ストーリーから外れたその後は
「勘当されても構わない。私は真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが貴女との婚約を破棄したい」
「喜んで!!」
思わず勢いよくそう返してしまった。
ここまで長かった。
長かったよ。
私は嬉しさのあまり、教室の床に崩れ落ちた。
ここは「きらめく宝石箱を覗いてみませんか?」のキャッチフレーズでお馴染みの、乙女ゲーム「宝石箱のロマンス」の世界。
どういうわけかこの世界のヒロインのライバルキャラである公爵令嬢、ミネア・カタルイスに転生した私。
ヒロインである男爵令嬢、アリス・シーベルトには5人の攻略キャラクターがいる。
ミネアはその中でも不器用な侯爵令息、カロン・アゼッタの攻略を妨害する強力なライバルとして存在している。
しかし私は、アリスちゃんには5人の中でカロン様こそが相応しいと思っていた。
つまりカロン様が1番の推しキャラなのである。
2人をなんとしてでもくっつけたい。
そして今聞いたカロン様のセリフ、これこそがアリスちゃんとカロン様の好感度がマックスになった証だった。
「わたくしのほうこそ、あなたみたいな無礼な男は願い下げですわ。わたくしも前からずっとそうしたいと願っていましてよ。お父様にはわたくしのほうから婚約を破棄したとお伝えしますから、あなたは余計なことをおっしゃらないでくださいね」
本来はこういったセリフではない。
まだしつこく私の妨害は続く。だが、これでいい。
こうして私から断ったことにすれば、きっと彼に害が及ぶことはない。
厭味な言い回しにも慣れたものだ。
「分かった」
彼は一言そう答えた。
彼が侯爵家を勘当されるようなことになっては、2人が幸せになれない。私は父親の権力を盾にして無理矢理カロン様と婚約をしていたのだ。
ああ、それにしても憂いを帯びたカロン様の表情、なんて美しい。
宝石箱というだけあって、この世界の色彩は本当に綺麗だった。
カロン様はライムグリーンの髪にシアンの瞳。
前世で見たジェリービーンズ、金平糖、琥珀糖、それらのキラキラとした懐かしいお菓子を思わせた。
もうきっとカロン様をこんなに間近で見ることはない。少しでもこの美しさを目に焼き付けておかなければ。
私はカロン様をじっと見つめる。傍目には睨んでいるように見えるだろう。
そして傍らに立つアリスちゃんに視線を向ける。恨んだ目で見ていると思われているに違いない。
アリスちゃんは今日も可愛い。
2人とも幸せになってほしい。
多少省略して2人の恋愛ルートを早めてしまったけれど、確かその後の私は公爵である父親が病に倒れ、この学園を去ることになるのだ。
この世界は人物だけでなく景色も美しい。
田舎の方でゆっくりと農業をするのもいいだろう。
前世の私は農地開拓ゲームも好きだった。
ここでチャイムが鳴り響く。
午後の授業の合図だ。
2人のことを傍でずっと見ていたいけれど、それは叶わない。
私はこうして望んで2人のストーリー、つまりこのゲームのストーリーから外れた。
放課後、私の席の前に背の高い男の人が立っていた。
アリスちゃんの攻略キャラではない。ただのクラスメイトだ。
灰色の地味な髪色。その髪は変に長く、顔が見えない。
いかにもモブといった風貌。
モブに名前はない。
「わたくしに何かご用かしら?」
一体どういうことかと思いながら、いつもの厭味な調子で聞いてみる。
モブの男は急に顔を近づけると、突然私の頬にキスをした。
「な、なな、何するんですの?」
「いや、可愛いなと思って」
何なの、この失礼なモブは!?
私の知らない隠しキャラか?
「何者ですの?」
「何者って。普通名前とか聞かない?」
「あなた、名前があるんですの?」
「やっぱり君は面白いね」
モブは笑った。
アリスちゃんやカロン様を含め、クラスメイトたちが驚いた顔でこちらを見ている。
折角上手く2人をくっつけたのに、この変なモブのせいで今後の2人に何か障害が出ては敵わない。
「ちょっとこちらに来てくださらない?」
私はどうにかモブを引っ張って、人気のない庭園まで連れてきた。
「あなた本当に何ですの?」
「まあ、いいか」
モブは自分の顔に手をかざして手を振る。
ライラックの髪に瑠璃色の瞳。
モブは一瞬で攻略キャラさながらの美形に変わった。
「君が見えているものが全てじゃないってこと」
もうモブには見えない。
とんでもなく綺麗な男性だった。
「……あなたは隠しキャラですか?」
彼に見つめられ、口調も保てないほど動揺してしまった。
「何、それ?」
彼は再び笑う。
「俺はユンエ・サラント。この国の第4王子」
「王子様?」
このゲームに王子は出てこない。
私が知らない特別な隠しキャラがいたということか。
「どうして王子様がこんなところに?」
「んー、俺、特別が嫌いなんだ。俺が王位を継ぐことはないし、魔力が強いから割と自由にさせてもらってる。普通の学園で普通に勉強したくてね」
なるほど。
私は納得する。
それは変わり者で身分が高いキャラにありがちな、つまらないよくある設定だった。
でも、なぜ今隠しキャラである彼が退場寸前の私の前に現れる必要があるのか、それは分からない。
バグ?
理由はどうあれ、ここは一言釘を刺しておく必要がありそうだ。
「ユンエ様、お二人の邪魔をしないでくださいませ」
「2人ってアリスとカロンのこと?」
私は頷く。
「やっぱりね」
「やっぱり?」
「だって君、これまでわざと嫌な言い方をしてカロンに嫌われようとしたり、カロンとアリスを無理に2人きりにしようとしたり、どうも言動がおかしかったからね」
「別に、おかしくありませんわ」
「おかしいよ。極めつけはカロンに婚約破棄されたときの、あの君の嬉しそうな顔。君って2人のこと、大好きでしょう?」
「そ、そそ、そんなこと……」
図星を指され、目が泳いでしまう。
「そんなに2人が好きなら変なヒールキャラはやめて、2人と仲良くしたらよかったんじゃない?」
ユンエ様は目を細め、腕を組んだ状態でそう聞いた。
「それはできません!! ライバルキャラがアリスちゃんと仲良くなって攻略キャラとの好感度がマックスにならなかった場合、大団円というルートになってしまいます。アリスちゃんには、どうしてもカロン様と幸せになってもらいたかったから」
「何を言っているのかさっぱり分からないね。けど、それが素の君か。益々気に入ったよ」
ユンエ様は微笑して続ける。
「ミネア、俺と結婚しない?」
「は?」
「君、面白いし」
風が吹いて、彼のライラック色の髪が左にさらりと流れた。
「いえ、私は性悪でアリスちゃんの幸せを壊すような女ですよ?」
「違うよ。ずっとミネアを見てきたから分かる」
ユンエ様は私を凝視している。
ヒロインであるアリスちゃんではなく、私を見ている人がいるなんて全く考えたこともなかった。
「それでも、あなたが私を見ていたのだとしても、あなたはアリスちゃんのための隠しキャラであって、私とどうのこうのなんて、そんなことはありえません」
「ふーん。それ、断る口実?」
「違います」
ユンエ様は私の右手を思いっきり引いて自分に引き寄せると、そのまま強引に私の唇を奪った。
火花が散ったみたいに目の前がチカチカする。
「もう観念してよ。言うことを聞かないと魔法をかけてでも攫うよ?」
「今のは、魔法じゃないんですか?」
頬はとんでもなく熱く、チカチカは酷くなる一方だ。
「魔法じゃないけど、案外効いたかな?」
ユンエ様は楽しそうに笑った。
どうしよう。
こんなの心臓がもたない。
「俺はずっとミネアが好きだった」
しばらくして、頬を染めたユンエ様は真剣な表情でそう言った。
この後のストーリーは全く分からない。
でも、田舎で農業をして暮らすよりはずっと刺激的で楽しい毎日が待っているに違いない。
私の目の前に、どの攻略キャラより煌めく魅力的な王子様。
思い切って意外なサイドストーリーに飛び込んでみるのもいいかもしれない。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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*続編投稿しました。
「続・ストーリーから外れたその後は」です。
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