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異界の狗

作者: 大浦 怪法

 およそ千四百年前、戦乱が続く混沌とした時世の、とある日―

 戦乱に波に打ちのめされた村に、ある人物が現れる。

綻びだらけの篠懸は、脛に脚絆を巻いた袴は擦り切れ、蓬髪の頭には原形をとどめぬ兜布というその風貌は、乞食か物乞いと思わせるようであった。

だが、眼光鋭く、その物腰には、ある種の威厳すら漂わせていた。

 その者は、栗原玄昭と名乗った。

 玄昭は、村の惨状に憐憫の情を表し、家族、財を失い絶望の淵にある村人の心を癒していく。

呪術を駆使し村人の病を治し、憑き物を退散させ、村の守り人として崇められるようになっていく。

 玄昭には、ある野望があった。

それは、永遠の命を得る事であった。

 永遠の命を得るためには、地獄への入り口を開けなければならない。

五年もの間、鬼神の懐と呼ばれる神山奥深くの秘境で、血の滲む修行に明け暮れてきたのは、そのためである。

 ただ、この野望を果たすには、人の援けと犠牲が無くてはならぬものであった。

そのために、このニ年、村人の心を、自分を崇めるまでに取り込んで来たのである。

玄昭は、永遠の命を得るためならば、どのような非情、卑劣な手段も辞さない覚悟であった。

 

 村はずれの草むらの中に一人立ち、遥かにある森々たる鬼神の懐を、じっと見つめる玄昭―


 幼き頃に師創元に引き取られ修行に入り、十数年―

其処には、師創元を前に、両手両膝を付く玄昭の姿があった。

師創元は、いつになく険しい表情を見せながら、ただ一言、

「ならぬ。」と言った。

玄昭が尚も執拗に問うと、師創元は訥々と語りはじめたのだが、

それは、永遠の命を得る事に取りつかれた弟子に道を誤らせぬための、師としての最後の忠告であった。

 師創元は、永遠の命を求める事が、いかに邪道であるか、

終わりには、無間の奈落に堕ち、永遠に地獄の闇中を彷徨うことになる、と説いた。

 師創元の非なる語り口を聴きながらも、玄昭は、永遠の命を我がものするという衝動を抑えきれない。

玄昭は、我を忘れ、無我夢中に師創元の前に懇願していた。

「創元様、何とぞ、永遠の命を得る手立てを伝授いただきたく、お願い申し上げまする!」

玄昭は平伏していた。

 師創元は、さして驚きもせず、背を向けたまま、玄昭に告げた。

「破門じゃ。」

「はっ! 創元様、今何と・・・・。」

玄昭は、呆然として言った。

「破門、と言うておる。」

師創元は、冷厳に言った。

 玄昭は、師創元に破門を告げられたのである。

失意のうちに、師創元の下を去った玄昭であった。


 気が付けば、神山の山中を彷徨い歩いていた。

夜通し彷徨い歩きながら、ふと、自分の行き場所のない事に気付く。

『わたしは、何処へ行こうとしているのだ。』

見上げれば、月は、闇夜の空に向かい聳え立つ幾千の大樹に隠されている。

これでは、方角が分からない。

 何も食せず、鬱蒼と草樹繁る林の中を、雨露で喉を潤し彷徨い続けて三日、

とうとう足元が覚束なくなり、大樹の根元に力なく腰を落とす。

 辺りはとっぷりと暮れ、不気味な静けさの中にあった。

背後に何ものかの気配を感じ振り返り、一点を凝視する。

だが、すぐに気配は消えた。

「ふぅ・・・・。」 

 吐息しながら、ぼんやりと、大樹の向こうに目をやると、闇に紛れ、うっすらと靄が立ち込める周辺がある。

『あれは・・・・』

気色覚え、大樹の幹に身体を預けながら腰を上げ再び歩き出し、靄の中を入って行く。


『このような所が、あったとは・・・・』

靄を抜ければ、其処は、月華が晃々と降り注ぐ平場であった。

地べたには、漆黒の岩板が敷き詰められ、あたりには、肌を刺す冷やかな瘴気が漂っている。

 正面には、人が立ち居で入れるほどにくり抜かれた洞窟がある。

火つけ石を懐から出し、辺りの枯れ枝を拾い集め松明を作り火を灯し、洞窟の中へと入っていった。


「はっ!」

洞窟への入り際、幾つかの人の抜け殻が横たわっている。

 横たわる人の抜け殻を尻目に歩を進めていくと、半円形にくり抜かれた空間に行きつく。

此処にも、幾つかの人の抜け殻が横たわっていた。

 松明を頭の上にかかげ見渡せば、

此処は、縦横、高さ、いずれもニ十尺ほどあり、正面には、崩れかけた祠、

その手前には朽ちかけた木台があり、古い巻物が置いてある。

『誰が、このような所を・・・・』

祠まで近づき、手前の木台にある巻物を手に取った。

 巻物を広げ見れば、絵柄と、読み取りにくい梵字が延々と記されてある。

食い入るように、巻物に描かれた絵柄、梵字を、じっと見続ける。

すると、不思議な事に、その意味が、頭の髄に入り込んでくる。

『此処は、鬼神の懐・・・・・地獄への入り口・・・・永遠の命・・・・

そうか!』

巻物は、地獄への入り口を開ける奥義を会得するための、修行の手順の書であった。

幾つもの人の抜け殻は、同じ野望を持ち、この地で修行に入ったものの成し遂げられず、命を失った術者だったのである。

 この手順の書の中には、どれほど過酷な修行の中身が記されているのか・・・・。

修行が、容易く成し遂げられるものではないことを悟った。

だが、怯むことはなかった。

 こうして、玄昭は巻物を肌身離さず、山の草を食み、獣を狩って食し生き延びながら、血の滲む修行に没頭したのである。


 十年に亘り過酷な修行を続け、術の修得を確信した玄昭は、巻物を携え、鬼神の懐を後にした。

 里を、通り抜けようとした時だった。

師創元に仕える小男が、血相を変えて後を追ってくる。

「玄昭殿、お探しもうしましたぞ! 

創元様が、入滅に際しておられます! 母屋に、お急ぎを!」

小男は、息を切らせ、顔面から滴る汗を拭いながら、告げた。


 師創元は、弱り果て、臨終の際にあった。

それでも、玄昭の頬に震える手をあて、あの柔らかな微笑みを見せた。

「創元様、いつとせの間、この地を去りし事、お許し下さい。」

玄昭は、仰臥する師創元の前で座礼し言った。

「・・・・玄昭、そなたは、鬼神の懐へ参ったのじゃな。」

師創元は、曇り声に言った。

「はっ! それは・・・・」

玄昭は口を噤んだ。

「うぐっ、うぐっ・・・・やはり、な・・・・

そなたは、それほど、までに、永遠の命が、欲しいのか・・・・」

玄昭は訊かれ、師創元の目を直視し静かに頷いた。

「・・・・永遠の命を、求むることは、人の道に、外る邪道、

そなたは、永遠の命を、得るため、多くの人を弄し、犠牲に・・するで、あろう・・・・

永遠の命を、得たとしても、いずれ、無間の奈落に、堕ちることに、なるのじゃ・・

されば、もはや人に非ず・・永遠に、地獄を、彷徨うことも、覚悟せねば、ならぬ・・・・

 よいか、玄昭、無間の奈落に堕ちし時、いまだ、人の心あらば、思い、起こすのじゃ・・・・

二度と再び、人を、無間の奈落に、引き込む、ような事は、してはならぬぞ・・・・

よいな、玄、昭・・・・うぐっ! うっ、ぅぅぅ・・・・」

師創元は、最後にそう言い残し、息を引き取った。

「創元様! 創元様!」

小男の悲痛な叫びが、母屋に響いた。

玄昭は無言のうちに、師創元の両の手を胸上で組ませると、眼光鋭く天を見上げた。


 それから、二年の後―

 事を成す機は熟したとして、地獄への入り口を開く儀式を行う決意をした玄昭は、

「戦乱の世を鎮め、民を救う呪術を施す。」

と、村人を唆し、儀式の手はずを整えるのである。

 儀式を執り行う地所は、方位から下見を重ね、神山の麓から西へ千七百十三の歩み分、入りし所と定めた。

其処には小高い丘があり、丁度西側に、鬱蒼と茂る草木に隠された洞窟があった。

其処は、戦乱の始めに、敵を奇襲するために、武人が控える隠所として掘られたものであった。

 こうして、暦歴××年十一月九の日の丑の刻、

玄昭は、村人十三人を引き連れ、草木が鬱蒼と繁る山中を分け入り、この洞窟に魔法陣を据え儀式を執り行ったのである。

 村人の一人が、魔法陣の中心と五方角に灯芯を差し込み、油を注いだ灯台を置いていく。

玄昭は、呪文を唱えながら、五方角の北方から左回りに一つ一つの灯台に火を付けていき、魔法陣の中心に置いた灯台に火を付け終わると、自らはその中心に坐した。

村人十三人は、魔法陣の内側に、玄昭を取り囲むように坐す。

「よいか皆のもの、灯台の火は、決して絶やしてはならぬ。」

と、玄昭が言うと、十三人の村人全員が頷く。

 玄昭が重々しく呪文を唱えはじめると、村人十三人は、ただ一語の呪文を唱えはじめた。

交錯する呪文が、闇がりの洞窟内に不気味に響く。

 めらめらと上がる炎に照らされた玄昭の形相は、鬼のように怪しく、村人十三人の形相は、各々の悲しみと絶望に満ちていた。

それは、あたかも、この世の終わりを告げる儀式を想わせる、異様な光景であった。

 儀式は、昼夜問わず、まさに自らの生死をかけて行われた。

三日目に入ると、村人が一人、二人、三人・・・・と、意識を失いその場に倒れていく。

そして、四日目の明け方―

 ついに、地獄への入り口は開かれた。

玄昭が、巻物の仕組みを読み解き、いかに不条理な行業も、死を賭して成し遂げてきたことが結実したのである。

 入り口は、玄昭の身の丈あまりに、左へそして右へ、不規則に、異様なほど美しい光彩を放ちながら渦を巻いている。

 渦巻く入り口を前に、玄昭の形相は鬼気迫り、村人たちは尻込みし後退った。

 そうして、玄昭は、村人十三人を残し、一人、渦巻く入り口をかいくぐったのである。


「うぐっ!」

咄嗟に、眉を顰め、左腕で鼻を押さえていた。

血肉が腐ったような異常な臭気に襲われ、息が詰まりそうになったのである。

 しばらくじっとしながら、すぅーふぅー、すぅーふぅーと、静かに深く長い呼吸を繰り返す。 

 ふと見れば、目の前に、どんよりとした灰色の靄が漂う薄暗い空間が広がり、その奥には、三叉に分かれた、人が通れるほどの洞窟のような通路が続いている。

『此処が、地獄・・・・何処を行けば、良いのだ。』

と、不穏な情景に目を見張りながら、おもむろに鼻から左腕を離した。

すると、目の前に、猪のような身体に、熊のような手足、そして狐のように長い尾を持つ下獣が、すーっと姿を現わす。

「お前は・・・・。」

下獣は、ぐふっと鼻を鳴らすと、真中の洞窟の中に駆け込んでいった。


 洞窟の中は灰色の靄が立ち込め、十数尺先すら見えず、

しかも、大小の漆黒の石が打たれたごつごつとした地面に、足をとられてしまう。

 もたもたと洞窟を歩いていくと、大きく半円状にくり抜かれた入り口の前に到り、其処に下獣が待っている。

下獣は、意味ありげに一声唸ると、駆け足に入り口を抜け靄の中に消えた。

玄昭はすかさず、下獣の後を追った。


 行けども、行けども靄は晴れず、

下獣の姿は見えず、もはや、方角も時の経過も分からなくなっている。

玄昭に焦りが生じたその時、

「此処は・・・・」

突然、目の前に、漆黒の岩板の地べたに、重くどんよりとした気が漂う鍾乳洞のような広大な空間が拡がり、

真正面には、大木の如く備え、もうもうと炎が立ち昇る巨大な松明が二基、

上層から松明の背後にかけて漂う灰色の靄は、松明の灯りに照らされ、暗い朱色を帯びている。

靄の中では、幾つもの黒い影が、不気味にもぞもぞと蠢いている様が見える。

『松明の後ろには、想いもよらぬ恐ろしい世が拡がっているのかも知れぬ。』

と玄昭は思うと、背筋が凍り付く。

 松明の中心に坐したるは、地獄の主であろう。

身の丈は、この隔たりから見て、十五尺はあろうか、

全身からは、暗紫色の瘴気が炎のように立ち昇り、

その瘴気の合間から、地獄の主の、くすんだ朱色の恐ろしげな形相と体躯の端々が、見え隠れしている。

 地獄の主の両の脇に、何ものかが居並び、控えている。

 足元を見れば、地獄の主の下まで、筵のような物を敷いた道が続いている。

いよいよ、地獄の主と相対する時が来たのである。

玄昭は、身震いする身体を抑えながら、立ち構えた。

『必ずや、永遠の命を我がものに。』

玄昭は、巨大な松明の間中に坐す、地獄の主を睨みながら自らに言い聞かせると、筵の上をゆっくりと、歩いて行く。


 地獄の主の下まで、あと筵の道半分という辺りまで来た時である。

地獄の主の足下に、さっと控えた下獣の姿が視野に入った。

 地獄の主の両の脇に控えていたのは、泥を被ったような体色をした身体に、赤い一つ目の、四つ足の獣が立ったようなおぞましい姿形をした七体の魔物であった。

この魔物こそ、地獄の主に仕える地獄の番人であった。

その実態は、地獄に棲まう下獣を喰らい、時に地獄に迷い込んだ人を喰らい、数千年生き続ける獄獣であった。

その凶暴ぶりは、時に、地獄の主さえも手を焼くほどであった。

 魔物は、身の丈六尺近くある玄昭よりずっと大きく、近づいてくる玄昭を、涎を垂らしながら物欲しそうに睨んでいる。

玄昭は足を竦ませながら、ようやく地獄の主の足下まで到ると、そのまま膝を折り平伏した。


「ほぅ! お前が入り口を開けた呪術師か。名は何と申す?」

地獄の主の、下卑な胴間声が広大な空間に響く。

「はっ! 栗原玄昭と申すものにございます。」

と、声を絞り出すように言う。

「うむ、玄昭のぅ。で、お前の申し出というのは、何だ?」

地獄の主は我知らずの体で言った。

「はっ、はぁ! 御恐れながら申し上げまする!」

と、玄昭は声を張り上げると、全身全霊をかけて取引を持ち掛けた。

「・・・・何とぞ、お願い奉りまする!」

玄昭は言い終えると、額を地べたに付けた。

「ふんっ! 百人の村人の生贄と引き換えに、永遠の命だと?

ふふっ、ふふっ、ふふふ・・・・はっ、ははは・・・・

鬼神の懐で行を修め、入り口を開けた呪術師とやらが、どれほどの者かと思えば、

身の程知らぬな、お前も!!」

地獄の主の怒声が響く。

「はっ、はぁ! 申し訳ござりませぬ! この通りに、ござりまする!」

玄昭は、再び額を地べたに付けた。

「ふんっ! だが、玄昭とやら。聞かぬことも、ないぞ。」

地獄の主は、掌を返したように言う。

「・・・・どうすれば、わたくしの申し出に応じていただけると・・・・」

玄昭は恐る恐る頭を上げ、上目遣いに地獄の主の様子を伺う。

「うむっ、それはだな・・・・」


それは、各地に七つの地獄への入り口を開けよ、というものだった。

「さすれば、お前に永遠の命を与えようぞ。

どうだ、玄昭とやら。お前ならば七つの入り口を開けるぐらい、造作のない事であろう。」

地獄の主は囁くように言い、

「はっ? はぁ・・・・。」

玄昭は、吐き出すように言った。


『地獄の主め・・・・

そう容易く永遠の命を得られるとは思わなんだが、村人百人を差し出した上に、各地に七つの入り口を開けることが交換の条件とは・・・・

 各地に、七つの入り口を開けるとなれば、月日も人手も掛かる。

なにより、わたしの命が持たぬであろう。やり遂げた途端に、死ぬやも知れぬ・・・・

すべてを承知した上で、このような無理難題を・・・・

そもそも、わたしに永遠の命を与えるつもりなど、ないのかも知れぬ・・・・

だが、そうは、させぬ。』


「どうした。何故、返事をせぬ。何を迷うておる?」

地獄の主は、訝し気に言った。

「はっ、申し上げまする。七つの入り口を開ける道筋を、思案しているところにござります。

今しばらく、ご猶予を!」

玄昭は、じっと平伏したまま言った。

「ふんっ! 早う、返事をせぇい!」

地獄の主の高声が響く。

「はっ、はぁ!」


 集中し、考えを巡らせる玄昭―


『このままでは、永遠の命を得るどころか、事が成る前に命尽きるか、事が成ったとしても、あの魔物に喰われて地獄の骸となるか・・・・

 はて・・・・

地獄の主は、なにゆえ、七つもの地獄の入り口を開けよと・・・・

 太古の昔、天地がこの世と地獄界に分かれし時に生じた裂け目は、地獄の主でさえ出入りできぬ結界となり、この世と地獄界を隔てているという。

 ところが、この裂け目から、千に一つの偶然に人が迷い込むという。

その人を魔物は喰らう・・・・

そして、人の旨さに味を占めた魔物は、地獄に棲まう下獣だけでは満足しなくなる・・・・』


「何をしておる。早う返事をせぇい!」

地獄の主の怒号が響く。

「はっ、はぁ! 申し訳ござりませぬ! 今しばらく、ご猶予を!」

玄昭は、額を地べたに付けながら声を張り上げた。


『もし、人という極上に旨い餌を求めるあまり、魔物が結界を破壊する挙にでれば、この世と地獄界との均衡が崩れ、この世と地獄界は共に滅びへの道を歩むことになろう。

地獄の主は、それを怖れている・・・・

やはり、地獄の主自らが、鬼神の懐を拓いたのだ・・・・

人を自由に誘い込める入り口を、術者に開けさせるために。

 だが、今まで、どの術者も成し得なかった。それを、このわたしが成し遂げたのだ。

地獄の主にすれば、今が千載一遇の好機、この機を逃したくはないはず。

と、すれば・・・・

地獄の主の言う引き換え条件は、七つの入り口は開ける事だが・・・・』


「う、ぅぅぅ・・・・」

地獄の主の唸り声とともに、どすんどすんと地団駄を踏む、地響きがする。

地獄の主が苛立ち、大きく揺れる瘴気の余波が、平伏す玄昭の背中を打つ。


玄昭は、ようやく口を開いた。

「主様、ようやく、道筋が立ちましてござります。今から、それを申し上げまする。」

「うむ、早う申せ!」

地獄の主は性急に言った。

「その前に、入り口を開けることと引き換えに、わたくしに永遠の命をお与え下さるのは、

確かな事に、ござりまするか。」

「え~い、くどい! そう言うておろう!」

と、地獄の主は苛立ちを露わにする傍ら、

「ただ、よいか、七つだぞ、七つ。」

と、念を押すように言う。

「ははっ、有難き幸せにござりまする。

さすれば、わたくしに永遠の命をお与えくださる見返りに、村人全員を生贄に捧げまする!」

玄昭はそう言って再び平伏した。

「うむ? ふっ、ふっふふふ・・・・はっ、ははは・・・・」

地獄の主は、いやしく嗤笑した。

「ふふっ、玄昭とやら、よかろう、お前の言う通りにしてやろう。」

「ははっ! 有難き幸せにござりまする!」

玄昭は、平伏しながら畳みかけて言う。

「御怖れながら、是非とも、お願いしたい儀がござりまする!」

「うむ、なんだ? まだ、なにかあるのか。

まぁ、よかろう、申してみよ。」

地獄の主は言うと、口辺から、瘴気をふーっと吐き出した。

「は、はっ! 各地に入り口を開けることは、わたくし自身、術力、精力、胆力を使い果たすこととなりましょう!」

玄昭は言った。

「うむ? それがどうした、何が言いたいのだ。」

地獄の主を覆う瘴気が、一瞬大きく揺らいだ。

「何とぞ、何とぞ、今この場で、わたくしに永遠の命をお与えくだされ!!

何とぞ、何とぞ、お願い奉りまする!!」

玄昭は、必死の体で言上した。

「な、にっ! 命を与えるは、事が成った後と、言うておろう!

お前は、わしの言う通り、七つの入り口を開ければよいのだ!!」

地獄の主の怒声が響き、その全身を覆う瘴気が、烈火のごとく立ち昇る。

だが、玄昭は、怯まず捲し立てる。

「七つの入り口を開けるには、ひととせより先は掛かりましょう! それでは、わたくしの命がもちませぬ!!」

「うっ、ぬ! おのれ・・・・」

地獄の主の頭が、玄昭を睨みつけるように下に向く。

玄昭は、構わず、続けざまに捲し立てる。

「人手も、掛かりまする! さすれば、村人の生贄は事の成就の後にてお願い奉りまする!! 

何とぞ!! 何とぞ!! 何とぞ!!!」

玄昭は、額を何度も地べたに打ちつけながら、死に物狂いに捲し立てた。

「き、さま・・・・生贄までも・・・・う、ぅぅぅぅ・・・・」

地獄の主は唸り声を上げ続け、全身を覆う瘴気は、より激しさを増し立ち昇る。

周りを漂う空気は、異常なまでに張りつめ、

玄昭の全身は、ぶるぶると小刻みに震え、額からは冷汗が滴り落ちている。

玄昭が、もはや、これまでかと思いかけた時であった。

「ふふっ、ふふふ・・・・はっははは・・・・

玄昭とやら、このわしを出し抜くとは、つくづく、抜け目のない奴よのぅ。」

と言うと、地獄の主は、すっくと立ちあがった。

「ふむっ! よかろう。今この場で、お前に、命をくれて進ぜようぞ。」

地獄の主は、まだ腹に一物ありそうに、不敵な口調で言った。

「はっ、はぁ! 有難き、幸せにございまする!!」

そして、玄昭は地獄の主の腹の内を読み、こう言い放ったのである。

「さすれば、この玄昭、主のために、見事、十三の入り口を開けてみせましょう!!」

玄昭は、精力を使い果し、全身から力が抜けていくようであった。

「うむっ! 十三の入り口を、開けるだと!!」

地獄の主を覆う暗紫色の瘴気は、大きく、ゆっくり、揺れている。

と、突然、

「ふふっ、ふふふ・・・・わっ、ははは・・・・わっ、ははは・・・・わっ、ははは・・・・

どうやら、わしは、お前を見縊っていたようだ! 

気に入ったぞ!! 玄昭とやら!! 大いに気に入ったぞ!! 

十三の入り口は、お前が決めるが良いぞ!

わっ、ははは・・・・わっ、ははは・・・・わっ、ははは・・・・」

地獄の主は、肩を揺らしながら満足げに哄笑し、その声は鍾乳洞中に響き渡った。


『これで、ようやく永遠の命が我がものとなるのだ。我が呪術と永遠の命があれば、全ては望み通り。』

玄昭は、地獄の主の哄笑を聞きながら、密かに嗤った。

『村人の始末だが、事が済んだ後に、永遠の安らぎを得るために守護神へ祈りを捧げねばならぬと言いくるめ、神山の麓に開けた地獄への入り口に誘い入れればよい。

 この戦乱の最中に一つや二つの村が消えたとて、世間は、村は戦乱に巻き込まれ離散、生き残った村人あらば新天地を求めて各地に散った、そう思うであろう。』

すると、玄昭の顔に鬼のような形相がぼーっと浮かんだ


地獄の主は、平伏す玄昭の前に立った。

「よいか、玄昭とやら。」

「はっ、はぁ!」

「お前に命を与うるは、わしとお前との、血と血で交わす約定ぞ。

守らねばどうなるか、分かっていような。」

地獄の主は、玄昭を見下しながら言った。

「はっ、はぁ! もとより!」

と言い終えるや、玄昭は、暗紫色の瘴気に覆われた。


 気が付けば、地獄への入り口の中に倒れていた。

地獄の主の瘴気に覆われた瞬間に、気を失ったのである。

 果たして、自分は永遠の命を得ることが出来たのだろうか。

玄昭は、ゆっくりと身体を起こした。

・・と、左の手首の裏に、黒い歪な勾玉の紋様が現れていることに気づく。

「これは・・・・。」

身体が火照り、命漲る感がする。

先ほどまでの精も魂も尽き果てた己の心身が、嘘のようである。

 渦の向こうを見れば、燃え続ける灯台の火を背に、十三人の村人が手を合わせて跪き、必死に呪文を唱えている姿が見える。

玄昭は、おもむろに立ち上がると、渦をかいくぐった。


 永遠の命を得、村人十三人とともに村に戻った玄昭は、

「神山の守護神様のお告げがあった。

これより、我らが永遠の安寧を得るために、十三の入り口を開けねばならぬ。

村人よ、ともに力を合わせ、成し遂げようぞ!」

と大号令を掛け、地獄への入り口を開ける儀式を行うべく、全国を行脚するのである。

 玄昭は、村人に行脚に必要な物具、糧を備えさせながら、儀式を行う十三の地所を、陸奥、能登、越前、安房、相模、甲斐、飛騨、紀伊、伊予、安芸、丹後、長門、肥前に定めた。

そうして玄昭は、女と幼子を除く村人十三人を一括りに、十三の遠征隊を組み、それぞれの遠征隊ごとに出発日を決めると、

暦歴××年三月四の日、先発隊を引き連れ、第一の地所である奥陸奥に向け出立したのである。

 奥陸奥への道すがら、玄昭は、地獄の入り口を開けるに相応しい場所を探し当てられるか案じていた。

だが、奥陸奥に到達すると、地獄への入り口を開けるに相応しい場所を探すまでもなく、その場所に惹きつけられるように辿り着いたのである。

『これは、地獄の主の誘いかも知れぬ。』

と、玄昭は身震いした。

 奥陸奥での儀式を終えた玄昭は、第一の遠征隊十三人を村に帰し、自らは馬を駆って第二の地所の能登に走り、第二の遠征隊と合流した。

ここでも、奥陸奥に到達した時と同じように、地獄への入り口を開けるに相応しい場所を探すまでもなかった。

その場所に、惹きつけられるように辿り着いたのである。

 紀伊から伊予、長門から肥前まで船で渡らなければならない際も、思いがけずに漁師の船に乗り合わす事ができ、事なきを得たのだった。

 こうして、奥陸奥での儀式を皮切りに、ひととせと六月の歳月を掛け、十三番目の地所である肥前で儀式を終えた玄昭は、すぐさま村に戻り、

「十三の入り口は開けられた。

間もなく我らが安寧は得られよう。だが、最後にやらねばならぬ事がある。

村人皆で、あの入り口をくぐり、神山の守護神に、祈りを捧げなければならぬ。」

と虚偽の説諭を弄し、村人ニ百四十三人全員を地獄への入り口に誘い入れ、呪術をもって入り口を閉じたのである。

その後、玄昭の姿を見た者はいない。

永遠の命を得た玄昭は、何処かで生き続けているのである。

 地獄の主は、人を地獄に誘い込むために、入り口に門番を就けていった。

 今も尚、海原の中に、山間の林の中に、町の路地裏に、都会のビルの上に、隠として、存在する地獄への入り口・・・・

千四百年という時を超え、魔物に、人という高滋養の餌を、与え続けているのである。


 

  了

     

 







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