論ですが、お店にとってもそれは重要です。私はあの舞台に立っていないから想像の範囲ですが、あの舞台に立てば仕事への気持ちは変わると感じています」
今の時代では、あまりいい言葉とはとらえられなくなったやりがいという言葉がぴったりだ。何か、あの場所で感じられる特別な感情は、仕事をしていくうえで大きな財産になるのは間違いない。その為、何人かのパートや学生をまとめている北村には出てほしいとは考えていた。しかし、最初に出場するのは誰であろうと躊躇いが生まれる。
だからこそ、最初にみんなを代表して彼女を送り出したかった。
「新浜さんも経営相談員だったのなら、分かっているとは思いますが」
「もちろんです。優勝するのだって簡単ではありません。むしろ、私にはできないと思っていましたから」
「私が責任を持って、勝たせます」
私は言い切った。私の夢を背負ってほしいという言葉は飲み込んだ。本当だったら、私自身が挑戦したいが管理者に出場権はない。新浜さんは、昔は経営相談員でも今は管理側の人間でもないので出場が可能なのだ。
新浜さんの成長という言葉でくくったが、あの時に芽生えた私の気持ちをあの舞台にどうしても送り込みたいという強い意志が今回のコンテストの出場に対して諦めずに彼女を誘い続けた原動力になっているのも確かだ。私は接客なら誰にも負けないと思ってきた。このグループがもっと早くこのコンテストに興味を持っていてくれたのなら、私は出ていた。そして、優勝を狙えたと自負している。しかし、そんなのは私の想像でしかない。どんなに言っても、出ていない人間の言葉は響かない。
だから、これ以上は後悔もしたくない。そして、私の気持ちの答え合わせをしたかった。
勝手なのは十分承知。あとは、彼女が何を感じたかだ。
「私は、誰かにスポットライトを与える仕事を生きがいにしていました。でも、その中で自分の存在価値や力の無さを自覚して、勝手に悩み、そのまま深い闇に落ちてしまいました。その時助けてくれた大切な方からも同じように、何かを成し遂げてみなさいと意見を頂きました」
ゆっくりと、新浜さんが話し始めた。
「結局、私は一方的な側でしか生きてきませんでした。大きな舞台で頑張る人間を支えていく中で、支える側の気持ちしか知らずにいました」
「まだ始めたばかりなので偉そうに言えませんが、難しい仕事だと思います。私たちの仕事は、自分で何かを変えるような仕事ではないので、時々自分が役に立っているのか、自分が本当に必要なのか迷うことが多いですよね。単純な営業成績がすべてではないので、評価もされているのか不安になりますし」
茜の言葉に、彼女は静かに頷いた。相談員だからこその悩みは、私にはわからない。こんな気持ちを抱えていたとは思わなかった。私は、茜は十分助けてもらっている。
「お店の事情など抜きにしても、もし新浜さんがその悩みを抱えているのであれば、やはり出るべきだと思います」
茜も強い言葉で話した。以前は、頼りない説明しかできなかったのに、今は全員が同じ思いを抱えるようになった。
大丈夫。もうみんなの気持ちはまとまっている。
強く念じた。結局こういった大きな大会は、私たちの願望では勝てない。だから、最後は本人が出ると言ってくれるのが理想だ。
しばらく、彼女は考え込んだ。すべての本音は出し切った。ここで断られたら、流石に諦めよう。でも、私の知っている彼女は絶対にこういうはずだ。
「わかりました。全力で頑張ってみます。その代わり、ご指導をお願い致します」
ガッツポーズが出そうになったが、落ち着いて頭を下げた。横目で茜を見ると、表情を緩めてこちらに目を合わせてきた。
「もちろんです。出るからには、勝ちましょう」
強い気持ちで話を閉めた。彼女にはスケジュールを決めて連絡すると話して、解散をした。茜とは話したかったが、彼女も他の店舗との約束があるとのことで、余韻に浸る時間もなく通常業務に戻った。
「副店長、何かいいことありましたか」
パートさんたちに聞かれて、頷いた。
「はい、やっとスタートラインに立てたので」
自然とこみあげる笑顔を隠すことはできなかった。ただし、スタートラインなのは事実。このままの状態で出場させれば優勝はおろか、三位も難しいだろう。
自分の弱点は、自分では気づかない。今回、私が痛感したところだ。もちろん、それは新浜さんも同じはず。恩人には違いないが、本気で向き合うつもりだ。
簡単ではない話ではあるが、挑戦しよう。頭の中で、スケジュールを巡らせた。