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女子高生、賢者に成る  作者: 美女木ジャキジャキ
3/3

2 道中にて①






 王都を抜けるまで、そう多く時間がかかることはなかった。


 国の総人口の十分の一が集中しているだけあってか狭い路地や商店街など活気に溢れ、ヨーロッパの街並みのような統一感を感じる場所から一変、馬車がすれ違うことのできるくらいの幅の舗装されていない道と低い草花、遠くに見える森の影が異国を思い出させた。ほんの一か月前に見てきたはずなのに。



「この国を出るまでに数日かかりますから、どうか肩の力を抜いてください」



 背筋を伸ばそうと伸びをするとエドワードに心配された。

 正直脱国しても付いてくる気なのか、と不思議に思うくらいだった。

 エドワードは良子の臣下ではない。忠誠を誓っていない。国か国王かなんて法律をよく調べていないから不明だが、それでも良子に付き添う義理はないはずだった。



「……旅行とでも思っているので苦ではないですよ」



 当り障りのない受け答えをしながら思案する。

 この準備の良さ、確実に王子とエドワードはグルである。でないとこんな上質な馬車を短期間且つ馬付きで用意などできやしない。あらかじめこうなることがわかっていたのかというくらいには用意周到だった。良子自身もそうだろうなと思いながら王子の提案に乗った部分もあるが。



「ところで、この馬車は西と東、どちらに向かっているんですか?」

「東、ですね」

「じゃあ、向かう先はオーニソガラム神聖国ですね」

「すごいです! 正解です! 落ち着いてまだひと月ですのに、随分と勉強なされたのですね!」



 わぁ、とリリーの感嘆の声が上がる。

 良子はそれにも曖昧な返事をしながら一か月の努力を思い出す。


 頼れる人物が誰もいないこの状況において、情報というのは武力にも勝る力だ。

 良子は魔法が使えるが、それをひけ散らかすのは正しい使い方とは言えない。抑止力の一つくらいにしか考えていなかった。

 魔物の盗伐の間に大方の言葉を覚えた良子は、隣に付き添うエドワードに終始尋ねながら文字を、言葉を、文法を覚え、専門に踏み入れる程度でなければある程度の文字を理解することが出来るようになっていたのである。今思えば毎日寝る間際まで本を読みふけっていて正解だった。

 この国、アスタリスク王国は南側が海に面した、比較的穏やかな気候の国だ。少々乾燥が強いことを考えれば地中海周辺といったところだろうか、ピリつく肌を合わないクリームで抑えるのにも限界がきている。



「リョウコ様は文字を勉強なさって、この国について知ってくださろうとしていましたしね」

「エドワード様がお教えになられてましたしね~」



 リリーはエドワードを褒めた。

 そういう所から駄々洩れである。



「いや、私は聞かれたことを答えただけ。ほとんどご自身で理解してましたから、さすが『賢者』様です」



 随分とまあ含みを持たせる男だ。

 あまり貴族らしい姿を見せないのに、こういう言い回しから身分を隠しているんだという雰囲気が駄々洩れなのだからこの国の人間は節穴なのかと悪態をつきたくなった。今なら出血サービスでため息もお付けできそうである。



「別に生きるか死ぬかがかかってただけなので、特別なことじゃないのでは?」

「普通異国の言葉を五か月でスラングまでほぼマスターし、ひと月で流行りの小説くらいなら読破できるレベルまで習得出来たのは特別なことじゃないと?」

「ごめん実を言うとかなり頑張ったから、お願いだからそんな目で見ないで」



 メイからとんでもない眼圧が送られてきたので賺さず訂正する。

 温厚な人間を怒らせたら怖いのはどこも同じだ。



「それもそうですが! ファムズ殿下も、婚約者であらせられるヤブデマリー様も、どうして追い出すようなことをしたんですかね? 私は応接室にはいませんでしたので人伝ですが、理由もなしに追い出すなんて反感買いそうなものではないんでしょうか」


 リリーは、はっきり言ってしまえばこの社会に向いていない。

 判断能力はあるがあまりにも純粋すぎた。だから言葉の裏を探れないし、探ることもしない。ほぼ本能で生きているといっても過言ではないだろう。その本能が鋭すぎるだけなのだ。

 それでもエドワードに信頼された家臣の一人なのだから能力は一級なのは間違いない。着付けも世話も上品に素早い。よく生きてこれたなと思う一面も多々あるが、それが彼女の良さなのだろう。



「……それでも、追い出さなければいけない理由があった。それだけでしょう」



 そう良子が言えば、エドワードは小さく息を飲んだ。



「追い出さなければいけない理由?」

「私は、若輩者ながら賢者の地位を与えられた人間。しかしあの場で、あの王子付きだかご令嬢付きだかの侍女だけは、『賢者』を見下していた」



 私なんかが賢者に?! とかいう謙遜など圧倒的な力と無知の前では無意味だと思い知ってしまった良子は遠慮なく言った。

 賢者は異世界より招かれた異人である。常識も言葉も顔の作りすらも違う場合があるのだ。そしてその賢者となってしまった良子は、国王から国王と同等以上の、不可侵の地位を与えられたのである。

 正直馬鹿なのかと叫びたくなった。何を基準にしているのか知らないが、ぽっと出の小娘にとんでもない地位が過ぎた。絶対に変や奴らに絡まれること間違いなしである。

 実際に、直接ではないが変な奴らに絡まれることが多くなってから謙遜することはやめた。もういっそ存分に使ってやろうと、だれがお前らの生活を守ったか思い知れ、とやさぐれ気味の心で思ってからは公的な場面で堂々と振舞うようになれたのである。



「あの時私は、茶を入れ替えなくてもいいと言った。のにも関わらず、あの侍女は国で一、二を争う権力者の前で我を通そうとした。普通だったら不敬罪でとっ捕まってもおかしくない案件なのに王子はなにも言わなかった。だから、それがすべてなんだと思う」



 エドワードは目線を下げた。

 エドワードは分かっていたのだ。



「あのお茶には毒が盛られていた。それこそ、エドワードさんが教えてくださった聖属性魔術のお陰でわかっていたこと」



 馬車内の気温が数度下がる。



あの女に何かがある。



 外を見る目が鋭くなる。

 それ以降、三人の口は横一文字に閉ざされてしまった。

 やはり言えないことがあるのだろう。そう良子自身が察していることが分かっていて尚何も言わないのは、無知でいなければならないのだ。


 きっとそれがこの国の平和になるから。


 くそくらえ、である。


 巻き込まれているのはほかでもない良子自身だ。

 今を生きているのは良子だ。なぜ、知りもしない赤の他人のために自分を差し出して被害を受けなければならないのか。なぜ、誰も犠牲にすることなく大団円を迎える努力をしないのか、甚だ疑問だった。そのための苦労は惜しんで、容易に安寧に走ってしまうのは人間の性なのだろう。



「……おわかり、でしたか。あの茶に毒が含まれていたことを」

「ほかでもないあなたが教えてくれたことではありませんか」



 聖属性魔術は魔法とは似て異なるものである。魔法は魔力を変換するが、魔術は神力を用いて体外の物質に作用させる。術式や呪文に頼る部分はあるが、この二つはよく混同されやすかった。

 エドワードはその聖属性魔術の使い手の一人だ。この国では魔法を扱う者より魔術を扱う者のほうが多いらしいのだが、中でもトップクラスの神力量を誇っているという。

 魔物討伐の五か月間、エドワードは魔術についていろいろ教えてくれた。

 体外の物質に作用するということは傷などの対処が行える。実質医者のような働きを期待されてのことだった。その時に教えてもらった、毒を除去する魔術。あれを応用すれば物質に毒が含まれているかなんて一目瞭然である。



「ええ、そうでしたね」



 毒血を浴びた前線部隊を治療しろと言われたときはどう吐き気を抑えるか必死になって治療していたのも今じゃもう思い出だ。もうこりごりである。

 エドワードは相も変わらず申し訳なさそうな顔をしていた。

 良子より若干年上とはいえ若々しい顔つきに思わず口をへの字に曲げたくなる。

 どう見ても顔を利用しているようにしか思えない。絶対無自覚であろうけれど。



「とにかく、私にはこの国にいてはいけない理由があるのでしょう? 魔物の恐れが少なくなった今、ここにいて命を狙われ続けるよりは旅でもしていたほうが心穏やかというものですし」

「……申し訳ございません。今はまだ、お話しできる状況じゃないのです」

「理解しています。でないと王子の応接室があんな状態になっているわけがありません」



 今ならわかる。彼は、彼らはないも教えないのではない。何も言えないのだ。

 あまりにもこの国に良子を、賢者を害そうとする不届きものが多いから。



「今から向かうオーニソガラム神聖国は、私の母の祖国であり、ガラム正教会のお膝元ですから、ここより遥かに安全です」

「アスタリスク王国の国教でもありますし、温かく迎えてくださりますよ! きっと!」



リリーが小さくファイティングポーズをとる。お調子者で可愛らしい。

 それにしても、ここで宗教の存在を仄めかしてくるのは少々きな臭くなってきた。

 無宗教の良子からしたら本当にやめてほしいものである。宗教が絡むとあまりいいことが起こらないのは地球に住んでいた時も過去の歴史からも相場が決まっているから。

 ガラム正教会は神力を称え、神力で心の安寧を目指す穏やかな宗教だ。神力を使い魔術を施したとされる女性を女神と崇め、そのお心を尊敬し和平を目指しているという。故に神力が多ければ多いほど他国からの待遇はいいという。もちろん全く神力がなくても待遇はいいらしいが。

 なら、どうしてその宗教を国で定めたアスタリスク王国の国民は良子を狙うのか。

 調べる限り魔力量について一切触れられていなかったが、だからこそ怪しい。魔力が豊富な賢者を嫌うなら、その聖地であるオーニソガラム神聖国が良子を受け入れるのはもっとおかしい。



「そうだといいですね」



 だからこそ、今はそうしか言えない。

 希望的観測しか述べることが出来ない状況が歯痒くて辛かった。



「そろそろ昼食のお時間ですから止まりますよ~」



 静まり返る車内に籠った声が響く。


 御者席から覗いたのは、明るく快活な笑顔だった。


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