第三章 第五部 深夜ラーメンは二十代半ばで
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
〇ゆらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
〇きらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
第三章 第五部 深夜ラーメンは二十代半ばで
彼女たちにとって私は弟的な存在らしい。
実体化した時の姿はともかく、実際には遙かな年月を超越して現代に至った魂たちなのだ。
彼女たちが生まれ育った時代は、今とは全く違った風俗、価値観、階級社会たったであろう。それに比べて現在の日本が幸福かどうかはわからない。
もちろんインフラや物質的な環境は圧倒的に恵まれているだろう。反面、自然が少なくなり、大気の汚染も進んでいる。温暖化で異常気象が発生しやすい。
しかしそんなことにはお構いなく、彼女たちは「今」を謳歌している。本来なら姿を消して、クライアントに寄り添って暮らしていかねばならないライフ・アテンダントたち。
が、ひょんなことからその存在をクライアントに知られるところとなり、以来、行動範囲は限られるものの、隠れることなく現生人と同じ生活空間で共に過ごすことになった。
ひとえに私の心の広さゆえに彼女たちが獲得しえた自由だ!
などと大言壮語するつもりは毛の先ほどもないが、愛凜の存在を知ってまだ三日目、ゆらちゃんきらちゃんとは二日目だが、この部屋はすでに彼女たちの溜まり場と化した感がある。
「乗っ取り」或いは「占拠」などという言葉も思い浮かばないではないが、まあにぎやかだからいいかと自分を納得させる。それに今のところは私も楽しい♡
彼女たちにとってもこんな風に集まって、女子会をすることは今までなかっただろうから新鮮だろう。女子じゃない者もひとり混じっているが。あまり気には掛けられていない。
で初めの話に戻るが、私を弟感覚でいじるのも彼女たちなりの愛情表現なのではないか。
恋愛だのなんだのと言ってはいるが、かわいい弟ちゃん的な存在であると思われているのが適切な感想だ。私もやっとそこのところが解ってきたので、ちょっかいを出されてもムキにならず、軽くいなすよう心掛よう、といま悟った。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「いいわよ。どうしたの急に改まって。この三人の誰かに告るの?」
「そう。いや、違うちがう。業務機密だったら答えなくていいけど、ライフ・アテンダントはいま生きている人間一人ひとりについているの?」
「そうよ。人間ひとりにライフ・アテンダントひとりが必ずついているわよ」
と愛凜が答えた。
「じゃあ当然、うちの両親にもいるんだよね。そのアテンダントさんたちも家で暮らしているのかな」
「アルトのご両親のライフ・アテンダントは別のところで暮らしているわ」
「じゃあここは愛凜だけが常駐なのか」
「特にアテンダントが常駐してなければいけないってわけじゃないよ。何かあったら十二時間以内に戻って来れる場所であればどこに居てもいいの。
それにアルトの両親のアテンダントは事実婚の間柄だから、一緒のところで仲睦まじくくらしているのよ」
「相転移後も一緒になる人、ていうか意識体はいるんだ」
「そうよ。現生にいようが相転移しようが愛は不滅なの」
「おーいいこと言うねー愛凜」
きらちゃんから賛同の声があがった。ゆらちゃんもにこにこしながら頷いている。
「それは相転移前と同じ相手?」
「それはいろいろね。同じ相手とずっと連れ添う意識体もいれば、新しい相手との出会いもある。縁があれば初恋の相手と意識投合するなんてこともあるかもよ」
「ふ~ん。ゆらちゃんやきらちゃんの家も同じ感じ?」
「うちではアテンダントはわたしひとりが暮らしているけど、ゆらちゃんちは三人いるのよね」
「そうなの。うちはわたしの姉妹三人がライフ・アテンダントを担当しているのよ。だから外泊や旅行に出やすいの」
「そう言えば、今日きらちゃんが送ってくれたスマホの写真、あれどうやって送信したの? 便乗でいったんなら私物は持って行けなっかでしょうに」
「ああ、あのスマホ写真? あれね、近くを歩いていた男子中学生に撮ってもらったの。
ちょっとオタクっぽかったからアイドル風の衣装になって『あの、お願いがあるんだけどお』って声かけて、スマホ持ってくるの忘れたからキミのスマホでわたしとあの山のツーショット撮ってほしいんだけど、忙しいよねって言ったら『あ、かまいません』ってOKしてくれた。
で撮ってもらって、そのスマホを借りてわたしの携帯に送ったのよ。もちろんアドレスは消去したけどね。
そのあとネットカフェのパソコンからわたしのスマホにアクセスして転送したのよ」
「そうだったんだ。あの山、なんだったっけ」
「高崎山だよ」と私。
「そうそこそこ。おサルさんがたくさんいるんだって? 別府行った時にそこも寄ろうよ」
「わたしは遠慮しとく」
「え、ゆらちゃんどうして」
「わたし、小さい頃に山でサルに追いかけられたことがあるの。すっごく怖かった。一匹じゃないのよ! 集団で追いかけてきて、その中の一匹から手をひっかかれた」
「幼児体験がトラウマになっちゃってるんだ。じゃあ高崎山はやめとこうね。
そのかわり水族館があるからそこならいいでしょ? えーっとマリンキャッスルだっけ。愛凜もいい?」
「わたしはサルでも魚でもオッケー」
「水族館なら大丈夫。深海魚とかのグロ系が好き」
「ゆらちゃん意外だね。クリオネとかかわいい系が好きだと思った」
「好きだよ。クリオネの食餌シーンとか」
「ゆらちゃん、本格派だね」
「きらちゃんは温泉以外に行きたいところあるの? わたし、温泉たまごが食べたい」
「愛凜はたまご好きだもんねー。わたしはお風呂に入れれば幸せ。
あ、忘れてた。アルちゃん、何かリクエストある?」
久しぶりに私の存在を思い出してくれた。
「別府だったら秘宝館には行ってみたいね」
「あ、あそこはずいぶん前に廃館になったわよ。残念ね」
ときらちゃんが丁寧に回答してくれた。
ジョークで言ったつもりがマジで受け取られ、いたたまれない私。
「ね、ラーメン食べに行かない?」
唐突に愛凜が言い出した。
「どうしたんだよ、急にラーメンとか。もうお腹空いたの」
「なにかさ、こってこての豚骨ラーメンが食べたくなったっちゃん。きらちゃんゆらちゃんアルト、つき合ってくれる?」
「わたしは行ってもいいけどハイグレモードのペンダントがない」
「わたしも取りに帰らないと」
きらちゃんとゆらちゃんはペンダントを持ってきていないので。ハイグレードモードが使えない。
「わたし、予備をふたつ持っているからそれを使ってよ」
「だったら行こうよ。わたしも連られてお腹空いてきちゃった。ゆらちゃんもアルちゃんもでしょ」
「そうね。ギョーザ食べたい」
「オレはネギラーメンにしようかな。辛いのが食べたくなった」
「じゃあ行こう行こう! 膳は急げって言うから」
「それ『善』じゃない?」
「そうだった? さすが作家さん、よく知ってるね、字」
ちょっと待てよ。この服装で連れて行くのはまずいぞ。この時間にJK・JCを車で連れだして、パトカーにでも止められたら……
「ちょっとみなさん聞いてください! これからハイグレードモードに入る際、年齢は二十五歳くらいを目安に変身してください。もろもろ問題がありますので。
よろしいですかっ?」
「はーい わかりました」
「え~ せっかくかわいい女の子を装ってるのに」
「セーラー服じゃだめなの?」
「セーラー服は特にいけませんっ‼」
なんとか全員を二十代半ばの女性へと変身させることができた。
愛凜は昼間の姿と同じ、あとのふたりはおととい、初めて会った散歩の時の服装である。これなら問題ない。
「じゃあ一旦モードをオフにして、玄関を出て車に乗り、しばらく走って人家がなくなったら実体化してください。よろしいですか」
「了解です、添乗員さん」