第三章 第六部 ファミレス・ヴァージンとBL
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
〇ゆらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
〇きらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
第三章 第六部 ファミレス・ヴァージンとBL
愛凜は自分から誘ったわりに、チャーシュー麺を一杯だけ、きらちゃんは大盛りラーメン。私がネギラーメンとギョーザの小をそれぞれ食べた。
意外にも最多注文賞を獲得したのは、四人の中でいちばん小柄のゆらちゃん。普通盛りのとんこつラーメンに替え玉一回、ギョーザ一皿、それにチャーハンの小を平らげた。
ラーメン店へ向かう車の中で、一番食べた量の多い人は、その人以外の全員から奢ってもらうと決めていたのだが、まさかゆらちゃんの圧勝に終わるとは誰も予想していなかった。
愛凜が代払いをして店を出た。女子たちがこのまま帰るのは惜しい感を発しているのがひしひしと、と言うよりビンビン伝わってくる。
運転手は私だから、私が言い出しっぺになるのが筋だろう、そんな無言のプレッシャーに押され
「ファミレスでも寄って飲み物かデザートでも食べて行く?」
「それそれ、女子はその一言を待っているのよ。行こういこう!」
愛凜が先頭に立って、駐車場の車へ走り出した。きらちゃんもゆらちゃんも走り始めたが、ゆらちゃんは大食後なので足取りが重そう。
四人とも乗車して走り出したが、明らかに来るときよりも車体が沈んでいる。
ハイグレードモードだと、食べたものがどのように体内処理されるのかは知らないが、質量保存の法則を当てはめれば、四人が食べた分は重くなっているはずだ。
ただ現在はかならずしも吸収された物質が、化学反応後も同じ質量であるとは言えないらしい。したがって質量保存則は完璧な理論ではないと考えられているが、それはまた別の機会に議論しよう。誰かこの分野に興味のある方はご一報を。
完璧ではないと言っても、日常生活では問題なく機能している理論なので、奇跡的に劇的に体重が減ることはない。車は沈みハンドルが重くなった状況は変わらない。
近くにあった二十四時間営業のファミレスに入り、禁煙席に案内されてそれぞれ腰を落ち着けた。
メニューを開いてあれやこれや迷っているところはやっぱり女子だ。
私はドリンクバー定番のメロンソーダと決めているのでメニューを見る必要はない。
それぞれ注文が決まったので、呼び出しボタンを押してホールスタッフのおねえさんにオーダーを伝えた。
私は中座して用を足しにトイレに行った。
戻ってきたらまだみんな座ったままだ。それにどこか挙動った様子が窺える。
全員がドリンクバーをオーダーしたはずだが、まだ誰の前にも飲み物が置かれていない。
「なんでドリンクバーに行かないの?」
そう私が訊ねるときらちゃんが
「実はわたしたち、ファミレスって初めて来たの。だからシステムがわからない」
「えっ⁉ そうなの?」
「そうなのよ。スターバックハウスやミセス・ドールナッツはよく行くけど、ファミレスはなかなか入る機会がない」
そう言えば彼女たちが買い物に行くのは、だいたい福良珂市の天陣近辺だから、カフェは多いがファミレスは少ない。それにせっかく街に出たのにファミレスで食事なんてことも女子にはありえない選択だろう。
だからと言って自宅近辺のファミレスは、車で行くような郊外立地の店舗しかない。
彼女たちがファミレス初体験と言うのも理解できる。
「じゃあ貴重品だけ持って私についてきて」
それから私のドリンクバー講習開始。私たち以外には客が三人だったので、ゆっくり完璧にマシン操作を習得できるまで練習することができた。
それぞれ好みのドリンクを手にして席に戻ると、タイミング良くスタッフおねえさんがデザート類を運んでくるところ。
「それにしても三人がファミレス初めてとは意外だったな」
「ファミレスいいよねー リーズナブルで味もそこそこ美味しくて時間も気にしなくていいし」
愛凜がファミレス初体験の感想を述べた。多分これから頻繁に連れてくることになるのだろうな。
四人とも好みのドリンクを飲み、デザートを食べてリラックス気分。
「愛凜は明日、何するの」
話が途切れたのできらちゃんがどうでもいい質問を愛凜にした。
「明日あ? うーん 何しようかな。テレビ見て寝てネット見て寝てゲームして寝る」
「アルちゃんとはデートしないの」
「アルトとお…… アルトは二日間付き合ってもらったから仕事たまってるだろうし、疲れてもいるだろうから、明日はお誘いしないよ。誘ってくれるなら話は別だけど」
「愛凜ああいってるよ。どうするアルちゃん」
「そうね…… まあ、仕事が早く終わったら大好きになったファミレスに連れて行ってあげられるかもしれない」
と一応答えたが、溜まるほど仕事の依頼は来てない。なので多分また明日もここに来てるだろう。
「きらちゃんは? 何する?明日」
「わたし? わたしはまた便乗してどこか行くかも。うちの家族は今日みたいく急に日帰り温泉したりするから、楽しみがある反面、予定が立てにくいんだよね。
ゆらちゃんは?」
「わたしは『LOOK OFF』で立ち読み」
「例のコミック?」と愛凜が言った。
「はまっちゃったね、ゆらちゃん」ときらちゃん。
「沼ね。でも姉の方が底無しになっちゃって、買って帰って何回も読むって言うの」
「お姉ちゃんが⁉ だってゆらちゃんのお姉ちゃんは『不潔っ! 腐女子!』って毛嫌いしてたじゃない」
「そう。わたしだって最初はそう思ってた。でも妹が最初に取りつかれちゃって、『ぜったい面白いから中姉ちゃん読んでみてよ』ってしつこく勧めるから仕方なく読んだの。そしたら沼よ。エロマンティック渦巻く世界。ふたりもどう?」
「わたしは遠慮しとく。愛凜が付き合うわよ」
「いや、わたしもいいかな。でも買って帰っても置くところがないでしょ」
「おばあちゃんの本棚にそれとなく紛れ込ませてる」
「おばあちゃんってゆらちゃんのクライアント? そりゃまずいっしょ。
そうだ、うちで預かってもいいよ、ね、アルト」
「あ、うん。何冊くらいあるの」
「百冊オーバー」
「けっこうあるね。まあ大丈夫だと思う。ところでどんなコミック?」
「BL」
「は?」
「BLにはまってるの、わたしたち腐姉妹」
「ビーエルってあのBL? BCLじゃないよね」
「BCLってなに? BL。ボーイズ・★ヴ」
「伏せ字にしてもアルファベットの頭文字でわかります!
それはブツが悪いよ。もし親か友だちに見られでもしたら誤解を招く」
「親は入室禁止だし、友だちはいないから誰にも見つかりはしないよ。アルトだってたまに読んでるじゃない、百合もの」
「それとこれとは話が違う!」
「えーアルちゃんそんなの読んでるんだあ」
「三冊しか持ってない。いやそれはいいから。しかし男がBLコミック持ってるのはちょっと…… 興味があるならいいけど、オレはまったくそっちの気がないから」
「だからさ、わたしの私物ってことにすればいいじゃない」
「ああそうか……って、愛凜は私以外、存在を認知されてないよね。それじゃ理屈が第三者に通じない」
「もー屁理屈ばっかり言って。男らしくしなさい! 女の子が困っているのに力をかしてあげないの?
それにゆらちゃんの本がうちにあると、美人のお姉さんと妹さんもアルトの家に遊びに来るんだよ。それってウィンウィンって言えない」
「……」
「ぷっ!」
ふたりのやりとりを聞いていたきらちゃんが吹きだした。
「あなたたち、面白いわねー ほら、ゆらちゃんもお願いしなきゃ」
「ねえ、アルくん、お願いします。美人三姉妹からのお・ね・が・い♡」
「何が『お・ね・が・いハート』ですか。さっきは腐姉妹とか言ってたくせに」
「じゃあオーケーね。これで安心して買い増しできる」
「ちちょっと、誰もオーケーとは……」
「やっぱ心が広いよねー アルちゃんは」
「でしょお。わたし、アルトのクライアントでよかった」
「じゃあ明日、宅配便を装って玄関に置いとくから、見つからないように持って上がってね。なんなら読んでもいいよ」
「読みません! ったく、人んちをなんだと思ってるんだ。古本屋に売り飛ばしてやる」
「あら、古書店のおやじに変な目で見られるのがオチよ。住所と名前も聞かれるし」
「じゃあメリカルに出品してやる」
「それもいいけど、変な人からメッセージや問い合わせが来るわよ。住所がバレて薔薇の花束が届くかも」
「わかりました! BL本持ってるのを見られたところで誰か死ぬわけでもないし。
荷物が届くのをお待ちしてます。そのかわりちゃんと偽装してよね。中身の表記は【学術書】と書いといて」
だめだ。この三人にはかなわない。ゆらちゃん姉妹が加わるなら相手は五人に増強される。まいったなあ。でもゆら姉妹とお近づきになるのは楽しみだ。