第三十二章 第五部 ふれあい
〇きらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人 本名:上野紀
〇上野愛乃 きらのクライアント
第三十二章 第五部 ふれあい
きらちゃんが自宅に帰りついたのは午前〇時を少しまわった頃。カギはかかっていなかった。
「ただいま」
約束通り、帰宅したことを知らせるため声を出して入った。
居間に入ると愛乃ちゃんは、きらちゃんが出て行った時と同じ姿勢、つまりカーペットに目を落とし考え中のままだ。背中を向けているので表情は見えない。
「そんなに長時間、考え込むことなのかな。よっぽどインパクトが強かったんだろうな」ときらちゃんは思った。
彼女に見えるように実体化はしている。歩いて彼女の顔が見える位置に移動した。
愛乃ちゃんは寝ていた。おちょぼ口の端っこから光る糸がたれている。
「ね、よしの、よしのちゃんて。寝るならちゃんと横になって寝ないと」
「あ、わたしいつから寝てた?」
「さあ。わたし、いま帰ってきたから……」
「わ、十二時過ぎてる! 風呂入って寝なきゃ」
「ごはんは?」
「ごはんは食べない。今から食べると胃がきついから」
「そう。じゃあ早く風呂入らないと」
「ね、あの、きの……ちゃん」
「呼び捨てでいいわよ。なに?」
「身体が固まって立てない」
「あら。ちょっと待ってて」
きらちゃんは自室に戻り、ハイグレード・モード起動装置のペンダントを首に掛け、スイッチを入れて本格的実体となり、愛乃ちゃんのいる場所にとって返した。
「ほら、わたしにつかまって。ゆっくり背中を伸ばして」
愛乃ちゃんは言われた通り、きらちゃんの肩に手を置き、少しずつ力をいれて身体をまっすぐの姿勢に起こした。
「足、伸ばせる?」
「うん」
両足を片方ずつゆっくり伸ばし、血流が滞っていた個所に循環し始めた。
「しばらくそのままで座っていて、大丈夫そうだったら立ち上がってみて」
「うん。ありがとう。
ねえ、さっき見た時は感じなかったけど、じっさいに触れるとわたしと変わらない身体の感触があるんだね」
「ああ、必要な時はね、生きている人と同じくらいの身体を復元できるの。このペンダントで」
「なんか現実に生きている人と触れ合ったみたいな感覚」
「そう? いつもこの状態を維持しているわけじゃないけどね。通常はふわっとした、それこそユーレイみたいにフワフワスカスカなんだけど。
どう、立ち上がれそう?」
「うん。もう大丈夫みたい。じゃあ風呂の用意をしてくる」
「じゃあわたしは部屋にいるから、用があったらよんでちょうだいね」
「ね、わたしが風呂から上がってくるまで、ここに居てくれない?」
「いいけど、どうして?」
「誰かが待っていてくれるのってどんな気持ちなんだろうと思って」
きらちゃんは初めて自分のクライアントのことを愛おしく感じた。
「いいわよ。待っててあげる。テレビ視ててもいいかな」
「いいよ。そこにリモコンあるから」
「じゃあ入ってきます」
「ごゆっくり」