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新浜智咲①

 駅前のコンビニのため、早朝といわれる午前六時から午前九時までの通勤のピークは

お店は混雑していた。少しずつ落ち着いたところで、私は売場に出ると商品の前出しを始めた。普段買い物をしていると意識しないが、お客様の目線や動線に合わせた陳列で大きく商品の販売は変わる。それに、商品の動きを実際に感じる事で、売場の作り方などのヒントにつながる。

 優しかった先輩の言葉を思い出しながら、前出しを続けた。周りのパートさんはおしゃべりに熱心だが、笑顔で受け流して作業を続ける。

「新浜さん」

 真後ろから突然声をかけられたので驚いて振り向くと、副店長の山内さんが立っていた。

 鎖骨までかかる長い黒髪を一本に束ねて、黒縁の眼鏡越しに大きな二重の目がこちらを見ていた。

「おはようございます」

 店舗社員の山内さんはまだ二十一歳になったばかりだが、てきぱきと業務をこなす。私の面接も彼女が行った。身長は低く、整った顔立ちをしているので常連の中にもファンも多い。

「この売場、新浜さんがやってくれたのですね。最近、すごくきれいになっているからびっくりしました」

「時間があったもので」

 あまり褒められて周りの反感を買わないか心配になり、そっけなく答えた。

「ありがとうございます。これだけでも、売上は変わるので助かります」

 丁寧なお辞儀をした。こんなによくできた人なのに、なんでここに就職したのかが気になった。コンビニの社員を否定するわけではないが、もっと大きな企業やおしゃれな小売店舗なんていくらでもあると思う。そのあたりを聞くほどには仲良くなってはいないし、今は興味を持たないよう意識している。

 この店舗も安泰ではない。近くに新しく競合のコンビチェーンが出来てから、データを見なくても売上が落ちているのは感じられる。副店長という立場上、彼女にも焦るはあるに違いない。

「終わったら、少しお時間をください。私、事務所に戻りますね」

 周りの目を気にしたのか、言い残して事務所へ入っていった。

 シフト終了時間になると、簡単に引継ぎをして事務所へ戻った。大体、この時間の従業員は雑談することなく身支度を終えるとすぐに帰っていく。私もユニフォームを脱ぐとジャケットに袖を通した。

「お疲れ様でした」

 出ていく従業員一人一人に挨拶をしながら、山内さんはお店のデスクトップパソコンで発注をしていた。見慣れた画像が広がっているが、私は何も知らない人間として通している。

「ごめんなさい、仕事の後に引き留めて」

 ネイビーのパンツに白のブラウス姿がいつもの格好で、売場にいるときはその上からユニフォームをきている。店舗で雇用を受けている社員としてもきちんとしている部類に入る。

「いえ、大丈夫です」

「新浜さんもうちのお店に入ってもらって三ヶ月でしたよね。すごく助かってます」

 立っている私に気を遣って、山内さんは立ち上がった。

「そんなこと言ってもらえると、ありがたいです」

「偉そうに聞こえたらすみません。あまり教えることが出来なかったから、悪いことしたなと思っていたのですが、周りを見ながらお店を助けてくれているのが嬉しくて」

 まっすぐに褒めてもらって、むず痒い気持ちになった。

「駅前に、Wマートが出来てから、今までにないくらい売上も客数も落ちちゃって・・・それで、何とかしないといけないと思っていまして・・・それで、新浜さん、実はリーダーとか発注とか興味ないかなと思って」

 目を落として、先ほどまでとは別人のようにたどたどしい話し方だった。

 そういう話か。

 いわゆるバイトリーダーの誘い。二十八歳で介護をするために会社を辞めたと言ってあるので、社会人経験などを参考にして早めに声をかけたのだろう。簡単に言えば、一緒にこのお店の売上を上げるために一緒に従業員を束ねてほしいということだ。

「評価していただき、ありがとうございます。でも、私は家のこともあるので仕事をセーブしないといけません。簡単な仕事ではないのは副店長さんを見ていても分かります。なので、リーダーなどは遠慮させてください」

 私は頭を下げた。

「そんなに重く考えないでください。いや、むしろいきなりこんな話をしてすみません」

 我に返ったように、山内さんも頭を下げた。

「あの、私出来ることは頑張ります。発注も挑戦はしたいです。でも、まだレジとかわからないこともあるのでこれからも色々教えてください。私も副店長さんがいるお店で働けて良かったと思ってますから」

 励ますのもおかしいと思い、本音をそのまま伝えた。珍しく感情的な彼女に少し戸惑っている。なんか、冷静さを欠いていて心配にも思える。

「ありがとう。なんかごめんなさい」

 敬語も崩れて、副店長というより二十一歳の女性の顔に戻っていた。眼鏡をはずすとより童顔が際立ち、若く見えてしまう。

「焦りすぎてました。これからも、よろしくお願いします」

 頬に涙が伝っているようにも見えているが、言わないことにした。

 私は頭を下げて、店舗を後にした。

 この店舗は実家の最寄り駅になっている。S県のA市というベットタウンのため、比較的に人口が多いのが特徴だ。このお店は複数店経営をしており、市内に四店舗を構えている。おそらく一番の売り上げを誇るのがこの店舗。

 このグループ店舗の経営方針は変わっており、店長は二店ずつを掛け持ちしており、各店に副店長がいる。各店舗の副店長が経営を中心的にこなしながら、業務の管理や休みの際のフォローを店長がやっている。

 売上の高い店舗を二十一歳で任されるのは信頼の証拠なのかもしれないが、プレッシャーもあるはず。それに、あの店長なら厳しいだろうな。

 いや、やめよう。

 歩きながら考えている自分に気付いて、自然と首を横に振った。こうやっても考え込み、何かしようとしても私には何もできない。

 徒歩十分ほどで家についた。古い一軒家だが、現在は子供が独り立ちをしたため、両親が二人で住んでいた。会社を辞めて一年間ほどお世話になっていた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 母が出迎えてくれた。父はまだ働いているので、この時間にはいない。

 私は姉と妹に挟まれて育った。活発な姉や妹と違って私は読書や映画鑑賞が好きで自宅でのんびりするタイプだったので、母も私の社交性のなさには心配していた。

「そういえば、久美が週末に帰るって言っているけど、智咲は仕事かしら」

 二階に上ろうとした際に、話しかけられた。久美は妹の名前だ。今は大手のメーカーで営業職をしている。最近、主任になったとラインが来ていたが無視をした。

「私は仕事ないけど、久美に会う気分じゃないな」

 仲が悪いわけではなく、むしろ久美は私のことが大好きなのが伝わってくるくらい甘えてくる。でも、あの優秀過ぎる妹を見るたびに、今は仕事を辞めた自分に負い目が生まれて嫌な気持ちになるのだ。

 大好きな妹を傷つけたくないので、わざと連絡を取らないようにしている。

「あんたたち全員、就職してからろくに帰って来ないから、父さんすごく寂しそうにしているの。絵里は海外だから仕方ないけど、せっかく帰ってくるって久美が言っているのだから少しくらい相手してあげて」

「わかった。でも、私ももう少ししたら、一人暮らししようと思って。ここでお世話になってばかりじゃいられないし、仕事も探したいから」

「そんなに焦らなくていいのよ。智咲がいてくれると家事も分担してくれるから。まあ、無理にとは言わないけど」

「ありがとう。いさせてもらっているから当然でしょう。母さんも年だし、無理させられないから」

 嫌な役回り。本当はもっと早く家を出ようと思ったけど、こうやって引き止められているのを断れない。両親には愛されていると思うし、感謝もしている。でも、姉の絵里も妹の久美も好き勝手に外に出ていった。母は寂しくなるといつも私に連絡がきた。

 それもこれも、自分の優柔不断な態度だとわかっている。前の仕事の失敗と挫折もそれが原因だということも。

 でも、相談を口にすることすらできないで沈んでいった。必要だと感じていることができないという焦りが私の心をむしばみ、真っ暗な深海のような世界でもがいているような日々に陥った。

 あの光が無ければ、あの後どうなっていたのだろうか。

 まあ、そんなことを考えても仕方ない。これからのことを考えた方がいい。

 二十九歳、独身彼氏なし、そしてフリーターで子供部屋に戻ってきた女。一番想像したくなかった自分になっている。

 仕事着を脱ぎ捨てて、ジャージに着替えると、現実逃避に走るため、週末に買いあさった文庫本を開いて物語の世界に没頭した。

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